104.贔屓目に見て変質者。
さあ、いよいよルシンダ嬢の反応実験サルファ編!
奴は一体何をやらかすのか…
さてさて、ルシンダ嬢の反応実験。
下々の者が粗相を働いたら?という場合を実証する担当だったむぅちゃん。
ですがむぅちゃんが、過剰にやりすぎまして。
相手は危険人物かもしれないので、もっと慎重にやった方が良かったと思いますけどね。
しかしながら、結果は全くの予想外。
少なくとも、私とむぅちゃんにとっては。
許すどころか、彼女は粗相を働いた召使に慈愛を与えた。
混乱しそうな、その結果。
そしてオーレリアスさんの断片的な証言により、まさかの衝撃。
『ルシンダ嬢人格者説』が浮上している訳ですが…
より一層の、鋭い目を持って。
ルシンダ嬢を見極める為、次の実験に移りましょう。
先程のものは、ルシンダ嬢に下々の者が無礼を働いた場合。
次はサルファの担当。
ルシンダ嬢に、下々の者が馴れ馴れしく振舞った想定の場合…です。
……………そのシチュエーションが。そして、担当者が。
奴でソレだという時点で、大いに不安を感じるのは気のせいでしょうか…。
いざという時は乱入・強制終了も辞さない構えで、私達はぐっと身構え見守りました。
うん、誰もサルファを信用していませんね。
そんな私達の気を緩めることのできない、反応実験。
予定地点は、もうすぐそこです。
【その2 サルファの場合】
私達の不安を煽るサルファの登場は、想像以上の演出を有した気障っぽいものでした。
うん、あまりの酷さに瞬きを忘れましたよ。
だって、薔薇ですよ?
紫の薔薇、咥えて。
更に薔薇を散らしながら、奴は現れました。
その背中に、何本もの薔薇を背負って(物理)。
「やあやあ、そこいくおねぃさん♥ ちょっと俺とお茶しな~い?」
奴はそんな、そんな台詞での登場で。
それを目にした瞬間、私達は思わず地面に潰れました。
サルファ……
サルファ、あんた、あんたは………あまりにも、酷過ぎる。
あまりにもあんまりな登場に、私達三人は揃って頭を抱えて項垂れました。
誰だ、奴に任せたの。
私じゃん。
そんな自問自答を繰り返す。
奴の芸の達者さと、細かいことも並み以上に平然とこなす器用さに賭けたんですが…。
いま、私は盛大に賭けに負けた気分です。
背に薔薇を負い、口に紫の薔薇を咥え、タンゴのステップでにじり寄る庭師風の若い男。
………それは、どう贔屓目に見ても変質者でした。
手に装着したカスタネットがまた、何とも言えません。
言動が異様なのに、それが何故か妙に似合うのも腹立だしくいらっとします。
着ている服が一般的な野良着で風体そのものは素朴なのに。
なのに、そのミスマッチさが、一層の異様さを煽って恐ろしい。
私だったら、ずざざっと後退ったついでに目潰しに煙玉を投げつけるだろう場面で。
ほら、お付きの従者さんもかなり度肝を抜かれた様子じゃないですか。
警戒態勢で、おおっぴらに腰元の剣へと手を伸ばしてるじゃないですか!
切り捨て御免でも私は仕方がなかったって証言しますよ!?
元々の想定とはかなり違うので、結果が恐ろしいばかりなのですが…
しかしこれこそまさに、突発的事項という奴でしょうか。
この怪しくも、誰も想定していなかっただろう事態。
こういったことに対面する時、本音が垣間見えるもの。
さあ、ルシンダ嬢の反応は…?
私達は、半ば期待しながらも諦めもたっぷり含んだ眼差しで。
そろり、標的の姿を目に移したのですが…
………我が目を疑いました。
え、なにこれ。この光景?
動転して「なにれこ」と言いかけるくらいには、不思議な場面がそこにありました。
だって。
だって、あのサルファを前に、して。
ルシンダ嬢が、変わらずおっとりとした様子で…!!
「………………………」
サルファの姿を急に見て、一時硬直したようでしたけど。
その全容と言葉を認識して、おっとりと硬直を緩めました。
より正確に言うのであれば、なんだかまるで困ったやんちゃっ子を見るような目。
それで、おっとり首を傾げているんですけど。
え、ルシンダ嬢…そこは拒絶反応を見せるところですよ?
