光
義明の放った空気の力は、高亮の前では無力に等しかった。全身全霊の力も、高亮は片手で防いでしまう。
「どうした・・・それで終わりか?」
満身創痍の義明は、満足に動けなかった。絶えず体が『諦めろ』と言い掛けてくる。自分自身で、死が近づいているのを感じた。
高亮は義明に歩み寄った。
「もう諦めろ。計画は大成功だ」
そう言って、ひざまずく義明の背中に手を置く。
「・・・何が目的だ・・自己顕示欲の誇示か?それとも唯の目標か?」
「世界に飽き飽きしたんだよ。それに、大きな力も持った」
「くだらなねぇ・・・くだらなさすぎる・・・ただの精神異常者じゃねぇか」
「言われても構わない。自分でもそれは自覚している。自覚している上の行為だ」
高亮は義明の背中の上の手に力を込めた。
「じゃあな」
肉を貫くような、鈍い音が響いた。
義明は更に血を吐き、うめいた。義明の体の中心に、大きな穴が開けられたのだ。
「・・・ジワジワと苦しむんだな。俺が世界を支配するさまを、ジックリと見るのだ」
「うるせぇ」
高亮は高笑いしながら立ち上がり、背後を振り向いた。
「アナザーはもう局面を迎える!俺の世界が構築されるのだ!」
アナザーの種は驚くほど巨大化していた。依然、その不可思議な動きは続いている。
高亮はゆっくりとアナザーに近づき、片手を差し出した。ゆっくりと片手は光りだし、その光は漆黒のアナザーの種を包み始める。
「や、やめろぉ!」
義明は全力を振り絞って叫ぶが、高亮の耳には届かない。高亮は尚も、アナザーとの一体化を続ける。
義明の悲鳴と、高亮の笑い声が重なった。まるでそれが、世界の終焉の鐘のように。
義明は、力尽きた。
義明はゆっくりとそのまま地面にひれ伏す。視界がボヤけ始め、それは死が近くに来ていることを物語っていた。
―もう駄目だ。
すまなかった、悠太。お前のために、何も出来なかった。
義明の心は後悔の念に襲われたのだった。
―そんな義明の視界に最期に映ったのは、
―光だった。そこに存在するのは、影のはずであるのに。
義明は小さく笑った。神も見放しちゃいない、と。
高亮の体は煌いていた。それは、アナザーの種との結合による光ではない。
―清浄化の光だ。
高亮は悲鳴を上げていた。まさか、こんなはずではなかった、と。
「明・・・明かぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
高亮を光で包んだのは、皮肉にも、アナザーとの結合に必要不可欠だった高崎明の『光』の元素であった。理由は分からない。死後腐食しなかった明の遺体同様の、奇跡である。
高亮は喘ぎ、苦しみ、天を仰いだ。光は体中に穴を開け、そこからまた光を放つ。
高崎明の、最後の『親の役割』である。暴虐の息子を止める、最後の力だった。
やがて高亮は、光となった。光の産物である影はやがて、光へとなったのだ。
高亮の笑い声が響いた。
同時に、光は瞬時に消え去った。
影と共に。
そこには、変わらぬ終末が繰り広げられていた。アナザーの種は、未だに不気味に動き続ける。
それが良かったかどうかは、分からない。しかし、義明はそれをどうすることもできない。義明は死に際である。
しかしその時、アナザーの種が消え去った。高亮と微かに結合していた種は、高亮の終息と共に、消え去ったのだ。
「明さん・・・」
『光』とは、奇跡だな。義明は小さく笑い、天を仰いだ。
空が青い。
「濱田・・・頼んだぞ」
義明は静かに目を閉じた。
それでも空は、青かった。大気が澄んでいるからである。
Ω
悠太は片ヒザをついた。体中はアザだらけだ。右手は悲鳴を上げ始めている。
「・・・クソ」
「・・・悠太・・・まだ、戦うつもりなのか」
ここまで力の差が見せ付けられているというのに、悠太は諦めなかった。
政貴は驚愕していた。悠太の底力に。大和魂、というべきだろうか。打たれても打たれてもダウンしないボクサーのようだ。
「当たり前だ・・・俺は・・・戦うと決めたんだ」
みんなのために。
悠太は叫び、自らを奮い立たせた。その声は町内に響き渡る。そして、フラフラと立ち上がる。
そんな悠太を、拍手が祝福した。
二人が音のあった方を見ると、そこには、アンノが居た。
「いいね、君。最も人間らしい姿だよ。美しい」
アンノは心から拍手していた。鬼塚陽という異常な人間の中で生きていた彼にとって、人間味溢れる行動は微笑ましい以外の何ものでもなかった。
「な・・・何しに来た・・・」
悠太は身構えたが、アンノは小さく笑うだけだった。
「別に君と戦うつもりはないよ。結果はもう予想済みだ。―そんなことより」
アンノは手の平を広げ、アンノに見せ付けた。
手の平には、二つの光が旋回していた。
「この光・・・誰のだと思う?」
悠太の顔が青ざめた。一気に冷や汗が飛び出す。
「・・・小田と新海?」
「そうさ」
それは元素だった。義明と直人の、真の姿。つまりそれは、二人の死を意味していた。
「新海・・・小田・・・」
「本当は取りこんでおきたかったんだけど、何が起きるか分からないからね。今、何か常識が覆されているみたいだし」
アンノは小さく笑う。そしてしばらく笑った後、悠太を見る。
「この元素・・・欲しいか?」
悠太はためらわず首を振った。
「遠慮しておく」
二人の元素を取り込むなど、二人に失礼だった。二人は悠太よりも命を張り、悠太のために余生を過ごした。だから、そんな二人を取り込んでしまうのは、二人の根底を否定するようで、悠太は消極的だった。
でも、
「その元素を・・・取り込まないで・・・自由にしてやってくれないか?」
せめて、最後まで自由にしてやりたい。そして、戦いを見て欲しい。
悠太は二つの光に顔を向けると、ガッツポーズを見せた。
「新海・・・小田・・・俺、やるからな。お前らの思い、無駄にはしないからな」
僅かに、光がうなずいた様な気がした。プログラムと化した元素にとって、それは有り得ないのだが。
悠太は、政貴に向き直った。
そして、拳を固める。
「まっさん・・・いや、政貴・・・これで、最後にしてやる」
政貴は、鼻で笑う。
「望むところだよ」
悠太は力を込めた。僅かに大地が震える。友情と怒りの力によって、彼の力は膨大に増加したのだ。それは、人間というイレギュラー因子が成せる奇跡であった。ただの元素には、到底真似することも出来ない。
火と水が、互いに光り輝いた。真に力を解放したのだ。
『創造と破壊』
『維持と記憶』
二つの相反する力が、互いの存在を消し去るために、衝突するのだ。
「これで・・・終わりだぁぁぁぁぁ!」
水は絶叫した。
次回・・・最終章『終末編』。