I want meet my mother
ふぅ・・・大変dあ。
アンノが口に放り込んだパンを食べながら、宏太は天を仰いだ。そこに青空は存在せず、ただ真っ白な天井だけが存在する。
「ありがとね、アンノ。ここまでしてくれる人も中々いないよ」
誘拐されたのは初めてだが、それでも言える。
「そんなことないですよ」
アンノは照れ隠しに否定するが、満更でもないようだ。
「本当だよ。それに・・・怪我の手当ても」
義明は足に巻かれた包帯を見た。不器用に巻かれ、傷口の一部が飛び出しているような巻き方だが、それでも助かる。
「じゃあ、僕は行きますので・・・どうか、元気で居てください」
「おう」
アンノはそう言い残して、退室した。やはり長居すると、陽に怪しまれるからだろう。アンノは必要以上に食料を人質に提供している。
義明は深呼吸をすると、うなだれた。
「いつこんなことが終わるんだよ・・・もう死にそうだ」
いくら食料が十分にあるとはいえ、一月の気温の中に上半身裸だ。身も拘束されていて自由が利かないし、寒さが傷口を襲う。
「そうだな・・・もう、俺も死にそうだ。あぁ、家が懐かしい」
今は無き自宅を、二人は思い浮かべていた。この地獄とは対極に、天国とはまさにあの時を言うのだろう。
再び部屋は静寂に襲われた。
二人はそれぞれ、思い出を振り返ったり、これからのことを考えている。
「なぁ、小田」
そんな静寂を、宏太が破った。
「なんだ?」
「・・・この一ヶ月、俺らと離れて、何やってた?」
「なんでもいいだろ」
幾ら仲が良くても、今の時点だけだ。二人の立場は、旧友という位置づけが成される。二人は、敵同士なのだ。宏太は世界の滅亡を願い、義明は世界の滅亡を拒否している。
「・・・そうだよな、教えられないよな」
「・・・ゴメンな」
再び腹わって離せるのは、来世だな。
義明は心の中で呟いた。
再び、静寂が流れようと―
―その時だった。
二人の鼓膜を、大音量の轟音が襲った。二人は思わず、うめきながら頭を下げる。
「何がおきたんだ!?」
宏太が焦るなか、義明は目を細めた。
「爆発だ・・・何かの」
「何かの?」
部屋の外から、悲鳴が上がった。
そっと、義明は口の端を歪める。
「遅いよ、ハマ」
Ω
思ったよりも早い到着だった。
濱田悠太と新海直人の前には、廃工場の門が立ちはだかっている。
数年前まである企業の電子部品を量産していた工場だ。その企業が不況の波に飲まれて倒産したあと、工場は買い手もおらずそのままだ。工場の面積は広大で、東京ドーム三個分という敷地面積を誇る。
そして二人は、広大な工場の北門に立っていた。
「・・・早く行こう。小田が死んじまう」
直人は門をくぐろうと足を踏み出しながら、言った。
悠太は不安げにうなずいた。
「新海、大丈夫か?その怪我で」
「心配するな・・・このぐらいなら大丈夫だ」
そんな傷だらけの顔をして、よく言う。
そう葉っぱをかけようとしたが、悠太はノドで押しとどめた。直人の熱意が、それをせき止めているのだ。
「・・・分かった。早く行こう」
直人の怪我を心配する悠太だが、本当は自分自身を一番心配していた。
陽に勝てる自信が、ないのだ。
あの時、わずかな時間しか同じ空間に居なかったがそれでも、彼の力の強大さは肌で感じた。まるで、覚醒を遂げた新海政貴に会ったときのような、―身が震える感覚。
しかし、不安を感じている場合ではない。
―今から自分は、敵の罠にかかろうとしているのだ。
「・・・行こう」
悠太は改めて表情を変え、廃れた工場を睨んだ。
「いっちょ、暴れようか」
直人が骨を鳴らす。
そして、悠太も首の骨を。
二人はもう、戦意に包まれていた。
「いっくぞぉぉぉぉぉ!」
雄叫びと共に、死闘は始まった。
「敵襲!」
工場の敷地に突入するなり、マーベリック達の叫び声が響いた。
わずか突入後、三十秒ほどで、マーベリック達の応戦が始まった。奴らは、廃工場から次々と現れる。―まるで、予期していたかのように迅速だ。
