Whatever you do will be insignificant, but it is very important that you do it.
さぁ、がんばるぞ!
荒れ果てた東京の地を離れ、それでも尚三人は全速力で山梨を目指していた。三人の総力は格段に向上していた―特に悠太。彼の走力は廃工場での一件後、格段に上がっていた。 走り始めてから数時間後、直人と義明は現在、悠太の肩を借りて走り続けている。時速は五十キロほどであろうか。人並みの速さでないことは確かだった。
「濱田・・・お前・・・疲れないのか」
息も絶え絶えになりながら、義明は言う。もはや直人と義明は、引きずられていると言っても過言ではない。
「なんか、スゲェ力が湧いて来るんだよ・・・本当はもっと走れるけど・・・」
「やめてくれ」
わかったよ、と悠太は少し笑う。これ以上速度が上がれば、二人は置いていかれざるを終えないだろう。しかし、すぐに現地に行って世界を救ってくれるのも、一つの手である。
二人は小さなジレンマを背負っていた。
しかし、黙々と一行は進む。山を越え、森を越え、ひたすら目的地を目指す。
これも全て、交通網が全て遮断されたからだ。
マーベリックの暴虐による歴史的最大規模の未曾有の危機に、珍しく日本政府は迅速な対応を見せ、国民全員を一時自宅待機とさせた。その恩恵かしわ寄せなのか、日本国全土は静まりかえる事となった。
「俺・・・もう駄目だ・・・飛ぶ」
義明が悠太の肩を離し、立ち止まって肩で息をし始めた。
悠太と直人は仕方なく止まり、ため息を着いた。
「仕方ない・・・俺らも休もう。小田、飛んでいってもいいよ」
「マジか?」
「あぁ」
悠太と共に行こうと飛行を我慢していたが、もう限界だ。馬鹿げていると思うが、それが義明なのだ。―それに、ウズウズしていた。体中が飛びたいと、大空を欲していた。
悠太は手の平に水を出現させ、義明に飲ませた。義明はそれを、一瞬で飲み干す。
「但し、アイツらに見つからないでくれよ。出来るだけ目的地から遠くに向かってくれ」
義明は何とか呼吸を整え、顔を上げた。
「分かった・・・じゃあ、県庁所在地で会おうぜ」
回りくどい言い方をしたが、悠太はそれがどこか分かった。
そして発射体制になった義明に、悠太は最期に声をかける。
「空飛ぶのも体力いらないか?」
「いや、一回高いところまで行けば、すぐに空気の流れに乗れる」
悠太は小さくうなずいた。
「分かった・・・じゃあ―死なないでくれよ」
俺が見てないところで。
悠太はそう言い加えた。仲間を失いたくない。少なくとも、俺が死ぬまでは生きていてくれ。
そのメッセージが、義明に伝わったのか分からない。しかし、義明は悠太に最期まで付き合おうとしているのは確かだった。
義明はすぐに飛び去った。
その姿が、どんどん小さくなっていく。
Ω
この能力を持ってから、自分は大地と一体になった気がする。プレートの小さな動きを感じるようになったし、―何よりも大地の悲鳴を。
大地が、終末の時を嘆いている。しかし同時に、仕方ないと飲み込んでいる。
だとしたら、自分はどうしたら良いのだろうか。
―従うのは、新海政貴だ。自分は、あの人を選んで生きている。崇高な理念を掲げる、あの人物を選んで。
中込宏太はビルの上から都会を見つめる。日本中の人間が謹慎を余儀なくされている今、街は灯りでいっぱいだ。
―これほどまでに、人間が集まることはもうこれ以上、無いのだろう。仕事に追われた父や母、そして塾に忙しい息子。―そんな家族が同じ屋根の下で、共に何十時間も過ごすということは。
「早くこねぇかなぁ・・・」
アンノの助言によって、宏太はここで先鋒隊を叩くという使命を持ってここに来た。先方隊とはつまり、義明のことだ。空気の能力を用いて飛来するはずである彼は、必ずここを通ると言われている。
しかし仮に来たとして、ここで暴れるのは気が引ける。一家団欒を汚す趣味は無い。
「さみぃ・・・」
空を見上げると、夕日が沈み始めていた。真っ赤な空が、宏太の目の保養になる。
―さて、
宏太はため息を着いた。
戦いは気が退ける。仮にも旧友だし、何よりも人間だし、ピーセウォーカーを返してもらっていない。
しかし、戦わなければならない。全ては崇高なる理想のため。―世界の終末が理想とは、シュールなものだが。
丁度百メートル先に、飛翔体を確認した。
義明は身を翻し、宏太と十メートルほどの間合いを取って着地した。
「ふわっ、あっぶねぇな」
宏太の姿が見えたと思った瞬間の、地柱による襲撃だ。慌てて身を翻したが間に合わず、敢え無く義明は空気の力に頼ることとなった。
