117.新しい姿
偶然持っていた荒縄で素敵な感じに縛りあげ、移動です。移動。
まぁちゃんに引きずってもらって、私達は御前試合の行われる会場…
特設闘技場の裏手にある、焼却炉裏にサルファを連れ込みました。
そのまま、暫し。
「リャン姉、急がないと…」
「あ、待って、まだ」
「はあ……じっくりやってる暇はないよ?」
「ああ、もうちょっと時間かけてやりてぇとこだが…」
「うぅん…だから、もう時間が」
「あ、これだけ。あとこれだけ…!」
サルファを囲んで、かごめかごめ。
私達は新しいサルファを開発していきました。
余計なことを叫んで衆目を呼び、見咎められないように。
目立っちゃって、この行為の意味がなくならないように。
サルファの口に、タオルを詰めて。
「んぅ…むぅーっ むぅぅぅ…っ」
「あははっ サルファってば、なんだかむぅちゃんを呼んでるみたいに聞こえるわよ?」
「んぅぅぅぅっ」
口を封じられたサルファが、物言いたげに呻き声で何事か訴えていましたが。
勿論のこと、聞いてやる義理はないと全員で黙殺しました。
そうして、使える限りの時間をみっちり有効活用して。
自分達でも吃驚するくらいの納得いく出来栄えに、満足感と達成感からハイタッチ。
体の自由を奪われて弄ばれたサルファだけが、ぐったりと地面で弛緩していました。
そんなサルファの、今の姿は。
連行される形で後にした控室にサルファが戻ると、場にどよめきが走りました。
元々、さっきまでの仮装でも遠巻きにされてざわめきを生んでいましたが。
今度の注目は、さっきまでの異質なモノを遠ざけるようなものとは真逆の注目です。
そう、侮れないモノを、見ずにいられないモノを遠巻きにするような…。
今のサルファの姿は私達の力作なので、それも当然なのですが。
「要は、姿を偽って正体を隠せればいいんでしょ?」
そう言って、思いっきり全力で遊んだのは私です。
その仮装の方向性が、笑いとは違う方向に走ってしまいましたが…
サルファのキャラ的にどうかな、とは思ったんですけど。
これがまた意外に似合うので悪乗りしてしまいました。
まあ、この恰好。
ほとんど顔なんて出ないんですけどね…!
ただサルファが体の線がしっかりしていて、姿勢良しだったので似合うってだけで!
ですが本当にしっくりときているので、控室の中のどよめきが静まりません。
『NINJYAだ…NINJYAがいる』
『おい、誰だよアレ暗殺者か? それとも本物か?』
『NINJYAは本当にいたんだ…!』
………まあ、サルファの姿は一言でいってそんな感じのアレになっていました。
全身包む、黒づくめ!
体形に余裕を持たせない、ぴったりシルエット!
衣の首元からちらりと覗く、鎖帷子!
体の部分部分を覆う、軽量化重視の籠手や胸当て!
更に顔の下半分を隠すのは、薄い生地の覆面です!
そうして頭!
無駄に特徴的な青黒い頭髪を隠す為、頭巾風に布を巻かせました!
勿論、色は全て黒と臙脂色で統一です。
我ながら、完璧だと思いました。
最初はただ、鎖帷子着せて。
サルファの肝である隠し武器を忍ばせ易そうな衣装を着せて。
それから全身の要所を、黒い革ベルトで引き締めて…としていたんですが。
その時点で、既に忍者製作途中という感じになっていました。
着せていた衣装が、全て黒かったせいだと思います。
そうしてそこから、私達の悪ノリ暴走が始まった訳で。
気付いた時には、すっかり『よりそれらしく』することに血道をあげていました。
それはもう、やり過ぎといわんばかりに。
でも、何故でしょう。
滅茶苦茶しっくりきているのは…
それにこの格好なら、どんな隠し武器をいくら取り出して使っても、おかしくないような気がします。
むしろ喜ばれそうな気が…うん、しなくもない。
思いっきりそれ前提に期待されそうな気がするよ。
だから調子に乗って、私達も反則上等で色々仕込みました。
勇者様が見ていたら、絶対にドン引きしそうなくらい、色々と。
結局ルールの変更時点で、色々手を回した結果でしょう。
武器の持ち込みはOKとなり、薬物は禁止となった訳ですが。
………どんな武器をどれだけ、という規定が従来のものよりかなり緩くなりました。
勿論、これは駄目だろうという規定は厳しいんですけどね?
