真実を知らされて
うわぁ・・・中途半端。
まぁ、したかねぇ
ヘリコプターの機体には、大きく地元テレビ局の文字が入っていた。
町内壊滅後、一番早く来たのが地元のテレビ局なことに、四人は驚きと憤りを隠せなかった。
ヘリコプターの轟音はやがて静まり、辺りには静寂が広がった。
機体に集まる四人の目の前で、スライドドアが唐突に開けられた。
「どうもこんにちは~」
洗練された美声を響かせて現れたのは、小柄な女性アナウンサーだった。アナウンサーが降りると共に取材班が流れ出てくるのを見ると、やはり取材のようだ。救援ではない。そもそも、救援だったらこのような小さなヘリでこないだろう。
「こ、こんにちは~」
義明が恐る恐るアナウンサーの顔を覗き込んだ。
「え~と、あなた達が責任者?大人の人とかは・・・」
あくまでも、用があるのは大人である。子供に言わせれば、どんな誇大を言ってのけるか分からない。見栄え的にも言いのだろう。
しかし、
「いるんですけど・・・そんな精神状態ではないんです」
直人は四十代半ば並の声で言った。アナウンサーも思わずにやける。
以外と一番ダメージが大きいのは、大人であった。教室には二人の教師がいるのだが、どちらも自分を律しようと必死である。覇気がなく、食もいつもより細い。
「だから・・・僕達が責任者ということで・・・」
悠太は一歩前に踏み出しながら言った。
「そうですか・・・う~ん」
アナウンサーが困ったのを見るなり、悠太は胸を張った。
「見栄え的には俺がいいんじゃないですか?歩くジョニーズ予備軍ですよ?」
黙れこの野郎!と直人が叫び、義明が悠太の頭を叩く。まさに連携プレーである。
「だから、こういうのは俺がいいだろう?歩く芸人だぞ?」
義明が自分の胸に手を置いた。
「そもそも芸人普通に歩くし!やめろ!視聴者がチクチクする!」
「誰が有刺鉄線や!」
今度は直人がツッコミをいれ、悠太が義明の頭を叩く。まさに連携プレーである。
女性アナウンサーは微妙な笑みを浮かべていた。
「あの~すいません。そろそろいいですか?」
すいません。と、三人は平謝り。
「あの~とりあえず、何が起きたのか教えて欲しいな~」
とびっきりの営業スマイルである。それでも眩しく見えるのは、洗練された顔立ちをしているからだろうか。
そんなアナウンサーを見て、直人はメガネの位置を修正した。
「・・・あちらを見てもらえば分かりますが、襲撃です」
アナウンサーは、直人の指差した方角を見た。
「・・・ヒッ」
案の定、声にならない悲鳴を上げ、その美しい顔立ちを自ら崩した。
怪物の死体の山。
戦闘後に悠太、直人、義明で積み上げたこの死体の山は、肉眼で見るには余りにもグロテスクだった。
「・・・気付かなかったですか?」
高亮は静かに言った。少し軽蔑の意味も込められているのだろう。
アナウンサーの声が、出なくなった。目を見開いたまま、硬直している。
「・・・こりゃ駄目だ」
悠太はそう呟くと、カメラマンの方を見た。
「どうしますか?カメラマンさん。帰ります?それとも、撮っときます?」
カメラマンも驚きを隠せないようだが、なんとか撮影は無事終了した。撮影は代表者の新海直人が、事件の大まかな内容、現在の生存者数とその状況等を報告するのみとなった。
嵐のように事は済み、ヘリコプターはまた轟音を上げながら、虚空の彼方へと消えていったのだった。
しばらく四人は、空を見て固まっていた。四人はそれぞれ、思考にふけているのだ。
「・・・さみっ」
最初に声を上げたのは、悠太だった。
「風呂に入りてぇよ。このとおり緑一色だし」
義明が自分の制服を見下ろす。
直人はため息をつきながら言った。
「どうするんだ?風呂なんて、ないだろ」
「あるじゃねぇか・・・スペティオが」
「いや、駄目だろ。さすがに。襲撃受けたんだぜ。どうせ風呂場も血の海だぜ」
「大丈夫。俺の水の力でどうにか・・・」
義明は皮肉な笑みを浮かべた。
「死体を目の前にして、そんなこと言えんのかな?」
「大丈夫だ!・・・自信ないけど」
高亮は仕方なさそうに呟いた。
「処理はやっといてやる」
いつもなら、冷やかすようなフレーズだ。しかし、この期に及んで冷やかしのフレーズは湧いて出てこなかった。それだけ、野中高亮は変貌していたのだ。
「どうせなら、入るなら女湯―」
悠太の頭に、二つの拳が振り下ろされた。
「ま、どうせババァばっかしなんだろうけどな」
応戦するように、高亮が冷たく言い放つ。
