105.殿中でござる!
さあ、想定外の修羅場をはじめましょう。
向かって西。
迎え撃つはうっかりナンパ(笑)じみた反応実験に横入りされちゃった軽業師。
軽薄サルファ。
対する東。
絡まれるご令嬢を助けたら、見れば相手が実の甥(年上)だったりしちゃった青年騎士。
生真面目フィーお兄さん。
困惑を隠せないルシンダ嬢を間に挟み、両者向かい合って………
うん、二人とも完璧に硬直していますね。
これから一体どうするつもりなのか…目が離せません。
ある意味ドキドキハラハラワクワクな展開が予想されます。
「フィサル…っ お前!?」
「よ、よぅ☆シフィ君…」
げんなりと疲れ果てた顔のサルファが、弱々しく片手をあげて御挨拶。
フィーお兄さんは険しいお顔で、疑惑全開にサルファを睨みつけています。
「…お前は、そこまで下劣な輩と成り果てていたのか」
「ん、んんー? シフィ君、なんかすっごい酷い言い草なんだけど…」
「嫌がるか弱い婦女を強引に従わせようとは、見損なったぞ! フィルセイス家の誇りも、もはや打ち捨てたのか…!」
「え、ええええぇ…強引に、嫌がる婦女を………って、言い過ぎじゃね!?」
「言い過ぎなものか! 現に、女性がお断りしているというのに空気の読めないしつこさを発揮していたじゃないか!!」
「外れてない…外れてないけどさぁ。うん、当たってるけどねぇ? でもこっちの背景も知らないで、ちょっとそれは…」
「問答無用…! その性根、今日こそ叩き直してくれよう。この根性なしが…!!」
「きゃー! 殿中☆でござる――!!」
そう言って、本当に問答無用と飛びかかりそうなフィーお兄さん。
今にも襲われそうな現実に、及び腰…
…というかすっかり逃走を見越して身構えるサルファ。
…まだ、余裕があるね。
でも、ここで叔父甥喧嘩を始めないでください。変に目立つよ。
というか、サルファは根性あると思うな。
うん、それもかなり無駄に。
サルファの「殿中」という言葉が効いたのか、流石に抜剣はしなかったけれど。
それでも鞘ごと殴りかかってくるくらいには、フィーお兄さんは激昂していました。
わあ、過激に力強い☆
重たい鉄の塊だろうとなんのその、剣も自由自在です。
お陰でやっぱり目立ちます。
「シフィ君たんまー!」
「待ったなしだ、この愚か者!」
始まる、広がる、鬼ごっこ。
鉄の打ち付ける固い音が響き渡ります。
わあ、俊敏だけど身が軽すぎてサルファが猿みたい☆
…奴の身ごなしは、まさしく猿だと思います。
一方のフィーお兄さんの身のこなしは猟犬の様な苛烈さで。
今にも剣という牙をもって食いつき、噛み千切りそうな迫力があります。
ですが、その体捌きは冷静そのもの。
動きの一つ一つが完成した美しさを持っていて。
「………あれは、かなり基礎から鍛え込んでいる動きだな。型が美しすぎる」
「常日頃から訓練とか修練とか欠かさず行ってそうですよね。真面目だから」
「そうだね。クソ真面目っぽいし」
総じて、私達のフィーお兄さんに対する印象は真面目野郎というところに落ち着いて。
日課にしているだろう訓練を毎日欠かさず行っていそうだと頷きあいます。
見ているだけの私達は、品評を交えながら半ば現実逃避気味でした。
なんだか、こっそりひっそりの筈だったのにどんどん大事になりつつある…
だって、目立つ。
本当に凄く、目立ってるから。
目立つのは家に帰りたくないサルファにとっても、有難くないことでしょうに。
いきなり始まった刃傷沙汰(まだ未遂)。
