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ここは人類最前線6 ~光を受けし人の国~  作者: 小林晴幸
そうだ!毒草園に行こう!?
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114.衝撃のホットサンド

勇者様、涙目。

 ちょっとした出来心で、登場させてみましたマンイーター(改)。

 改良されているだけあって平素は大人しいのですが、今はどうでしょう。

 

 大暴れです。 


 二年ぶりの目覚めとあって、ちょっぴり空腹みたい。

 二年ぶりの食事にいざ励まんと、周囲の人間を手当たり次第に捕獲しています。

 奴の食事…見たことはありませんが、できることなら今後も見ないで済ませたい次第。

 うっかりやり過ぎたーとかで、木乃伊の量産なんてされた日には…

 うん、絶対に見たくありません。


 ちょっぴりですが、喜んでくれるかなって思ったのに。

 周囲はむぅちゃん以外、誰も喜んでくれなくて。

 一人歓迎ムードのむぅちゃんは、頬を紅潮させて嬉しそうだけど。

 …珍しい素材を、研究できるって。

 だけど他の人達は、皆(ことごと)く阿鼻叫喚。

 盛大に逃げ惑って、誰もが悲劇的な雰囲気です。

 

 ちぇっ…仕方ない。

 ええ、仕方ないですね。

 ……引っ込めますか。


 折角出したのに、と。

 ちょっとだけ寂しい気持ちで、私は肩を落としました。

 本気で落ち込んでいる訳ではありません。

 でも本当に、私的には大判振る舞いしたつもりだったんです。

 それがここまで受け入れてもらえないとなると、やっぱりちょっと悲しいですね。

 秘蔵の素材だったんだけどな…。


 私は溜息をついて、意識を切り替え。

 腰のポーチから、硝子瓶を取り出しました。

 中に入っている液体は、露草色。

 封印には、「人食(マンイーター)」の文字。

 間違いなく、この瓶です。


 私は瓶の封印を引きちぎると、薬瓶を大きく振りかぶって…

 …投げようとしたら、まぁちゃんに瓶を取られました。

「まぁちゃん、何をする」

「…この瓶が何か知らないが、お前の身体能力に頼るより、俺がやった方が確実だろ?」

 ぱち、と。

 片眼を瞑って茶目っ気を見せてくれる、まぁちゃん。

 混乱と混沌に場を陥れたのは私だし、一人で何とかするつもりだったんだけど…

「お手伝いしてくれるの、まぁちゃん!」

「ま、俺にも責任があるしな。それにリアンカのやらかしたことは、俺の過失だ」

「わ、まぁちゃん大好き!」

「はいはい、調子のいい奴…」

 協力してくれるらしい魔王様に、嬉しくなって。

 腕に飛びついたら、余裕で支えてくれました。

 細そうに見えるのに、私を腕にぶら下げてもまぁちゃんはびくともしません。

 それどころか、そのまま平然と軽い動作で…

「この瓶、あの触手にぶつけりゃ良いのか?」

「うん。後は勝手に瓶の中身が自動で飛散して、マンイーターの全体にかかる仕様になってるから。全自動で」

「………サッチー&ポロの店印か」

 サッチー&ポロの店。

 魔境アルフヘイムの薬屋さん。

 あのマンイーターを魔改造した、張本人です。

 ………食事、えげつないのとスプラッタなの、どっちがマシだったのかな。

 その判定を、私が下すことはありませんけれど。どっちも嫌だし。

 それでも、色々と心の中にわだかまるモノはある訳で。

 何もわざわざそっちに走らなくてもという方向に改良してくれちゃった、さっちゃん。


 何だか思い出したら改めていらってしたので、今度仕返しに行こうと思います。

 ……取り敢えず、鍋一杯に鮟鱇(アンコウ)と蝸牛と雀蜂を用意しておこうかな。


 仄暗い復讐心を滾らせながら、私はまぁちゃんの肩の上。

 ひょいっと。

 ええ、簡単にひょいっと。

 そんなお手軽感覚で、まぁちゃんが投げた瓶の軌道は見事に遠投。

 触手に絡め取られて身動きできない哀れな被害者。

 上手く絶妙な具合に、その間を縫って。

 硝子の小瓶は、マンイーターのほぼ中心部に軽い音とともにぶつかりました。

 かしゃん、と。

 華奢な硝子の割れる音。

 それから。


 ずおっと。

 ずごごっと。


 瓶の中から、もったりと重たげな質量を伴った、闇が這い出した。

 