「なんだよそのセリフ!」
新海直人十五歳。渾身のツッコミだった。
高亮の協力により、四人は入浴することができた。生存者達のことも気にかかるが、やはり一番汚れてるのは戦った三人だ。恐らく生存者達は了承してくれることだろう。今考えてみれば、物凄い悪臭を放っていたのだから。
そして時刻は十二時を回った。
生存者の就寝は、掛け布団がないので、暖房を使うことになった。ジャンバーを持っている者がほとんどだが、やはりこの地域でジャンバーだけは困難だ。灯油の量が気になるところだが、生存者の体調の方が気になるところである。
そして再び、四人は職員室に集まった。
緑色に染まった悪臭を放つ制服はもう着ることができないので、仕方なく体育着に着替えている。
張り詰めた空気の中、四人は再び席に着く。
―そして、
「さぁ、野中。教えてくれ」
高亮は何気ない顔で直人を見る。
「何を?」
すると、悠太の表情が一変し、急に険しくなった。
そして、まるで水の如き聡明な声で、言い放つ。
「全てを」
Ω
世は、時が来たことを『導く』役目を、影に与えた。
光の産物であり、闇と類似する存在である、影に。
「もうこれ以上、引っ張る必要もない」
高亮は手のひらを組みながら言った。その声は、いつもの声とは違う。
―まるで、何かに憑依されたようだった。
「俺がここにいるのは、お前らを導くためだ。時が来た時に」
義明は首を傾げた。
「時?何の時?」
「そう焦るな。そうだな・・・じゃあ、とりあえずこの世の誕生から、話を始めようか・・・」
高亮はまるで、暖炉の前で話す長老のように重々しく口を開いた。
「・・・世界は、無の状態から爆発的に誕生した。いわゆるビッグ・バンってやつだ。このビッグ・バンのおかげで、今の俺達はいる。そしてこの世が誕生する瞬間、この世にある法則がくっついた」
「なんだそれ?」
悠太は首を傾げた。学校で聞いたことが一度もないようなことだ。ビック・バンなら知っているが、法則など分かるはずもない。こういう系の話は義明が得意なのだが、義明も知らないようだ。好奇心で目をキラキラさせている。
高亮は悠太を直視した。
「『全ては無に還る』という法則だ。この世にあるものは、全て無へと還っていく。もちろん、俺らも」
「『死』ということか?」
高亮は小さく頷く。
「そうだ。人間は死を迎えると同時に、無へと還る。その抜け殻は大地へと還り、そして無へと変化していく・・・」
「確かに、始まりがあるものには終わりがあるとよく言うしな・・・」
「そういうことだ。そして、その法則は、この世にも適応されている」
悠太、直人、義明の顔が強張った。
高亮はそんな三人を見渡すと、小さく皮肉な笑みを浮かべた。
「・・・どういうことだよ」
悠太はついに言葉を漏らした。大体予想は着くのだが、聞かなければ気が済まない。
「率直に言わせてもらうと、世界は終わる。再び、無へと還るのだ。宇宙誕生前の、何もない世界に・・・」
瞬時に空気が凍りついた。
世界は終わる。
その言葉が、頭の中に響く。この町に起きた異変は、その前兆と言うのだろうか。
「・・・なぁ、じゃあ、あいつらの襲撃は」
「あれが、世界を終末へと導くために生み出された『怪物』だ」
「なんでそんなのがこの町を・・・」
悠太は立ち上がった。動揺しているのか、体が震えている。
「・・・この町だからだ。この世が誕生したその瞬間から、この地は破壊の象徴となるように決められたんだ」
破壊の象徴。確かに、突然町内が壊滅したというこの大事件は、破壊の象徴と言われても仕方がないのかもしれない。
高亮はさらに続けた。
「この町を皮切りに、世界は崩壊へと向かうだろう。―あの光は、それを告げる光だったんだ」
つい数時間前に見た、あの奇異な光。思えばあの光から、悠太の環境は激変している。
「・・・で、それと俺達の能力は、何の関係があるんだよ」
直人が聞くと、高亮は「おっと、」と呟いた。
「・・・言い忘れていたな。そのことについては、時代を遡らなければならない」
高亮は淡々と説明し出した。
高亮の説明を要約すると、こうだ。
この世は、『四大元素』と呼ばれるものが作ったらしい。それから、四大元素は派生して子供達を産み出し始め、みるみるうちに宇宙、そして地球が作り上げられていった。
子供達は『元素』と呼ばれた。元素はそれぞれに役割と力を与えられ、創生に関与した。例えば義明の『空気』の能力は、元素が空気を作り出す担当だったためだ。
