水と火の出会い
ふぅ・・・プシー・デイズも読んでね
新海政貴は山頂から、下を見下ろしていた。しかし、今日は曇りだ。下界は見えず、雲海がだけが政貴の眼下に映る。
政貴は白い息を吐いた。徒労で白くなったのではない、気温のためである。
「スキアー・・・その話、本当なんだな」
政貴はそう言い、背後を振り返った。
背後には、スキアーと宏太、そして川口が立っている。
「本当だ・・・ククク、運命とは皮肉なものだ」
「・・・俺はこれからどうしたらいい?」
スキアーは片頬で笑った。
「俺の責務は果たした。あとの行動は、お前達で決めろ」
「・・・そうか」
政貴は拳を握り締め、雲海を見つめた。
なんとも綺麗な雲海だ。まるで、ここが黄泉の国だと錯覚させような、現実世界とを寸断する雲達―。
「俺は・・・法則に従っていきたい」
「この世界が無に還るのにか?まっさん、正気かよ!」
宏太は一歩踏み出して叫んだ。
政貴は、そんな宏太を冷ややかな目で見た。
「どう足掻いても、俺達は法則に勝つことは出来ない。―それに、人間はどうせ死ぬものだろう?俺達元素はどうなるかは知らんが、死は平等に訪れる。―そうだとしたら」
政貴はスキアーに目線を移した。
スキアーはずっと無表情だ。一昨日の表情豊かな顔は、どこへ言ったのだろうか。
「・・・俺は、世界の滅亡を受け入れる。―元々、俺とアイツを含めた四つが、この世界を創世したんだろ?・・・その創世の時に、このルールが決められたのだとしたら、俺は、自分で作ったであろうそのルールを、順守したい」
スキアーは笑っているだけだった。
「とりあえず、道理は通っているな・・・しかしお前は今や、創世時の『火』ではないんだぞ。『火』の能力を持っているだけの、別の個体だ」
政貴はスキアーを睨んだ。その眼力に、宏太は一歩退く。
「そうかもな。でも、俺の中の何かが、俺に呼びかけているような気がする。俺であって、俺ではない感じ・・・」
政貴は、笑っていた。諦めの嘲笑なのか、自信からの笑いなのかは、きっと誰にも分からない。
「だから、俺は、この世界と運命を共にする」
「ご苦労さん」
スキアーも、笑っていた。しかし、目が笑ってないのは一目瞭然だ。
「・・・俺が、創世時の『火』ではないことは認めよう。それでもいい。だから・・・」
政貴は自分の胸に手を置き、スキアー、宏太、翔馬の三人を見た。
その目には、確かに炎が宿っていた。
「俺は、『火の継承者』になる」
この日から、新海政貴は『火の継承者』と名乗り、名乗られるようになった。
宏太は政貴の肩に手を置いた。
「・・・まっさん。俺・・・まっさんに着いて行くよ。確かにまっさんの言ったことは正論だ」
「俺もまっさんに着いて行く。まっさん、お前の意思を・・・俺と共有してくれ」
翔馬も政貴の肩に手を置いた。さすが『火』の力を持つ者だ。肩からも熱気が伝わる。
政貴は振り返り、宏太と翔馬を順番に見た。
政貴の瞳の中の炎は、今後絶えないものとなる。
「・・・お前ら、ありがとよ」
そんな三人を見て、スキアーは小さく笑みを浮かべた。
この時のスキアーが何を思ったか、それは謎である。
「・・・で、どうするんだ?これから」
政貴は真っ赤な目でスキアーを見た。
「・・・俺は、世界の終わりを見たい。・・・そのためには、邪魔者も排除する。これから各地で元素達の覚醒が始まるんだろ?」
「・・・どうなるかは俺にもまだよく分からない。しかし、お前やアイツが覚醒を果たした時点で、そうなることは必至であり、必然でもある」
「そうか・・・」
政貴は手の平に炎を点火させ、その炎を揺らした。
政貴の『火』の能力。空間に火を発生させ、思うがままに操ることができる。ただの炎ではない。神聖なる炎だ。
「とりあえず、アイツに会おう。そして、運命を共にする。―起源として」
スキアーは笑った。
「好きにしろ。あとは、お前次第だ」
Ω
時刻は夜九時を回った。崩壊後の町はまさに闇と呼ぶにふさわしく、ただならぬ冷気と恐怖を作り出していた。
そんな町に、十台の装甲車と貨物車が入った。戦車やミサイルなどは一切配備されてないが、陸上自衛隊正式採用である89式小銃だけは配備されている。これが防衛省の出来る限りで出発させた軍力である。戦車やミサイルまで配備させたら、世論に不安を与えかねない。
十台の装甲車は、北富士駐屯地からだ。この町と一番近いのが主な理由である。
装甲車は、荒れ果てた町を難なく乗り越え、ひたすら生存者の居る中学校校舎へと向かう。
―そんな装甲車団を、義明は肉眼で空中より確認した。
「うわぁ~ものものしい~」
義明は空中で身を翻すと、眼下を走る装甲車団を見ながら、最高速度で飛んだ。
目的地はもちろん、中学校校舎である。
「おい!来たぞ!」
義明は教室に入るなり叫んだ。作業中だった直人も、思わず手を止める。
「おいマジか」
寝転がっていた悠太は状態を瞬時に起こし、義明を凝視した。
