115.輝く笑顔は満面で
やった、やりました…!
良いことあったよ、素敵な一日!
「リアンカ…いい笑顔だな」
「笑顔にならないでいられますか!」
「輝いてる、な……」
「勇者様のお陰です! ありがとう…!」
これ以上ないよ、とそんな満面の笑みの私。
笑顔でお礼を口にする私に向けられるのは、勇者様の苦笑。
こんな私の大喜びには、勿論理由があります。
何も理由なく、浮かれ騒ぐほど私の頭も軽くありませんからね?
ふふふ…でも、思考の中でも笑わずにはいられないくらいに、嬉しくて。
勇者様のお言葉通り、きっと私の笑顔は輝いていることでしょう。
ふふ?
何があったか、知りたいですか?
なんと実は、勇者様が薬師の皆さんに掛け合って下さって…
「………野放しにするのは勿論、望みを放置しておいたら、どんな無茶をするか………
こと、この件に関しては二人とも絶対に諦めないと断言できる」
「………そんな」
「……俺には、恐ろしすぎる。ここは俺に免じて、通してもらえないだろうか。
勿論、俺が監督しておくから。無茶はさせないと、俺が誓う」
「なんと…っ そこまで仰られては、我らも無碍にはいたせませぬ…!」
悲痛なお顔の勇者様に、薬師の偉い人達も落涙せずにおけないようで。
やがて勇者様の渾身の説得(泣き落とし)の前に、薬師さん達は膝を降りました。
薬・師・屈・服…!!
お陰で、一日限定ですけど許可を得られたんです!
「……………許可をもらえたんだから、大人しく、な? 頼む。今日だけでいいから」
「やだ、勇者様! 私は暴れた覚えなんてありませんよ? 私は」
「うんうん、暴れていたのはマンイーター(改)でリアンカや僕じゃない。
だから問題はない。任せておいてくれていいよ?」
「なんという………っ」
へ理屈を言わないでくれ、と。
そう呟いて、勇者様はがっくり項垂れてしまいました。
あれー? 私、嘘は言っていませんよ?
だって本当に、私は暴れていません。
ただ、暴れた魔物植物を放流しただけで。
「それだけで責任の在処はリアンカ達にある、だろう…!?」
「でも、私が暴れた訳じゃありません」
「自分以外のモノを暴れさせたなら、元締めは君じゃないか!」
「そうとも言います」
「あっさり認めた!?」
「認めないでほしかったんですか!? お望みなら前言撤回やりますが」
「いや、撤回しなくていい…が、理解しているのなら是非とも反省を見せてくれ…」
「だからちゃんと、お詫びにお昼ご飯の準備と給仕をしていたじゃないですか。
私に出せる誠意なんて、それくらいですよ?」
だって私、こっちの通貨持ってないし。
薬の材料は歓迎してもらえなかったし。
権力やら何やら、そういう見えない財産もないし?
融通してやれるモノがないから、労働奉仕と食糧で償ったんですが。
「そうだな、元凶のマンイーター食わせてな…!」
「ああ、勇者様に食べていただいたのは特別製です」
「………特別?」
嫌な予感がする。
露骨にそんな言葉が書かれた、勇者様のお顔。
私は勇者様に、にっこりと後ろめたさ皆無の笑顔を向けました。
「他の方の具は味付けにマンイーター(改)の出汁を使っていただけで、マンイーターそのものを具に混ぜたのは勇者様のホットサンドだけですよ!」
「なんだその特別扱い!? 全然嬉しくない…!!」
良い意味での特別扱いか、悪い意味での特別扱いかと。
勇者様は頭を抱えて、呻いています。
「もう。魔境アルフヘイムの野菜達は食べたのに、なんでマンイーターは嫌なんですか」
「人食いだからに決まっているだろう…!」
それは、魂の叫びかとばかりに気迫の籠った叫びでした。
マンイーターは名前の通り、主食が人型種族。
そこに人間がいれば、それを優先的に狙ってくる化物です。
生物の強度的にも、マンイーターの餌食に一番なっているのは間違いなく人間でしょう。
だからこその、勇者様の拒絶かと腑に落ちました。
マンイーターといえば人間を捕食して生きているのが一般的ですから。
人間を食べる魔物を、食べる。
そのことで間接的に人間を糧としている気がする…の、かな?
きっとそれで、勇者様は気に病んでいらっしゃるのでしょう。
でもそんな心配、私は杞憂ですとしか言えない訳で。
だから、私は笑顔で言いました。
「気にしすぎです」……と。
だって勇者様。
魔境は、人間の国々とは色々と事情が違うんですよ?