 うん、何度見ても凄い景色。

 ある意味、壮観です。

 闇は触手(にょろにょろ)をぐもぐも覆い尽くしていって…

 やがて闇の中に飲み込まれていく被害者の皆さん。

 わ、阿鼻叫喚ぶりが上がりました。

 得体のしれない闇の中へと引き込まれていくので当然ですが。

 身も世もなく、「助けてくれ」と泣き叫ぶ声が凄い。

 顔を歪めて本気泣きする方々も、成す術なく闇の中に………


 ………一度飲み込まれてから、ぺいっと吐き出されました。


 何か、種飛ばしのようにぽぽぽんっと。

 死の恐怖を感じて泣き叫んでいた人達も、いきなり吐き出されて硬直しています。

 恐怖の表情のまま、泣き顔のまま硬直しています。

 もう駄目だと思ったんでしょうね…。

 いきなり助かった現実に、唖然茫然愕然です。

 そんな彼らを余所に、構うこともなく。

 闇はもったりした全体をぎゅぎゅぎゅ~と絞る様に捩って、捩って。

 まるで雑巾絞りをされる雑巾のように絞られて。

 それからしゅわっと、何かの弾ける音がしました。

 一瞬で、水分が空気中に蒸発しちゃう音。

 その音を最後に、闇は一気にぎゅるっと集束して。

 やがて、真っ黒な小さい石に変貌しました。

 もう、ただの何の変哲もない小石にしか見えません。

 …この中に、マンイーター(改)の全水分と様々な薬効が凝縮されています。

 そうして後には、小石と、それから。


 巨大な、からからに乾燥して干乾びたマンイーター(改)が残されました。

 

 当然ながら、乾物と成り果てたので最早動きません。

 あのもったりとした闇が何だったのか…色々と、気にはなりますが。

 こうして私の引き起こした騒動は、私…ではなく変な闇によって収束したのでした。




 やらかした事件(こと)大騒動(こと)なので、当然の如く保護者(ゆうしゃさま)が呼ばれました。

 普段なら私の保護者はまぁちゃんが務めています。

 しかし今は身柄を後見するという意味で、より責任を問われる方がいます。

 公式な保護者は勇者様に当たるのだと今更はっとしました。

 そして連絡を受けた勇者様の登場は、それこそ速効(マッハ)でした。


「お前達はおちおち落ち込ませてもくれないのか!?」


 登場するなりの第一声は、なんだか早口言葉みたいでした。

「あ、勇者様」

「あ、じゃないだろう! あ、じゃ…!? ………って、何をしてるんだ」

「お騒がせしたせめてものお詫び、お昼の給仕ですが?」

「……………」

 黙り込む、勇者様。

 気まずさを誤魔化すような笑顔の、私。

 そんな私の側では、まぁちゃんがサンドウィッチを作っていて。

 そしてむぅちゃんが、炎熱魔法を使って素敵に手を加えていきます。

 サンドウィッチをホットサンドに進化させているよ!

