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遠い日の歌

第二部開始です

 突如として発生した生命体、人類は、急速に発展し、世界を牛耳る存在へと上り詰めた。その力は、自らが生かされている宇宙の法則にまで―手を伸ばせるほどに。

 そんな人類の叡智によって成された場所。

 東京。

 ―日本の中心であるこの都市は、丑三つ時特有の空気に覆われていた。重々しく、ヒッソリとしたあの空気―。

 深夜の街灯が織り成す、無機質で美しい色彩美の中を、

 

―四つの影が疾走していた。



「クソッ!いつまで追ってくるんだアイツら!」

 小田義明おだよしあきは悪態をつきながら後ろを振り返る。

「やつらも能力者だ・・・当たり前だろうな」

 新海直人はまだゆうたは走っているにも関わらず、平然とした面持ちだ。

「もういいってアイツら!しつこいんだよ!」

 濱田悠太はまだゆうたの呼吸は荒い。

「ハマ、お前大丈夫か?」

 野中高亮のなかたかあきが心配そうに声を掛けるが、悠太は走ることに精一杯らしく、返事をしない。当然だ。いくら四大元素という存在でも、所詮は人間。吹奏楽部だった悠太に、他の三人ほどの運動能力はない。

 必死に走る四人の背後からは、―怪物ではない―人間が追ってきていた。

 殺意を剥き出しにした人間達。その殺意の原因は、恐らく―この四人なのだろう。

「チクショー!なんで警察とかこねぇんだよ!」

「深夜だしな」

 そんな会話を繰り広げている間にも、四人の背後からはゾンビのように人間達は追ってくる。総勢二十名ほどだろう。戦うには申し分ない程度の数だが、敵の戦力の判断もつかないし、第一こんな街中で戦ったら大事だ。警察どころか機動隊が来てしまう。

「サッさと振り切るぞ!」

 高亮は呆れたように言う。

「どうやってだよ!」

 悠太の空しい声が響いた。







  Ω






    ファカルティ






  Ω






 十二月の悪夢―小淵沢に起きた不可解な襲撃事件は、その町名から『小淵沢襲撃事件』と記録された。

多くの謎が残され、多大な被害が残ったこの事件は、『今世紀最大の惨劇』として、日本国民を恐怖のどん底へと叩き落した。―突然、その町は一瞬にして壊滅したのだ。政府を叩こうにも、叩ききれない現実だった。

寸断された交通網、予兆のない虐殺行為、救出へ向かった自衛隊の予定よりも五時間遅れての帰還、精神不安定な状態で救出された生存者達。―そして、謎の戦闘跡。現在の科学で証明できることは、一つもなかった。突如来日したアメリカの調査隊も頭を抱え、遂には捜査を断念。日本の国際世論は当然厳しいものとなった。

小淵沢町は直ちに閉鎖。自衛隊の管理下に置かれた厳重な警戒態勢のもと、復興もせずに現場保存されている。

そして国民を更に不安にさせたのが、政府の『情報非公開』。壊滅現場で発見された謎の『怪物』について、政府はその情報を全て明かさなかったのだ。

そしてもう一つ、捜査を迷走させていたのは、『インタビューの学生達』。地方局が行ったインタビュー映像に映った学生達が、生存者の中に居なかったのだ。自衛隊員は『死んでいた』と証言しているが、遺体は今現在発見されていない。

こうして、今世紀最大のミステリーは未だに、日本中を震撼させている。


 しかし、これはまだ破壊の序章に過ぎない。

 『光が降り注いだ日』から、世界は急激に変化し始めたのだ。


 ―マーベリック。

 日本語で、『異端児』という意味だ。


『光が降り注いだ日』以降、世界中で能力者の覚醒が始まった。世界の終末に向けて、各地で元素達が本当の姿を取り戻しているのだ。

しかし、容器は人間。急激な覚醒に適応の出来なかった能力者たちは、次々と精神を崩壊させていった。

精神が崩壊した能力者達は皆、破壊の衝動に駆られ快感を覚えるようになり、ついには破壊者となった。

―それが、マーベリック。まさに『異端児』であろう。

突如として現れたマーベリックは、世界中を震撼させた。世界各地で破壊行為を行い、遂には軍隊を出動させるほどにまで及んだ。

国々は武装を余儀なくされた。日本も早急に武装に着手し、今では日本各地の首都圏に自衛隊が配備されている。



そして時は、『光が降り注いだ日』から一ヶ月経ち、一月。

水の能力者・濱田悠太。

雷の能力者・新海直人。

空気の能力者・小田義明。

影の能力者・野中高亮。

の四人は、新年の喜びを迎えぬまま故郷を離れ、東京を訪れた。

目的は、終末を『知る者』に会い、聞くため。

 しかし道中、四人は突如謎の集団に襲われた。

 ―現在、四人は逃走中なのである。


 

 やはり冬場ともなると、冷え切った空気が肺に突き刺さる。吐き出される白い息がまるで、硝煙のようだ。

「濱田ぁ!走れ!」

 限界の近づいた悠太の背中を、直人はグイッと押す。この一ヶ月間、濱田は徹底的に体を鍛えたのだが、やはり直人や義明には勝てない。直人や義明の三年もの体力トレーニングをわずか一ヶ月で超えるのには、差が大きくつきすぎていた。