過激な非日常に、訳もわからぬうちに巻き込まれたルシンダ嬢はいい迷惑でしょう。
どんな反応をしているものかと、これだけでも成果を得ねばと視線を流します。
………乱闘騒ぎ中の、フィルセイスの二人からはそっと目を逸らして。
さて、ルシンダ嬢は…
「諍いはおやめ下さい! どのような理由であれ、対話で解決を…!」
おろおろしていました。
お綺麗な言葉を吐きながら、めっちゃおろおろしていました。
何とか二人の青年を止めようと、自分の都合も事情もそっちのけ。
巻き込まれる人が出ないようにと思っているのでしょうか。
それとも醜聞を抱える身として、目立ちたくないと思っているのでしょうか。
遠巻きに足を止める人々を気にしながら、ルシンダ嬢は尚も言い募るのです。
「王の住まいたる城で、騒ぎを起こすなんて! 怪我人が出たらどうするのです…っ」
………フィーお兄さん、助けに入った相手まで困らせてどうするんですか。
どうしようもないな、あの二人…
そんな失望が、胸の中を駆け抜けます。
まあ、サルファは折檻されても仕方ありません。
フィーお兄さんも、見咎めた相手が実の甥だったせいで逆上してしまっているのでしょう。
それこそ失望とか、身内の恥とか、何とか。
そんな感じの理由を燃料代りに頭燃えてるんでしょうね…かちかち、と。
フィーお兄さんは、完全にサルファしか見えていないようでした。
後で自分の行いを振り返って、奈落のどん底まで落ち込みそうですね。面倒な。
いつの間にやら騒ぎを聞きつけ、がやがやがやや。
………観衆が集まっているんですが。
一緒くたに取り囲まれて、ルシンダ嬢も困っています。
国王との謁見という大事を前に、こんなことになるとは。
まさか彼女も思っていなかったことでしょう。
サルファのせいでとっても大目立ちですね☆
そして、当然と言えば当然ですが。
やがてこの騒ぎを聞きつけ、新たな闖入者がやってきたのです。
「これは一体何の騒ぎだーっ!?」
……………あ。
………………………。
…………………。
……………。
…その瞬間、時間が止まりました。
だって、やって来たのが………
私もオーレリアスさんも、むぅちゃんも。
サルファもルシンダ嬢も、その従者も。
そしてフィーお兄さんも。
居合わせた当事者の全員が、ぽかんと口を開けて。
衝撃をやり過ごすこともできず、ただただ固まることしかできないでいたのです。
唖然と、その人を見つめて。
だって、そこにいたのは………
勇者様、だったんだから。
なんで絶対安全地帯(離宮)出てきちゃったの、勇者様…!?
確かにここにいればと思いもしましたけれど、誰も本当に来いとは思っていませんよ…!
驚愕で固まるなという方が、無理な状況でした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「おい、勇者」
何がなにやら、なんだか分からない朝。
分からないなりに、どうやら自分の混乱は意図的にあおられたらしいと気付く。
それでも、これが誰かの画策だとわかっていても。
胸の激しい脈動と、緊張は俺を縛っていて。
そんな中で聞かされた、天敵とも言えるとある人物の近況。
そしてこんな時だというのに、同じ城内に参内するという不穏。
平素であれば、動揺せずにいられない情報。
いや、動揺なんて言葉じゃ生温い。
きっと俺は現実に耐えることができず、冷静さを欠くだけじゃ済まなかったはずだ。
「おーい、勇者ってば」
だけど聞く前から既に動揺していた場合は、どうすればいいんだろうか…?
