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99.駆け落ち被害拡大中!

今回からルシンダ嬢編に入ります。

…といっても、まだ登場しないのですが。

 明くる、朝。

 皆様、前夜の大人げない乱闘が響いて、ちょっと気怠げ。

 だって決着がついた時には一番鶏が鳴いていたんだから、仕方ないよね。

 でも早々に沈没したサルファも怠そうなのは、何故かな?

「リアンカちゃんってば☆ 皆だるだるしてるのは、ぬいぐるみ合戦のせいだけじゃないって! 昨日は怒涛の一日だったじゃん!」

「ああ、そういえば。サルファは闘ったり闘わなかったりしてたっけ」

「そうそう。勇者の兄さんの幼児退行騒動で、忘れ去られちゃったけどね!」

 そういえば、そうでした。

 昨日は言われてみれば、確かに怒涛の一日。

 まあ、私はこれといって動いていませんでしたが。

 強いて言えば、勇者様を担いで退却した時に走ったくらい?

 その後、まさかの勇者様の壊れぶりで記憶も一色に塗られていたみたいです。不覚。

 

 だけど一番疲れたのは、やっぱり勇者様かな。

 運動量そのものは魔境にいた頃に比べると格段に劣るんだけど、ね。

 やっぱり精神疲労が洒落にならなかったみたい。

 今日の勇者様は、珍しくお寝坊です。

 そんな頃合いを見計らったように。

 私達が勢揃いした食堂に、彼はやって来ました。


 顔面引き攣った、オーレリアスさんが。


 朝っぱらから厳めしい顔をして何事か、と。

 私達は首を傾げます。

 オーレリアスさんは手に、何かの書類を持っていました。

「部下から、報告書が上がってきた」

 話の切り出しは、そんな簡潔な一言から。

 オーレリアスさん、主語が抜けていませんか?

 でも話が通じたのでしょう。

 朝食の準備を整えていたサディアスさんがぎょっと顔をあげて。

「もうですか? 相変わらず、オーレリアス様のところは仕事が早いですね…」

「うちの部下は優秀だから」

「でも昨日の今日で、もう報告書が出来上がるなんて」

「掴んだのは概要だけだ。後は追跡調査の結果が順次上がってくることになっている」

「はあ…助かりますね」

 重々しい口調と、沈んだ顔。

 助かると言いながら、サディアスさんも応じるオーレリアスさんも顔をしかめていて。

 これは何事だろうと首を傾げていたら、まぁちゃんに肩を叩かれました。

「アレだろ? 昨日言ってたヤツ。ルシンダ某ってお嬢の詳しい調査結果」

「ああ、そう言えば!」

 そう言えば、調べるって言ってたっけ。

 すぽーんっと頭から抜けていましたが、その結果が出たようです。

 ………え、早くない?

 昨日の昼頃、調査を始めた筈ですが…

 一日経たずに、調べられるようなことなんでしょうか。

 私の疑問に、オーレリアスさんはしれっとした顔で応じます。

「この件(殿下の女難)に関しては、国家権力の協力も自由に取り付けられることになっている。何しろ殿下の御身に関する重要事項なので」

「おおう、国家権力…」 

 味方につけると、こんなに素敵な言葉もあまりありませんよね。

 やっぱり、勇者様は悪運だけは強いのかも知れません。

 だって王子様に生まれていなかったら、悲惨な人生に放り出されていたでしょうから…

「………本当に、運がいいのか悪いのかわからない方ですよねー」

「総じて悪いだろ、あいつ」

 本当に、世は無情ってヤツですね!


 

 勇者様に無用な衝撃をいきなり与えると、厄介なことになるのは昨日思い知りました。

 今のところ勇者様が過剰反応するのは、一つの関連事項にだけ。

 暗黒の思い出・ルシンダ嬢に関してだけだと言いますが…

 でもこれからも女難と付き合っていく限り、いつどこでどんな落とし穴にはまるか…。

 この先、もっと大きな精神被害を喰らわないとも限りません。

 コツコツ、勇者様の精神(メンタル)を強くしていった方が良いんじゃないかな?

