100.勇者様、羞恥に悶える
100話目なので、という訳ではありませんが。
図らずしも、書いていて同居話の定番ネタが降臨しました。
しかし男女の立場が逆転してるのもまた、このシリーズのお約束かと(笑)
勇者様が不憫すぎて、涙ちょちょぎれちゃうよ…(爆笑)
こりゃ十中八九、どこかで顔を合わせるな、と思ったので。
私は勇者様に、予めルシンダ嬢の復活を告げる道を勧めました。
その方が、いざという時の心構えも覚悟も決まるでしょうし。
そうしたら、お役目を押し付けられました。
そう言うなら、私が告げろ…と。
………どうせみんな、似たようなことは考えていたはずです。
なのに誰も意見を言わなかったのは、この為でしょう。
まんまと私ははまってしまった訳ですが。
最初に切り出した奴の宿命として、起きぬけの勇者様を奇襲することにしました。
「リアンカ嬢!? 誰もそこまでやれとは…!」
私は何事か呼びかけてくる声も振りきり、ひた走りました。
勇者様の寝室へ。
………なんか制止の声が聞こえた気がしましたが。
多分、気のせいでしょう。
「勇者様、御免――!!」
パシーンっと勢いよく、気持ち良く扉を開け放ちます。
開けた先は勇者様の寝室。
昨夜、皆で歌い騒いで見る影も原型もないほど無残に彩って荒した、あの寝室。
勇者様の憩えなくなった憩いの場。
開け放った先には、肌色の物体がいました。
「きゃあああああっ!?」
うん…肌色。
………肌色面積九割の、勇者様がいました。
後ついでに、着替えの手伝いをしていたサディアスさんも。
「わ、ごめんなさい?!」
私は慌てて焦って慌てふためいて、焦って。
どうしたものか頭が真っ白になってわからなくなって、まごまご。
うわぁうわぁと右往左往するものの、どうしたらいいのか分からなくて。
視線が彷徨うばかりで手足が変に硬直して、動かなくて。
どうしようどうしようって、どうしたものか…
え、こういう時ってどうすればいいんだっけ?
参考、そう、参考参考参考………なにか、参考になりそうなものは。
その時、一瞬だけ頭にヨシュアンさんの顔が浮かびました。
………が。
ヨシュアンさんという時点で参考にしちゃ駄目だと、思いました。
だから、慌てて頭の中の映像をかき消して。
こういう時、頼りになる人って誰だったっけと。
まぁちゃん? せっちゃん? りっちゃん? 父さん、母さん? 副団長さん? マルエル婆? 真竜王さん? ラーラお姉ちゃん? プロキオンさん? めぇちゃん? むぅちゃん? リリ、ロロ…? お師匠様? あーと、ああ、叔父様、叔母様?
えとあと、えーと、あと誰だっけ???
空転する頭が、現実逃避に走り始めて。
ひたすら滑る頭の中が、酸素不足で喘ぐような苦しさで。
その時になって、勇者様が一喝。
「ドア!!」
一言でした。
でも、その一言で十分でした。
「ホントのほんとにごめんなさぁい!!」
スパーンッ と。
開け放った時以上の勢いと清々しさと、全力で。
私は自分が開け放って全開にしていた扉を、叩きつけるように閉め直したのでした。
「…………………うわぁ…見ちゃった」
頭の中で、御免なさいと蛙が大合唱していましたけれど。
現実の私の口からは、何故かそんな呟きだけがぽつりと落ちて、消えました。
流石に失礼だったなぁ、というか…
うん、色々見ちゃった………どうしよう。
ノックくらいは、するべきでした……………
うん、うん………ノリと勢いで行動すると、時として事故が起きますね。
ええ、わかります。
というか分かってしまいましたと言うか………見ちゃったよ。見ちゃいましたよ。
いや、まあ、前にも見たことはありましたけどね…?