ねえ、感性おかしくないですか?
首を傾げるだけじゃなく、逃げないと!
私達は立場も忘れて、ルシンダ嬢のことを案じました。
その身を、ではありません。
サルファによって精神破壊されないかどうかという、その一事を。
だけど私達の心配など知らないルシンダ嬢は、ただただ困ったような様子で。
実際に、そう口にしました。
「困りましたわ。折角のお誘いではありますが、知らぬ方とはご一緒する訳に参りませんの。それに、こちらも時間が迫っているものですから…」
え、そこで丁寧にお断りしちゃう?
そこまで丁重にしなくても、大丈夫じゃないかな?
全力疾走で逃走しても、誰も責めませんよ?
案の定、苛烈な拒絶に慣れたサルファも、予想外だったようで。
………ええ、きっとやっている本人にとっても驚きの反応だったのでしょう。
魔境であんな舐めた真似をしたら漏れなく酷い目に遭います。
爆笑されるか、狩られるかの究極の二択が発生しますからね。
勿論、狩るのはマルエル婆です。
でもここに、マルエル婆いない。
誰もサルファを本当の意味で制御する人はいません。
サルファの顔に、葛藤が浮かびました。
多分、此処で自重するか調子に乗るか迷っているんだと思います。
最終的に、サルファの選んだ道は…
「なあ、おねーさん。俺が言うのもなんだけどさぁ、こんな頭おかしい奴に声かけられたら問答無用で逃げるかなんかしなきゃ。相手にしちゃ駄目だって」
やった本人が何か言ってますよ―――っ!?
え、まさかの窘めお説教?
本当、お前が言うなよ……
ほら、頭おかしい言動で姿を現した変質者にお咎めを受けて、従者の人も驚いています!
ルシンダ嬢だって物凄く戸惑っているじゃないですか!
しかしサルファは全く頓着することなく。
あの聡い男が、ルシンダ嬢の様子に気付かないとも思えないんですけど…
ルシンダ嬢の戸惑いを歯牙にもかけず、おかしな風体のまま真摯に言うのです。
「誰にでも丁寧に接するのは良いことだけどさぁ? 世の中にはそれで図に乗る馬鹿だって多いんだよー。おねぇさんみたいな美人はちゃんと自衛しないと」
サルファ、あんたに呆れたように言う資格はない…。
不審人物が己のやらかした不審行動への反応で、逆に不審人物への自衛を説く。
その光景を目にしたオーレリアスさんの目が、虚ろです。
みるみる死んだ魚みたいな色になっていくんですけど。
あとサルファ、あんた背中に背負った薔薇を下しなよ…
凄い安定感だけど、何で固定してるんだよ…その紫の薔薇。
背中から全然落ちない紫の薔薇は、悲しいくらいに綺麗でした。
あんな男の背中を飾るのが、勿体ないくらいに。
………物凄く立派な薔薇なんですけど。
丹精込めて育てられたっぽい薔薇なんですけど!
サルファ、どこでそんな立派な薔薇を手に入れたの?
数々の疑問が次から次と湧いて仕方ありません。
どうして、サルファはこんなにツッコミどころに溢れているのでしょう。
だけど、私ではツッコミを入れようにもどこから切り込んだものか、悩ましくて。
………勇者様が、ここにいればなぁ。
すっかり私の中では『ツッコミ勇者様』という称号が燦然と輝いている訳で。
こういう時にこそ、あの方の真価が発揮されると思うんです。
でもその勇者様の為、サルファにはちゃんと働いてもらわないと。
少なくとも、ルシンダ嬢がツッコミ体質じゃないことはわかりました。
むしろ、大ボケかました本人に窘められているあたり、適正なし?
でもこんな情報を知りたかった訳じゃないんだけどなぁ…
サルファ、もうひと踏ん張り頑張って!
