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嘗ての。

作者: 螺子


 いつも、君は僕の顔を見ると駆けてくる。

「――っ」

 普段は僕も返事をするけど、今ばかりは致し方がないから適当な返事をする。

「ん」

「何読んでるの?」

「新ドイツ語コミュニケーション独検四級対応」

「…うわ」



 都立T高校では二学年に進級したら追加で特別科目を選択することができるのは周知の事実である。そのうちの一つ、第二外国語のドイツ語、フランス語は毎週木曜日の放課後をフルに使って七、八時間目とする恐ろしい科目だ。最終下校時刻になってもまだ学校内に居ることもある。

 僕はドイツ語の課題をやっていなかった。そんなありきたりな理由で終礼と七時間目の間の十分を使って間に合わせようとしている。ただ、それだけ。

 そういえば。

「ねぇ」

「ふわぁああ…何?」

 僕はシャーペンをがりがり言われながら、後ろのページの単語一覧を眺めながら、前回の授業中に考えていた戯言を話す。

「"私"ってドイツ語でなんて言うか知ってる?」

「…知ってると思う?」

「ドイツ語では"ich"って言うんだよ」

「いっひ?」

「i・c・hね」

「ふーん」

 君は小首をかしげる。至極当然の反応だろう。君はドイツ語を選択していない。

「"君"はドイツ語では"du"、もしくは"Sie"」

「…だから?」

「ドイツ語では"彼女"を"sie"」

「あれ、二人称と同じじゃない?」

 君はやっぱり耳がいいな。僕は少し顔を上げた。こね短時間で課題を終わらせるとは少しは成長したと見ていいのだろうか。

「そのとおり、ドイツ語では"あなた"と"彼女"の発音が一緒なんだ」

「?」

「きっとドイツ語を作った人にとって"あなた"と"彼女"はそれだけ重要な人だったと思うんだ」

「よく分かんない」

 自分では何を言いたいのかはっきりしてるのに、君に伝えるのは難しい。抽象論だからか。じゃあ簡潔に述べてみようか。

「ここからは僕の空想でしかないんだけど。

さっき言った、ドイツ語を作った人が居るとしよう。彼―仮に彼とする、人間が誰かと会話するとき、二人称を使うのは当然のことだ」

「まぁ、そうだね」

「そして彼の近くには多分、一人の女性がいて、彼は周りによく彼女の話をしたんだ。彼にとってその女性はとても大事な人だったんだよ、よく会話にでてくるぐらいにね」

「うん」

「つまり、彼は"君"と"彼女"という言葉を多用する。そして彼は代名詞を混同してしまったんだ」

「だから?」

「結論。僕はドイツ語を作った人はその女性をとても愛していたんだと思う。以上、Ich liebe Sie.」

「え?最後なんて言ったの?ねぇ!」

 キーンコーンカーン…

「ヴわあやばいまた遅刻するっ終わったらまたメールする!」

 僕は慌てて荷物をまとめた。



 



出典:

新ドイツ語コミュニケーション独検四級(三修社)


 

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