「まぁちゃん、精神修行ってどうやるの?」

「ああ? …勇者か」

「うん、そう」

 主語を言わずとも話が通じました。

 まぁちゃんはガシガシと頭を掻きながら、どこか面倒そうな様子で。

「あー………座禅でもさせとけ」

 おぉう、なんとも投遣りな…。

 困った顔で見上げたら、まぁちゃんも深々と溜息。

 その顔には面倒だと書いてあったけれど。

「………しゃあねえ。念の為、シャーグレッドをもう一回呼んどくか。

精神(マインド)系得意な彼奴がいれば、いざって時にも何とかなるだろ」

 面倒だと思っても、ちゃんと親身に相談に乗ってくれるまぁちゃんが大好きです。

「……………いざって時は、本当に精神魔改造させるか?」

 ぼそっと聞こえてきた呟きは、敢えて聞こえなかったふりをしておきました。

 うん、まぁちゃん。

 そのお言葉を実行しようとした際には、全力で妨害させてもらうからね!

 何事にも精神的苦痛を感じなくなったら、それ人間じゃないから!

 私は勇者様が改造人間になる未来は、全力で阻止しようと思いました。



 私達は勇者様のいないところで、まずは報告を聞くことにしました。

 勇者様にどの程度の情報を伝えるかは、それから相談です。

 完全に情報隔離しちゃうと、最悪の事態が起きた時に勇者様が壊れちゃう!

 でもどの程度開示するかも、悩みどころ。

 だけどまずは、報告を聞いてみましょう。

 いざという時に勇者様をフォローできるよう、何かと近い場所にいる私達も念の為に情報を教えてもらいます。


「ルシンダ嬢が還俗したという情報の正否と、事実なら理由を知りたいところですね」

「ああ、報告書に書いてある」

 オーレリアスさんはこくりと頷いて、ひらりと報告書を示します。

 でも、私は分かっていました。

 朝の登場時の引き攣った顔。

 それからサディアスさんとの深刻な様子。

 それらを見るに、明らかです。

 そう、正否なんて聞く前から分かっていました。


「ルシンダ嬢が還俗したとの情報………確かに、事実らしい」


 簡潔に、結論を述べて。

 オーレリアスさんは疲れたように重い溜息をつきました。

 それが嘘であればと、きっと彼は全力で祈っていたのでしょう。

 しかしながら、現実は残酷で… ←特に勇者様に。

「相手は一国の王子を拉致監禁した猛者なんでしょう? ただで還俗なんてできませんよね?」

「ああ、ちゃんと理由も報告されている。馬鹿らしい限り、なんだがな」

 疲れきったオーレリアスさんの顔。

 それに加えて、馬鹿らしいとのお言葉。

 一体何事が起きたのかと、不謹慎にも胸が高鳴ります。

「一言で言うと、アレだ」

「あれってどれですか」

「…………本当に、馬鹿らしいんだが」

 前振りに、馬鹿らしいという言葉を繰り返して。

 私の不謹慎な期待を無自覚に煽りまくってから、オーレリアスさんは言いました。


「駆け落ちの、とばっちりだ」


「………駆け落ち」

 なんと。

「還俗の理由を聞いていたはずなんですが…

何だか今、物凄く場違いな単語を耳にした気がします」

「空耳でも聞き間違えでもなく、 駆 け 落 ち だ」

「誰と、誰が…?」

 え、それ還俗の理由って………え?

 思わぬ単語の出現に、軽く眩暈(めまい)がします。

 いま、私はどういった反応(リアクション)を求められているのでしょう。

 ちらりと、軽業師を確認してみます。

 こういう時の反応として正しいものの、ちょっと参考に。


 ……………サルファは、半分寝ていました。

 話に興味がないとしても、その態度はあんまりだ。

 チッ………役立たずめ。


 どういった態度を取るべきか迷いを見せている間に、反応する機を逸してしまいます。

 さくさくとオーレリアスさんは話を続けておりました。

 話は、いつの間にかルシンダ嬢のお家事情に及んでいます。

 どうやら還俗の理由に、家の事情が深く関わっているようです。

「ルシンダ嬢の家には、二人の兄妹がいた。跡取りの兄と、妹のルシンダ嬢。妹君が醜聞を起こし、一時は娘を王子妃に選出されるほど権勢を誇っていた家は半ば傾き、没落寸前」