魔境で人型の種族といえば、当然最も栄えているのは魔族です。
ですが勿論魔境の過酷な環境下のことですから。
早々滅多な事じゃ支配種族である魔族を狩ることなんてできませんが。
奴らの一体何がそうさせるのか、執拗に人型種族を狙うこともまた、魔境の環境下で総数が激減した原因です。
魔境で生きる人型種族の主は、魔族や獣人、妖精さん。
彼らを主食にするのは生半なことじゃありません。
それにマンイーターも、魔境の奥地に引っ込んでるし。
人間の国々では凶悪な魔物の一つとして恐れられていますが、弱肉強食で人間の国々よりも強力な魔物魔獣の散々闊歩している魔境では、分類的には雑魚敵扱いです。
お陰でまともな餌も取れず、捕まえやすい人型種族の亜種…
……知能と能力の低い、魔物のいくらかを餌に食い繋いでいる状態だとか。
そんなマンイーター。
しかもさっちゃんに魔改造されたマンイーター。
さっきまで暴れていた個体が、人間を捕食したことがあるかと言われれば……その可能性は極めて低いとしか言えません。
それにそう言えば、勇者様はご存じないんですよね。
あのマンイーターが改良種で、人間の血肉を食べないってこと。
…まあ、ある意味もっとえげつない食事をするんですけど。
でもそれを勇者様にお伝えすれば、きっと安心していただけ………
「折角許可も下りたし。今日だけなんだから、禍根を残さずじっくり見なくちゃ…」
「あ、ああ……あ、ムー!? その採取セットはなんだ!?」
「え、聞かないとわからない?」
「毒草園の中のモノは、苔一片に至るまで持ち出し禁止だからな!
さっき許可証を発行してもらう時、ちゃんと説明を受けただろう!?」
「………僕の行く手を阻むモノは、全て爆炎地獄に沈んでしまえば良いのに」
「何を物騒なことを言って……って、本気か!?」
「……………」
「お、おい待てムー!?」
………伝えようと、したんですけどね?
さっさかさっさかスタスタと、むぅちゃんが脇目も振らず歩いていまして。
見咎めずにいられない姿に、勇者様も歩幅を合わせてさっさか行ってしまいました。
か、完全に、伝えそびれた…。
「言うほど気にしてねぇみてーだし、放っとけよ」
「あー………うん」
大した害はないだろうと、思いましたので。
勇者様の勘違いは放置する方向で決まっちゃいました。
「す、素敵…!」
毒草園の中は、思った以上に豊かで、うっとりと嘆息してしまいます。
正直、期待以上でした。
本当はちょっと、舐めてたんですよね…でも、間違いでした。
飛び交う胞子!
飛び散る毒液!
飛散する瘴気!
これぞまさに毒の園……という以上に、毒々しいことになっております。
そのあまりの無法地帯ぶり!
あまりに常軌を逸した毒の園に、勇者様も予想以上だったのでしょう。
自分の城の奥深くにこんな区画があったのかと……
…………………遠く虚ろな目をしていらっしゃる。
まあ、確実に。
この状況は上層部の許可云々ではなく、確実に薬師な方々の暴走故でしょうと。
事情を良く知らない私にも、それが察せられる状況でした。
…というか、お国の偉いヒトは絶対にこんな惨状を許しませんよ(笑)
本当に、予想以上の 暴 走 ぶりで(爆笑)
突っ走った薬師たちは、きっと「やりすぎ」といわれる領域に足を踏み込んでいます。
なんか、魔境みたいで、私はちょっと落ち着きますけどね。
ただ光合成をするだけで毒素を含んだ臭気を発生させる、環境。
呼吸も難しくさせる危険な蔓草。
滲みだす樹液が極上の甘味を約束しながらも、天国行き必定の汁を分泌する木
ああ、なんて昆虫泣かせの驚き樹林!
なんか魔境でこんなの見たこと有る…!
…さっきから、そんな感想を度々抱きます。
まあ、魔境の植物群と比べると、まだまだ序の口レベルですが。
でも魔境の浅いところで、本当に見るような植物がちょこちょこ生えています。
それぞれを項目ごとに分けて、より恐ろしい…自生しているだけで周囲に影響を及ぼす強い毒草は外気に触れぬよう、各温室に隔離状態。
余計なものが混ざって恐ろしい惨劇を起こさないように、もあるのでしょう。
そんな温室の一つに入ると、わあ凄い。
空気中に漂う毒素が、あまりに濃密すぎて視覚化している気がします。
なんか、区画ごとに紫だったり灰色だったりする臭気が漂っていて……圧巻です。
門で配られた、防毒マスクと防毒頭巾と防毒手袋の意義が嫌でもわかりますね。
一目瞭然です!
服の中に胞子でも入り込んではことなので、着替えまでさせられましたから。
ここに対する厳重なまでの警戒と、徹底した管理。
それも無理はないと納得の光景です。
マスクの集団と化した私達も、他の薬師さん達も。
皆、一様にマスクとゴーグルが手放せないでしょう。
多分、フィルターなしの空気を取り込んだ途端、常人なら悶え苦しみます。
もしくは胞子か種子に寄生されて、内側から…
………こう、ぶしゃぁぁあああああっと…!
