109.組体操「ピラミッド」の最終形態的なナニか。
勇者様は賢明な方だと思います。
そしてそれ以上に、自分の分を弁えた方だと。
何が言いたいかといえば、それは一つです。
勇者様はサルファの忠告後、悩むことなくご決断。
絶対にルシンダ嬢と単独で接近はするまいとお決めになられました。
ついでに言うと、必要距離以上は近寄らない…と。
まあ、サルファの洒落にならないあの忠告を聞けば、無理もありません。
だけど世とは常に無情。
ルシンダ嬢との謁見…という名の面談を終えた後、国王様が伝令を寄こしたのです。
それはまあ、一言で言ってしまえば「今すぐ来い」というもので。
時間の頃合い的にも、今日の国王のスケジュール的にも。
そう言われて呼び出される心当たりは…一つしか浮かびません。
直近の出来事に由来するとしても、どう考えてもルシンダ嬢関連ですね。
伝令による通達を受けた勇者様は、燃え尽きた灰の様でした。
そして彼は、泣きそうに困った顔で言ったのです。
「………一緒に、来てくれないだろうか」
私達の答えは、勿論「諾」でした。
だって勇者様、本当に泣きそうに見えたんだもん。
それにこれは見逃しちゃ駄目だろうと思いました。
何割か興味本位と面白半分が混じっていたことは否定しません。
そうして、私達は。
ほんのたった三時間で再会を果たしたのです。
勇者様の宿命の怨敵…トラウマの、元凶たる女性と。
彼女は、三時間前と変わらず物静かで。
それは、まあ…恐怖から逃げ惑っている時とは違いましたけど。
でも平静に見えるその姿は、凪いだ静けさ。
だけど瞳の奥には………
指摘を耳にした後です。
注意して見てみれば、まぁ直ぐにわかります。
……彼女の眼の奥には滾る欲望が燃え盛っているのだと。
それが、今なら私にも見て取ってわかることができました。
ああ、こりゃ本当にヤバいな…と。
率直に言って、あまり関わりたくない部類のマジなイキモノです。
そんな訳で。
ルシンダ嬢を目の前にした勇者様は、再び石仏と化しました。
ぴっきーんって固まったよ。
ぴっきーんって。
こんな事態に陥った今、私は切に問うてみたい。
勇者様のお父様に。
「なんであんな凄い前科を連ねちゃった人を、わざわざ面会させたんですか?」
被害者の心の傷は、誰がどう見ても深いですよ?
なので、実際に質問してみました。
硬直したまま見合い合う被害者と加害者の、少し間を取った場所で。
心配げな色を目に湛えた国王さんに、直球勝負です。
すると国王さんも苦い顔ながら、困ったような感じで。
私の質問にも、嫌なお顔一つなさらないでちゃんと答えてくれました。
流石勇者様のお父様、度量が広い。
でも広いことが時として問題も招くんでしょうね…。
「直接質疑応答し、現在の人品に問題はないと判断したのが許可を下した理由だが…あの娘が、直接頭を下げてかつての愚行を謝罪したいと言うのでな」
「だからって素直に叶えてあげなくても。
勇者様のされたことを思えば、面会を許さなくても誰も責めませんよ?」
「それでは、いつまで経っても王家はあの娘を許していないということになる。
………確かに、心底から許してなどいないが」
後半は、こそっと声をひそめたお言葉でした。
ですが私の意識に引っ掛かったのは、前半部分です。
「王家の人達は、あのお姉さんを許したいんですか? 許しちゃって良いんですか」
「……………本音を言えば、許すつもりはなかったのだが」
「じゃ、建前ですか?」
「あの娘の家は権威を失い、そして娘自身が後を継ぐことになった。
ここで王家が…特に被害者本人である王子が許したのだ、と示しておかねば……」
「ああ、…目に見える形でアピールしておかないと、ってことですか?」
「その通りだ。そうしなければ…あの家の持つ役割は、それなりに大きい。潰えてしまえば、貴族間の均衡に狂いが生じてしまうのだ。だから、ライオットには済まないが…」
「………勇者様、頑張れそうですかねー…」
目を向けてみれば、そこには変わらず石仏勇者様。
よく見れば、小刻みに手が震えています。
「……………」
…うん、無理ですね。
思わず、遠い目。
何やら私にはわからない、色々な理由やら駆け引きやらが潜んでいるようですが。
ひとまず、もう勇者様も許しましたよーと証立てする必要があるようで。
その形式として、公衆の面前でルシンダ嬢の謝罪を受け入れてほしいようです。
王様、無茶ですって…。
さっき、勇者様の精神に結構大きなヒビが入ったばかりなんですよ?
