悲しみのブルー
しかし、次のキースの言葉に更に沙理は悲しみに突き落とされる。
『…マキト、彼方の戦況が緊迫していると先程連絡が入った。今すぐにでも、向こうへ出発したい。』
キースは、吐き捨てるように真樹斗に語った。眉間には深いシワが刻まれている。
一瞬、真樹斗が凍りついた。しかし、一呼吸置き小さいため息をついて、何かテレパシーでキース達と話し出した。
しかし、沙理にはそのテレパシーの内容は上手く伝わってこない。
沙理はあまりのショックに、その場に立ち尽くしていた。
(え、いますぐ…?)
たとえいつか別れがくるとしても、真樹斗の18歳の誕生日までまだ数ヶ月あった。
だから、沙理は別れの不安はあったがまだ先のことだという思いもあった。その間に何か状況が好転して、真樹斗が行かなくても良くなるかもしれない…そんな淡い期待もあったのだ。
しかし、状況は悪い方に一転した。真樹斗は、いますぐ異星人と共に行ってしまうというのか…
真樹斗と三人は、眉間に深いシワを寄せ、何か懸命に議論しあっている。美しいロロの顔が、悲しみに歪んでいる。アンドロアの王子が顔を赤くし、同じぐらい激した真樹斗とにらみ合いながらテレパシーで会話をしている。
しかし、先程まであんなにはっきりと聞こえていたテレパシーの声が、沙理には聞こえない。まるで水の中で会話をしているように、時々単語は聞こえたりするが、上手く聞こえないのだ。
おそらくテレパシーは、伝える相手を選択できるのだろう。そして、今真樹斗と異星人は沙理に話を聞かすべきではないと考えているようだ。
確かに、異星人達の様子や真樹斗の態度からただならぬことが起きているようだ。しかし、まだ17歳の沙理にその全てを理解し運命を受け入れることは不可能だ。
会話から排除され、全く理解できない展開に、沙理の心がピキ…、と音をたてて壊れた。
怒りが芽生える。真樹斗を連れていく異星人達へ、そして一人で勝手に決めて一人で勝手に行ってしまう真樹斗へ、そして、そして、こんな状況に何も出来ずただ見ているだけの平凡な自分に…
真樹斗は、1年後に迎えに来てくれると言った。そして結婚しようと…
しかし、あまりに急な展開だった。異星界で生活できるのか、大好きな家族や友人とはもう二度と会えないのか…そんなことを考えるとすぐに返事は出来なかった。そして、今もまだ答えはでていない。
真樹斗はずっと一緒にいたし、大好きだ。しかし、キスしたり好きだと言うようになってまだ数日しかたっていない。戸惑いがないと言えば嘘になる。
こんな気持ちにさせて混乱させて、本人の真樹斗は今すぐ目の前からいなくなってしまうというのか…。
そして、私は…自分の気持ちさえわからない…何も…
怒りは、深い悲しみに変わっていた。
沙理の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
話に夢中になっている四人は沙理の変化に気づかない。
その頃、先程まで綺麗に輝いていた月が急に厚い雲に覆われその姿を隠してしまった。
沙理の涙は次々と止めどなく溢れ出した。沙理にもとめられない。小さく嗚咽をあげる。
(真樹斗…どうして…お願い…行かないで…嫌だ…)
しばらくして…ちょうど向かい合っていたアンドロアの王子レオラが、沙理の異変に気づく。はっとして、視線を沙理に向け沈黙した。
その様子をみて三人も沙理の様子に気づく。真樹斗は、隣で泣きじゃくる沙理を見て議論も忘れ、胸が張り裂けそうになる。
はっきり聞こえる…。沙理の心の叫びが。
(行かないで)
レオラが、何か言おうとして動いたが、すぐその場に凍りつく。
「真樹斗、行っちゃ嫌だ!」
沙理が困惑して肩に触れようした真樹斗に抱きついた。
レオラは、唇をキュッと結び、うつむいた。
「真樹斗…お願い…すぐに行くなんて言わないで!」
沙理は顔をあげ、真樹斗の悲しみに満ちた瞳を見つめながら必死に訴えた。
「………」
真樹斗はじっと沙理を見つめる。真樹斗の目が揺らいでいる。しかし、真樹斗は目を閉じた。
ほんの一瞬目を閉じた真樹斗は、さっと顔をあげ、異星人達を見た。そしてテレパシーを送る。
『1時間だけ時間をくれ…』
視線は異星人達に向けられているが、真樹斗の耳には沙理の嗚咽が聞こえた…
真樹斗の悲しい瞳は、うっすらと美しい青みを帯びていた。