「そろそろ応戦を考えようか」

 義明は息を弾ませながら高亮を見た。

「あぁ、そうだな」

 義明と高亮は、移動が自由自在に出来る方だ。義明は空を飛べるし、高亮は影の中を移動できる。夜の闇は、まさに高亮の主戦場でもある。

 高亮は背後を振り返った。

 この人数に太刀打ちできるほどの実力は持ち合わせているつもりだ。しかし、地の利が利いて、思わない展開になる可能性もある。闘いには、極端な意外性がつきまとうものだ。

「・・・しかし、小田・・・」

 直人は心配げに言うが、義明は首を振る。

「一番必要なのは、濱田だ。濱田さえ守れれば、それでいい」

「その通りだ。数百万人ほどの死亡では人類にさほど影響が出ないが、濱田一人・・・つまり元素の死亡は、世界にとって大きな損失だ」

 悠太は鼻で笑った。

「随分舐められたものだな、俺も」

 強がってはいるものの、息は荒い。

 分岐点が現れた。一方が暗闇へ、一方は明るい街中へと続いている。

「右だ!」

 直人はそう叫び、分岐点の右側の道を指差した。不気味な暗闇のある道だ。騒ぎを起こしたくなければ、人気ひとけのないところへ行くのが当たり前だ。

 ―しかしその選択が、四人を窮地へと叩き落したのだ。

 四人は思わず足を止めた。四人は同時に目を見開き、目の前の光景に愕然とする。冬にも関わらず吹き出した大量の汗が、地面へと―。

「・・・どうする」

 目の前は壁で覆われていた。まるで四人を襲うかのように、雄々しく立ちはだかり、完全に行く手を阻んでいる。

 悠太は舌打ちをした。

「・・・クソォ!」

「どうしようもない・・・こうなったら、戦うしかないだろう」

 高亮は静かに言い放ち、背後を振り向いた。そして、目をゆっくりと細める。

 総勢二十名ほどのマーベリックが、四人を取り囲んだ。それぞれが目をぎらつかせ、肉に飢えている。―破壊に快楽を感じてしまった者の、最終形態だ。

 悠太は息を整えながら、マーベリック達を見回した。

「じゃあ、新海、小田、野中。頼んだよ」

 高亮は静かにうなずき、指の骨を鳴らした。

「・・・任せろ」

 高亮が一歩踏み出した。それに続いて、他の三人も一歩踏み出す。

 襲い掛かる鋭い眼光の中で、四人は静かに身構えた。



 月のない夜。クリスマスの日の晩も、そうだった―。俺達はただ、あの漆黒の空を、見続けていたな―。

 白い息を吐きながら、政貴は上空を見上げる。長くボサボサの髪が目にかかるが、彼は気にしない。

 年も越え、一月。今頃俺達は―受験シーズンだ。

 それが今、こんな場所にいて、あの頃とは違う規模の重荷を背負っている。

「皮肉なもんだ・・・」

 長い年月をかけて積んできたものが、一瞬にして崩壊した。―あの日から。日常に特別な思いがあったわけではないが、やはり冷静に考えてみると、虚しさがこみ上げる。

 どんなに金を溜めようと、己の欲望を満たそうと、知能を上げようと、―世界が終わればそれは消える。―なら、最後にこの手に残るのは何なのだろうか。

 政貴は手の平をしばらく見つめていたが、やがて目線を下ろし、静かに振り返った。

 ―残るのは、コイツらかもな。

 目の前にいる二人の戦友は、若干頼りないが、それでも政貴の心の支えになっていた。

 ―見届けようか。最後まで。

 政貴は笑みを浮かべて目を閉じた。



 大人数との戦闘は、彼らにとって初めてだった。大量の怪物達や、強大な能力者との戦いは経験しているが、大人数の能力者との戦いはしたことがない。おかげで、苦戦を強いられた。

 なぎ払っても、なぎ払っても、マーベリックは更に襲い掛かってくる。怪物と違い、人間故の『優しさ』がある四人には、とどめを指すのは躊躇があった。

 高亮は襲い掛かってくる拳を掴み、ひねり上げた。マーベリックが悲鳴を上げるが、高亮は構わず腕の関節を外し、更にわき腹へと追撃を加える。そして一瞬フラつくのを見計らい、影の形を変える。

 ボキッ。

 痛々しい音が響く中、マーベリックは力無く崩れ落ちた。

「はまだぁ!」

 義明は叫びながら、近くのマーベリックを蹴り飛ばした。悠太は義明の言葉を聞くなり、水の帯を出現させ、マーベリックの大群を襲った。

「クソッ!やってもやっても湧いてきやがる!なんてやつらだ!」

 直人は悪態をつきながら電撃を放った。『光が降り注いだ日』から一ヶ月、少々気性が荒くなった様だ。当然といえば、当然だが。

 まるでゾンビだ。映画で見るように、醜く、残酷だ。人間自体がイレギュラーだけに、起きる現象もイレギュラーだ。悠太や義明や直人、高亮はマーベリックにならなかったが、それは奇跡といえるかもしれない。それこそ、悠太がマーベリックと化したら日本は崩壊する。

「止まれぇ!」

 頭上から、低く野太い声が響いた。四人を取り囲むマーベリックは戦いの手を止め、瞬時に引き下がった。

 悠太は頭上を見上げた。

 頭上には、男が一人、宙に浮いていた。暗くて顔がよく確認できないが、声からは相当の男前が連想できる。

「待っていたぞ」


 ―短いようで、長い三日間の戦いが始まる。


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