真実を見て
ふぅ。勉強勉強。
濱田悠太、新海直人、小田義明、野中高亮の四人は、正面玄関に集結した。
高亮以外の三人は、後遺症のためか浮かない顔をしている。無理もないだろう。
「・・・小田、飛べるか」
直人は制服の襟を直しながら言った。
義明は作ったような笑みを浮かべ、首を小さく振った。
「あぁ。ちょっと疲れてきたけど、多分大丈夫だ」
「そうか。じゃあ、よろしく頼むな」
「小田、え~と・・・気にするなよ」
言葉を選びながら悠太は言った。しかし、言葉の選択は間違ったようだ。―悠太の兄弟も、直人の兄弟も助かっている。
「これから町に出ても、ショックは受けるなよ。それだけは言っておく」
高亮がポケットに手を突っ込みながら言った。十二月ともなると、手はかじかむ。
三人は頷いた。何が起ころうと、心の準備はできているつもりだ。
「じゃあ、行ってくる」
義明はそう呟くと、身を翻し、ジャンプした。
空気を切り裂くような音が響き、次の瞬間にはもう、義明は飛びだっていた。
十数メートル上空で、義明の体が再び翻る。
「・・・いいなぁ、飛べて。俺も飛びたいよ」
空へと旅立った義明を見ながら、悠太は呟いた。
「お前も出来るんじゃねぇか?水の勢い強めたりして」
「馬鹿、効率わりぃよ」
悠太は一蹴した。しかし、何故か野中は浮かない表情している。
「・・・贅沢なこと言いやがって。お前のような奴がそんなこと言うなんて、贅沢にもほどがある。まさか、こんな奴にこんな能力があるなんて・・・お前が生徒会に入った時ぐらい憤ってるよ」
悠太は顔をしかめた。
「どういうこと?」
高亮は鼻息を荒げ、首を振った。
「そのうち教えてやる。さぁ、見回りに行こうか」
悠太は思わず不満の声を上げた。さっきからこんな調子である。突然現れたと思えば、意味不明な言葉を言い放つ―間違いなく高亮は何かを知っているのだが、それを目の前で持て余されているような気がして、悠太の心は薄い黒に染まりかけていた。
「なぁ野中」
歩き出そうと踏み出した高亮の肩を、直人は掴んだ。
「学校に人残してっていいのか?もし敵に襲われたら・・・」
「大丈夫。来たら、分かるから」
高亮はそう言い放つと、校舎の影へと身を移した。
「じゃあ、また会おう」
パチン、という指の音と共に、高亮は瞬時に消えた。―溶け込んだと言うべきだろう。高亮の体は、まるで影に吸い込まれるように、消えたのだ。
悠太はため息を漏らした。
「なんかもう意味わかんねぇ」
「大丈夫だ。そのうち全て分かる」
直人は悠太の肩に手を置いた。
校門を出ると、目の前に惨状が広がった。
道路のコンクリートはえぐられ、その向こうにある田畑は踏み荒らされ、辺りには無数の車は横転していた。
「・・・まじかよ」
―ここまでとは。悠太は思わず呟いた。この場は、破壊に満ちている。
かつての小淵沢町はそこにはない。人々が住んでいるはずの団地にも、家にも、道路にも、自然にも、かつての活気や生気は存在していなかった。―なんという殺風景だろうか。目の前にある物質のほとんどが、残骸だ。
隣で、直人が崩れ落ちた。ヒザを地面に着き、大きく息を吐き出す。
「・・・予想通りだったが・・・やっぱり・・・」
直人の家はここからでも目視できるほど、近い位置に存在している。
―そして、
悠太がそっと目を向けた先には、直人の家は存在していなかった。存在するのは、瓦礫のみ。恐らくあの瓦礫は、元々直人の家だったのだろう。
「新海・・・」
悠太はうずくまる直人を見下ろした。
「・・・大丈夫だ。予想はしていた・・・」
かつての生活の場が惨状と化せば、誰でもこうなるだろう。
―恐らく、悠太の家もこうなっているはずだ。
直人はグッと涙をこらえた。悠太も同様に。
「泣いている場合じゃない。俺達は、六十三人の命を背負っているんだ」
悠太は一滴の涙を拭うと、顔を上げた。直人も喘ぎ声を上げながら、ゆっくりと立ち上がる。