そんな恐ろしい環境ですから、人間にしては度が過ぎる程の半端じゃない薬物耐性をつけた勇者様も、ばっちり防御の防毒完備仕様。
ふしゅーふしゅーという呼吸音が耳に付きます。
『リアンカ、本当に大丈夫なのか? ゴーグルをつけなくて良いのか…?』
物思いにふける私に、勇者様のくぐもった声。
毒の影響を案じる勇者様に、私は晴れやかな笑顔を全力でプレゼントです。
「ばっちり大丈夫です!」
『そ、そうか…強いな』
普段あまり自分でも意識しませんが。
こういう機会になると自分の防毒耐性…状態異常:毒耐性の強さを思い出しますね。
あっはっは。何これ全然平気。
そんな私を、完全防護状態の薬師の皆様が得体の知れない化け物を見る目で見ています。
私、性能的にはただの人間なんだけどな…!
撒き散らされる瘴気の中には触れるだけで腐り落ちるようなヤバいものもあるそうな。
そんな危険地帯らしく、誰も彼もが完全装備。
お城にそんなヤバげな空気が伝播し、恐ろしいことにならないのかな?
…ならないように、万全の体制で管理しているようです。
でもいつか、もしもが起こった時が怖そうですね。
きっと、人間は勇者様しか生き残れませんよ?
「…次の定例議会を待つ段じゃないな。今夜にでも父上に薬草園のガサ入れ申請しよう」
「頑張れよ、勇者」
「ああ……思わぬところで、嫌な問題を見つけたな。これ、リアンカ達のお陰…だな。
なるべく早く、この環境を正さないと………そう、被害が出る前に」
「ホント、お疲れさん…」
現状を目にして、暴走する薬師さん達は気付いていませんでしたが。
いや、マンイーター騒動で混乱して、余裕がなくなっていたから気付かなかったのかな?
お城の王子様は、どうやらこの毒草園の惨状改善を決意したようです。
もしもそうなったら、不要になった毒性植物をサンプルに分けてほしいな…っ!
うきうきわくわくする私の頭を、ぽんぽんとまぁちゃんが落ち着けと示してきます。
そんなまぁちゃんの姿も、完全装備。
まぁちゃんは多分何もつけなくても死ぬことはないでしょうけど。
…いや、平然とぴんぴんしていそうですが。
きっと今の、この濃密な毒気の中でも全然平気なことでしょう。
それでも気持ち悪い感触がするという理由で防毒仕様ですが。
私は薬師としての、純然たる毒草への興味から愛用の防毒手袋をつけただけの簡素な姿。
あと、邪魔だし。
完全に、浮いています。
でも、周囲の奇怪なものを見る視線も、凄まじい空気の浮きっぷりも気になりません。
だって今の私には、それよりももっとずっと、重要で大切なことがあるから…!
「むぅちゃん、むぅちゃん! 凄いよ! アルラウネの子株…!
人間の国でこれを手に入れるの、大変だろうに!」
『リアンカ、こっちは水銀草だよ! 疼虫過草もある!』
「あっちは…トリカブト? 見たことのない色ですけど」
『こっちはベラドンナだ、魔境のより花が小さい。こっちは林檎の木…?』
「あ、プレート発見! 闇林檎の木、だって!」
『どれどれ…? 永眠りの呪毒がかかった、怨念の木? 何それ面白い』
「紅い林檎を食べると死んじゃうなら、青い内は大丈夫なのかな?」
『白い部分は食べても死なない……か。みんな効果が一律なら研究しがいもあるのに』
「いやいや、そこは実の色で薬効が変わる部分を解析してこそじゃないの?」
『それもそうだね。ああ、サンプル採取できないのが残念だ…』
「こっそり持ち帰ろうにも、勇者様が目を光らせてますからねー…」
『………リアンカ、ちょっと勇者さんの注意引いて来てよ』
「すぐばれますよ。私達の目論見なんて、お見通しでしょうし」
『ちっ…』
「はっ! むぅちゃんあっち見て! 禍々しい色の人参果が生ってる! それもたわわに…!」
『なに、どこ…!? 人参果って別に毒じゃ無かったよね?』
「それがここにあるってことは、もしかして変種!?」
『……絶対に解説してもらうよ!』
「よし、その辺の誰か適当な薬師を捕獲しましょう!」
『案内板代りに、色々説明してもらわないとね…?』
漲る情熱、 大・暴・走 。
私とむぅちゃんを止められる者は、一人もおらず。
それは、まさしく独壇場でした。
会話からも空気からも置いてきぼりの勇者様が、ぽかーん。
ただ私達のテンションにより馴染みのあるまぁちゃんが、物凄く疲れた様子で苦笑交じりの溜息を溢し、諦めろと勇者様の肩をぽんぽん叩いて見守っていました。
リアンカちゃん、腐●の森でもぴんぴんして生きていけそう。




