マイバラード
「探したぞ・・・元素よ」
悠太はたじろいだ。目の前の男が、喜びながら言っているのだ。
「い・・・意味わかんねえ!なんなんだよ、アンタ!」
男は笑みを浮かべ、地面に降り立った。―違う、降り立ったのではない、降ろされたのだ。
男は、何者かに担がれていたのだ。身長を優に二メートルは超えるであろう、その巨体に。
「もういいぞブロック、下がれ」
男は背後の大男に向かって言うと、悠太の方に向きなおった。
やっと、悠太は男の顔を確認した。ホリの深い、凛々しい顔をした男だ。その眼光は鋭く、暗闇の中でも、彼の目の鋭さが際立った。
「探したよ。この一ヶ月、世界中を探し回ったからな。・・・それでやっと見つけたと思えば、結局居たのは日本だ。しかも、こんな幼い子供と来た」
「い・・・いきなりなんなんだよ!お前!何者だ!」
俺?と闇は鼻で笑い、ポケットに手を入れた。
「世界に必要とされないもの・・・しかし、必然的に現れてしまうもの・・・全てと対極の関係・・・」
男は空を見上げた。
「俺は、闇だ」
そう言って、悠太を再び見つめる。
「お前を探していた。俺は、お前が必要なんだ。計画の実行のために」
「・・・計画の実行?コイツらもその一コマってのか?」
悠太は四人を取り囲むマーベリックを指差す。
「彼らは、同志だ。共に世界を変えようと思う者達だ」
「意味わかんねぇ!計画って、なんのことだよ!何をする気だよ!」
男は拳をゆっくりと突き出した。
「世界を変えることだ。そのために、四大の元素が必要になる」
―四大の元素とは、悠太や政貴などの、世界を創造した元素のことだ。悠太は水の元素を持ち、政貴は火の元素を持っている。
「・・・俺を利用して、何をするつもりだ」
「一仕事してもらうだけだ。それだけで、世界は変わる」
悠太は首を振った。余りにも不気味な口調に、思わず体が震える。
「断る。頼むんだったら、もっと上手く頼むんだったな・・・」
そう言い放った瞬間だった。
―マーベリック達が一斉に、身構えた。再び殺気を放ちだし、今にも悠太に襲い掛かりそうだ。目の前にいるのがどんな敵でも、マーベリックは快楽を求めて飛び掛るだろう。―目の前にいるのが、四大元素であろうと。
「・・・この男以外は、どうしたっていい。焼くなり、煮るなり、好きにしろ」
男は片手を挙げた。そして、体中の空気を一気に吸い込む。
「・・・やれ!」
マーベリック達が雄たけびを上げ、一斉に四人に向かって飛び掛った。
四人は歯を喰いしばり、来るべき地獄を待ち受けた。
―その瞬間、
「待ちなさい!」
女性の怒号と共に、直径一メートルほどの光の球が上空へと打ち上げられた。―太陽のように眩いそれは、一瞬にして、その場の全ての者を平等に照らす。
その眩い光のシャワーの中で、悠太は何者かに片腕を掴まれた。小さな手の平だ。今にも砕けそうな、か弱い小さな手。
―そして、鼻腔を突くフローラルな香り。そして、カナリヤのように美しく高い声。
「目を伏せなさい」
一瞬状況が把握出来なかったが、悠太は言われるがままに目を伏せた。周辺の新海、小田、野中もその女性の声を聞き、目を伏せる。
女性が片手を振り上げ、何かを叫んだ。悠太はその声を聞き、より一層、目を固く閉じる。
次の瞬間、上空へ打ち上げられた光の球は、眩すぎるほどの光を放ちながら爆発した。その爆発はまるで、『光が降り注いだ日』を彷彿させるほどのものだった。
「コッチよ!」
グイッと手を強い力で引っ張られ、悠太は目を開けた。さきほどまでの昼のような明るさはそこにはなく、通常の漆黒の闇が広がっている。
声の方に目を向けると、そこには二十代後半であろう若い女性が居た。長い髪を後ろで縛り、シャツにジーンズという、簡単なファッションをしている。
「早くして!」
