影の手
四大元素はプログラムのようなものだった。そして、その四大元素も同じく。
唯の命令に従うことしか能が無い、というべきだろうか。元素は宇宙を、地球を創造した後は、ただ動き回る光の塊だった。
しかし地球創造後、ある一つのイレギュラーが誕生した。
人間である。
人間は他の生態系とは種類が違った。本能という基盤の上に、思想や言語や崇拝などの理念を持ち、他の生態系をかき分けて生態系の頂点に君臨した。まさに、元素とは対の性質である。プログラムに従うのではなく、プログラムを産み出す。
元素は不思議とそれにひかれた。
プログラムを産み出す存在と、プログラムに従う存在―それが結合したら、どうなるのだろう、と。
かくして、元素は人間となった。―強いて言えば、人間という装甲を取り付けた元素である。
その人間は将来、『マーベリック』と呼ばれるようになった。最強にして、最悪の存在―たった一人で一国の脅威となる孤高にして恐怖の存在。
元素は人間を過信し過ぎた。人間は、とても脆いのだ。
しかしそんな中でも、上手く元素を操る者たちが居た。
―人類の命運を握る、『能力者』達である。
火と水、互いに正反対の性質が衝突した。赤と青が混じりあい、紫色のエネルギー体がガラスのように砕け散る。
二人の力は格段に向上していた。四つの元素が一同に介したあの時からだ。
悠太の出す水の力は、通常の十数倍にも膨れ上がり、規模も拡大していた。今の悠太の能力ならば、世界の支配は容易だろう。
しかし今、悠太は世界を救うために戦っている。仲間を犠牲にして。
再び政貴の業火と、悠太の津波が衝突した。その威力はすさまじく、二人が戦うアリジゴク状の穴は、更に削られていく。
しかし、問題の『アナザー』の種であるエネルギー体は、破壊されないままでいた。―やはり、相当な威力が必要なのだろう。
「強くなったなぁ!」
政貴は笑みを浮かべながら叫ぶ。
「当たりまえだ!・・・お前に負けられるかよ!」
悠太は吐き捨てるように言うと、再び津波を発生させた。
津波は政貴を襲うが、すぐに政貴の業火によって相殺されてしまう。
一進一退の攻防だったが、ここで政貴が行動に出た。政貴は瞬時に炎の塊を連発させると、その体格からは想像も出来ないような俊敏さで、悠太に迫った。悠太は炎の塊の処理に追われ、易々と政貴に接近される。
身構えたところで、遅かった。政貴の燃える拳が悠太の腹に突き刺さる。悠太は喘ぎ、小さく悲鳴を漏らすしかなかった。
悠太の体は上空へと打ち揚げられた。数百メートルほどだろうか。政貴は更に追撃を加えようと、打ちあがる悠太に更に再接近した。
今度は、悠太は防御をすることが出来た。―しかし、防御のみだ。
悠太の作り出した青色のシールドが、烈火の拳によって打ち破られる。悠太はその衝撃で仰け反り、更に相手にスキを見せ付けた。
悠太の顔面に、業火の球が衝突した。その威力は、数百メートル下界にまで炎の先端が届くほどである。
悠太は絶叫しながら、威力に耐え切れず弾け飛んだ。
もの凄い落下速度で地面に落下し―いや、突き刺さる。幸いにも土だったが、ダメージは激しかった。
「どうした?負けてられないんじゃないのか?」
悠々と言い放ちながら、政貴が地面に降り立った。悠太は思わず、痛みと憎しみで舌打ちをする。
悠太は痛みを堪えながら、フラフラと立ち上がった。さすが強大な実力者である。外傷は何一つ目立たない。
「まだ・・・負けてられねえよ」
ここで悠太は初めて、自分が立つ所が自分の母校の校庭であることに気付いた。夏貸しの母校だ。まさかこんな形で、再び母校の土を踏むとは思っていなかった。
政貴は校庭の土を見つめながら言う。
「俺らの故郷だ。俺らの、原点だ。・・・さぁ、土となれ!」
「こっちのセリフだ!海の藻屑にしてくれらぁ!」
