それぞれの覚醒
今回はハマとノナカがカッコよすぎる!!
床にのびる怪物の死体を、濱田悠太はゆっくりと見下ろした。
怪物の目は生気を失い、その瞳は真っ青に染まっていた。生物学者がこの怪物を見たら、なんと言うだろうか。少なくとも、悠太はこんな怪物を今まで見たことが無い。
「・・・なぁ、野中」
お前、何なんだ?
そう呟こうと隣を見たが、もう高亮はそこに存在していなかった。
「・・・またかよ」
悠太はため息混じりに呟き、かすかにうめいた。
そのうめき声がまるでスイッチかのように、教室内の空気が動き始めた。
全員の視線が悠太に注がれる。全員が口々に悠太に質問や賞賛の言葉を掛け始め、ズイズイと近寄ってくる。
悠太は聖徳太子ではない。だから、機関銃のようにぶつけられる質問を、一つ一つ返すことができなかった。―というより、悠太自身にも分からないのだ。自分に何が起きているか、この学校に何が起きているか。
分かっているのは、この手に発生した水を、自由自在に操れること。それが何処から発生した水なのかは、全く分からないし、何故自分に発生したのかも分からない。
人々が投げかける言葉に、「特殊能力」という言葉があった。
そうかもしれない。自分には特殊能力があるかもしれない。―悠太はそう思った。現実で起きていることを素直に飲み込んでしまえば、それは超能力であると考えることができる。
―それより。
「ねぇ、みんな!」
騒いでいる人々を、悠太は片手を挙げて制した。
「野中知らない?野中」
この騒ぎを抑えるための、話題提供である。悠太にとっては、そんなことは小さな疑問でしかなかった。
人々は一斉に辺りを見回し始めた。そして、同じタイミングで首を傾げる。
「あれ・・・さっきはいたのに」
「っていうか、怪物に喰われたとか・・・」
それはなかった。悠太が床を見下ろしても、死体は一人も転がっていない。踏まれた者もいるが、死に値するほどではなく、今は立ち上がってちゃんと息をしている。よく怪物に狙われなかったと、感心するほどだ。
「まぁいいや。そんなことより―」
悠太がそう言い掛けた時、目の前の人々は再び、悲鳴を上げた。
悠太はその悲鳴がなんであるか悟り、瞬時に振り向いた。
再び心臓が鳴り出す。
悠太の目の前に、二体の怪物が現れた。先ほど悠太を襲ったのと同じ種類だろう。
悠太は瞬時に手の平を見つめた。
また、使えるのか?さっきは突発的に飛び出したものであるような気がして、今は出ない気がする。
しかし、そんなことを心配していてはどうしようもない。先ほど出たのならば、今も出る。
悠太は手の平に再び、念をこめた。
「ちょっと下がってて!」
人々はおとなしく応じる。もうここにいるのは濱田悠太ではない、救世主だ、とでも言う様に。
案の定、それは出た。小さな水である。現在で解明されている自然界のルールを根底から無視した、曰く付きの水球体だ。
「俺は・・・」
背後の人々に宣言するように、悠太は呟いた。そう呟きながらも、水の球体をどんどん肥大化させる。
怪物との間合いが、一メートルほどまで近づいた。
悠太は躊躇無く、その球体をぶつける。
「水の継承者だ!」
球体は怪物の頭部に直撃し、勢いよく破裂した。しかも悠太の絶妙なコントロールで、水しぶきが出ない。破裂のパワーは全て、怪物の頭部に集中した。
一体目の怪物が、その場に倒れこんだ。
「・・・水の継承者?」
何故、そんなことを言ったのだろうか。悠太は自分の発言を不審に感じた。
―まるで、誰かが言わせたかのように。
そんな推察を邪魔するかのように、二体目の怪物が飛び掛って来る。
悠太は瞬間的に、手の平から水を放出する。
閃光のように伸びた高圧縮された水は、怪物の頭部を貫通した。
怪物の悲鳴が響き、やがて怪物は頭部から液体を放ちながら、その大きな体を横たえた。
「・・・お疲れさん、ハマ」
背後で声がして振り向くと、高亮が立っていた。
悠太は思わず目を見開く。
「・・・野中。お前さっき・・・」
そう言って悠太は目線を人々に向けるが、人々も信じられなさそうな顔をしている。
高亮の顔は驚くほど冷ややかだった。
「お前が見落としていたんだろ、きっと」
「いやだって、ここのみんなが探しても―」
そんなことより、と野中は片手で制した。
「下の奴等が来る。第二波だ。今度は、こうでは済まされない。何百匹、って単位だ」
悠太は顔をしかめた。
「どういうことだよ・・・お前、さっきから・・・」
「いいからいけよ!お前がいなきゃ、苦しい戦いになるのは必然的だ!あの二人じゃ厳しいんだよ!」
おい!と、悠太は間髪いれずに叫んだ。
「さっきから俺が理解できないことばかり言いやがって!だいたい、ここを離れられる訳ねぇだろう!いつ怪物が襲ってくるか分からないんだぞ!」
高亮は笑みを浮かべた。いつも教室で見せる、あの笑みだ。
「心配ない。俺も、能力者だ」
え、と悠太はノドから声を出す。
「・・・お前も?」
「あぁ。ここは俺に任せろ。外には有刺鉄線とメガネ(しんかいなおと)がいるはずだ」
何が起きているんだ、と悠太は心の中で呟いた。俺以外にも能力者が?