「わあ☆貴族って世知辛い…」

「外聞と体面が命の世界なのでな…醜聞を掴まれると、ぐっと引き摺り落とされる。

流出した噂一つで没落するような世界だ」

「本当に世知辛いな…」

 上手に世渡りするのに、何とも精神の摩耗が激しそうな世界です。

 勇者様、本当に没落しようがない王家に生まれて良かったね…。

「そんな家の屋台骨を支え、立て直しを押し付けられたのは当然ながら後継ぎの兄君だ。

家全体を巻き込んだ醜聞のせいで、とても苦労したようだな」

「そりゃ、するでしょうね…本人は何も悪くないのに、割に合いませんね」

「そう言う娘を育てた、というだけで家は白い目を見られる。

また、そういう妹の兄というだけで、一緒くたに混同されるのも仕方ない」

「言いたいことは、わかりますけどね………そのお兄さんには同情しますね」

 身内とは言え、度の角度から見ても悪いことがはっきりしている犯人。

 そんな相手がいたら、私だったらどうするのかな…。

 少なくとも、理性的でいられる自信はありません。

 自分のした悪いことなら責任も負いますが……

 流石に拉致監禁をしちゃった人に同情はできませんし。

 そのとばっちりは、ちょっと勘弁したいですよね。

 お兄さんが妹さんと何歳差だったのかでも、私の心証は変わりますけど。

 保護者に数えてもいいくらいに年長だったら、教育の責任がちょっとはあると思います。

「醜聞を抱えた家に、娘を嫁がせたいと思うような家もない。少なくとも、まともで対等な地位にいる家には。その為、婚家との繋がりで再起を図る機会も得られず、打つ手はなしという状況で…」

「オーレリアスさん、その後継ぎのお兄さんは何歳ですか?」

年齢(トシ)? 確か、殿下の一つ上…二十歳だったと思うが」

「よし、私はそのお兄さんに同情することに決めました!」

 流石に、当時十二歳の子供に責任追及するのは酷いでしょう。

 本人達にとっても思わぬ事態だったでしょうし…可哀想に。


 ………と、思っていられたのもここまででした。


 ええ、本当に。

 同情するにも、但し書きの必要な時代なんですね。

 そう、私は敢えてこう付け足しましょう。


 「※ただし、自分達に影響がない場合に限る」………と。


 私の子供(当時)に対する同情心は、オーレリアスさんの言葉で吹っ飛んだのです。

「その、跡取り息子が一月ほど前、駆け落ちに及んだ挙句他国に亡命してしまったそうだ」

「…………………」

 おう…なんたる行動力。

 え、責任放棄して、逃げた?

 逃げちゃうくらい、面倒な家になっちゃってた?

 それとも単純に、誰からも認められない恋でもした?

 え、どっち?

「まともな嫁は見つからず、外国の貴族令嬢と恋に落ちたらしい…が、その令嬢にも嫁入りは拒否されたそうでな。逆に婿入りを勧められ、まんまと逃亡。正式書類を提出して婿入りされてしまったそうだ」