 そして私が、作った端から飲み物付きでお腹の空いた人に渡して回っている訳ですが。

 私の笑顔に、何故か皆さん警戒していますね。何故か。

 それでも「ごめんなさいでした」と言い添えて、どうぞと渡して回ります。

 時間的にも、騒動の後始末的にもお腹の空いた人が多くて。

 私の渡すモノなんて、得体が知れないと固辞する人もいましたが。

 まぁちゃんとむぅちゃんが共同制作したホットサンドは、とても美味しそうで。

 そしてまぁちゃんが下拵えした具が、物凄く美味しそうな匂いを放っていて。

 食欲という己の欲望に敗北した人が、凄い葛藤の末に手を伸ばします。

 でも、一口食べてみれば得られる感想はたった一つ。

「美味しい…!?」

 食べたら止まらなくなります。

 漏れなく皆様、驚愕と笑顔の複雑な顔をしています。

 そんな他人の様子を目にして、恐る恐る手を出す人も何人か。

 お陰で出張ホットサンドはとっても盛況で。

 勇者様が辿り着いた時には、私がくるくると飛び回っていました。

 銀色の、お盆片手に。

 そんな私を前にして、勇者様は頭痛を堪えるようなお顔。

 眉間に当てられた指が、悩ましげなポーズを演出しています。

「……………」

 無言が続くので、私も笑顔でずずずいっと。

 ずずずずずいっと。

 丁度出来上がったばかりのホットサンドを、問答無用でつき付けてみました。

「…………………………………なんだ」

「勇者様も、おひとつどうぞ!」

 我ながら、爽やかに裏表のない笑顔が炸裂します。

 勇者様はとっても難しい顔をしていましたが。

 笑顔の勢いに気圧されたのか、その手がホットサンドに延びました。


 ……………。

 …………………。

 ………あ、美味しいみたい。

 勇者様の難しい顔が、思わずといった風に緩んでいきます。

 その顔には、純粋な驚きが。

「美味いな、これ」

「でしょう、でしょう! そうでしょう! だってまぁちゃんが作りましたからね!」

「まぁ殿が………初めて食べる味だが、本当に美味いな」

「まぁちゃん、本当にお料理上手ですよね☆」

「ああ、それは確かに。だけどこれ…見たことない具だが、何なんだ?」


「乾燥マンイーター(改)ですが」


「ぶふぁ…っ!!?」


 勇者様が思わずといった様子で、堪りかねたのか噴出しました。

 そのままげっへげっへと咽ています。げほげほ。

 美味って言っていたのに!


 私がひょいっと指差した、その先には。

 地面にへばりつくような格好で、ぐだぁっと身を投げ出した。

 巨大な、巨大なでっかい口の生えた斑模様の気色悪い食人植物。

 うねっと伸びた長くて太い触手が、とぐろを巻いて大変気持ち悪いです。

 ただ水分をごそっと失って、かさかさ干からびた様子で。

 それを、調理してサンドウィッチの具にした訳ですが。

 勇者様は私の言葉と指差す先を見て、間を置かずに理解したのでしょう。

 苦しそうに、全力で咽ています。


 やがてぜへぜへいいながら、ようやっと息も落ち着いた様子の勇者様。

 咽た為の苦しそうな姿ながら、涙目で怒鳴りつけてきました。


「なんっ…なんてモノを食わせるんだ………!!」


 目、うるうるですね。

「どうどう、落ち着こう。落ち着いて、勇者様」

「お、おち…っおち、おちつけるかぁ…!」

「ほらほら、泣きそうになってますよ!」

「ぐ、ぐぅ…!」

「よく考えてみましょう。魔境にいた頃も魔物や魔獣の肉を食べていたじゃないですか」

マンイーター(アレ)は肉じゃなくて植物だろう…!」

「良い出汁でますよ☆」

「………いい笑顔だな」

「勇者様ったら、魔境アルフヘイムでも、動く人参とか玉葱とか食べたじゃないですか」

「ああ、そうい………って、騙されないぞ! 騙されないからな!?

マンイーター(アレ)はそういう分類なのか!? 違うだろう!?」

「大差ないと思うんですけどねぇ…」

「絶対にそんな訳、あるかーっ!!」

 蒼白な顔で、生理的に受け付けないという様子で。

 全力で叫ぶ勇者様は、むしろ叫ばずにはいられないといわんばかり。


 その背後で、

「殿下がお元気になられてよろしゅうございました」

 …と、サディアスさんがにこにこ。うん、場違いな表情(カオ)ですね。


 何でも天岩戸状態でお籠りしている勇者様の寝室前、私達に関する連絡がいって、それを扉越しにノックしながら報告したら効果覿面だったそうです。

 私達が事件(こと)をやらかしたと聞いた途端、凄い勢いで内側から扉が開いたとか。

 そのまま一直線に駆けつけてくれたってんですから、私達ったら愛されてますねー(笑)

