10.おきがえタイム
ただただ、衣装のお話。
私達がお風呂できゃっきゃうふふしている間、勇者様は一人で謁見に赴いておられました。
その装いは今までの簡素な旅装束から改められて、まさに物語の王子様。
勇者様個人に誂えられた衣装は、勇者様のきらきらぶりを倍加させんばかり。
こういう格好を見ると、本当によく似合うと思います。
本当に、王子様だったんですね。
お風呂に入る前です。
入浴準備を整えている間に、私も少しだけ勇者様の王子姿を拝見しました。
お風呂で小ざっぱりした勇者様が着用しているのは、白が基調のカッチリした衣装。
豪華で華やか、シルエットもすっとして美しい。
…着る人をばりばり選びます。
勇者様以外は着られない。
類似した衣装でさえ、王子姿の勇者様を見た後で着る度胸のある人はいないでしょう。
そのくらいに、似合っていました。
差し色は青と金。
やはりこのあたりも髪や瞳の色に合わせてあるのだと思います。
左肩で留められた儀礼用らしき飾りマントが赤いことくらいが、他に目立った色彩でしょうか。
勇者様がマントをつけているところは初めて見ます。
勇者様はどちらかといえば外套はコート派の模様ですが、中々に素敵です。
飾りピンに、マント留め、徽章に帯留等々の小道具も気を配っていることがよく分かります。
真珠や緑柱玉など華やかながらも派手すぎない宝石が、勇者様の輝きを引き立てていました。
マント留めに彫られている彫刻は、白百合と一角獣。
誰が選んだのか知りませんが、勇者様にお似合いです。
特に、一角獣。
その潔癖そうな印象は、乙女にも負けない勇者様の貞操観念に通ずるものを感じます。
まあ、勇者様は洒落にならないくらいに切実なので笑いもこみあげますが。
いつもはあまり宝飾品をつけない勇者様ですが、今日は指輪と耳飾りも付けています。
小振りな物ですが、品の良い物で趣味の良さを窺わせますね。
そして額には王子…世継ぎの位を現わすサークレット。
細く流麗な一品で、細工は白金のようです。
そこまで派手に目立つ品じゃありませんけれど、勇者様が装着すると不思議な品が漂います。
本日のトータルコーディネートはサディアス青年。
色遣いといい、小物といい、勇者様のことをよく理解して引き立てるような選択です。
ですけど、勇者様のお姿を整えながら、サディアス青年が困ったように零します。
「殿下…御歳十九にして、何故に」
「そう言われても…」
「何故、今更八㎝も身長が伸びているんです…? しかも主に手足が」
「いや、だから俺に聞かれても…」
勇者様、今更八㎝も身長伸びたんだって。
お陰で衣装のサイズと調和が微妙に狂ってしまったそうですよ。
サディアス青年が、切なそうに溜息をつきます。
「良いことですが、いきなり伸びられては、調整が難しく…何故、伸びてしまわれたんですか」
「全然良いって思ってないよな、それ」
ぼやく部下に、勇者様は呆れ顔。
でもどうして本当に、今更身長が伸びたんだろうと。
主従は二人で首を傾げます。
顔を見合わせる、私とまぁちゃん。
持参した毬を磨く、せっちゃん。
落ち込んでベッドの下に引き籠ってしまったロロイを慰めようと、苦心するリリフ。
私達は、答えを知っていました。
「勇者様、それ魔境のせいだよ」
だから答えを言ってみた。
勇者様、叫ぶ。
「また魔境か…!」
素晴らしく万感の思いが籠っていました。
今後の為にも詳しい説明を、と尋ねられました。
でもそんなに難しい事じゃないんですよ?
「魔境は魔力が豊富で漲っていて、そのへんの大気も魔力濃度が濃い目ですよね」
「言い方が微妙だが、そうだな」
「比べて人間さん達の国は、魔力がものすっごく薄くて希薄ですよね」
「リアンカ、薄いと希薄は同じ意味だ」
「まあ、とにかく人間の国は魔力が乏しい訳ですよ」
…と、ここまでは誰もがわかりきったことでしょう。
でもこの先は、どうやら勇者様もご存じない様子。
「魔境の動植物を人間の国で育てても、本来魔境で育つようには育たないって知っていますか」
「………それは、微妙に聞いたことがあるかもしれない」
魔力の豊富な地でこそ育つ、出鱈目な動植物。
でも魔力の希薄な人間の国々に持ち出して育てても、本来の生命力や能力は発揮されません。
下手すればただの動植物になる場合も多いとか。
コキュートス地方の化け物磯巾着なんて、人間の国だと三mくらいにしかならないんだそうですよ。
しかも手足が育たないし、氷漬け能力も目覚めない。
それを聞いた時、本当に吃驚したことを覚えています。
「生物は本来育つ時、体内で生成する栄養素や食事として取り込む栄養の他に大気中に存在するエネルギーも取り込んで成長します」
この話の流れでいけば、お分かりですよね?