しかし最初、元素たちはこの世を飛び回るただの光に過ぎなかった。
「元素たちは、四大元素に作られた『プログラム』のようなものでしかなかった。ただ、一通りのパターンしか繰り返さない無機質なものだ」
高亮は自分の手の平を見つめ、さらに続けた。
「しかしそんな時、ある異常事態がこの地球上に起こった。それは、この『世』が創世される瞬間にも、考えられていなかった事態だ」
「・・・なんだ?」
直人は小さく言った。
「・・・人間だよ。この地上に現れた不可思議でイレギュラーな生命体は、誕生と共に世界中を蹂躙していった。
元素達は、その人間達に興味を持った。プログラムでしかない元素たちに、初めて『感情』と呼ばれるものが発生した瞬間だ。元素達は、人間に憧れたんだ。―決められた命令の複合体でしかない自分達とは対照的に、人間達は無限の臨機応変な能力を持っていたからな。
そして無垢な元素達は、人間との共生を望んだ―四大元素でさえも」
高亮は顔を上げた。
「しかし、元素達は人間と共生することは出来なかった。人間には、元素たちを可視出来なかったんだ。だから―」
高亮は言葉を切り、息を吸った。
「元素は、人間になることを考え、そして―」
「俺達になったのか?」
悠太の声が寂しく響く。初めて話を聞かされた三人は、戸惑うしかなかった。
「まさか・・・そんなはずは・・・」
「本当の話だ。嘘だったら今言わん。本当はお前らは、何十億歳という年齢だ。―とはいっても、体はまだ十五歳だがな」
「ちょっと待て」
直人は手を振って流れを制した。
「・・・どうやって生まれたんだよ?俺達は、人間じゃないってことか?」
高亮はイタズラな笑みを浮かべ、腕を組んだ。
「人間であって、人間ではない。元素達は受精の瞬間に、その体に憑依して乗っ取ったんだ。―俺達能力者は、生まれながら殺人罪を侵しているんだよ。本当なら、ここに存在するのは別の人間だ」
「そんな記憶は・・・」
「記憶がないのは当たり前だ。プログラムでしかなかった元素たちに、記憶など存在しない。今のお前達の人格は、周りの環境と、親の遺伝から生み出された人格だ」
何もかもが信じられなかった。全てを失った日に、信じられない現実を見せられ、信じられない真実を教えられた。―そしてその真実は、自分達の存在さえも否定する。
「なんで今まで能力が・・・」
「あの光の柱の出現は、終末の知らせでもあり、元素達を再び目覚めさせるための光だったんだ。いわば、スイッチのようなものだろうな。『この世界』は、法則の発動に伴い、元素―つまり俺達を、真実の姿へと戻した。そしてその『真実』の発動媒体が、この『人間の体』だったんだ」
「意味わかんねぇよ!なんだよ、『この世界』って!」
「俺にもそれは分からない。四大元素を産み出した、ある絶対的な存在と、俺は教えられた。この世界の人間達は、それを『神』と呼んでいる」
「―神って・・・」
直人は情報を頭で整理しているようだ。なんとか、頭を抱えずに住んでいる。
それと違って、悠太と義明は頭を抱えていた。
「・・・ぜんっぜん分かんない・・・」
「何言ってんだかサッパリ・・・」
直人はため息をついた。
「まぁ、仕方ないか。この数分間で、凄い情報量だもんな。いいよ、あとで細かく教えてやる」
「お前の頭が良くて助かったよ」
高亮は苦いような顔を見せ、更に続けた。
「話を戻そう。この世は世界を壊滅させるために、怪物を作り出した。他でもない、『イレギュラー』を抹殺させるために」
「・・・天変地異とかで抹殺させればいいんじゃないのか?」
高亮は首を振った。
「そんな力はない。だから、新たな存在を産み出して、こちらへ送り込んだんだ。しかも、もう『この世』は意識を持たない。ただ、法則に沿って動くのみだ」
悠太は不満の声を上げた。
「色々と疑問が残るんだが・・・」
「こまけぇこたぁいいんだよ!」
義明は悠太の肩を叩きながら笑った。
「・・・スマンな。もうこれ以上質問されても、俺が教えられたのはこれぐらいだ」
「・・・教えられたって、誰に?」
高亮は窓の外に目線を移した。
「・・・今頃、覚醒したころだろうな。俺の能力の母親的存在の人だよ。東京にいる」
そして、目を細めた。
悠太は困惑していた。いきなり自分が突きつけれた真実に、戸惑っているのだ。
自分が自分ではない気がした。自分は『水』であり、『水』が自分となっている―。
しかし、悠太はまだ知らない。
自分が、『元素』の中の、最大の存在であることに。