「行こう。とりあえず、町の中央へ」
Ω
一つ。いや、一人の化身は―光によって産み出された。
―そして、もう一人の化身は、光の産物によって生み出された。
それは産物の使命であり、産物の宿命であった。
「踏みなれた地上は・・・もうここにはない。あるのは、残骸だ。俺達を育てたこの地にはもう、俺達を育む気は無い・・・この地はもう、運命に従ってしまったというわけだ・・・」
新海政貴は、町内を一望した。町内を見渡すことが出来る、この山の山頂からでも、町の惨状は分かった。
―新海政貴。日本人とフィリピン人のハーフであるが、顔はほぼ日本人である。部活には無所属であるが、体格はプロレスラー並の体格をしている。体格の割にパソコンの技術があり、同級生は沢山の依頼をする。ネット上の掲示板を管理しており、学年の一部の人間が、その掲示板を利用している。性格はまさにミステリアス。時々スパルタンの兵士のように厳格だが、時々大らかな人間へと転身する。同級生はみな、敬称と愛称をこめて、『まっさん』と呼ぶ。親分的存在だ。
「まっさん・・・なんか、信じられないよな。さっきまであの学校にいたのにさ・・・」
政貴の隣に、中込宏太がヌッと現れた。
「受け入れるしかないだろう。これが運命なのだからな」
「まっさん・・・度胸がありすぎだっちゅうの」
宏太はヘラヘラとしているが、やはり動揺しているのは明確だった。
中込宏太。政貴と同じクラスに在籍する中学三年生だ。軽い男だが、誰に対しても腰が低く、優しい。髪の毛は小田義明と同様で、有刺鉄線の如く硬い。しかも、かなり天然のパーマだ。そんな宏太の義明と違う所は、自分の髪の毛を思うがままにさせず、その癖に抗っている所だ―つまり、ワックスである。ちなみに、小田義明と深い親交がある。髪の毛仲間だろうか。毛がトレードマークのようなもので、『ヒゲ』や『すね毛』や『アルコールランプ』の異名を持つが、本人はその呼び名を嫌っており、周りには普通に『コウダイ』と呼ばせている。
「宏太。諦めようじゃないか。俺は、受け入れるしかないと思っている」
政貴は小さく笑みを浮かべた。諦めの笑いであるのか、抵抗の笑いであるのかは不明だ。
「そんなこといってもさ・・・」
宏太はそう呟くと、背後を振り向いた。
背後には、一人の男が立っていた。いつもの立ち方ではなく、仁王立ちで。
「え~と、『スキアー』・・・だっけ?」
男は小さく頷いた。
「そうだ。そう呼んでくれると嬉しい。もう、本名は語らないでくれ。それが俺の真の名であり、役目だ」
「まさかお前が・・・ねぇ」
宏太はそう呟くと、目を細めてスキアーを見た。
「なんか面白いよな。俺もそんな名前が欲しいよ。俺だったら、『ヘル』って付けるのに」
そう言いながら、スキアーの背後から川口翔馬が現れた。
宏太はリアクションを大きくして驚いた。
「うわっ、川口驚かすなよ」
「お前が驚きすぎだよ」
そう言いながら、翔馬はポケットに手を突っ込んだ。
「まっさんの覚悟は正しいよ。俺も、頑張って今覚悟してんだからさ」
「川口まで・・・じゃあ俺はどうしたらいいのさ」
政貴はゆっくりと宏太を見た。
「お前も受け入れるんだ。俺達の生まれた理由だ」
「そんなの無理だって!今まで俺は、あそこで普通の生活を営んでいたんだぜ?」
宏太は町を指差した。
「それに、さっきから色んなこと教えられて、もう頭がパニック寸前なんだよ!どうしてアイツが『スキアー』って言うんだよ!」
「運命だ。俺は元々、スキアーという名と使命を背負って生まれてきた」
スキアーは割って入った。宏太は思わず、顔をしかめる。
「宏太。抗うな。受け入れろ。全てを知れ」
「その通りだ、宏太」
翔馬は微かに笑みを浮かべ、息を吐き出した。