「よぉ、小田」
「何でお前がここにいるんだよ・・・邪魔だっつの」
スマン、と素直に詫びるのだが、その声色に反省の色は見られない。
「まっさんの指示だ。幾ら最強とはいえ、やはりお前ら『抵抗派』が怖いんだよ」
「それで?まず俺が先にここに来ると踏んで、ここで待ち伏せってことか」
「そういうこと」
完全に日は落ちた。いよいよ街中の煌きは栄え始め、義明と宏太は輝かしい光に包まれる。
「濱田達が来る前に・・・お前を始末しておく必要があるな」
「それに、決着もつけたいしな」
「そうだな」
義明は宏太の顔を見つめる。ここ一ヶ月で、宏太の顔は豹変した。戦場に送り込まれた人間の表情が豹変して帰還してくるのは、第二次大戦中には良くあったことだ。
「濱田のために・・・俺は、お前を始末する必要がある」
「そうか。こっちはまっさんの・・・新海政貴のためだ」
双方とも部下という呼び名がふさわしい。正に二人はそれぞれの王にひざまずいた「親衛隊」であり、良き「親友」でもある。
「お前は絶対・・・俺の手で始末する」
義明は両手を前に出して構えた。宏太も身構え、互いに火花を飛ばし合う。
「俺が勝ったらピーセウォーカー返してもらうからな」
「いいよ」
―お前が生きていたらな。
実際、義明は強大な敵になった宏太に容易く勝てるとは、思っていなかった。
―しかし、勝てなくても、負けるつもりはない。必ず役目は果たす。
―例え命を捨ててでも。
「さぁ・・・最高の三分間にしよう!」
「こっちのセリフだ!」
空気と大地、二つの力が真っ向から衝突した。
二つの大きな力は相殺され、辺りには砂埃が舞い上がった。二人の視界は、一気に狭まる。
そんな中、最初に攻撃を当てたのは、宏太だった。
義明は頬に拳をモロに喰らった。一瞬体を反らすが、すぐに体勢を立て直―再び、拳をモロに喰らった。
義明は飛び退き、宏太から十メートルほど離れた。再び体勢を立て直し、頬をさする。
「くっそ・・・いてぇ」
「どうした?貧弱になったか?お互い拷問に耐え切った仲間のはずだが」
「へ・・・あれにくらべちゃ、お前のなんて・・・」
義明は飛び上がり、瞬時に空気の刃を飛ばした。しかし、それはすぐに宏太の地柱によって遮断される。義明は再度宏太に攻撃を加えようとしたが、それを宏太は地柱の襲撃によって妨害する。
義明は次々と襲ってくる地柱を避けるのに必死だった。アスファルトという防壁もものともせず、宏太はピンポイントで義明を狙う。明らかに、宏太は一ヶ月の前より強くなっていた。
「どうしたぁ!避けるので精一杯か?」
宏太のハツラツとした声に、義明は歯を喰いしばる。口の中が苦い。
「そんなわけ―ねぇだろぉ!」
義明は身を翻し、一回転して自分の周りの地柱を破壊した。そして更に体勢を整え、真っ直ぐ猛スピードで宏太に向かう。
初めてまともに、義明の攻撃がヒットした。宏太は殴られた右頬を押さえ、ゆっくりと倒れる。かなりのダメージだろう。空気という付加効力も着いていることだ。宏太の右頬はパックリと避けていた。空気の力のおかげである。
「いってぇ・・・くそぉ・・・」
宏太だけではない、義明の力も向上しているのだ。
「宏太・・・最期に聞かせてくれ。何でお前・・・まっさんの味方したんだ?」
寝転んだまま、宏太は小さく首を傾ける。
「どういうことだ?」
「お前は、捨て駒にされているんだぞ・・・」
宏太はククク、と小さく笑い、ゆっくりと立ち上がった。
「そんなことは百も承知だよ」
知らなかったはずだ。無駄な虚勢を。馬鹿め。
しかし、宏太は自信満々に義明の肩に手を置く。
「捨て駒でもいい。俺は、世界のためにやる」
「終末の推進を?」
あぁ、と宏太は自信満々にうなずく。
おかしい。
義明は瞬時に考えた。これは、一ヶ月前の宏太とは明らかに違う雰囲気だ。どこか、奇妙に感じる。
人間的な感覚ではない気がする。いや、むしろ人間的かもしれない。―いや、一人の十五歳の少年の感覚ではない。―奇妙であって正常、正常であって奇妙だ。
「・・・どうした、宏太」
「何が?・・・色々言うけどな、俺は―俺は単純に、お前との決着をつけたい」
それを聞いて、義明は胸をなでおろす。やはり宏太だ。単純で、馬鹿で、剛毛だ。
しかし、目の輝きには違和感が生じていた。
「・・・じゃあ、早めに決着をつけようか」
「―どちらかが死に、どちらかが生きる」
某人気ステルスアクションゲームの名言である。義明と宏太はその趣味が共通していて、よく学生時代には話していたものだ。
二人は大きく雄たけびを上げた。その声は、町全体に響く。
―コウダァァァァァァァァァァァイ!