真竜の里で、罰ゲームの時に勇者様ったら全裸にされちゃってたし。
あの時に比べれば、今日は下着をつけていた分ちょっとマシと言えなくもないけど。
でもあの時は勇者様、舞台の上で遠かったし。
遠目で、そんなしっかりはっきり見た訳じゃなかったし。
すぐにまぁちゃんが目を塞いでくれたし。
見たは見たけど、そんな眼裏に焼きつくほどガッツリ見た訳でもないし。
すぐに勇者様本人も毛布を与えられてましたし。
こんな間近で、仮にも乙女の範疇に入る身で、なんて物を見てしまったんでしょう…。
距離が近かったせいか、前と違って自分の動転ぶりが凄いんですが………。
そりゃ、薬師として治療の際に、上半身裸とか足丸出しとか見ますけど…
流石に露出が危なくなるような男性の治療は、むぅちゃんがやってくれてたし。
今日の勇者様は、怪我の治療をする時に見る姿よりも、より全裸に近いというか……
うん、まぁちゃんに怒られる。
同じ下着一枚でも、サルファにはこんな動揺しなかったんですが。
………………………うん、サルファ。
そういえば、昨日、下着一枚で吊るしたっけー…
………よし、落ち着きました。
うん、昨日のサルファを思い出したら、なんか落ち着いた。
うんうん、騒ぐほどのことじゃない気がしてきました。
精神の安定作用があるとは、サルファも時として役に立ちます。
同じような下着一枚という、本当に差のない恰好なのに。
勇者様の時は驚き慌てふためきましたが、サルファには何とも思いませんね!
いっそ清々しいくらい! 本当に動じる部分がなくて、若い娘としてどうだろう!?
心が乱れなかったあたりに、扱いの差が思いっきり出ていると思います。
こうして自分の態度を改めて分析すると、しみじみ思いますね。
私ってサルファのこと、本当に何とも思ってないんだなぁ…って。
私の中では、せいぜい虫か何か…精々、山椒魚?くらいの扱いをしている気がします。
うん、偶に役に立つのは確かですが。
何だか、違う生き物を見ているような気がするんですよねー…。
あの度胸とか見ていると、人間とは思えなくなることも度々です。
「……………しかし、勇者様の悲鳴…可愛かったですね」
きゃあああああっですって、きゃあああああ。
今時、女の子が相手でもこんな可愛い悲鳴はそうそう聞けませんよ?
「余計な御世話だ!?」
思わず記憶を反芻し、引っかかったことが口からポロリ。
その瞬間、扉は内部から荒々しく開かれました。
私が頭を抱えて右往左往している間に、勇者様も着替えを終えられたのでしょう。
いえ、もしかしたら勇者様のことですから、出て来辛いものを感じて扉の前で頭を抱えていたのかも知れません。それはもううじうじと、恥じらいに頬を染めて、もだもだと。
私と同じように、右往左往していたの?
それで、聞き捨てならない言葉を拾って、思わず扉を開けちゃった?
そうとしか思えない、完璧なタイミングでした。
そしてその推測を裏付けるように。
じっと見つめてみれば、勇者様がふいっと顔を逸らします。
目、思いっきり泳いでますね。
勇者様の目は、蝶の如く泳いでいました。
心なしか目元も赤くて。
ここ数日で、何度も目にした光景です。
赤面癖がついちゃうんじゃないかと心配になっちゃう。
心配になる位、勇者様の赤ら顔を何度も見ている気がします。
「おぅ…勇者様ったら女の子みたいな悲鳴でしたよね」
「咄嗟だったからな!? 何を叫んだか、自覚を求められても困るからな!?