しかし、ここで抵抗しても何もならない。ここは、一先ずおとなしく聞くことにする。
「・・・分かった。信じられないけど、小田と新海がいるんだな?」
高亮は、ゆっくりとうなずく。
その刹那、高亮は目を細めた。
「来たぞ、早く行け!」
破壊音が鳴り響いた。爆発音も、大きな足音も一緒だ。
野中の背後の人々が、また再び悲鳴を上げ出した。完全なPTSDに罹っている。
悠太は高亮を見ながら一歩踏み出した。
「分かった・・・―最後に聞く」
「最後じゃない。また、会わなければならない」
「いいよ!そういうウザい喋り方!んじゃあ、普通に聞くけど、お前は何の能力なんだ?」
高亮はまた笑みを浮かべ、手を腰に置いた。
「俺は影だ。お前の脳にスペースがあったら、覚えといてくれ」
「そこまで馬鹿じゃねぇよ」
悠太はそう言い残し、教室をあとにした。
正面玄関に出ると、眼下に校庭が広がった。―そして、入り乱れる怪物と人影も。
新海直人だ。怪物に向かって、必死に両腕を振り回している。そして、その両腕からは絶えず閃光が発されている。
「新海!」
悠太は叫ぶと、正面玄関と校庭を繋ぐ階段を駆け下りた。
直人は戦いながら悠太を一瞥すると、再び怪物達に視線を戻して叫んだ。
「濱田!手伝え!」
頭のキレる直人だ。濱田が一体何でここにいるのか、悟ったようだ。
しかし直人は気を取られたのか、隙をとられて一体の怪物に襲われた。
地面に倒れこむ直人。そして、その体に怪物が圧し掛かる(のしかかる)。
「新海!」
悠太の叫びと、直人の悲鳴が重なり合う。悠太はすぐさま手の平に意識を集中させる。
まるで獲物に群がるピラニアのように、怪物達は新海に襲いかかった。
鋭利な爪が、直人の顔のすぐそばに突き立てられる。
その瞬間、悠太の手の平から多大な量の水が勢い良く放たれた。
水は直人に群がる怪物を飲み込み、やがて怪物達を遠くへと吹き飛ばした。
「新海、大丈夫か?」
悠太はすかさず直人に駆け寄る。
直人に怪我は無かった。―体はビショビショになったが、それ以外は変わったところはない。
「ありがとう、濱田。濡らさなければ尚良かったんだが・・・」
「俺も濡らしたくなかったよ。濡らすなら、おん―」
ゴルァァァァァァァァ!という直人のツッコミが悠太に直撃した。
その間にも、怪物達は形成を立て直そうと立ち上がっていた。
「濱田お前、悠長な奴だな」
「いや、お前もだろ」
そうだが、と言いながら新海はメガネの位置を修正する。
「何か・・・何とかなるような気がする・・・」
「新海もか。俺もそう思う」
そう言いながら、悠太は顔を怪物達に向ける。
高亮は数百匹規模と言っていたが、目の前にいる怪物は二十匹ほどしかいなかった。これからまだ、来るのだろうか?