先日悠太を追ったマーベリックの大群を優に超える数のマーベリックが、悠太達を襲った。推定六十。これほどのマーベリックを、よく集めたものだ。
戦闘を重ねるにつれ、悠太と直人はあることに気がついた。
―『見放された愛国者達』の規模が、世界にまで浸透していることに。
マーベリックは世界中から集められたようだ。青い瞳や黒い肌、金色の髪の毛の特徴を持つ人間が、次々と襲ってきたからだ。そして外国のマーベリックは、やはり強い。
悠太は一番手前の白人を殴りつけると、そのまま水の力で吹き飛ばした。白人の男の巨体は、そのまま五人ほどを巻き込んで吹き飛んでいく。
さらに悠太は水の帯を発生させ、自分を取り囲むマーベリックを一掃した。そしてそれでも尚襲ってくる獰猛な奴らには、特大の水の弾丸を浴びせる。
「新海!」
悠太が直人の名を呼ぶと、直人も死闘の途中だった。
襲ってくるマーベリックを電撃で次々となぎ倒していくのはいつものことであるが、今回の戦い方はいつもどおりではない。
顔を庇う様に、前のめりになって戦っているのだ。やはり、直人の怪我は生やさしいものではない。普通に触られただけでも痛みに喘いでいたのだ。殴られたら失神どころじゃないだろう。
「新海!」
悠太は再び直人の名を呼ぶ。―しかし、
「来るな!早く目の前の敵を対処しろ!」
『光が降り注いだ日』から初めて見た、直人の強がりだった。三人の前では見せなかった心の奥の強情さを初めて、悠太に見せたのだ。
これが、直人の決意だ。
悠太は直人の思いをダイレクトに受け止め、背後から再び襲いかかろうとするマーベリックに向き直った。
そして、クールに一言。
「・・・やりすぎんなよ!」
何かのスイッチが入ったかのように、悠太の動きが素早くなった。
悠太は次々とマーベリックをなぎ倒していく。水の力と、人間の拳を上手く組み合わせ、次々と効率良く、立ちはだかる敵を倒していった。
状況は変わって直人も、何かが吹っ切れたかのように、悠然と敵に向かっていった。
電撃を近くのマーベリックに浴びせ、仰け反ったそのマーベリックを吹き飛ばして他のマーベリックを襲わせる。そして攻撃の手は休まることなく、次々と直人の手の平はマーベリックに向けられていった。一秒間に何十発と放たれる電撃は、まるで龍が暴れ狂っているかのようだった。
陽は悔しさで歯ぎしりした。わずかな期間で世界を巻き込んで成長した『見放された愛国者達』が、いとも簡単に壊滅させられていっているからだ。―しかもたった四人の、二つの別々の勢力によって。
「北門の奴らはどうだ!」
陽がロックに叫びかけると、ロックは力なく首を振った。
「・・・ダメ・・・だそうです・・・勢力は半減しています」
クソ!と陽は叫び、近くの壁を殴った。余りの力に、壁が一瞬にして吹き飛ぶ。
「南は!」
今度はアイスに目を向ける。その目は、人間とは思えないほど充血していた。
アイスはわれ関せずといった風に首をふる。
「ダメですね。もう壊滅状態・・・足止めがやっと」
ここまでとは、予想だにしていなかった。二大の元素は、急速に力の発展を遂げている。―総数五百といるマーベリック達を、こんなに早く、容易く壊滅へと追い込んでいるのだから。
「北へ南に向かっているやつらを百人派遣しろ!」
「そ、それをしたら―」
「黙れ!」
アイスが反論しかけたが、陽はそれを大声で制止した。そして、小さくため息をする。
「・・・アイス、お前が行け」
反論の余地はないと踏んだのだろう、アイスは小さくうめきながらうなずいた。
「おうせのとおりに」
そして陽はその勢いのまま、ロックに顔を向けた。
「お前もだ!」
ロックも反論はしなかった。小さく「ウウィ」と言い捨て、その場を後にする。
陽は頭をクシャクシャと掻いた。
「クソ!こんなはずじゃなかった!」
ただの十四、五歳のガキだ。そんなガキに、ここまでやられるなんて。
友の力なのか?友を助けよう、また再び共に居ようとする志の、併発だというのだろうか?何がそんなに友への思いを駆り立てるというんだ!