川口翔馬。新海政貴、中込宏太と同じクラスに在籍する。この地には、中学二年の時に転校してきた。宏太を上回るほどの軽い男だが、根は強い。気取り屋ではあるものの、友達には驚くほど親切で、ノリがいい。高身長でスラッとした体型だ。これまた体型とは裏腹に、絵を描くのが上手く、机を見ると落書きが増えたりしている。どちらかと言うと、女性が好きそうな絵のタイプだ。
「川口まで・・・」
宏太は呆れたように呟き、目線をスキアーに移した。
「で?俺達はこれからどうしたらいいんだ?」
「とりあえず、判断はお前達に任せる。教えるべきことは全て教えた」
スキアーは腕を組んだ。
「でも、全ては教えてないんだな?」
政貴は間髪いれずに質問する。
その言葉に、スキアーは笑みを浮かべて答えた。
「さすがまっさん。勘が鋭い」
「でも、お前をそう呼ぶのはシャクに触る」
「仕方ないさ。変化には痛みを伴う」
スキアーはそう言うと、笑みを浮かべて町を見下ろした。
「懐かしいな。よく小学生の時は、この山を登った」
スキアーは目を細めて言う。
「そうだな。懐かしいよ・・・あぁ、川口は知らねぇか」
宏太が川口に目を向けると、川口は首をすくめて見せた。
「あぁ。知らねぇよ。何やってたんだ?」
「全校登山ってやつだ。小学生のころは、学校行事でよく登っていた」
政貴も懐かしむように呟く。政貴と宏太にとってこの場所は、思い出の深い場所だ。
政貴もポケットへ手を突っ込んだ。寒さが身に染みるからだ。
「あの時はいつも曇ってて、下なんて見下ろせなかったな。でも今日は、綺麗に見下ろせる」
「嬉しいよな。何年ぶりだろ」
「・・・俺は嬉しくない。下界では、むごいことが起きてんだぞ」
政貴は足元の石ころを蹴った。
「クソッ。感動するはずなのに、感動できねぇ」
お前もそうだろ?と、政貴はスキアーを見た。
「お前も、心の中では悲しんでいるはずだ。お前も元は、ただの人間なんだからな―」
そして政貴は、重々しく口を開いてスキアーの真の名を口にした。
スキアーはただ、笑みを浮かべるだけだった。
「・・・さて、下では何が起きてるんだろうな」
その目には、黒い輝きがあった。
その光景を見て、悠太はただ立ち尽くすしかなかった。力が湧いてこない。湧くのは、悲壮感のみ。余りにも壮大で悲惨なそれは、見る者から生気を奪おうとしていた。
「・・・新海・・・」
悠太の右隣にいた直人も、さすがに驚きを隠せないようだ。口を力なく開けっ放しにしている。
「・・・これはすごいな・・・」
絶望を通り超え、直人の心には、興味しか存在しなかった。
それは、大きな穴になっていた。
元々そこには、駅があったのに。
悠太とも馴染みの深いあの駅は、面影も残さずに消えていた。
「あの光だ。多分、あの光が・・・これを・・・」
直人はメガネを押し上げながら呟く。
「ありえねぇよ。全然音とかしなかったじゃん」
「ありえないものなら、さっきから沢山見てきたろ」
直人は冷たく言い放った。ありえない、ありえないと一蹴すれば、真実は忘れ去られてしまうものだ。
大きな穴は、半径三百メートルほどの大きさだった。中心が一番深く、そこから段々浅くなっていっている。ドリルが何かで空けたのだろうか。それとも、爆弾が爆発したのだろうか。
「小田が見たら喜ぶんだろうな・・・超古代の叡智を使ったような感じだし」
「そうだろうな。多分、見ていると思うぞ」
直人の返事には、力が無かった。
穴は異様な雰囲気をかもし出していた。ヒンヤリとした空気が、そこからは流れ出ていた。
「・・・とりあえず、戻るか」
「え?もう戻んの?」
悠太はまだまだ探索したいようだ。―自宅のこともある。
「恐らく、これが野中が見せたかったものだ」
「・・・はぁ?何言ってんの?」
悠太は首を傾げるしかなかった。
渋る悠太の手を引っ張り、直人は再び学校へと向かった。
太陽はもう、沈みかけていた。
午後七時。ようやく四人は学校に集まった。
高亮は近くのスーパーマーケットから食料を調達した模様で、生存者の食事は済んでいた。