女性に引っ張られ、悠太は取り囲むマーベリックの大群から抜け出した。―意外なほどにすんなりと。
マーベリック達は、目を押さえてうずくまっていた。さきほどの光だ。あれが、マーベリック達の目を襲った。覚醒してから、極限まで高まった彼らの『目』を。そしてその光は、あの男でさえも襲っていたのだ。
大群を抜けた悠太に続いて、直人、義明、高亮も続いた。
「コイツらを止められる時間は、短いんだろ?」
走り出した女性の背中に、義明は言った。
「ええ・・・そうね。もって十五秒、ってとこかしら」
幾らあれほどの強い光量でも、人間を足止め出来るのは数秒ほどだ。特殊部隊が使う閃光弾も、光だけではなく煙も噴射される。
走り出した悠太の背中を義明は一瞥すると、立ち止まった。
「新海、野中・・・後から追い着く」
直人と高亮の背中に語りかけると、直人と高亮は無言でうなずいた。こうなることは分かっていたのだろう。敵の足止めは、比較的移動速度が速い義明が適材だった。
そして、その足止めにはリスクが伴う。
「小田、死ぬなよ」
「当たり前だ。すぐに飛んでいくからさ」
直人と高亮は、悠太の背中を追うように走り出した。二人のスピードはグングン上がって行き、すぐに悠太と女性に追いついた。
義明は拳を手の平で包み込み、深呼吸した。目の前の獰猛な異端児達は、光のショックから立ち直り始めていた。
「オダァ!」
背後から、悲鳴に近い悠太の声が聞こえた。振り返るな、と義明は自分に言い聞かせ、目を細めた。
悠太は抗ったが、直人と高亮の強い力によって抑えられた。どんなに抗っても、義明の背中はドンドン小さくなっていく。成す術もないまま、悠太はただ義明の名を呼ぶだけだった。
濱田悠太の身体を最優先に。
それが旅路で直人と義明、高亮によって交わされたルールだった。結局、鍵となるのは悠太なのだ。悠太の損失は、世界を救うわずかな可能性を失うのと同等だった。
「大丈夫だ。小田は来る。どうせアイツは飛べんだから」
直人は悠太の肩に手を置いた。
「何言ってんだよ!あんな・・・あんな大群で・・・」
ぼやく悠太を、高亮が一喝した。
「大丈夫だって、言ってるだろ。小田の力を・・・」
「それでも、アイツを裏切ったことに変わりないだろ!」
裏切った。
その言葉が、直人の心に突き刺さる。濱田の身体を最優先に、というルールは悠太には知られていないものの、やはり何も知らない悠太からはそう思えるのだろう。―全ては世界のため。キレイごとだ。
「クソッ・・・あの時力を解放―」
ぼやく悠太を、高亮が一喝した。
「黙れ!お前は、自分がどんな存在か知らねぇのか!小田がどんな思いで足止め役を引き受けたのか、それを考えろ!」
「なんでそんな・・・」
「お前は、四大元素の一つなんだ!お前の損失は、日本全人口一億の損失より大きい!世界を救いたいんだろうが!それなら、ちっぽけなただの元素など、捨てちまえ!」
悠太は歯を喰いしばった。怒りが沸々と体中を駆け巡るが、それはすぐに泡となって消える。今ここで怒りに身を任せても、何も変わらない。高亮の言うことは正論であり、狂論でもあった。
「その通りよ。今のあなたの使命は、全てを知ること。そして私の使命は、あなたに知識を授けること」
女性は静かに言い放った。さきほどから走り続けているにも関わらず、女性は全く息切れしていない。走行時のフォームの美しさから見て、彼女は陸上部だった可能性もある。
女性は大きな瞳で悠太を捉えた。
「もう少しよ。そこに行けば、安全だから」
Ω
東京のとある山。新海政貴、川口翔馬、中込宏太は空を見上げながら、白い息を吐いていた。寒さによる白い息もあったが、燃焼によって発生した煙もあった。
「ブハッ!息を吹きかけんな!気持ち悪い!」
宏太はわめきながら両手を振り、襲い掛かる煙を分散させた。
「うるしぇえ!吸わせろや!」