今更再び怯え騒ぐまでもなく、既に胸の内は煩いくらいで。
改めて驚き騒ぐような、そんな余地がないんだが…
胸に手を当て、目を伏せると、目裏に浮かぶものが有る。
それは、あの忌まわしい記憶や少女と、全く何の関係もないもので…
その光景が。
先程、この身に起きた出来事が脳裏をちらつく。
どうしても意識をそちらに取られ、新たに取得した重大事に頭を割く事ができない…。
その、お陰か。
かつての事件以来、あの人物の名を聞くだけで、全身の冷汗と震えは収まらなかった。
なのに、今。
この身が震えることはない。
この身が、冷たい汗に濡れることもない。
どうしても、さっきのことが気になって。
「勇者。勇者ー?」
遠く行き過ぎた、ふるい記憶が。
そこに込められた絶望と恐怖が。
何故か今の俺には、取るに足りないように思えたんだ…
だって、他のことばっかりが気になって。
そんなことは初めてだったけれど、あの事件のこと以上に気になって。
忌まわしいはずの記憶は、いつもの猛威を全然振るおうとしない。
他の部分に思考を割いている分、そちらのことを考えている余力など、ないと。
この肉体の中に納まった脳が、そう判断を下してしまったかのように。
「……………もう殴ろうかな、こいつ」
あかくなるまで。
不意にその言葉が脳裏に染みこんで。
凄い威力で、理解力が脅されて。
気付いたら俺はがばっと顔を挙げ、食い入るようにまぁ殿を見ている。
「あかくって、何で赤くする気だ!」
「ん? t――」
「止めてくれ!?」
「まだ全部どころか一音すら言ってねぇよ!!」
うわぁと。
うわぁと思ってしまうくらいに。
まぁ殿の声音には本気が混じっていたと思う。
それは絶対に、気のせいじゃない。
「…ったく。それが嫌ならさっさと返事しろよ」
「え…呼んでたのか?」
「………まさかお前、気付かなかったわけ?」
……………そのまさかだと言ったら、俺はまぁ殿に殴られるだろうか。
「チッ……気持ちも分からなくはねぇけど、現実逃避しすぎだろ」
「現実逃避?」
「………へいへい、自覚ねぇのな。分かったよ」
???
まぁ殿は、何を言っているんだろうか…
「まあ、逃避云々はもういいや。今はいい。それよりも、だ」
「なんだろうか、まぁ殿」
「あー…逃避して状況掴めてねぇよなぁ。一応、確認しとくぞ?
リアンカが恐怖の暗黒令嬢の偵察だっつって飛び出してから、早三十分が経った訳だが」
「!!?」
なっな、な…っ
なにをしているんだ、リアンカは!?
あまりの恐ろしさに、顔から血の気が引くのが分かった。
その冷却効果で頭が冴え、ああ確かに自分は逃避していたんだなと気付く。
まぁ殿に、耐えろといわれた。
耐えるために、殻に閉じこもっていたようだ。
だけどそれも、ここまで。
逃げていてはどうにもならない問題を、何故自分から引き寄せるんだ!?
リアンカ…!!
お前が突っ込んで行った相手は、俺の人生史上で最も恐ろしいと感じた相手。
十九年で最も、得体が知れない…底が知れないと感じた相手なんだぞ!?
そんな相手を前に、どんな惨状が引き起こされるのか…
「まぁ殿!?」
「よし。勇者が正気に戻ったところで、行くぞ」
「………行くって、どこに?」
「リアンカにてめぇのお守頼まれてんだよ。側を離れるなだってよ。
…なら、俺からは離れられなくても、お前が一緒に行けば万々歳だな?」
「同意を求めるな! そもそも、どうして行かせたんだ!?
普段からのまぁ殿なら、単独で向かわせないだろう?」
「まぁな。正直、今の同行者共も肉の壁としちゃ役不足だし。
俺だって、俺のこの手で守ってやりてぇさ。だから、行くぞ」
「そもそも、どうして最初っから一緒に行かなかったんだ…!?」
「真正面からリアンカに論破された」
「大人しく論破されないでくれ…!!」
どうやら俺は、安全地帯として離宮に隔離…匿われていたらしい。
まかり間違っても、問題の人物と遭うことがないように。
だけどこうなっては、そうも言っていられない…。
引きこもっているよりも、ずっと強く。
俺は、行かなければならないと思ったから。
だって。
放置…野放しにするには、リアンカ達の行動が予測できなさすぎて。
正直に言えば、恐ろしく感じたから。
俺は満足げなまぁ殿と連れ立ち、サディアスの監視する離宮を抜け出した。
俺の預かる人物が乱闘騒ぎを起こしたとして、伝令が来る二十分前のことだった。
次回、いよいよ宿命の直接対峙…
………なのに、宿敵が全く目立っていないのはどこぞの武闘派叔父さんとちゃらんぽらん甥っ子のタッグのせいですねwww