生きる。
I want meet my mother
ある歌の一節だ。野中高亮はそれを口ずさみながら、目の前の親を見つめる。その親とは血が繋がっているわけではないが、彼女は能力的な母親である。
「何それ?何の歌?」
「黒人霊歌だよ」
高亮の返事を聞いて、明はフフッと笑う。
「何?あなたは奴隷なの?」
高亮は、ポケットに手を突っ込んだ。
「あぁ。この世という呪縛から開放されない、開放したくないというジレンマの、奴隷だよ」
「皮肉ね。なら、死ねばいいのに」
「あいにく自分で自分を殺めるのは気が引けるんでね」
明は紅茶をすする。
「勇気の無い男」
「そうかもしれない」
明は紅茶のカップを机に置くと、まるで息を吐き出すかのように言った。
「それに比べて、あの人達は勇気があるわ。自ら敵の本陣に突っ込んで行った。雄雄しい・・・」
高亮はため息をつくと、ポケットから手を出し、グーパーと何回も握りなおす。
「いや・・・俺も、勇気があると思う」
「どういうこと?」
電灯という灯りによって創造された野中高亮の影が、微かに歪んだ。
高亮は、真っ直ぐと明を見つめた。
「―自分自身を指針とした」
Ω
壁が勢い良く破壊され、一気に光が降り注いだ。思わずその光に、義明と宏太は目をつむる。
「よぉ・・・待たせたな」
夜ではあるものの、外界のライトの光によって、政貴は光り輝いていた。その姿に、二人は思わず感激の声を漏らす。
「ま・・・まっさん」
「お?敵側もいんのか・・・まぁいい」
政貴は義明を縛り付ける縄に手をかけ―。
外れない。
「・・・なんだこれは・・・」
「俺の力の断片だ。簡単には外せない」
政貴が顔を上げて振り向くと、陽が立っていた。全身を黒尽くめの服をまとっており、正にそれは『闇』そのものを擬人化したようだった。
「・・・テメェが親玉か」
翔馬が日本刀を引き抜いた。今にも飛び掛りそうだ。
「待て、やめろ」
政貴はそれを、慌てて制止する。
「・・・お前か。早く解いてもらおうか」
「却下させてもらおう。・・・私の依頼を聞かない限りはな」
「・・・世界の崩壊を喰い止める気は無い。俺たちは、摂理には反さない」
陽は小さく笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「つくづく面白くない人間だな・・・独占欲の欠如か」
「そうかもな。お前は、倫理的思考を忘れているようだが」
政貴と陽は、互いに笑みを浮かべた。
陽はさらに言った。
「忘れたんじゃない。消したんだ。アレは、今の世界に必要ないからな。
見ただろう?世界中で、ルールの崩壊が起きている。今も世界中で、『生き延びるため』という名目にかこつけて、犯罪行為が繰り返されている。―全部、「マーベリック」の
おかげだ」
「散り際に花は美しく散るものだ。段々、人間は本能に戻るものだ」
「随分醜いことで」
「最初だけな。いずれ、共生を考え出すだろうよ。人間は単体だと脆弱だからな。集団で固まって、世界の滅亡を待つ」
陽の目つきが変わった。
「―そうかい。そういうことなら分かった」
そして、拳を作る。
「・・・武力の行使をするしかないな」
政貴は陽の殺気を浴びるが、小さく笑みを浮かべるだけだった。
「・・・できたらな」
その刹那、二つの影が、勢いよく衝突した。
黒と赤の球体が辺りを旋回する。やがてその二つの球体は衝突し、音と波を発する。
しばらく二つの影は戦いを続けていたがやがて、漆黒の球体が政貴を直撃した。
わずかな時間だった。
―政貴が倒れるのは。
「威勢だけは良いなあ・・・元素さんよ。やはり力が大きすぎて、コントロールが出来ていない」
口元をゆがめながら、政貴の胸ぐらを掴む。
「じきに、もう一つの大元素がやってくる・・・その元素様に、無様な姿を晒すこったな」
陽はそのまま政貴を空中に放り投げ、漆黒の闇の球体を機関銃のように何発も当てた。
「まっさん!」
宏太と翔馬の悲痛な叫びも届かず、静かに政貴の肉体は固いコンクリートへと落下していった。
Ω
悠太と直人が満身創痍の体を引きずりながらその場に来ると、目の前には地獄絵図が広がっていた。
口から血を流し、地面に倒れている翔馬。そして、天を仰ぎ、胸を上下させて必死に呼吸をする政貴。―ゾンビの用に生気を失った、義明と宏太。