「つまり魔境の生命は魔境に漂う豊富な魔力を、意図せず取り込みながら育つ訳です」
だからこそ、魔境には強靭な生命体が多いともいえます。
意味不明の、よくわからないイキモノも多いですけど。
ちなみに魔境の強靭な生命体の主な代表例が現在、そこにいます。
魔族とか魔族とか、真竜とか真竜とか。
「おまけに魔境の動植物はどれもこれも魔力持ちですから、食事からも魔力を取り込む訳で」
結論として、どういうことかと言いますと。
魔境で生まれ育ったモノは、人間の国々にはない豊富な魔力という要素を過分に得て育ちます。
魔境以外の土地に生きるモノよりも強靭に逞しく、魔力に馴染み順応するように。
…それは、人間も例外ではなく。
「成長段階にある生き物は、魔境にいると無意識に成長に必要とする魔力を大気から取り込もうとする場合があるんです。十代の人が魔境に足を運んで、いきなり成長したって例は結構ありますよ。
勇者様もかろうじて、ぎりぎり成長期終わって無かったんじゃないですか?」
「つまり、今更身長が伸びたのは魔境の魔力を取り込んで体が成長したから…と?」
「うん、その通り」
素直にこっくり頷いて肯定したら、勇者様が頭を抱えた。
え、何故に?
苦悩の顔つきで、何か呟いていますね。
「………磯巾着、磯巾着と同じか…磯巾着……………」
「……………」
どうやら説明の際に使った、例えが悪かったようです。
ごめんね、勇者様。
そんなに強い精神的外傷になってるなんて思わなかった(笑)
そのまま衝撃が抜けきらない様子で、勇者様はふらふらと己の離宮を後にしました。
そうして向かった先は謁見の間。
水入らずとはいかないようですが、しっかり親御さんに元気な顔を見せてくればいいと思います。
まあ、今は到底『元気』とは言えない顔色でしょうけど(笑)
さてさて。
勇者様がふらふら旅立ち、その間に私達はお風呂を上がって。
私とリリは、サディアスさんの用意してくれた衣服に着替えました。
せっちゃんは結構な衣装を持ち込んでいたので、持参の室内着に着替えることにしたようです。
そうして着替えた私達の格好は…
私は用意されていた何着かの中から、薄紅色の一着を手に取りました。
別に色に拘りがある訳じゃないんですけど、つい赤や薄紅色の赤系統の服を着ちゃうんですよね。
…あれ、赤い服が好きなのかな、私。
今回選んだのは色の濃さがそれぞれ違う布地を何枚も重ねてふんわりさせた衣装です。
丈の長さは用意された衣装の中でも短めのモノ。
本当は下にもう一枚薄いスカートを着るのが本来の形みたいですけど、くつろぎ時間に長い裾は勘弁して欲しかったので敢えて着るのを止めました。だから今の私は生足チラリ状態です。
差し色は、黒と金。
全体に過度になりすぎないよううっすらと金粉が散らされていて、細かい硝子の飾りが縫いつけられています。本当に、目を凝らさないと分からないくらいさり気なく、ですけど。
でも光を弾いてキラキラするので、暗いところよりも明るいところ向きの衣装ですね。
幅広の黒いリボンを腰に巻いて、背中側で大きな飾り結び。
蝶を模して形を整えると、まるで黒揚羽が背中にとまっているように見えます。
動きに映える衣装なので、歩いたり跳ねたりするのが楽しくなりそう。
リリフは入浴前に聞いた通り、背中の開いたワンピースが用意されていました。
色は淡い檸檬色。
本来はこの上に何枚か重ねる為のワンピースだという話ですが。
下着一歩手前という前情報に頷いてしまうくらいに薄い生地でできています。
…これ、年頃の女の子だったら洒落にならない格好ですね。
リリフ本人も問題に感じたのでしょうか。
ワンピースの上から、自分の上衣に袖を通しています。
お陰で何か、あまりいつもと代わり映えしない…。
でも本人は納得がいった様で、満足げに頷いています。