何種類も持っていたらいけない、とは改正案に書かれていない訳で。
その辺り、勇者様はきっちりしそうだと思ったんですが…勇者様の好意なのか、それともただの手抜かりか。
どうやら御前試合を取り仕切っている部署に、手抜き仕事の怠け者がいそうです。
勇者様は忙しくて、ルールの決定案にまだ目を通していないようでしたが………
これ、後で気付いた勇者様が大改革するかもしれません。
でも規定に、一定サイズ以下の武器は不可とか、吹き矢のような武器は不可とか書かれていますし。
読み込んだ結果、一定サイズ以上の刃物なら大丈夫そうだったので。
私達は面白いようにモノを仕込めるサルファの衣装に、これでもかとナイフを仕込みました。
「リアンカちゃーん? あんまり仕込まれると、重みで俺の俊敏性が落ちるってー」
「気合いでどうにかしなさい」
「まさかの根性論!?」
サルファが音を上げる寸前まで、どっさり仕込みました。
それでも表面上はわからないので、あの衣装は当たりだったと思います。
凄いね、着痩せするね、サルファ!
後は金属の擦れ合う音がしないように細工するのみと、これまた色々やった訳ですが…
満足のいく出来栄えに、達成感溢れる感嘆の溜息をつきました。
さあ、行け。
行って来い、忍者もどきサルファ1号!
「………あぁ~あ、完全に俺で遊んでるよ。リアンカちゃん☆てば」
遊びまくられたサルファが何やら呆れたように言っていましたが…
私は聞こえなかったことにして、サルファを試合へと押し込むのでした。
さて、実力はよく知りませんけどね?
でも予選で脱落したら勇者様の苦労も水の泡。
そんなことにならないよう、たっぷりとサルファを脅しておいたので大丈夫だと…そう信じて、私達は観客席へと足を運びました。
忍者もどきの活躍を、大いに期待して。
サルファの足には足袋と草履を用意しました。
そんな足先で、更には重量限界値ギリギリの状況で。
奴は予選を切り抜けられるでしょうか(笑)
観客席のいい場所を、皆で占領♪
王国公認で賭けも開催されていたので、一つ乗っかることにしましょう。
今はまだ、予選ですから。
まだ参加者は無名ばかり。
なので予選で誰が勝ち抜くかは予想がつかない。
そのギャンブル感満点の賭けごとこそが楽しいという、スリル狂の皆さんが賭け用の受付に群がっています。
脇には、予選に参加する人達の名前が書かれた予選表。
最初の試合は一斉に振い落す為、二十から三十人ずつで一斉に試合して、勝ち残った一人か二人が次の試合に進めるのだとか。
名前しか見えてこない、まっ更で上滑りしそうな表の中。
今年は誰が勝ち進むのかと、期待の新人発掘に賭け師の人達も余念がありません。
その中に、義理や付き合いで参加者の関係者と思わしき人達が少額を賭け合い、楽しげに笑っています。
そんな波に乗っかって、ロロイに賭け札を買いに走らせました。
何しろ人が多いですし?
折角確保した席を、誰かに取られちゃ堪りません。
なので場所取りに私達は残って、空を飛んで人混みの上を飛び越せるリリフやロロイが買い出しに行くわけです。
ロロイが賭けに向かう中、リリフはせっちゃんとおやつや飲み物を買いに向かいます。
試合会場の周辺には露店がたくさん。
観客目当てに商売に励む商売人が大勢いるようです。
王国認可の承認しか露店を出せないそうですが、それでもかなりの数ですよ!
でもお祭は、やっぱりこうじゃないと!