再び、業火と津波が衝突し合った。
Ω
義明は満身創痍の体を引きずりながら、とある森へ来ていた。森というより、樹海だ。生い茂る木々は来る者の方向感覚を無へと引きずり込む。
そんな樹海の中で、義明はただひたすら歩き続けた。片目を失ったことで方向感覚を失い、左足が思うように動かず、右手はダラリと力なく垂れる。絶えず吐血しており、もはやいつ樹海の一部となってもおかしくない。しかし、義明は止めなければならなかったのだ。彼の暴虐を。
やがて、義明は立ち止まった。
その虚ろな目で、目の前の者を睨む。
「・・・野中」
高亮は両手を広げて見せた。
「良く来たな・・・小田。まさかお前がここに来るとは」
「あいにくだな・・・俺は知っちまったんだから」
「そうだな・・・ハハ、全てが明るみに出る時代とは言うが、その通りだな。始まりは光で、終わりも光に照らされる」
隠し事が出来るはずもなかった。世界の異変は、いち早く自然事態が察知する。だから義明―宏太も、気付いたのだ。悠太や政貴も気付けたはずだが、戦いに集中し過ぎて気付け無かった。
義明と宏太は、死線を乗り越えたことで、その重大な高亮の贖罪を知ることが出来た。
やはり、偉大なる自然界である。
「野中・・・いい加減隠すのは辞めたらどうだ。お前は役目を果たしていない。導きれていない」
「どういうことだ?」
高亮は首を傾けてとぼけて見せた。恥じるべき姿だ。世が与えた役割を、拒絶した男の姿だ。
「分からないのか・・・お前は、何かを隠しているはずだ」
高亮はフフン、と鼻で笑った。
「穴だったな。・・・お前が知るとはな」
「俺は、空気だ」
あの時、あの死に掛けたとき、義明は全てを知った。
高亮の贖罪を。
「そうだ・・・俺は明から受け継いだ全てを、お前らに教えなかった」
「最も大事なことをな。・・・最悪だ」
「最悪と呼ばれても構わない。俺もそれを自覚している―だがな」
高亮の声が、一段と低くなる。
「俺は俺の理想がある。理想のためなら―役割など、知ったこっちゃない」
「愚かだな」
「そうさ。人間とは・・・愚かな生き物さ。俺はある意味元素的で、人間的な答えを導き出した」
「何だ?」
「これだよ。この行為自体が、それなのだよ」
高亮は最大の罪を犯していた。
―スキアー―影―野中高亮―の役割は、『導く』役割だ。彼は、その役割を持って、四大元素に『光』や『闇』と共に創生された。
高亮は致命的な事実を隠し通していた。
―『アナザーの種』は、二つの地で同時発生する。
つまりそれは、現在世界を救おうとしている濱田悠太の苦労を、水の泡にしようとしているということだ。種を二つ破壊しなければ、世界の終末は止められない。
「ふざけるな・・・お前・・・何が目的だ!」
「もちろん、世界の終末だよ」
義明は口に溜まった血を吐き出した。
「他にもあるはずだ・・・元々世界の終末が目的ならば、俺ら『抵抗派』に真実は教えないはずだ」
あれだけ高亮は三人に伝えてくれたのだ。それから考えてみると、今回の高亮の反逆は「中途半端」なものだ。高亮らしくもない。
高亮は静かに笑った。
義明はそれを凝視した。
「何がおかしい?」
「・・・そうだよ、俺には他にも目的がある」
「・・・なんだ?」
高亮は両手を広げた。
「俺が世界を支配する・・・この『種』と共に影を牛耳り、世界を牛耳り、世界の頂点に君臨する」
「そんなことが―」
「出来るのだよ。俺は、『光』の元素を秘めた。そしてその『光』を、終末を告げる『アナザー』の光へと変換させる。そうすればエネルギーは俺のものだ・・・。弊害として、俺の元素『影』は、より強く色濃いものになる・・・」
「馬鹿な!」