「おお……やっぱり逃げた方だった。え、それで?」

「逃亡に成功されてしまって、家の方も慌てて養子を取ろうとしたらしい。

断絶される前に、親戚から手頃な次男か三男を、と探したそうだ」

「………その口ぶりだと、上手くいかなかったんですね」

「まともな嫁の来ない家だ…。跡取りになりたがる人間も、碌な人材はいなかったらしい」

「とことん恵まれないというか…娘さんの過ちで、決定的なケチがついちゃったんですね」

「以前はそれなりに栄華を極めた家だったんだ…ルシンダ嬢が、道を踏み外さなければ」

「それ、回り回って勇者様のせい…?」

「……………愚かな。自制心のない、犯罪を厭わない個人の資質が原因だ」

 勇者様の忠実な家臣は、ルシンダ嬢に手厳しい。

 まあ、主にあんな精神的外傷(トラウマ)植え付けられたら、それも仕方ないと思いますけど。


 しかし、話を聞いている内になんだか全容が見えてきた気がします。

 ルシンダ嬢が過ちを犯したせいで、全てが狂いました。

 お家は醜聞に追いやられて没落寸前。立て直しは困難を極める。

 そんなお家事情も当然の如く知れ渡り、嫁の成り手がほぼ皆無。

 そのせいもあり、割を食っていたルシンダ嬢のお兄さんは駆け落ち→国外逃亡。

 残されたのは後継ぎに捨てられ、真っ当な養子候補もいない落ち目のお家。

 そして、出家させられて修道院に押し込められた前科者の娘さん一人。

 ………そこで娘さんを還俗させるって、結構な賭けじゃ…。

「何で素直に没落する方を選ばないんでしょうか。

息子さんが他国の家にお婿に行ったなら、血筋だけは残るでしょ?」

「そこが、貴族の難しいところだな。血筋も重要だが、何より家を絶やしてはならないという意識が骨身に叩きこまれているんだ。そして恥を何よりも嫌悪し、外聞と体面を取り繕おうと必死になる」

「厄介なイキモノですね、お貴族様って」

「自由なアナタ方には、とてもではないが務めを果たせまい」

「まあ、務め云々の前に此方から願い下げですけどね」


 賭けに出た、ルシンダ嬢のご実家。

 かの家は、失った後継ぎの代わりに…ルシンダ嬢を、新たな跡取りに指名したのです。

 婿の成り手はいないかもしれませんが、少なくともそれで家の延命処置ができます。

 いざとなれば、ルシンダ嬢が子供さえ産めば、夫は不問にするつもりかもしれません。

 ですが、前科者を後継ぎにというのは…

 いくら切羽詰っていたと言っても冒険し過ぎじゃないでしょうか………


 案の定、書類申請の時点で王城のお役人から問い合わせが来たそうな。

 仕方がないとはいえ、本当にルシンダ嬢を跡取りとするのか。

 その承認を得る為、王城へあがってくるのだといいます。

 後継ぎの承認なんて、本来は書類一枚で成立するもの。

 だけど問題は、指定された相手がルシンダ嬢だということ。

 だから、です。

 王城の役人達は、お役所仕事の怠慢などかなぐり捨てて迅速に対応しました。

 戸籍に関する手続きを取り行う部署は通達を下したそうです。

 現在のルシンダ嬢の人品が貴族の当主として相応しいか、否か。

 判断の為、王城に上がって担当の大臣と国王が直接審問する…と。


「…ってことは、勇者様のお父様はご存じだったんですか?」

 なのに、勇者様には教えなかった…と。

「………もしかすると、殿下に余計な心労をかけまいと黙っておられたのかもしれない。殿下がお気づきになる前に、全てを終わらせるつもりだったのやも」

「いや、それも無理でしょ。人の噂って凄まじいし、絶対にどっかから知れますよ。

勇者様にとっては永久的な警戒対象でしょうし」

「そう、だな…」


 どのみち、現在のルシンダ嬢が人格に問題ないと認められて家の跡取りとなれば、それは貴族社会への復帰を意味します。

 社交こそ、貴族にとっては重要な仕事。

 実際問題、他の貴族に混じってそれができるか否かは、わかりませんが。

 ですが貴族として復帰に成功したら、嫌でもどこかで顔を合わせることになるでしょう。

 流石に、婚約話の復活は有り得ないそうですが。

 ルシンダ嬢が女当主となるのならば、特に。

 でも、同じ国の同じ王城を活動拠点とする王族と、貴族。

 会わないでいられるなんて、無理な話です。

 ルシンダ嬢の人格矯正がどの程度成功しているのか、わかりませんが…

 いざその時になって、いきなり顔を合わせるなんてしたら…

 今度こそ勇者様は、人格崩壊を起こすかもしれません。

 そうなったら、勇者様のお父様はどうするつもりだったのでしょうか…。




次回はとうとう100話目! ずるずる話を書いている内に、とうとう三桁!?


次回:定番同居ネタをやります。

 勇者様を、羞恥の嵐が襲う…!

 毎回毎回、どうしてそこで立場が逆じゃないんですか!?


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