楽しげな露店の数々に、せっちゃんは大喜びでおやつの買い出しをかって出ました。
…リリフ一人で向かわせたら、確実に迷子になりますから。
どうせ誰かをつけなくちゃいけなかったところです。
せっちゃんがぴょんぴょん跳ねて、
「せっちゃんが! せっちゃんが行きますの!」
…と主張します。
その姿があまりに可愛いので、即座に許可を出しちゃいました。
まぁちゃんは憮然とした顔で、
「…こんな人混みに出したら、可愛いせっちゃんにちょっかいをかける不届き者が…」
…とかなんとか言っていましたが。
私は首を傾げて、まぁちゃんの顔を見上げました。
「空飛んで行くのに、誰か不届き者が捕まえられるの? リリフもいるのに?」
「……………」
「あに様ぁ…せっちゃん、行きたいですの……」
「まぁちゃんがついて行くと、私一人で荷物と場所取りしないといけないんだけど…」
そっちの方が、私一人の分、誰かに絡まれないかなー…
結構いい席取ってるし、私一人だと侮られそうですよ?
そうなったら、席を守るのに余計な苦労しそうで嫌なんだけど。
「せっちゃんにはリリフが付いてるけど、やっぱり心配?」
「……………」
「どうする? まぁちゃんもせっちゃんと行く?」
「でも、そうするとリャン姉様ひとりぼっちですの…!」
「うーん………いざとなったら、私一人でも大丈夫は大丈夫だよ? ちょっと絡まれたりするかもしれないけど、追い払えなくはないと思う。騒動にはしないよう、頑張るし」
癇癪玉の一発二発くらいなら、兵隊さんも排除に動かない…かな?
うん、絡まれるのは面倒臭いけど、最終的に追い払えなくは…ないよね?
「うん、大丈夫! 心配ないない! まぁちゃん、せっちゃんと行ってきても大丈夫だよ!」
私、一人でも頑張るよ!
「………………………」
そう言ったら、なんでか無言でまぁちゃんに頭を撫でられました。
あれー…? なんで?
結局、賭け札を買いにはロロイが行って。
食べ物や飲み物の調達には、リリフとせっちゃんが。
…その際には、重々気をつけるよう、まぁちゃんが言い含めて。
そして場所と荷物を守るため、私とまぁちゃんがお留守番。
こうして準備はばっちり万端!
お買い物班が戻ったら、完了です!
そうこうする内、最初に戻ってきたのはロロイ。
「賭け札買ってきたよ」
ロロイがぴょいっと手を上げます。
賭けの証明書代わりに、公認賭博の印が押された木の札には、特殊なインクで賭け金の額と賭けた相手の名前。
それぞれの出したお金分、札を配ってくれるけど…
…うん、確かにお金だけ渡して、後は任せたとは言いました。
特に誰に賭けてこいとも、指令は出さなかったけどね?
むしろフィーリングで、という指示を出していましたが。
「ロロイ、このアドレナリンゴンザレフって誰?」
ですが全く見知らぬ相手に賭けてくるとは意表を突かれたよ。
一体、この方どなた?
ロロイに視線をやると、びしっと親指を立てて子竜は良い笑顔。
「強そうな名前だったから」
…うん、とってもいい笑顔ですね?
さっきも言いましたが、今はまだ試合前。
予選参加者達は名前以外の一切のデータが不明瞭。
名前だけで決めたんだね、ロロイ…。
一応、サルファの賭け札も購入していると聞く、五分前。
私達が渡したお金の四分の一で、サルファに賭けて。
残りをアドレナリンゴンザレフに注ぎ込んだという…
……………がんばれ、アドレナリンゴンザレフ(笑)
姿も顔も知らない君の勝利を、私達は祈っているよ☆
ちなみに正体の知れちゃいけないサルファ。
より正体が不明瞭にしてあげようと、奴のリングネームは私がつけました。
…いや、奴の登録、とある事情で私がしたんですよね。
その時、ちょっと悩んで付けた名前は…
その名も『サルエルぱん』。
サルファの名前と、奴の保護者たるマルエル婆の名前を掛け合わせて見ました。
勇者様ならきっとツッコミを入れて下さるでしょう。
今から楽しみです(笑)
試合の始まる、三十分前。
私達はその始まりを、しっかり準備を整え待ちわびていました。