「アンノ!」
陽は部屋の端っこでうずくまるアンノを呼びつけた。
アンノはすぐに立ち上がり、肩をすくめながら陽に近づいた。
「・・・何ですか」
「人質を連れて来い!今すぐにだ!拘束は今解いておいた!」
そう叫び、アンノの頭を小突く。
アンノは小さく頷き、人質のいる部屋へと小走りで向かった。
「・・・クソがぁ!」
陽の叫びには、激しい憎悪があった。
最初の苦戦の山を越え、悠太と新海の戦況は良化した。向かってくる敵の勢いも、弱まっている。もう百人ほどの敵の敵を倒したのだから、当たり前なのかもしれない。
ほっと一息着けるのも、もう少しだ。敵は残すところ、あと三人ほどだ。
―そう気を緩めた刹那、
「ウギャァァァァ!」
直人の悲鳴が響き渡った。悠太はその声に驚きながらも、体をひねって直人の居る場所を見た。
直人は顔を抑えてうずくまっていた。
―最悪のウィークポイントである顔に、攻撃を受けたのだ。
「新海!」
新海の名を呼ぶと、新海が悠太を見る代わりに、別の顔が悠太を見た。
悠太はその顔を見て、顔を引きつらせた。
「・・・ロック」
皮肉なものである。ロックによって作られたウィークポイントを、ロック自ら攻めているのだ。
「・・・ここまでだ・・・」
「うぅ・・・うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悠太は怒りに身を任せ、ロックに飛び掛った。
悠太が放った水の塊は、ロックの顔面に鈍い音を立てて直撃した。尚も悠太は空中で身を翻し、ロックのわき腹に水の拳を喰らわせる。
ロックは苦痛の声を上げた。しかし、同時にその声は衝撃が弱いことを物語った。
ロックの腕が瞬時に伸び、悠太の頭を掴んだ。巨体からは考えられない俊敏さだ。
「・・・まだまだ」
ロックの左腕が振り上げられ、悠太が防御をする時間も与えられず、その腕は振り下ろされた。拳は悠太のわき腹に矢のように直撃する。
骨が折れる音がした。悠太は苦痛に喘ぎ、そのまま天を仰ぐ。
―死ぬかもしれない。
悠太の心に、初めてそんな思いが浮かんだ。
そしてそんな悠太に、無情にも二回目の殴打が加えられる。
次は顔だ。
枯葉のように生気を失った悠太の体は、地面に放り棄てられた。
「・・・さようなら・・・」
ロックは足を振り上げた。悠太はその光景を見ていたにも関わらず、動けなかった。ゆっくりと、死を待つしか、今の自分に能はない。
空を斬る音。それがまるで天国の階段を上るベルのように聞こえて、悠太は笑うしかなかった。
その瞬間、天国へのベル音に、不協和音が重なった。―まるで耳の奥を震わせるような、耳障りな音・・・。
それは、電撃の音だった。
気が付くと悠太の目の前で、ロックが崩れ落ちていた。巨体が崩れ落ちるさまは、中々見事だ。本当にスローモーションに見えるものなのだな。
ロックが地面に倒れこむと、代わりに、直人の姿が視界に入った。
直人は足がフラつく中、なんとか立っている。よくぞアレで電撃発射の衝撃に耐えられたものだ。しかも、メガネをしていない。照準もよく合わせた。
「・・・ヘヘヘ、酷い顔してんな、お前」
久しぶりに直人のメガネ着脱姿を見たが、顔が腫れていてよく分からない顔になっている。
「お互い様だ」
その言葉で、悠太は自分の顔が腫れていることに気づいた。―社会の腫れ物としては十分な見てくれである。
「・・・はぁ、俺のイケメン顔がなぁ」
「うるせぇ」
そして、直人は突然電撃を放つ。