―オダァァァァァァァァァァァ!
これも某人気ステルスアクションゲームの台詞だが、二人にとってはもう、ただの気合の言葉と化している。
二人は取っ組み合った。能力も使わずに。
義明の拳が宏太の腹を捉えたと思うと、もう宏太の拳は義明の頬にめり込んでいる。二人は互いに攻撃を喰らっても一歩も退かず、倒れず、持ちこたえて次の攻撃態勢に入る。今度は宏太が先だ。宏太の蹴りが、義明の腹にめり込み、ろっ骨の六本のうちの一本をへし折る。義明は痛みに悲痛な叫びを上げたものの持ち堪え、宏太が蹴りをいれた足を掴み、ヒジを使って足の骨を叩き折った。
宏太は絶叫しながら、義明を殴り飛ばした。義明の体は宙を舞い、―しかし、地面に華麗に降り立った。
「ちっくしょぉ・・・」
宏太は片足立ちして折れた右足を押さえる。すると一瞬後、宏太は元のように立ち上がってしまった。
「ハハ・・・お前、魔法まで使えるようになったのか」
「応急処置だ。骨に地面の力を埋め込んだ・・・長くはもたない。衝撃で内面から砕ければ、人体に影響が及ぶ」
「お前がそんな難しいことば使えるなんてなぁ・・・一ヶ月前までは日本語もあやふやだったのに」
「うるせぇよ!」
義明は余裕を持った言い方をしながら言った。しかし、本当はろっ骨の痛みに耐えるための口調だった。宏太は応急処置できるような能力だが、あいにく義明の能力はそれに適していない。
お互い、良いハンディキャップを背負った。
―義明と宏太は、お互い目線を合わせる。一瞬のような時が、何時間にも感じた。
宏太が地面の中より地柱を発生させ、義明を襲った。能力開放のようだ。義明は空気の渦で地柱を次々と砕いていき、やがて空中へと飛び上がった。
「逃がすかぁ!」
宏太のよく伸びる地柱は尚も襲ってくる。義明はそれを瞬時に避け、エアーカッターを繰り出す。しかし繰り出した先に、宏太は存在していなかった。
―消えた?いや、
「しまった!」
義明が振り返るころには、もう遅かった。
宏太は義明よりはるか上空へと地柱の力で飛び上がっており、巨大な岩の塊を携えている。
「これで終わりだぁぁぁ!」
―それは、絶望を知らせる衝突音だった。
スキアーは役目を持って生誕した。―影という元素が、それを物語っている。光、栄光を浴びるものには、必ず影が存在していて、その影によって時代は語り継がれていく。
スキアーは、そうでなくてならならない。影なのだから。
影は『導く』役目を司った。そして、明との協力によって、スキアーは首尾よく『導く』ことができた。
―しかし、スキアーはまだ、役目を終えてはいなかった。―ある重大なことを、スキアーは明から教授していたのだ。
―スキアーはそれを、皆に教えようとはしなかった。何故か。それは、人間というイレギュラー因子がさせるものであった。
スキアーは今、罪の意識に苛まれながら、自らの理想を叶えようとしていた。
―『光と影』
二つの元素を秘めて。
スキアー。またの名を野中高亮。世が『先導役』と定めた、『世』への反逆者である。