遠くから、ただひたすらに穏やかでおっとりしたルシンダ嬢を前に。
ちらちら、こちらにサルファが助けを求めるような視線を送っていましたが…
奴の戸惑い面も珍しいな、と思いながら。
私達は誰一人として助けることなく、任務続行を命じるサインを送ります。
ひらり、物陰から突き出した手の動きでGOサイン。
それを読み取ったサルファの顔が、一瞬情けない表情を浮かべます。
しかし誰も勘弁してくれないと悟ったのでしょうか。
それとも玄人根性か。
覚悟を決めたように、奴の目に光が戻ります。
ネタをコツコツ拾う、抜け目ないお調子者の光が。
「そんじゃ、そーいう厄介な相手との対処法についてもーちょっと深ぁくお話したいなー☆ 俺が上手な対応ってヤツをじぃぃっくり教えてあげちゃう☆ って訳でそこの東屋で薔薇でも愛でながら一緒にお茶でも♪」
だけど奴がしたのはナンパでした。
やっぱりか…何故か、そんな感想がこの胸に去来。
ナンパ続行してどうする、それを続けろと言った訳じゃないぞ、と。
そう思いながらも期待を裏切らないサルファの言動に、何故かほっとしました。
「いえ、ですから本当に、私は…」
「そんなこと言わずにさー? ど? 聞いといて損はさせないって☆ なんたって俺、そーいうことにも詳しいからさ!」
「ですが、時間が………王陛下をお待たせする訳には、」
「んー…じゃ、終わってからなら、ど? 今の季節は薔薇だけじゃなくってさぁ、もっと綺麗なお花ちゃんも色々あって時間も忘れちゃうって☆ あ、だったらもっと時間がある時がいいよねー? じゃあさぁ…」
さ、サルファのナンパトークが途切れねぇ…!
しかもちゃっかりトントン拍子にデートの約束を取り付けようとしていますよ!?
その手際が、強引キャッチのような手際が恐ろしい…!
あれでまだ本気ではないと、そう感じさせる余裕が更に戦慄モノです。
ですがなんと言うか…段々、なんかルシンダ嬢が『被害者』に見えてきましたね。
性質の悪い男に捕まった、世慣れない箱入り娘という風情で。
お話の定番なら、こういう時に色男の助けが入るんですよね。
「そこのお前、彼女が困っているのがわからないか…!」
そうそう、こんな風な…――って、本当に来た!?
え、これ私達の仕込じゃないですよね? 本物!?
そして顔を見て、更に驚きです。
正真正銘、本物の色男が助けに入ったのか、と。
驚き絵物語な展開に「は!?」となっていた訳ですが。
助けに割入ったお兄さんの姿を見て、私は更に硬直。
見れば、サルファだって引き攣った笑みを浮かべています。
その表情を一言でいうなれば………『気まずげ』。
それ以外に、何と表現したものでしょう?
でも、その気持ちもわかるのです。
ええ、サルファがそんな顔をする気持ちも。
そして割入った側。
か弱い淑女を助けんと義侠心だか色気だか打算だか親切心だか正義感だか何らかの理由で以て助けに駆け付けた青年。
彼の方まで、顔が引き攣っている理由も…。
うん、お兄さん………あんたの気持もわかるよ。
事情を知る、私もむぅちゃんも。
当事者として問題にぶち当たってしまったサルファも、青年も。
助けられたはずのルシンダ嬢のことなど一時忘れて。
いえ、思い出しても置き去りにして。
私達は揃って、それぞれの場所で思いっきり硬直していました。
その、何とも言えない心情で。
置いてきぼりになって状況を掴めずにいる、ルシンダ嬢。
そして同じくオーレリアスさん。
二人はただ、成り行きの意味するところを知らず。
知りようもなく、濃厚な戸惑いを顔に浮かべているのでした。
ああ、そっか…うん。
オーレリアスさん、あの時は離れた場所に、いたもんね…。
知らなくっても、顔を見てわからなくっても、仕方ないよねー…。
私達が引き攣った、原因。
サルファを凍りつかせ、気まずくさせるその青年。
思いがけない再会に、硬直した体。
それは、相手も同じことで…
うん、すっごい唖然としてる……
サルファを硬直させる厄介な事情を抱えた相手は、今この王城にそう何人もいません。
そしてあの青年のことは、私も知っています。
シフィラレンジ・フィルセイス
サルファの叔父にして、奴を連れ戻そうとする歴戦の勇士。
南国の青年騎士が、そこにいました。
今も、サルファを制止する姿勢で、体を強張らせたまま。
サルファが念頭に置いて置き忘れたこと。
フィーお兄さんがそう言えば同じ王城内にいる。
→ややこしいことになりました。
さて、サルファの連れ戻しを希望するフィーお兄さんまでもが乱入で、このあとどうなるのか…!?
実はあまり考えていませんが、予想以上の波乱の幕開け。
ルシンダ嬢は忘れられずにいられるでしょうか…!