本日は晴天なり
翔馬が勢い良く振り下ろした日本刀を、直人は電撃のバリアを作って防いだ。
「まだ元気が・・・あんのか・・・」
日本刀の押し付ける力が強くなる。直人は当然バリアの出力を上げることとなり、その分体には負担が来た。
苦痛に直人は顔を歪ませた。まるで体液が滲み出ていくかのように、体中から力が抜けていく。
「ほらぁ!あきらめろぉ!」
その瞬間、直人は意を決して絶叫し、全力全開で電撃を発した。そのすさまじいパワーで翔馬の日本刀は吹き飛び、空を舞った。―やがて、静かに地面に刺さる。
直人は血を吐きながら立ち上がった。
「まだだ・・・まだ・・・終わってない!」
「その体でよく言えるなぁ・・・もう駄目だな、お前」
翔馬が直人の下腹部に目を向ける。つられて、直人も目を向けた。
骨がむき出しになっていた。普通なら腸がダラリと垂れ下がるが、その垂れ下がる腸も存在しない。―まるでゾンビだ。常人の数百倍ものアドレナリンが、痛みと苦痛を何とか最大限まで和らげている。
直人は何故か笑う。何故だろうか、天を仰ぐ。
―空が綺麗だ。この青は、水のおかげだ。
「悠太、あとは頼んだ」
俺の役目は十分果たしたよ、と直人は更に付け足す。ゴメンな、あまり加勢できなくて。
「・・・諦めたのか」
翔馬の声に、直人は笑みを浮かべて反応する。
「あぁ・・・もう駄目だな。最期にこの空を拝めただけ、幸運というものだ」
直人は数百という人間の命を殺めた。この一ヶ月間で。その数は、テロリストもビックリな数値だ。それにも関わらず、直人はこの綺麗な空を見上げていられる。なんと公平で、理不尽な世界だろう。
「そうか・・・なら―俺の勝ちだな」
翔馬が地面に突き刺さる日本刀を抜き、静かに堂々と構える。
「あぁ・・・お前の勝ちだな」
そう言いながら、直人は翔馬の目を見つめる。
いつもと変わらぬ目をしているが、どこかが変だ。―しかしその違和感に気づいただけで、死の近い直人にとってはどうでもよかった。
じゃあな
翔馬の声が響いた。どこか悲しげで、どこか嬉しそうだ。人間味があり、残虐性がある。
直人は目をつむり、両手を上げた。
―これが、最期だ。
翔馬の地面を蹴る音がした。恐らく能力上、翔馬は瞬時に目の前に来るだろう。
―そして、
冷たい感触が腹部を襲った。
目を開けると、腹を刀が貫通していた。血は出ない。血を出すには、もう直人は出血し過ぎていた。
アドレナリンの現象と共に、壮絶な痛みが体中を襲う。しかし、叫びを上げるような力は残っていない。
なぜなら、最期の役目を果たさねばならないからだ。
「・・・か・・・川口・・・」
直人は自分の腹部を貫通する日本刀を見つめたまま、息も絶え絶えになって言った。
「・・・なんだ?」
川口が首をかしげる。
直人は小さく笑みを浮かべた。
「・・・じゃあな」
その瞬間、日本刀を伝って、電撃が翔馬の体を襲った。翔馬は思わず絶叫する。
これが直人の最期の抵抗だ。体内に密かに蓄積させた電撃を一気に放出する。特攻隊とは、よく言ったものだ。
死に際の、最大の電撃攻撃だ。電撃は翔馬の皮膚を焼き焦がし、体内を縦横無尽に駆け巡り、五臓六腑をズタズタにする。
二人は折り重なって地面に倒れた。
二人の表情は、恍惚としていた。戦士の死に際のような、快活な表情。
そして、『抵抗派』を支えた『雷鳴の覇者』は、静かに息を引き取った。
―青い空を見つめながら。
Ω
地面は乾いていた。駅が元々あった場所には大きなアリジゴクの巣のような穴が開いており、まるでブラックホールのようだ。政貴はその中心に立っている。エネルギー体と共に。
悠太は平然とそのアリジゴクを降りていく。ここがあの小淵沢とは思えないほど、大きく辺りの環境を変えたアリジゴクだ。
政貴は腕を組んで悠太を迎え入れた。笑みを浮かべながら。
「待っていたぞ」
そう言いながら、政貴は頭上に浮かぶドス黒い球体を指差す。まるで陽が放つような、漆黒の球体だ。地球が公転するかのようにギュルギュルと音を立てながら回っている。
「アナザーは始まった」
「その球体がか」
随分小さいんだな、と悠太は笑う。あまりにも滑稽で、拍子抜けする。
「これが巨大化して・・・世界と一つになる」
つまり、アナザーの種というわけだ。開花は近そうだ。こうやって話している間にも、アナザーの種は小さく膨張し続けている。
「世界は終わる・・・素晴らしい瞬間だ」
「よく言うぜ・・・正気を疑う」
悠太ははき捨てるように言ったが、むしろそれが政貴にとっては嬉しいようだ。
「俺は至って正気だよ。俺は、世の崩壊を支持するからな・・・」
「人間なのにか」
「いや、元素だからだ。元素ならば・・・従うのは当然だ」
人間の立場と、元素の立場。その二つの立場から見て総合的に判断すれば、政貴の言っていることは正解であり不正解だった。
悠太はため息をついた。
「俺は最後まで・・・人間の味方だ。・・・悪いが」
政貴は拳を固めた。
「そうか・・・ならば・・・」
戦うしかないな。
人類存亡を賭けた戦いだ。
『火』と『水』、『創造と破壊』・『維持と記憶』が遂に、終に衝突する。