「集団行動考えろよ!こっちはタバコのせいで色々集中できねんだよ!」
宏太は咳き込んだ。
翔馬はタバコを地面に押し当て、グリグリと動かして火を消した。
「お前集中って、ゲームじゃねぇか!いい加減全クリしろよ!ピーセウォーカー!」
「やり込みが肝心なんだよ!このゲームは!火縄銃を手に入れるの!」
「うるせぇよ!自販機の電気借りて充電する方が迷惑だろうが!」
「うるせぇ!タバコの方が迷惑だよぉ!」
「お前の見た目の方が―」
ついに二人は取っ組み合った。中学三年生の取っ組み合いともなると、微笑ましく見えないほど激しい。
しかし、そんな二人の襟首を掴んだ者がいた。
「やめろ!」
新海政貴である。
政貴は二人を強力で引き離し、二人とも投げ飛ばした。
「川口!そもそもタバコは未成年が吸うものじゃねぇだろ!そして宏太!ゲームをするのはいいが、自販機の電源を奪うな!そしてヒゲをそれ!」
すいませんでした、と翔馬と宏太は同時に頭を下げた。
宏太は若干、腑に落ちないようだ。
「ヒゲはワイルドなのに・・・」
「そこ気にしてんのかよ!ってかお前がヒゲを剃らなかったらただのキウイフルーツだよ!鏡か水面見て来い!」
翔馬はタバコの入った箱を握り潰しながらツッコんだ。
―相変わらず、気の抜けた野郎共だ。
政貴は小さな微笑を浮かべながら、翔馬と宏太を見た。若干見ていて暑苦しいが、良き仲間である。
世界の終末を見届ける旅をしてから、もう一ヶ月である。そのわずかな一ヶ月という間に世界は大きく変化し、着実に終末へと向かっていっていた。惨いものを目の前で見せられたことも幾度となくあった。
「・・・さて、次はどこに行こうかな」
政貴はそう呟き、見渡す限りの木々を見た。雪が積もり真っ白にデコレーションされた木々は、街からの灯りによって煌いていた。
さて、次は何処で終末を待つかな?
常識人が聞いたら腰を抜かすような言葉だ。しかし政貴はそれを、簡単に言うことが出来る。何せ、彼は世界に従っているのだから。
「まっさん、次はスカイウッド見に行こうぜ!」
「いいな。タワーよりでかいんだろうな・・・」
政貴は小さく笑い、上空を見上げた。
広い空は、微動だにせず三人を見下ろしている。
―そしてその広い空に、一筋の影が通り抜けた。
静寂は瞬時に破られ、その場は血に染まることとなった。
二キロは走っただろうか。悠太は息も絶え絶えになりながらコンクリートの地面に座り込んだ。冷気が悠太の火照った体を襲う。
「・・・よく走ったわね」
女性の息は全く荒れていなかった。それが逆に奇怪でならなく、悠太は恐怖さえ覚えた。
「懐かしいな・・・」
高亮が息を整えながら言った。そして、懐かしそうに建物を見渡す。
「そうね。何年ぶりかしらね?」
悠太は会話する二人を見ながら立ち上がり、咳き込んだ。冷え切った空気が悠太の肺を刺激するからだ。
しばらくして、悠太は息を整えた。
「・・・なぁ、小田は?」
「そういえば遅いな・・・」
直人は辺りを見回して義明を探すが、それらしいものはない。
女性もそれにつられて辺りを見回すが、やがてため息をついた。
「まぁ、当然といえば、当然ね」
余りにも冷徹な一言だった。
そしてその一言が、悠太を激怒させた。
「よく抜けぬけとそんなことが言え―」
「当然だろうが」
悠太の背後で、高亮が言い放った。トーンがいつもより低い。
「あの敵の中で戦って、仮に逃げ出したとして、逃げ切れるとでも思っているのか?」
「な―野中―」
「それに、陽も居た。あれじゃあ、勝てるはずはないわ」
女性も野中の援護をする。
悠太は息を震わせながら、今まで走ってきた道を振り返った。
「無駄よ。もう、遅い」
女性はさらに追撃する。悠太は思わず歯を喰いしばり、拳を固く握り締めた。
月が出た。今晩は、満月だ。
どうなるんでしょうか