しかし、必要だと言うのなら妨害する訳にもいきません。
でも勇者様から余計な力を抜いて、緊張を解すことはできなくもありません。
あと、私達が側にいるよ!って、励ましてみるだとか。
「仕方ありませんね…」
そう、仕方ありません。
仕方ないのですよ、これは…。
いっぱいいっぱいの勇者様にもう少し頑張ってもらう為です。
ここは私達が、助力してあげる必要があるでしょう。
うんうんと自分自身で納得して、私はにやっと悪い笑み。
「ロロイ、GO!」
「仕方ないな」
ぽんぽんとさり気無く、肩を叩いて。
可愛い弟分に指示を下します。
素直なロロ君は、憂鬱そうに溜息をついたけれど。
でも文句も言わず、指示に従いました。
そっと、勇者様の傍に寄るロロイ。
寄り添うような近さで、励ますように勇者様の背中をぽんぽんと叩いて。
それから確かな強さで、きゅっと勇者様の手を握りました。
「心を強く持て」…と、そう、元気づけるように。
と、突如。
それを見たせっちゃんが…!
「突撃!?」
え、突撃しちゃうの…!?
驚きましたよ、私は。
せっちゃんはにこにこ笑顔で。
ここは「やらかしていい時」だと思ったのでしょうか…
せっちゃんはリリの手を引いて、ぱたぱたと勇者様に駆け寄りました。
せ、せっちゃん…!
「勇者さん、きゃー♪ですの!」
そのまま、どーん!
いきなりの衝撃に、
「おふぇ…っ!?」
勇者様の口から間の抜けた声。
一歩、二歩と踏鞴を踏んで…ルシンダ嬢との距離が更に近くなっちゃった。
「あー………せっちゃん」
まぁちゃんが、頭を抱えました。
せっちゃんは私達が制止する間も、持たせずに。
勇者様の背中に、勢いタックル。
空気読もうね、せっちゃん!
こうなっては、仕方ありません。
このまま放っておいたら、せっちゃんがやたらと悪目立ちです。
あの子だけ目立たせるのは、超危険!
そんな判断は、まぁちゃんと一致したようで。
うんうん、仕方ないない。
状況の打破は、もう諦めました。
ここはいっそ、更に悪化させてやりましょう。
そうして、せっちゃんの行いを何でもないことみたいに埋没させないと!
便乗して次々参加して、責任の所在をあやふやにすべく行動です!
踏鞴を踏んだ不自然な体勢で硬直した勇者様。
億劫そうながらに、まぁちゃんはすたすた近づいて。
「わ…っ」
勇者様の首を、腕でがっちり固定。
一方的に肩を組むような形で。
それからちらりと、私に目配せ。
ええ、わかっています。
「ゆ・う・しゃ、さま♪」
私は表面上、満面の笑みで。
それから突撃三等兵と化しました。
まぁちゃんが来た段階で、せっちゃんはまぁちゃんの背中に移動。
にっこにこ顔で、まぁちゃんの腰にきゅーと抱きつき、しがみ付いていたので。
残念なことに、空きは二つ。
勇者様の背中か、ロロイの背中か。
………うん、ロロイの背中にしようかとも思ったんだけど。
ここは、勇者様でしょう。
空気を読んで勇者様の背中にしました。
勢いを込めて、飛び付きます。
踏鞴を踏んで不安定な姿勢のところに、まぁちゃんによって首へ衝撃。
更にそこに、私が背中へやって来まして。
完全に体勢を崩し、平衡を失って勇者様はすっ転びました。
わぁお、やったね!
