人生は戦うが故に美しい
名言参照・―グリル・パルツアー「戯言と警句」
一ヶ月ぶりに故郷へ帰還した。一ヶ月ぶりだというのに、何故か百年ぶりに来たかのように、郷愁の思いがこみ上げる。
悠太と直人は走り続け今、小学校の前に差し掛かった。懐かしの校舎だ。怪物達によって校舎はボロボロなものの、原型は留めている。
「・・・小田・・・生きているのかな」
悠太は下を向きながら言う。置いてきた義明のことが気になるのだ。そのはずだ、義明の体は満身創痍で、とても生きていられる状況ではなかった。
直人はメガネの位置を修正すると、冷静に呟いた。
「長くは持たないよ。・・・あの出血の量からして、通常の人間ならばもう死んでいるはずだ。体の機能も所々失っているみたいだしな」
義明の傷だらけの体―右手と左足はあらぬ方向に折れ曲がり、片目は潰れていた。地面は真っ赤に染まるほど出血しており、その量は計り知れないだろう。
「自衛隊が来て救出してくれれば話は別だ。でも、自衛隊なんて来てなかっただろ。あんだけ時間が経っても」
「何でだろう・・・」
直人はため息をついた。
「終末が近くなって、マーベリックの出現が頻繁になったことが予想できるな」
そう言いながらも直人は、悲しみを押しかくているように見えた。友の死はやはり、辛いものなのだ。
「・・・みんな、死んでいくのか」
「それが宿命でもある。俺や小田は、お前を守るために生きているようなものだ」
「そ、そんな―」
「良いんだ。俺も小田も、もう覚悟している。だから―」
その時、すさまじい轟音が直人の声を掻き消した。
直人は瞬時に音のあった方を振り向くと、広範囲に電撃を放った。
小さく金属音が鳴り響いた。
「・・・俺にも来たようだな」
―死ぬ時が。
目の前に現れたのは、日本刀を携えた翔馬だった。
「よぉ、濱田・・・それに、メガネ。久しぶりだな。会って早々、俺を攻撃するなんて」
「・・・濱田、行け」
直人は低く唸るように言った。
「なんだ新海、無視か?おじけづいたか?」
「・・・早く行け・・・」
悠太は困惑しながら小さく返答する。
「し、新海・・・」
これ以上仲間を失いたくない。そんな弱音を、今の直人に打ち明けることは出来なかった。直人は決心している。鉄のように固い決心を。それを、悠太は崩してはいけない。失望させてはならない。
「そちらのリーダー様は勇気が無いんだとよ。いい加減に―」
「行け!世界を救え!」
その言葉で、悠太は再び走り出した。二度と、直人の姿は振り返らない。ギリシア神話の琴奏者のように。
翔馬は悠太を追おうとはしなかった。
「・・・ようやく決着をつけられるな」
直人は冷静に応える。
「・・・いいのか?追わなくて」
「いいんだよ。俺はお前と決着を付けたい」
『保守派』の人間は全員こうだな、と直人は思う。政貴にしろ、翔馬にしろ、使命というよりは、戦いを愛しているようだ。戦いの中から快楽を得ている。戦いからしか自分の生きる意味を見出せない。使命の元に確固たる意思を持つ『抵抗派』とは違って、彼ら『保守派』は軽々しい。
しかし、それが強さの秘訣かもしれない。
「そうか・・・なら」
直人は拳を鳴らした。電撃を手の平全体に通わせ、その感触を確かめる。そして、更に言う。
「やってやる。喜べ」
「そりゃどうも・・・ヘッ・・・やっとだな」
もう振り返らない。そう決意した悠太は、『光が降り注いだ日』に光が降り注いだ駅を目指した。あの場所で恐らく、アナザーが開始された。
急に妙な動悸がして、悠太は立ち止まった。
体中に悪寒が走る。まるで体全体が闇に包まれそうな感じだ。
悠太はゆっくりと上空を見上げる。