「なぁ、小田もいるって言われたんだけど」
「誰から?」
悠太は手の平を、開いたり閉じたりした。
「野中」
直人は疑問の声を上げた。
「野中が?・・・こんな時でも、怪しい奴だな」
悠太はうなずく。
「ごもっとも」
「小田なら、今別の方向を担当している。駐輪所の方だ」
そう言って、直人は指先を駐輪所の方へと向けた。学校には入り口が二つある。
「小田とか、新海にも能力が・・・ねぇ・・・」
直人は静かに唸った。
「俺も意外だった。まさか、こんなことで」
直人の声は、とても低かった。
「・・・新海、お前の能力は?野中は、影って言ってたんだけど」
「影?・・・アイツらしいな。まぁいい。俺は、か―」
そう言い掛けた瞬間、体勢を立て直した怪物達が鳴き始めた。
「続きは後だ!」
そう言って、新海は両手を突き出した。
瞬間的に、両手から閃光が走る。
「―電気?」
悠太は思わず呟いた。直人の両手の手の平からほとばしるそれは、間違いなく電撃だった。
電撃は数匹の怪物に当たった。
怪物達の悲痛な叫び声が響き渡る。それは、怪物達の最後に見せた抵抗であった。
崩れ行く仲間の姿を見て、電撃を逃れた怪物達は咆哮を上げた。
「濱田!見てるな!」
直人の声に喝を入れられ、悠太はハッとして動き出した。
五匹ほどの怪物が飛び掛って来る。
悠太はその怪物達を目視すると、右手を振って水の閃光を出現させた。
水の閃光は、五匹の怪物の頭部や腹部を綺麗に切り裂いた。
「よっしゃぁ!」
悠太は喜びの声を上げ、目をギョロリと動かして別の怪物を捉えた。
瞬く間に怪物達の掃討は終了した。
二十数匹ほどの怪物の死体を悠太と直人は見下ろし、ため息をついた。
「・・・お疲れさん」
直人はメガネを中指で持ち上げながら呟いた。
「・・・ねぇ、さっきの続きだけどさ、新海は何の能力なわけ?」
「一緒に戦って分かっただろ」
悠太は唇を尖がらせた。
「大体は分かったけどさ、まだよく分かんないんだよ。お前のロリパワーかもしれないしさ」
ピッシャブルァァァァァァァ!という直人のツッコミが再び悠太に下された。
「・・・まぁいいや。俺の能力は、雷だ」
強烈なツッコミをしておいて、「まぁいいや」とは・・・と悠太は思ったが、ここは黙っておく。
「正確に言うと、イカズチと呼んで欲しいけどな」
「んじゃあ、あんな風にビリビリッて、電気出せんの?」
直人のメガネのレンズが輝いた。
「その通りだ」
その時、駐輪所の方から、大きな破壊音が鳴り響いた。
「ヒィヤッフ~!」
そして、小田義明の声。
マリオかテメェは!と直人は叫んだ。
「・・・新海、小田を助けなくていいのか?まだ、戦ってるみたいだけど」
直人は首を振った。
「駄目だ。今、小田はちょっとヤケクソ状態」
「何で?」
悠太が首を傾げると、直人は声を潜めた。
「・・・弟を助けられなかったんだ」
うわっ、と悠太は思わず声を出す。思わぬ展開に驚いているのだ。
―重い話は苦手なんだよなぁ。と思いながらも、渋々話しに耳を傾ける。
「俺ら、弟を助けに行っただろう?そんで、その時・・・怪物に鉢合わせたんだ」
直人の声が一層低くなる。
「俺はそのおかげで・・・何だろうな、あれだ、そう、『覚醒』したんだ」
悠太は『覚醒』の意味を悟った。自分に起きたことも、直人と小田に起きたことも、全て『覚醒』と考えてもいいだろう。
「それで、なんとか怪物を倒したんだけど・・・小田の弟は死んでた。トイレで」
「何で?」
直人は悲しそうに首を振った。
「よくは分からない。でも、小田の弟は・・・俺の弟に覆いかぶさって死んでいた・・・だから・・・」
直人の声が詰まった。
「・・・庇ったってこと?」
悠太が引き継いで言った。
直人はゆっくり頷くと、駐輪所のある方へと顔を向けた。
「その時に、小田の能力が覚醒したんだ。それで最初は、怒りに身を任せて戦ってたんだけど・・・」
直人は小さく笑みを浮かべた。
「今は楽しんでいるようだ。俺もそうなんだが、段々戦っているうちに、悲しみの感情を無くしていっているような気がする」
「あ、俺もそうなんだよ。なんというか、楽観的、というか」
直人は唸った。
「何でだろうな・・・」
悠太は首を振るしかない。
「さぁね・・・」
一通り会話を済ませた瞬間だった。
先ほどの怪物の鳴き声が、辺り一面に響き渡った。今回は音量が違う。
「・・・まさか」
「また奴らだ」
高亮の言ったとおりになった。時間はずれている様だが。
「今度は数百匹規模って、野中は言ってたよ」
「この音からして、そうだろうな」
直人は腕を組んだ。
轟音は更に大きくなる。悠太と直人は思わず身構えた。
「今度は喋る暇はないぞ」
はいよ、と悠太は答え、緩んだ顔を元へと戻した。
平和な町の校庭が、修羅場と化す。
次は小田君が登場するよ!
・・・するかな?