つまり、野中は自らを、『光が降り注いだ日』と同様の強烈な力を持った『光』とさせるのだ。『アナザーの種』が持つエネルギーを、自らが取り込んだ『光』の元素に利用することによって。
高亮の目的は、世界の支配だった。鬼塚陽と同様の思想を、彼は秘めていたのだ。―異常なまでの自己顕示欲。
闇と影は同義であり、影は光の産物。まさに高亮はそれを利用としていた。
初めから、これが目的だったのだ。
『終末』が起きて、最期に死ぬのは人間ではなく、元素なのだ。何故なら、元素は力を持っている。故に怪物達は本能に従って後回しにする。
それは高亮によって、最も厄介なことだった。世界の終末が完全に成功する直前に、『種』の膨大なエネルギーを自らのエネルギーに変換し、怪物たちやマーベリックを一掃させ、残ったわずかな人類と共に再び世界を構築しようとしていたのだから。それに抗うであろう四大元素を始め元素達は、邪魔で仕方なかった。
そんな野中高亮に、あるイレギュラーが舞い込んだ。
「濱田悠太や、新海直人や、小田義明が、世界の終末に反対したんだよ」
「・・・それが、イレギュラーなのか?」
「あぁ、そうだ。恐らく世も考えていなかったようなイレギュラーさ」
本来、人間というイレギュラーな存在であろうとも終末が近づけば、世の原理によって、『帰属意識』という潜在意識が発せられるはずだった。世への帰属。つまり世への忠誠。
しかしその帰属意識が、人間という装甲の異変によって、発せられなかった。
理由は不明である。しかし、高亮はそれをチャンスとした。
高亮はスキアーと名乗り始め、二つの派閥つまり『抵抗派』と『保守派』を行き来し、情報を上手く渡らせ、両派を衝突させた。更に、敵意も植え込んで。
高亮の計略は大成功だった。
義明が異変に気付くまでは。
「しかし・・・もう遅い。俺はここでお前を殺し、計画を想定通りに実行する」
最大の罪だった。高亮は生まれた理由そのものを、拒絶したのだから。
全ては、高亮の手の平の上で行われていたのだ。
義明は怒りに体を震わせた。満身創痍じゃなければ、飛び掛っていたところだ。
「てめぇ・・・許さない」
「別に許してもらうつもりはない。俺は、俺のやりたいことをやる」
世界を巻き込んだ自己中心的行為だ。思わず義明は歯軋りをする。
―義明の小さな声が響いた。
「なんだって?」
高亮は聞き取れず、聞き耳を立てた。
「・・・お前は・・・俺が止める・・・」
「ハハ、止められるならな」
義明は声を張り上げ、両手を前に突き出した。
「止めてやるさぁぁぁぁぁ!」
空気の元素、最大の抵抗だった。
Ω
力の差は歴然としていた。悠太の攻撃を政貴は楽々と跳ね返し、回避していく。
悠太はその間にも数発の攻撃を喰らい、体はボロボロだった。
「く・・・くそ・・・ま・・・まだだ・・・まだ・・・」
そんな悠太の姿を見て、政貴は首をかしげる。
「不思議なやつだな。もう世界は終わる寸前だというのに、まだ戦おうとしている。―既にマーベリックの暴走で、世界は数億という人口を亡くしているんだぞ?」
「まだ・・・まだ人間は・・・残っているさ」
「こうしている間にも、マーベリックの襲撃は何処かで行われている。終末が近いことの功を奏して、力も上がっているしな」
「うるせぇよ!」
悠太の怒声を聞いて、政貴は呆れたように首をすくめた。
「・・・アレを見てみろよ」
悠太が顔を向けた先には、ドス黒い球体があった。先ほど見た時より、かなり肥大化している。半径三十メートルほどだろう。まるで、漆黒の太陽のようだ。
「世界の終末は刻々と近づいている」
近づく終末を、肌で感じた瞬間だった。
しかしそれでも、悠太は拳を再び固めた。
「俺は・・・死ねないんだ・・・」
「そうか、ならば・・・殺してやる」
―諦めの言葉は、悠太の辞書から削除されていた。全ては世界のため、人々のため。