「あぁ。あともう少しで駅とか通過すんじゃないか?」
「そうか。それなら、生存者全員を校庭に出すか。時間短縮のためにも」
「そうだな」
直人の言うとおり、時間短縮が必要な者は四分の一を占めていた。やはり体調の不良だ。未知の事件に遭い、未知の怪物に出会い、暖房があるといえど環境の悪い極寒の地で一日を過ごせば、体調不良者が出るのも仕方が無い。
「は~い、みんな、動いて動いて~」
悠太がいち早く生存者達に呼びかける。
生存者達はダルそうにしていたのだが、自衛隊の救出と聞いただけで、反応が早くなった。―アドレナリンでも出たのだろう。
生存者達は、心なしか嬉しそうな表情である。いくら悲惨な事件に遭ったといえ、やはり命が助けられるのは誰でも嬉しい。
―しかし、生存者達は知らないのだろう。それが、救出という名の連行であることに。
「テロの可能性が浮上すれば、犯罪組織が生存者に含まれていても、おかしくない・・・防衛省はそう考えるだろうな。まぁ、当然だが」
直人の説である。
「しかも、今回は未知の生物というオマケ付きだ。恐らく生存者から怪物の動きとか聞いて、詳しく調べるんじゃないかな?」
義明がその説に付け加えた。
どちらにしろ、生存者達は二週間ほど、自由を与えられずにいることは考えられる。どんなにその生存者達が、利用できない、と判断されても。
そして、そんな中出てきた意見は、『覚醒した俺達はどうする?』である。
四人は間違いなく、正気を保っているのだ。そして、未知の能力を手にしている。そんな四人はこれから、どうするべきだろう。逃亡か?それとも、能力を打ち明け、証明するべきか―。
意見は一向にまとまらなかった。当たり前だ。一個人でさえも、その意見をどうするか判断に迷いがあるからだ。
やがて、生存者全員が校庭に集められた。
来た。
悠太がそう呟いた時、一筋の光が真っ暗な闇の中に現れた。
まるで、昨日のあの巨大な光の筋のようだ。しかし、それはあまりにも小さく、あまりにも無機質だった。
装甲車のライトである。
「お~い、こっちこっち!」
悠太がパタパタと手を振った。自衛隊の人間に対してこれなら、アメリカのCIAにもこんな感じでいきそうだ。
装甲車から、自衛隊が降りてきた。そして、装甲車の後ろの貨物車の扉が開かれる。
ライトに照らされながら、自衛隊の隊員が向かってきた。優しそうな人相をした男性だ。
「え~と、この中に重傷者は?」
「五人います。片腕を失ったり、足を失ったり―」
隊員は平然としていた。想定内ということだ。
「分かりました。では、その五人はこちらへ運びます。え~と、そうしましたら残りの方々は貨物車へお願いします」
自衛隊は三台の貨物者を指した。
生存者達は列を作って、貨物車に乗り込んでいった。
四人はそれを、黙って見ていた。心を埋めるのは安堵のみ―ではなかったが。
不意に、自衛隊隊員が四人に話し掛けた。
「どうしたの?乗らないの?」
「いえ、あの人たちが乗り込んだら、僕たちも乗りますんで」
直人が即答した。
隊員は小さく笑みを浮かべた。
「あぁ~君達、ニュースに出てた代表の人か~」
どうやらこの隊員、ニュースを見ていたようだ。
「あぁ、そんなとこです」
「よく頑張ってくれたね。色々あったはずなのに」
子供だと軽んじて見ず、同等な目線で話してくれる隊員を四人は驚きの表情で見ていた。
やがて、生存者達が全員貨物車に乗り終えた。
「じゃあ、君達の乗りな」
そう言って、自衛隊隊員が手を振った。
―その時だった。
闇と化していた空に突如、真っ赤な球体が出現した。一瞬太陽だと勘違いするが、その大きさと色の違いによって、太陽ではないと気付く。
悠太は目をこらした。
真っ赤な球体は―炎の球体だった。
炎は燦々(さんさん)と、校庭を照らした。思わず全員が顔をしかめ、その眩い光に目をつむる。―ただ一人、濱田悠太を除いて。
悠太は炎の球体を睨むと、叫んだ。
「逃げろぉ!」
今までに聞いたことのない叫びだ。切実に、逃げろと叫んでいる。
悠太は全神経を手の平に集中させた。集められるだけの水の力を、手の平に集める。
「濱田ぁ!」
義明の声だ。ようやくその眩しさに慣れたらしい。
悠太は手の平を天空に向けると、再び叫んだ。
「逃げろぉ!」
「なんでだよ、はま―」
義明の反論が聞こえた、
―その瞬間だった。
大きな炎の球体は、悠太を目指して落下した―襲った、とも言うべきか。
悠太は雄叫びを上げ、自らの手の平から特大の水の球体を作り出した。
真っ青で、澄んだ色をした球体だ。
そしてその直後に、真っ赤な球体と、澄んだ青の球体が強く衝突した。―すさまじい衝撃波だ。その衝撃波は、半径百メートルのもの全てを襲う。それはまるで、ビッグ・バンを思わせた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
―衝撃の波の中で、悠太の雄叫びだけが響いた。
これが二つの物語の、一回目の交錯である。