―この感じは。
悠太は再び走り出した。
始まったのだ、アナザーが。
電撃と日本刀が重なった。直人はすさまじい力で押し返され、うめく暇もなく弾き飛ばされた。直人は地面を転がるが、すぐさま起き上がる。
「どうした、随分弱くなったなぁ」
翔馬は歯を出して笑う。翔馬の力は一ヶ月前より格段に向上していた。修行の成果なのだろうか、刀さばきも力も以前とは全く違う。
クソ、と直人は悪態をつく。ついたところで、どうにもならないが。
翔馬が襲来してきた時、直人は死を覚悟していた。一ヶ月前闘ったときも、力の差は歴然だった。一ヶ月で相手が修行するのは当然だったし、力の差を一ヶ月で埋めることは出来ないと自負していた。自分には勝ち目が無い。そう考えていた。
だから、今この劣勢の状況は、予想通りということとなる。
―勝てないのは当然だ。ならば。
直人は特攻を考えていた。力を最大限を超えるまでに膨張させ、翔馬共々自ら命を落とす。勝てなくてもいい。しかし、絶対に相手にも勝たせない。
しかしその作戦も、翔馬の風の如き早さの前に、実行出来ないでいた。翔馬は息を尽かせる暇も与えず、次々と攻撃をしかけてくる。それに、―自分自身の死への恐怖もあった。
「うるせぇ」
直人は一蹴し、再び翔馬に向かっていった。
直人の放った一筋の電撃が、翔馬の刀に巻き付く。翔馬はそれを斬ろうと刀を振り回すが、まとわり憑いて離れない。直人はすかさず電撃を引き寄せた。
電撃は縄のように刀を引き寄せた。しかし、刀は翔馬の手から離れない。
「―考えが、甘いんだよ」
翔馬がもう一本の日本刀を振り下ろし、電撃を断ち切った。電撃はガラスのように砕け、ピカピカと雷のように光る。
直人は舌打ちをし、更に電撃をけし掛けた。数十本の電撃の束が翔馬を襲う。翔馬は二本の日本刀を華麗に舞わせ、その束を瞬時に切り崩した。
翔馬は再び余裕の言葉を言おうとした時、目の前に直人の姿がないことに気づいた。
―やられたか?
そう思った時にはもう、遅かった。
直人は翔馬の頭上に居た。すぐさま日本刀で防御しようとするが―その日本刀は電撃で拘束されていた。
翔馬の顔が引きつり、直人は冷静に笑みを浮かべる。
特大の電撃―雷を、翔馬は浴びた。その威力に耐え切れず、翔馬は悲痛な叫びを上げ、倒れた。
尚も、直人は攻撃してくる。地面に倒れる翔馬に、電撃で絶え間なく攻撃を与える。
翔馬の目の前が揺らぐ。―しかし、やられるだけの翔馬ではない。負けないという強い念が、翔馬を動かした。
「う、うぜぇんだよぉぉ!」
翔馬が起き上がり、二本の日本刀を舞わせ電撃を斬り、直人の腹部を切り裂いた。―全て、一瞬の出来事。常人には到底できない所業だ、全て『剛』の元素が成せる。
断末魔の叫びが討ちあがり、二つの人影が地面に倒れこんだ。
翔馬と直人は、双方苦悶の表情を浮かべ、コンクリートの地面に血を吐いた。
「・・・クソッ・・・やりやがって・・・」
「お・・・お互い・・・さま・・・だ・・・グフッ」
直人の腹部からは大量の血が流れ出ていた。腸こそは外界にこぼれ出ていないが、今にもこぼれ出そうなほど、傷は深い。―これが義明の状態なんだな、と直人は改めて思う。この世というものを投げ出したくなるような痛みだ。よほどの精神力がない限り、発狂してしまうだろう。―義明の精神力は、あの拷問で鍛えられたのだ。
翔馬も口から血を流している。恐らく電撃のダメージで、内臓の一つが破裂したのだろう。体中にヤケドしたような跡が目立って、どこか原爆の被爆者を彷彿させる。
直人は心の中でガッツポーズをした。想定外だった。これほどまでダメージを与えられたのは。