「効き目抜群☆やったね!」

「悪びれなく喜ぶな! 意図していたとか言ったら、本気で怒るぞ」

「意図してようがいなかろうが、怒りますよね?」

「当然だ!」

 今回は本当に、阿鼻叫喚でしたから…

 まあ、勇者様が怒らないとは微塵も思っていない訳で。

「本当に、目が離せなさすぎだろう…?」

 頭を抱えてがっくりと地面に膝をつく勇者様は、いつも通りとってもお疲れ。

 そう思ったので、口にしてみました。

「勇者様、お疲れ様です☆」

「頑張れ、勇者さん」

 私と同意見だったのか、隣で淡々とむぅちゃんも言い添えてきて。

 そのあまりに悪びれない様子に、勇者様は言い切れなさ満載のお顔で言いました。

「実行犯が言うな…!」

 本日も、勇者様の苦悩はとっても深いようでした。


 でも、代わりといってはなんですが。

 その分、思い悩んでいたことが吹っ飛んだっぽいですね。

 頭から奇麗さっぱり、すこーんって。

 だって勇者様、いつもの勇者様なんだもの。


 いつもと同じく、私達に振り回されて。

 でも、後には引き摺りません。

 深い溜息一つで意識も切り替わって。

 そうして、全身で脱力。


「全く…明日の朝までは閉じこもっていようと…

……明日の朝には、欝々とした気分も終わらせようと思っていたのに」

「なのに、なんですか?」

「………非常に、本当に不本意だが…暗く辛い気分が、勝手にどこかに行ってしまった」

「良かったじゃないですか」

 うんうん、それはとっても良いことですね。

 何にせよ、心身の健常が保たれるのなら、これ以上はありません。

 そのことに悪いことなんて、欠片もありませんよね?

 私は心の底から良かったね、とそんな気分で。

 心のままにこくこく頷いて、勇者様に笑って見せるのですが。

 そんな私の笑顔を真っ向から見た勇者様は、何故か両手で頭を抱えてしまって。

「納得いかない………!」

 目一杯の感情をこめて、勇者様はやりきれない様子で嘆いていました。

 

 目を離したら何をやるのかわからなくて、怖い。

 勇者様はそう言って、全身疲労も著しいのに部屋に帰って休もうとはしません。

 でも勇者様は、昨日一昨日とかつてない精神打撃(ダメージ)を受けたばっかりで。

 今まで魔境で繰り広げてきた数々の騒動、あれらのどれより機能のアレが打撃が大きいのかと思うと、ちょっと微妙ですが。

 でも女性が苦手な勇者様は、きっと他の人より基準がずれているんでしょう。

 それを思うと、女性に酷い目に遭わされる勇者様が可哀想で。

 そんな状態で無理をされるとなると、やっぱりちょっと心配です。

「そんな、無理しなくて良いんですよ…?」

 案じる心のままに、勇者様の袖を引いて、顔を見上げます。

 でも勇者様は、両手で顔を覆ってしまって。

「本当、君が言わないでくれ……俺のことよりも、城の方が心配になるんだ。

この身など、この身の受ける損害等、些細なことだと思えてならない」

「追い詰められていますね、勇者様……」

「追い詰めているのはリアンカだけどな…!」

 この騒動の元凶は誰だと聞かれたので、そこは「私です」と返しておきました。

 嘘を吐く必要もありませんしね。

 ええ、間違いようもなく私が元凶ですが、何か?

 心持ち胸を張って認めてみると、勇者様から深い溜息。

 そうすると、やっぱり勇者様は項垂れてしまって、肩も力なく下がっていました。

「無理して、それで体を壊しても、リアンカから目を離しているよりはずっとマシだ…っ」

 周囲の、今回の被害を受けた薬師さん達もどうやら勇者様の意見に賛成らしく、もっともだと言わんばかりに頷いて賛同を示しています。

 ううん…失礼ですね!とは言い切れませんからねー…

 心底疲れた様子で、薬師さん達の長の一人がぐったりぐったり。

 だけどこれだけは言わねばと、意を決した顔で勇者様に言うのです。

「殿下…卑小なる身でご意見しますこと、どうぞお許しくだされ。

しかし、これだけは言わせてもらいましょう」

「………なんだろうか」

「どうか、そちらの方々は、絶対に単独行動させないように願います…」

 そのお言葉は万感の思いが込められ、重々しい響きを伴っていました。


 でも、失礼ですね?

 私単独(ひとり)だったら、逆にやれることが限られるので行動の幅も狭まるっていうのに。

 私だけの方が大人しいんですよ、と。

 そう言いたい気もしましたが…

 でも、なんだか信じてもらえないだろうなぁって。

 そんな雰囲気のひしひしひしーっと漂う空間。

 


 ほんの出来心で、マンイーター改良版を躍らせた午前。

 それは、私が薬師さん達に晴れて危険人物認定を受けた、麗らかにて爽やかな一日のことでした。




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