というか、いきなり何なんだホントいきなり、お前は!!」
「わあ、勇者様ったら混乱中? いつになく口調が乱暴ですよー」
「思いっきり混乱中だよ! こん畜生ー!!」
自分のアレコレやら置かれた状況やら、なにやら。
いろいろ思うところあってか、勇者様も動転しているのか。
思いっきり、口調に乱れが生じてますし。
情緒不安定とは違う意味の不安定さで、勇者様がぐっらぐらです。
悲鳴は裏返った声が高音に達して女の子みたいでしたし。
この頃もあれやこれやと、恥ずかしがってよく赤面するし。
あんな女の子みたいな悲鳴、初めて聞いたし。
まあ、まず女の子が悲鳴を上げるような現場に遭遇しませんけれど。
でも総じて言ってしまうと、なんだか勇者様が可愛い…。
そう思ってしまった私の頭は、はっきり言ってまだ混乱している気がしました。
アレです、落ち着いたと思ったけれど、当人を目の前にして混乱がぶり返したというか。
うん、頭に血がのぼっている気がします。
冷めろ冷めろと念じながら、私は素知らぬふりで押し通します。
私は勇者様の荒ぶる感情を宥めようと、穏やかに笑って見せました。
「大丈夫、大丈夫ですよ、勇者様。恥ずかしがるほど大したものじゃありませんでした!」
「…………………っ」
あれ? もしかして私、何か言い間違えた?
大したものは見ていないって、言い…ました、よね?
言ったつもり、でしたが…
何故か勇者様が、両手で顔を覆って蹲ってしまいました。
あれぇー…?
そんなつもりじゃ、なかったんですが。
意図せずして、精神に大打撃。
どうやら私は朝っぱらから勇者様にとんだ精神破壊攻撃を仕掛けてしまったようで。
なんか、勇者様が病人みたいな顔色になっちゃってるんですけど。
これ、どうしたものでしょうかね…?
半死人と化した勇者様を前に、途方に暮れるけれど。
頭が衝撃で凄いことになっているのなら、別の衝撃を与えて正気に戻すだけ。
有る意味ショック療法だ! と、強引にて力技な結論に達しました。
いやだって、他にどうすればいいのかわからないし。
私も、私自身だっていい加減混乱が凄まじいし…
冷静な判断ができないのは仕方ありません。
だから、冷静な判断ができないのなら冷静じゃない判断に頼ることにしました。
他に頼るモノはないし。
サディアスさんは偲びない、という様子で目頭押さえてますし。
サディアスさんにどういった思惑があるのかは謎ですが…
彼は私や勇者様の間にこれといって口を挟むつもりはないようです。
まあ、魔境組全体にそれが言えますけれど。
特に、私やせっちゃんには何も言いません。
その思惑の裏側を探ると、怖い本音が出てきそうなので私も敢えて探らないけれど。
せめてこんな時ぐらいは、客観的立場から助言なりしてくれないものでしょうか…。
いえ、でも。
ここは発想を転換してみましょう。
こんだけ衝撃受けてぐらぐらなんです。
今なら先刻の事件で頭の中いっぱいいっぱいの筈…!
うん、だから。
だから今なら、あのショッキング情報を耳にしても、余所事(着替え中に私乱入)に気を取られて、受ける衝撃が少なく済むかも知れません。
最悪、ルシンダ嬢の情報に圧倒されて、恥ずかしがるどころじゃなくなるでしょう。
むしろ私に関する衝撃的記憶の方が吹っ飛ぶかもしれないし。
………どちらの衝撃が吹っ飛ぶか、賭けですね。
重みは圧倒的にルシンダ嬢の方にあります。
しかし私の方は、至近の衝撃。鮮度が命。
もしかしたら…うん、賭けちゃおっと☆
こうして、私は勇者様にとっての重大事に。
ほんの軽~い気持ちで、賭けに乗り出すのでした。
もしも勇者様とリアンカちゃんの性別が逆だったら、別の物語が始まっていたかもしれません…。
というか、リアンカちゃんよ…
そこで思考が勇者様~ではなくサルファなら平気!なんて斜めの方向にいくから、貴女の恋愛情緒面はいつまで経っても育たないのよ…?