電撃は悠太の頭の上まで向かってきた、マーベリックの胸に直撃した。
「・・・サンクス」
「礼はあとでな」
特大の炎が一閃した。翔馬はそれを身をよじって回避し、小さく呟く。
「まっさん!あぶねえって!」
「はは、スマン」
南門から侵略して瞬時に現れた敵の総数は二百。数から見ても、実力から見ても苦戦は目に見えているというのに、政貴と翔馬は戦いを楽しんでいた。
翔馬は自慢の二本の日本刀を振り回し、広い攻撃範囲で敵をなぎ倒していく。時々武器を持ったマーベリックも居たが、翔馬のパワーに到底敵うはずもなく、無残に斬られていった。
政貴は翔馬と違い、戦闘開始時から五歩ほどしか移動していない。めんどくさそうに、向かってくる敵に火の玉をぶつけている。王者の風格、とでも言うのだろうか。政貴の実力の凄さを感じさせた。
二人の力は、一ヶ月間で格段に向上していた。翔馬は俊敏な移動を究め、政貴は確実性の高い命中率を究めた。一ヶ月という時の流れと、一つの使命感が、彼らをここまで成長させたのだ。
翔馬は近くの敵に刀を振り下ろすと、人気を感じて、上を見上げた。
「・・・おいでなすったな」
アイス。
戦友の中込宏太を拉致した、『見放された愛国者達』の幹部。恐らくあれが、このマーベリック達の首領だろう。
「まっさん!」
「分かってる!」
翔馬が政貴を呼ぶころにはもう、政貴は空中へと飛び上がっていた。今まで一切移動していなかった政貴だが、今度はやや本気である。
空中で、アイスと政貴の攻撃が激突した。互いの元素の力を収縮した塊がぶつかり合う。
ガラスが割れるような音が響き渡り、空中にブワッと、まるで花火のように、キラキラとしたガラスの破片が噴出する。
「違う・・・氷?」
翔馬はガラスの破片であろうその物体を掴み、小さく呟いた。―間違いなく、氷だった。翔馬の手を、懐かしいあの冷たさが襲う。
政貴は地面に降り立つと、尚もアイスに炎の球を放ち続けた。
しかし、アイスはそれを軽々と避け、徐々に政貴との間合いを詰めていく。
「まっさ―」
加勢しようと翔馬は一歩踏み出すが、新手のマーベリックの大群によって、阻まれてしまった。
「クソッ!」
翔馬は悔しさをこめて日本刀をなぎ払った。―目の前の友が苦戦を強いられているのに、自分は助けることもできない。
「川口!こっちは大丈夫だ!」
政貴はそう叫び、炎の球を放った。
アイスはその炎の球を避け、更に政貴との間合いを詰めた。
―そして、
ついにアイスと政貴の距離が、一メートルほどになった。
「終わりだ!」
アイスが勝利宣言をして、右手を振り払う。
政貴は来るべき攻撃に備え、右手に炎を宿す。
―ついに、アイスの特大の氷球が、政貴を襲った。しかも背後から。
意表を突かれた政貴は、迅速な対応が出来ずに、特大の氷をまともにくらった。
「うあぁぁぁぁぁ!」
全身を激痛が走り、政貴は力なく転がった。―遠くから、アイスの笑い声が聞こえてくる。
「まっさぁぁぁん!」
それでも、翔馬は駆け寄ることが出来ない。無数のマーベリックが、翔馬を絶えず襲うからだ。
しかし、
―その瞬間だった。
アイスは翔馬の眼前にて、火ダルマと化した。ゴォォォォォォっという音を発しながら、その場をのたうちまわる。
「氷は・・・熱によって溶ける。つまり俺の炎で。そして、氷は水になる」
そして、政貴はアイスの頭を踏みつける。
「あいにくだが、水は大嫌いでね」
政貴の踏みつける力が段々強くなる。アイスの頭蓋骨がきしみ始めたのは、すぐだった。
「・・・アイツを・・・思いだすんだよ!」