雨と山小屋
ぽつ…ぽつ…
水滴が沙理の頬をつたう。
厚い雲が完全に月を隠し今にも雨が降り出しそうだ。
『…わかった。1時間したら迎えにくる。』
そういうキースに真樹斗が、ああ、と答える。
ロロは一度天を仰ぐと、悲しい笑みを沙理に向ける。
『沙理、悲しい思いをさせてしまって…』
ロロはそう言うと宇宙船へ消えていった。
沙理は取り乱してしまった自分を少し恥ずかしく思っていた。キースやロロ達がきっと悪い訳ではないのだ…。
『………』
強い視線に沙理ははっとすると、睨み付けているレオラと目があった。レオラの琥珀色の瞳は炎のように緋色に染まっている。
ドキッとして、沙理は無意識に真樹斗にしがみつく。すると、レオラは一瞬はっとしたが沙理を明らかにふいっと無視して宇宙船に消えていった。
(わ、私何か怒らせることしました?)
首を傾げる沙理に真樹斗が苦笑した。
「気にするな。彼奴は彼奴で複雑なんだ。」
ああ、きっと早く帰りたかったけど、1時間待つことになった原因を作った私に怒ってるんだろうなぁ。
キースが乗り込み再び舞い上がった宇宙船は空へと消えていった。
二人が宇宙船を見送るころ、本格的に雨が降りだした。
「さあ、行こう。」
真樹斗は沙理の瞳に溜まった涙が拭うと、沙理の手をとった。
二人は子供の頃よく隠れ家として遊んだ山小屋へと走り出した。
真樹斗の手は温かくさっきまでの凍えた心が溶けていくようだ。
山小屋へ着いたころには二人の息が上がっていた。電器がつかない小さな山小屋だが、優しい木の香りと懐かしさで二人はホッした。
「ほら、これで身体ふいて」
「あ、ありがとう」
真樹斗が沙理にタオルを差し出した。
なんて用意が色々いいんだと感心しながらタオルを受け取る。
「懐かしいなぁー、よく遊びにきたな」
「……うん。」
「あ、これ沙理と俺が書いた落書きじゃね?!」
真樹斗は、壁に描かれた絵楽しそうに見ている。
「………」
沙理はこれ以上、真樹斗との楽しい思い出を思い出す余裕はなかった。また涙が頬を伝う。
二人の間に沈黙が流れる。
胸が張り裂けそうだ。離れるのも嫌だし、異世界に行く勇気もない。こんなに辛いなら、もう真樹斗のことを忘れたい。
沙理は、張り裂けそうな思いを抑えることが出来なかった。
そして沙理は真樹斗の顔を見た。暗くてよく見えないが、真樹斗の様子がおかいしことに気付き、はっとした。
(きっと真樹斗にテレパシーで伝わってしまった…)
真樹斗は、ゆっくり沙理に近づいた。
「……真樹斗?」
沙理は、普段と違う真樹斗の様子に後退りした。
「…真樹斗…私、ごめ…んっ!?」
壁際まで追い詰められた沙理は、真樹斗に手首を捕まれおさえこまれてしまった。そして、うろたえる沙理の唇を塞いだ。いままでとは違う口づけに、沙理は驚いき冷や汗が流れる。
「ううっ…」
沙理は抵抗するが、真樹斗はなかなか離してくれない。そのうち真樹斗の手が沙理の腰を抱いていた。
『もうっ!真樹斗ー!』
沙理は、さっき覚えたばかりのテレパシーを送る。意外と便利だと思った。
すると、情熱的な行動をする真樹斗から、とても静かな感情が伝わってきた。
『沙理…もう少しだけ…俺もずっと一緒にいたかった…』
その時、沙理は真樹斗からのテレパシーと一緒に真樹斗の様々な感情が伝わってきた。
急に異世界に行かなくては行けないと言われた戸惑い。
王になれるのが自分しかいないと知り、強い圧迫と責任感。
家族やこの世界と別れる深い悲しみ。
そして…何より沙理を愛していること。
『真樹斗…』
沙理は真樹斗の思いを知って、また胸が張り裂けそうだ。
「沙理がここに留まりたかったら、無理に連れていかない」
真樹斗は、唇を離し沙理の耳元に呟いた。沙理は驚いた。真樹斗の顔は、悲しく歪んでいる。
きっと、沙理が真樹斗を忘れたいと言ったことが真樹斗を傷つけたのだと沙理は感じた。
そして、二人は見つめあった。
「………」
「………」
何も言わない沙理に真樹斗は悲しそうな目で優しい微笑み、沙理の長い髪を撫でた。
沙理はうつむいたままだ。
真樹斗は、ふっとため息をついて沙理をまた抱きしめようとしたが、やめた。
「もう俺は行くよ。」
「………」
真樹斗は、リュックを持ってドアを開き、そのまま出ていった。