そしてその惨状の中心に、堂々と立つ者が一人。
鬼塚陽である。
「てめぇ!」
悠太は痛む右手を必死に耐えながら、陽目がけて水の球体を飛ばした。
陽はその球体を、まるでキャッチボールのボールを捕球するかのように手で受け止め、軽く押しつぶした。途端、水風船のようにそれは破裂し、地面におびただしい量の液体を垂らす。
「・・・無駄というものだ。今のお前に、俺は倒せない。この男と同じようにな」
そう言って、陽は政貴を指差す。炎の能力を身に宿した、雄雄しい男の姿を。
「・・・そんなわけが・・・」
「やってみるか?こんな風に、ボロ雑巾になりたければ、すぐにしてやる」
直人が悠太の肩を掴んだ。
「・・・濱田、やめろ。・・・今やったら、死ぬぞ」
くそ、と悪態をつき、悠太は舌打ちをする。悠太の体は正にボロボロの雑巾のようであった。大量の血とホコリを浴び、カジュアルな服装は迷彩服のようになっている。
体中の力が抜けた。悠太は両膝を地面に着け、ダラリと肩を落とす。
陽はそんな悠太を見て、大きく高笑いを上げた。
「無様なものだな!今まさに、この世を創造し二大元素様が、自然発生したしがない『闇』によって、満身創痍になっている!これほど嬉しいことはないよ」
陽はゆっくりと歩き出し、続けた。
「・・・まぁいい。お前たちは敗者だ。敗者には、勝者に服従する権利がある」
「お前の言いなりにはならない!」
悠太は反射的に答えた。思わず両拳に力が入る。
陽は小さくため息を着くばかりだった。
「・・・馬鹿なヤツだ・・・火の元素様とは違い、お前とは派閥が同じだと思ったが・・・」
世界の滅亡を阻止する派閥、『抵抗派』。まさに陽は、その『抵抗派』にとって、心強い味方のはずだった。権力があり、カリスマ性があり、―何よりも、現時点での悠太を超える力を持っている。
―しかし、悠太はそれを、拒否した。数少ない中の、世界を救う可能性を、放棄した。
「何故だ?」
陽は首をかしげる。
悠太は首をかしげ、呟いた。
「お前とは合わない」
殴打音。破壊音。小さな悲鳴。
悠太の傷だらけの脆い体が、棒のようにその場に存在する。
「・・・馬鹿なやつだ」
陽は唾を吐くと、部屋の端でうずくまる人影に目をやった。
「アンノ」
先ほどから、ずっと地獄絵図を見せ付けられていた幼い子供だ。精神的ダメージは計り知れないはずだ。
「こいつらを片付けておけ」
アンノはただうなずいただけで、静かに立ち上がった。
何と惨いことをするんだ。
その場にいた全員が思った。最悪的なバイオレンスを子供に見せ付けておいたうえに、後始末までさせる。片付ける、というのは恐らく「殺める」ことではないだろうが、それでも、やっていることの酷さは滲み出てくる。
「・・・お前・・・最悪だな・・・」
政貴は力なく呟いた。
陽はゴミを見るように政貴を見ると、肩をすくめた。
「何がだ?」
「・・・へ、お前・・・最高だな」
翔馬が血を吐きながら言う。
陽は笑みを浮かべた。
「・・・崖っぷちの人間とは、面白いものだな。背水の陣のくせに、まだ強がる。それが例え、死に直結したとしても」
「・・・おれたちが?崖っぷち?ハッ、笑わせるな」
政貴は小さく吐き出した。
「・・・準備期間だよ。ただのな」
「詰まらん虚勢だ」
『闇は失せろ。これからは、光の時代だ』
それは、一瞬だった。
全てを覆す驚愕が、その場を包み込んだ。
―そして、死の臭いはすぐに蔓延する。
Ω
―陽の胸に、ぽっかりと開いた穴。その穴からは、小さな手が飛び出している。
「・・・どういう・・・ことだ・・・」
「聞こえなかったか?失せろってんだ」
陽は白目を剥き、口から血を吐き出した。体中が小刻みに震える。
「お前・・・は・・・」
陽は余力を使って頭を動かし、その正体を垣間見た。
「―アンノ?」
アンノはニヤリと笑った。
「お前の功績は称えよう、闇よ。だから、失せな」
陽はただ震えるだけしかできなかった。
「・・・どういうことだ?何が・・・一体何が・・・」
アンノは小さくため息を着き、陽の体から手を引き抜いた。血液が地面を赤に染め、赤に染まった絨毯に、力なく陽の体は崩れ落ちる。
「冥土の土産だ。教えてやる・・・俺はお前が求めるあと二つの―」
「俺が、時間と空間の能力者だ」
さぁ、驚愕の展開!