明日への咆哮
推定まだ十一歳ほどの幼い子供の顔は、大人びていた。異常なほどに落ち着いており、口調は大人そのものである。
その名を、アンノという。
「・・・大丈夫かい―まぁ、その見た目じゃ大丈夫ではないだろうが」
アンノは陽の横たわる体を見下ろしながら、小さな声で言った。
全員が驚きを隠せないでいた。『抵抗派』『保守派』それぞれ両派のリーダーが簡単に敗れた相手を、まだ幼い子供が殺害したのだ。簡単に、右手一本で。
それを察したのか、アンノは小さく笑みを浮かべた。
「驚かないでくれよ。今まで隠し通してきたんだから、驚かれるのも仕方ないもしれないけど。でも、俺は君達との同志だ」
アンノは先ほど宣した。
―『俺が、空間と時間の能力者だ』
その言葉が、全員の脳内にコダマする。未だに、信じられないでいる。
「・・・君が・・・俺たちとの同志・・・」
悠太はいつのまにか起き上がっていた。体中は他人の血ではなく、自らの血で真っ赤に染まっている。
「うん。俺が、残りの四大元素を有する者だ」
アンノはそう言い、目を細める。
「・・・二つの元素を・・・何故持っている?」
政貴は顔をしかめがなら質問した。
アンノの声は澄んでいた。
「吸収したんだよ。俺は元々、空間の能力者だ。でも、あることが起きて、『時間の能力者』が死んでしまった。―俺が殺したも同然なんだけど。で、俺は取り込むことに成功した。時間の元素を。元々それが、空間の能力者の突出した能力だったみたいだ」
そして更に、アンノは続けた。
「―でも、時間や空間の元素は、世界創造の後、ほんとんど骸と化した。力を持たなかったんだ。―でも、その代わりに『空間』は、元素を取り込むことが出来る。
俺はそのおかげで、様々な力が使える。世界中でこれまでに死んでいった人間から開放された元素を、沢山吸ったからね」
アンノは一呼吸つくと、火と水の二大元素を見た。
「まだ信じられないようだね?―でもいいや。次期に分かるさ」
「あ・・・アンノ・・・」
動揺する、義明の声だった。アンノは義明のほうを見ると、ペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい。俺、あなたを騙していた・・・許して」
そして頭を上げ、
「でも・・・お詫びに良いことを教えます」
アンノは二大元素者に近づくと、二人に同時に二本の手を差し伸べた。
「あなたたちはまだ、真の力を解放できてません―僕もだけど。でも、この場に四大の元素が集結しました・・・だから・・・」
アンノは、小さく息を吐き出した。
「俺達の力は解放されます。世界の終末のために。さぁ―」
アンノの両腕が、光り輝いた。
「手を掴んで」
まるでそれは、終末へのベルかのような声だった。
そして、世界を創造し四つの元素たちは、繋がった。
一つに。
三人を、輝かしい光が覆う。全てを包み込む、神々しい光だ。
光はやがて急速に膨張し、義明や直人達を巻き込んで巨大化した。
―光に包まれて、直人はこう思った。
―まるで、あの時みたいだな。
『光が降り注いだ日』である。あれから全ては変わり、世界は終末へと向かいだした。
だとしたら、この光によってまた再び、全てが変わるのだろうか。世界の終末は喰い止められるのだろうか。
気が付くと、光は消滅していた。いつものように薄暗い世界が目の前に広がる。
しかし目の前には、いつもとは違う三人がいた。
「濱田・・・」
思わず義明はそう呟き、立ち上がった。陽が死んだので、闇の力による拘束はない。
悠太は自分の手の平を見つめ、驚いたように目を見開いている。
「何だろう・・・この感じ・・・」
力が泉の如く湧き出る感じだ。今なら、何でも出来そうな気がする。
―まるでスーパーサイヤ人だな、と政貴は苦笑する。まさか自分にもこんな感覚が訪れるとは、夢にも思ってなかった。
アンノはそんな二人を一瞥すると、嬉しそうに口を開いた。
「さぁ。終末の起源へと行きましょう」
政貴はうなずくが、悠太のリアクションがない。
アンノは首をかしげた。
「・・・どうしんたんですか?」
悠太は背後を振り返り、義明と直人を見た。二人の表情はどちらも、真剣そのものだ。
悠太は、小さく下手なウインクをした。そして、向き直る。
「・・・悪いが俺は・・・お前達の敵だ。今の世界を、残したい。たとえそれが、摂理や法則に逆らうことでも」
政貴は平常だったが、アンノは案の定、目を丸くした。当然のことである。
悠太はアンノに背を向けた。
「―次に会うときは、敵同士だ」
「・・・そうですか。残念です・・・でも、仕方が無いこと。人間というデバイスが成せるんですからね・・・」
アンノは悠太の背中を見つめた。
「・・・でも、俺にも使命がある。俺は世に従属している。だから・・・あなたの言うとおり。次からは、敵同士です」
さようなら。
アンノの声が響いた。
「いや、濱田・・・決着は、俺とつける」
「もちろんだ」
悠太は片手を上げて応えた。
そして悠太は、目線を二人の同胞に向ける。
「行こうか」
義明と直人は、小さくうなずいた。
―最期の時は近い。
高亮は小さく笑みを浮かべながら、目の前に転がる死体を見下ろした。
「・・・これが、俺の意思だ・・・悪いな」
そういって、口の中の血を吐き捨てる。
本来歯車でしかなかった影。
しかしその影が、運命に逆らった。彼は、戦士となったのだ。
第二章がこれで終わりです。
次回から、最終章です。