せめて髪型だけはいつもと気分を変えてあげようと、二つのお団子頭にしてあげました。
光竜の特徴的な金髪に、黄色いワンピースですからね。
アクセントになる様、全く違った色合いのリボンを探します。
ちゃっかり勇者様の小物置き場から深緑色のリボンをパクってリリの頭を飾ります。
心の広さ広大な勇者様なら、女の子を可愛く飾る為の無断拝借くらい快く許してくれるでしょう。
…ごねたら、その時はその時で黙らせるだけですしね。
せっちゃんは先にも述べた通り、持参の室内着に着替えました。
ですが、何というか…全体的に見るとそうじゃないのに、よく見ると過激……。
光沢のあるライトグレーの生地は薄い癖に全然透けない素材で、袖や裾はゆったりしています。
でも胴部分はやっぱり体型に沿ったデザイン。
留め金等はなく、体の前面、中心線を等間隔にラヴェンダー色の細いリボンが並んでいます。
そのリボンで、服の前を留めている訳ですが…
その下が、問題で。
いつもは肌の露出を制限する為に着用しているインナーを、着ていないんです…。
ええ、くつろぎタイムのつもりだからだと思いますけど。
お陰で前の合わせ…リボンの並ぶ間から、素肌がちらちらと覗き見えています。
Oh…せっちゃん、雪肌が目に眩しいよ……。
腰の部分は、辛うじてというべきでしょうか。
腰に巻いた帯を体の前で、大きなリボン結び。
紺色と臙脂、菫色の大きなひらひらリボンが広がって、その周辺の肌のチラ見えを防いでいます。
衣装は全面…特に裾に行く程に多くの黒い蝶が舞い飛ぶ模様が染め抜かれていて、私と並ぶとちょっとお揃い。左胸の部分に一輪だけ赤い百合の花が咲いていて、自然と目が引き寄せられます。
せっちゃんの艶やかな黒髪も、入浴直後と言うことで今は下ろされています。
お陰で全体的に黒い印象が強いんですが…
せっちゃん本人の美しさと黒髪の光沢が作用して、全く暗い印象にならないのが素敵です。
私達三人はすっかり着替え終わると、満足に一息。
まぁちゃんとロロイがいるであろう、勇者様の私室に戻ります。
ちなみにまぁちゃんは、急拵えで勇者様の衣装を借りたそうです。
…といっても、勇者様がお国にいた頃の衣装はちょっと小さいらしくて。
着られないことはないんですけど、手足がちょっと丈足らず。
白いドレスシャツに、ブルーグレイのズボンという格好でまったりソファに寛いでいました。
「ん? ああ、風呂終わった?」
女の長風呂を分かっているのでしょう。
私達のことは全く待っていなかった様で、勇者様の私物らしい本を読み漁っていたようです。
面白い本でもあったのか、すっかり読む体勢ができています。
でも私達の姿に目を留めて、ちょっと考え込む顔つき。
そのまま無言で勇者様の衣装部屋に消えて、そして直ぐに帰ってきました。
さっきまでのラフな姿に、幾つかアイテムを増やした姿で。
きっと私やせっちゃんの衣装に合わせたんでしょう。
首元には紺色のリボン。
臙脂色のベストに、銀鎖の飾りを付けて。
丈の短さを誤魔化す為に肘までまくられていた袖には、黒いリボン。
袖が下がってこない為に細い黒いリボンを巻いて結んで。
見立てを手伝ったらしいサディアスさんが、良い仕事したと言わんばかりに頷いています。
サディアスさんが満足そうなのも分かりますね。
格好良いです。
確かに、格好良いんです。
格好良い、のですけど…
だけど全然黒くない格好がなんだかまぁちゃんっぽくなくて、凄まじい違和感でした。
やっぱりまぁちゃんは、黒ずくめが一番似合います。
やっぱり、ほら、魔王だから。
幼少期から見慣れた姿との差異に、思わず首を傾げてしまう私でした。
しかしながら、此処は人間の国。
黒いばかりではないまぁちゃんの姿をその後も何度も目撃することに。
お陰で私は、何度も反応に困ることになりました。