四人も夕食をすぐに終え、職員室へ集合した。
「野中サンキュ、助かったよ」
職員室の教員のイスに座りながら、直人は言った。
「別に大丈夫だ」
高亮の返答は素っ気無い。
義明は直人の隣に座ると、ノートパソコンを立ち上げた。
「よくこの状況下で電気が通ってたよ・・・あぁ、あとパソコンも」
職員室のパソコンのほとんどは、怪物達によって踏み潰されていたのが、二台ほど無事なのがあった。
悠太は普段教頭が座るイスに座り、回転し出した。
「ワッホーイ、良いね、このイス」
「はしゃぐな、ガキ」
直人は呆れたように呟いた。隣で義明が苦笑している。
「ガキっていうなガキって!」
「それなら話に参加しなさい」
義明はそう反論したが、悠太は納得いかない様だ。小声で何やら言っている。
高亮は職員室の中心にイスを持っていくと、座った。
「さて。じゃあ、小田に報告をしてもらおうか」
珍しく高亮の声は低い。
義明はパソコンの画面を見ていたが、すぐに目線を上げた。
「・・・分かった。ありのままのことを話すぞ」
義明は重々しく口を開いた。
「まず空を飛んで気がついたことは、中心部が一番酷い状況になっていた、ってこと。まぁ、新海とか濱田も見てたとは思うけど、あれは酷かった」
「あぁ、確かに。言葉が出なかった」
「んで、一先ず思ったんだ。『何で警察とかこねぇの?』ってね。それで、町内を外回りしてみたんだけど、これもまた凄かった」
「何が?」
悠太は未だにイスを回転させている。
「交通網がほぼ百パーセント遮断されてた。それも綺麗に。高速道路とかは橋が崩されてたし、鉄道も橋とかが。この町と他の地域を繋ぐ道には、土砂崩れとか、橋が崩れるとか、色んなことが起こってた」
「復旧作業とかは・・・」
「行われてた。でも、まだまだかかりそうだな。変な話だよ。まるで、仕組まれたようにしか思えない」
直人は表情を曇らせた。
「明らかに知能犯だ・・・でも、あの怪物達が知能を持っているとは、思えない」
「上がいるんだろうな。あの怪物の、リーダーとかが」
高亮はしれっと言う。
義明はパソコンの画面と向き合うと、インターネットのアイコンをクリックした。
「・・・その可能性は高いよ。だって、怪物が襲ったのは町内だけなんだから」
「町内だけ?」
悠太も驚いたようだ。義明は、ゆっくりとうなずいた。
「まるで図られたように。交通網が遮断された内側は、綺麗に襲撃されてた。綺麗、って言っちゃ駄目だろうけどさ」
それに、と義明は続ける。
「一向に復旧が進まない理由とかは、情報網のこともあるかな?」
そう言って、義明はパソコンを持ち上げ、画面を三人全員に見せた。
【インターネットに接続できません】
画面には無機質な字でそう表示されていた。
「多分、何回やっても駄目だろうな。電話も綱がらねぇし」
「なんで電気は繋がるんだ?」
「知らないよ。でも、繋がってよかったよな」
まぁそうだけど、と悠太。
直人は唸り声を上げた。
「・・・おかし過ぎるだろ。なんでこんな・・・」
「あぁ、そうだ」
直人の苦言を、義明は遮った。
「言い忘れてたんだけど・・・」
「何だ?」
「町内の駅を中心に、円形に遮断されているんだ。綺麗に。だから、町内から少しはみ出していた様な場所も、襲撃に含まれた」
義明は目をつぶりながら言った。
「ここまでいくとさぁ、なんか、魔力とかそういうのっぽいよね」
悠太は楽観的に言うが、やはり動揺の色が見える。
「確かにそうだな。怖いよ。俺も」
義明は腕を組みながら言った。
直人は急に立ち上がり、窓の外に視線を投げた。
「・・・それでも、遮断も時間が限られるはずだ。恐らく、もうすぐヘリとかが―」
直人がそう言いかけた時、窓の向こうで轟音が鳴り響いた。
四人全員はとっさに窓側へ駆け寄った。
大きなヘリコプターの機体が、ゆっくりと下降してきていた。
「ほらな」
直人は低い声で呟いた。