運命
「来たか…」
真樹斗は、二人の上空に浮かぶ銀色の円盤を見ながら呟いた。二人を円盤の影がすっぽり覆っている。
ありえない事態の連続に沙理は言葉を失い、円盤を見上げるしかない。
しかし、不思議と恐怖はなかった。七色に光だした円盤があまりにも美しかったからか…それとも、真樹斗が側にいたからかもしれない。
徐々に円盤は二人に近づき、地面に降り立った。
二人は立ち上がり、音ひとつたてない不思議な物体の動向を見守る。しばらくして、円盤の底から光の柱が降りた。
沙理は息を飲んだ。
光の中から、3つの影が現れた。その影は、こちらに向かってゆっくり歩いてくる。
急に沙理の心は恐怖に呑まれる。
「大丈夫」
真樹斗がそっと沙理の耳元にささやいた。沙理は、真樹斗の腕をきゅっと掴んだ。
3つの影が、3人の人の姿に変わった。
真ん中に黒髪を肩まで垂らした30才後半ぐらいの男性、その左手に銀色の長い髪の若い女性、右手に沙理達と同じぐらいの若い男性がいた。
真ん中の男は、黒い軍服のような格好にマントを肩からたらしている。後の二人は銀色の服を着ている。
『やあ、キース』
沙理は、真樹斗の顔を見た。あの感覚だ。真樹斗の口元は、笑っているが動いていない。テレパシー…?
『真樹斗…それが例の人間か?』
真ん中の男性が答えた。彼も口元を動かさないが、沙理は目線があった。
他の二人も沙理を見つめている。
『ああ、そうだ。』
真樹斗が答えた。
不思議なことに、テレパシーは声のように特徴がある。まるで声を聞いているような感覚になる。頭の中で会話をしているような…
真樹斗の“声”は、やはり真樹斗の声で沙理は安心した。そして、真樹斗の瞳は普段の色に戻っていた。
『沙理、紹介するよ。真ん中がキース、オーシャニアの軍の最高指揮官だ。』
沙理はキースを見た。キースは、軍人にふさわしく彫りの深い険しい顔をしている。そして、顔には沢山の傷があった。
キースは、沙理に、会釈をしたが、その表情は固い。
しかし、冷たいというより、その瞳からは強さと哀しみが感じられた。
『そして、右手がレオラ。彼は、オーシャニアの者ではなく、アンドロアの王子だ。』
レオラは、とても上品な顔立ちをしているが、髪は褐色でまるで燃えているようだ。瞳の色は、綺麗な琥珀色をしている。
肌は、浅黒く、背は真樹斗ほど高くないが、どこか威厳を感じさせた。
レオラは、会釈をせず沙理を琥珀色の瞳で見つめる。沙理は、その強い視線に驚き、恥ずかしくなって下を向いてしまった。
(何か照れるな…あ、アンドロアって別の惑星なのかな?王子?)
沙理は、彼個人に特別な気持ちを持った訳ではないが、初めて目にする王子というものに芸能人に会った時のような高揚を感じた。
一瞬、沙理は隣の真樹斗の視線を感じ、顔をあげた。
その時には、真樹斗は異世界の王子を眉を寄せて睨んでいた。その瞳は、明らかに強い対抗心が感じられたが、真樹斗自身、深い迷いがあった。その時には、まだ沙理には、真樹斗がなぜそのような目をするのかがわからなかった。
真樹斗は、王子から目をそらし話し続けた。
『沙理、左手がロロだ。彼女の家は、代々王族に仕え、執務を取り仕切っている。』
ロロは、本当に美しい。スレンダーで、背が高く、陶器のように白い肌に銀色の長いストレートがよく似合っている。高い鼻と、知性を感じさせる切れ長の目が印象的だ。
『お目にかかれて光栄です、サリ様』
ロロは、そう言うと優しく微笑み深くお辞儀をした。
「こ、こちらこそっ」
沙理は焦って答えたが、しまったと思った。ロロは、きっと意味がわからないだろう。異星人なんだから…ロロは、少し困ったような哀しい顔をしている。
「沙理、ロロに伝えたいって思いながら、強く心の中で言葉を唱えるんだ」
心配そうな沙理に真樹斗が優しく答えた。沙理は、うん、と頷く。
沙理はロロを見つめ、自分の意識に集中した。
『ロロさん、こちらこそお会いできて嬉しいです』
これは、沙理の正直な気持ちだった。こんなに綺麗で、素敵な笑顔の異星人に会えるなんて、数日前まで思っていなかった。
それに、彼らと私も仲良くなりたいと思った。なぜなら、彼らは真樹斗の知り合いだからだ。
真樹斗の態度から、真樹斗が彼らを良く思っていることがわかる(ちょっとレオラとは何かありそうだけど)。
真樹斗は彼らを知っていて、彼らも真樹斗を……真樹斗は、彼らの世界に行くんだ……
そう思った瞬間、沙理の高揚した気持ちは、また沈んでしまった。
(彼らが、真樹斗を連れていってしまう…)
そう思うと沙理は、急に何か大切なものが、今にも壊れてしまうような強い不安を感じ、胸が張り裂けそうになった。
そんな沙理の気持ちに気づくはずもなく、沙理の言葉が通じたロロは嬉しそうに微笑んだ。
(お願い…真樹斗を連れていかないで…)
沙理は、にわかに信じられなかった真樹斗との別れが、徐々に近づいていることに気づいてしまった。