緊張感あふれる空気の粉砕成功☆
………いえ、やりたかった訳ではありませんが。
もう一度、言います。
ここ、謁見の間。
状況、公衆の面前。
そんな場所で、背中から次々体当たりを食らってすっ転ぶ、勇者様。
わあ、無様☆
…うん。
ごめんよ、勇者様。
(せっちゃん以外は)わざとなんだ…。
でもまだまだ行きましょう。
私はちらっと、鋭い目を背後に向けて。
くいっと顎を動かし、サルファに目配せ。
「……………」
しかし奴は貼り付けた笑顔でふるふると首を振りました。横に。
ご遠慮願いますと、その目が言えっています。
野郎の背中に飛びつくのは、御免だとも。
ちっ…意気地なしですね。
仕方ないので諦めて、むぅちゃんに目を向けると、
「………」
首を傾げながら、目線が返って来ました。
無言の要求、アイコンタクト。
「………(見返りは?)」
「………(仕方ないなぁ…角兎の肝、魔猿の牙、緑の魔玉でどう?)」
「………(記録水晶の欠片も欲しいな)」
「………(ああ、もう! それじゃ青色鴎の羽根も付けるから!)」
「………ふふっ」
にっと、笑って。
むぅちゃんはこっくり頷きました。
それからしんと静まりかえって気まずい謁見の間の中を。
すたすたと横切ってくる少年むぅちゃん。
その表情はいつも通り、淡々としたもので。
一固まりに転がっている私達の傍らまで一直線です。
そうして、
ぽてっ
何の溜めもなければ前触れもなく。
むぅちゃんは私達の一番上に、ぽんとうつぶせに混ざり込みました。
謁見の間に、更なる乾いた静寂が充ち満ちます。
…あっはっは。
場の空気は盛大に、「何がしたいの?」という感じになりました。
でもその代わりと言って、なんですけれど。
随分と空気も砕け、緊張感は微塵もないから。
潰される勇者様は、とても気安い存在のように落ちました。
王子様の価値、暴落です。
だからきっと。
さっきまでの緊張でびりびりした勇者様よりは、ずっと。
話しかけやすいし、行動も起こしやすいでしょ?
ねえ、ルシンダ嬢…?
これでやっと硬直していた事態が動くと、私は直感していました。
さっきまで、勇者様がびりびりでしたから。
何の行動も起こせずに固まっていたのは、ルシンダ嬢もで。
その瞳の中に垣間見えた炎は、恐ろしかったけれど。
表面上は躊躇いがちで、控え目な令嬢そのもの。
そんな彼女は、目の前でいきなり起きた変事をどう見るでしょう?
………気になって目をやって、後悔しました。
え、ルシンダ嬢………怖っ。
ルシンダ嬢の顔からは、表情が抜け落ちていて。
能面のような、何とも言えない顔で。
そのまま、足下の私達を見下ろしているのですが………
勇者様と接触する、私達。
潰しちゃってる、私達。
そんな私達を見る、目が……冷たい。冷たいよ、ルシンダ嬢。
しかも凍れる眼差しで見ているのは、私だけをじゃありません。
私だけでなくて、せっちゃんやリリフ……果ては、まぁちゃんやロロイも。
勇者様とくっ付く者という者を、すべからず、全員。
年齢も性別も関係なしに、全員。
老若男女関係なしに、凍りつかんばかりの目で見ているんですけど…
………え、勇者様に近づく相手は、見境なし…ですか?
自分以外の誰も近づくことは許さないと。
そう断じる執着が、狂気が。
消えうせ何も見せない表情の異質な顔の、中央に。
眼の奥に燃え盛っているのを見つけてしまって…。
顔が無表情な分、その滾る欲と狂気は尚一層の、異質。
受け止めるとか超勘弁な、それに。
私は喉の奥、ひっと悲鳴を呑みこんで。
ついつい、ぎしっと体も強張り、硬直してしまいました。
め、目が逸らせない………
何だか蛇に睨まれた蛙みたいに、成りながら。
私は思ったんです。
この光景は、勇者様にだけは見せられないなぁ……と。
一番下に潰されて、顔も上げられないほど身動きできなくて良かったね、勇者様!
………正直、凄く羨ましい。
知らないって幸せなことだと。
そう思わせてくれるものにまた一つ。
うっかり遭遇してしまった、そんな昼下がりの私なのでした。
サブタイトル → 潰。