「まだ・・・まだ・・・終わって・・・な・・・い」
ところが、翔馬が体を震わせながら立ち上がった。直人は成す術もなく、翔馬が立ち上がるのをジッと見ているしかなかった。
足元に転がる二本の日本刀を拾い上げ、翔馬は直人の目を見た。
思わず直人は、小さく低い声で唸った。
翔馬の目には、猟奇的な何かが映っていた。
終末は始まっている。悠太はそう確信した。大気が、空間が、震えるのを肌で感じる。四大元素の一つだからだろうか。血が沸き、肉が切り刻まれるような、残酷な感覚。大きなエネルギーの集合体が近くで、引き寄せ合っているのだ。
―そしてもう一つの元凶が今、悠太の目の前にいる。
アンノ。突然その正体を見せ、悠太を一瞬にして廃人へとさせた『闇』の元素者鬼塚陽を、一瞬にして絶命させた張本人。二つの大元素をその小さな体に秘める、ミステリアスな可愛らしい少年。
「・・・何の用だ・・・」
悠太は震える声で言う。不安は隠しきれなかった。
「心配しないでいいよ、別に君と戦いに来たわけではない」
アンノは可愛らしく、まだ声変わりも始まってないような声で言う。
「・・・元素の殺傷は、気が引けるんでね。『空間』の元素を持つが故の、悩みだよ」
「・・・退いてくれ・・・アナザーを止める」
アンノは笑みを浮かべた。
「そうか・・・君はそうしてしまうんだね・・・大元素なのに」
「あぁ・・・俺は人間だ」
アンノの声が、一段と低くなった。
「・・・イレギュラー、としか考えられないね」
悠太は顔をしかめた。
「どういうことだ?」
「いいや、別になんでもない」
声は通常に戻るが、違和感はいつも通りだ。
アンノは両手を挙げた。
「僕はどちらにもつかないよ。―大元素だから、一応『保守派』というヤツにつくけどね。これもイレギュラーさ」
「じゃあ・・・」
「最後に忠告をしにきたんだ。君に」
忠告?と悠太は首を傾ける。アンノは相変わらず冷たい表情で、悠太の顔を覗き込む。
「火、水、空間、時間の四大の元素は、それぞれ役割がある。その中でも、『火』と『水』は、物質的なものを担当している。
単刀直入に言おう。君は新海政貴に勝てることはありえない。彼は『火』の能力者であり、完璧な覚醒を遂げて、真の役割である『創造と破壊』を司った」
「・・・だから?俺は勝てないと」
「そうだ。君の役割は、『維持と記憶』。どちらかというと、火をサポートするべき立場なんだ。でも、もちろん水も必要さ。『創造』すれば『維持』が必要だし、『破壊』すれば『記憶』も大切になる。水なしでは、火は役割を完璧にもたない」
「―でも、戦いとなると、俺は勝てない」
そういうこと。とアンノは言った。その声には、軽い残虐なもの感じる。
「どうせ死んでも君は元素へと還る―でも、君は人類を守りたい」
「そうだ」
「諦めたほうが得だよ。人類は滅びる。法則なのだから」
やや沈黙が流れた。
やがて、悠太は小さく笑い出した。
「ちなみに聞きたい・・・アンノと俺だったら、どちらが強いんだ?」
アンノは目をパチクリさせたが、平静を保って口を開いた。
「元来、物質面を司る君が強いのは当然だ。―でも、僕は『空間』の能力で―」
「そうか・・・ハハッ、なら、お前は今死んだな」
アンノは思わず疑問の声を漏らす。そんなアンノの頭に、悠太は手を乗っける。『いい子いい子』というやつだ。
悠太の顔が豹変し、急に真面目な顔になった。
「俺は行く。勝ち目がなくても、世界が滅びそうでも―」
アンノの頭から手を離し、悠太は走り出した。目指すはアナザーの発生源にいるであろう、新海政貴だ。
アンノは小さく笑い、悠太の背中を見つめた。
面白いものだな、人間は。