始まり
息を荒げながら、悠太はヒザをついた。体中が悲鳴を上げている。重傷の火傷こそないものの、常人ならば火だるまになるほどの炎なら浴びている。体中がジンジンと熱かった。
「・・・もう、悪あがきはよしたらどうだ?俺は、四大元素の一つであるお前を、逃したくは無い」
「悪かったな・・・俺は、人類に惚れられてるんだよ・・・お前と違って」
火の玉が幾つも浴びせられた。悠太は必死になってガードするが、やはりその威力に負けてしまう。
そして、悠太は仰向けに倒れた。彼を生かしているのは、人間の器官ではなく、元素そのものだろう。
「・・・減らず口を叩く余裕が、よくあるな」
「実力が、お前より上だからかな?」
よくそんな虚勢を、と政貴は吐き捨てた。客観的に見ても、悠太に策があるとは考えられるはずもなく、それはただの強がりとしか感じなかった。
「・・・それで?お前は・・・いいのかよ。世界が終わっても」
フシュー、フシューと呼吸器の音を上げながら、悠太は小さく言った。
「何言ってんだよ・・・当たり前じゃねぇか」
「全ての者が、崩れ落ちるんだぞ。何十億という長い歴史と、その中の俺達人間が作り上げてきた、何万年という文明と技術と記憶も、全て崩れ落ちるんだぞ」
政貴はせせら笑った。
「人間はイレギュラーな存在だ。それなら、滅してしまっても構わないだろう」
悠太は手を付き、ふら付きながら立ち上がった。目の前がグラグラとゆれるが、何とか抑える。
「・・・俺は・・・守りたい・・・この・・・」
「もういい。お前には失望した」
そう言って、政貴は悠太の頭を掴んだ。すさまじい握力が悠太を襲い、悠太は思わず顔をしかめ、苦痛な声を上げた。
「・・・やめろ!」
「このまま・・・握り潰しても、構わないはずだ」
握力はジワジワと力強くなる。人間にここまでの力が出せるのか、と悠太の頭を駆け巡ったのだが、すぐに苦痛で掻き消される。
「やめろ・・・やめろぉ!」
悠太は必死にもがくが、政貴の強力の前には、歯が立たない。
―ついに、悠太は死を覚悟した。こんな痛みを感じるぐらいなら、死んだほうがましだ。
しかしその瞬間、悠太の中で、何かのスイッチが押された。拘束具が外されるような、開放的な音だ。
悠太は叫んでいた。そして、力任せに無我夢中でもがく。体中に力が湧き上がり、それは湯水の如く流れ出る。
「うわぁぁぁぁ!」
気がつくと、目の前で政貴が倒れていた。額から血を流し、苦痛の悲鳴を上げている。
悠太は一瞬、何が起きたのか分からなかった。目を伏せていたために、その光景の原因の一部始終でさえも分からない。
「・・・ま・・・まさか・・・完全なる・・・覚醒・・・だと?」
政貴は額を押さえたままうめいた。ノドからやっと、声を絞り出しているようだ。よほどの激痛らしい。
「まだ力を隠していたとは・・・ありえない」
―水は落差があるほど、強い力を発揮するものだ。滝の下にある岩は、その力で削られていく。
「・・・俺も・・・ビックリだよ」
悠太は改めて自分の手の平を見た。いつも感じられなかった力が、今は感じる。強く、大きな力だ。自然と体が震える。
うずくまる政貴の手を悠太は掴み、強引に立たせた。政貴は一瞬フラつくが、すぐに体勢を立て直す。
「・・・まっさん。もう一回だ、もう一回・・・五分でカタをつけようぜ。お互いもこれだけ傷だらけなんだから・・・フェアだろ?」
政貴は額から手を離すと、笑みを浮かべたままうなずいた。
「・・・いいだろう。五分だな・・・なら、五分でカタをつけてやる」
止めどなく流れていく血液が、政貴の頬を伝い、一滴、二滴と地面に落ちていく。そんな悲惨な状況なのにも関わらず、その表情は爽やかだった。政貴は、戦いを楽しんでいるのだ。
「さあ・・・最高の五分間にしよう!」
二人は臨戦態勢に突入した。
スキアーは上空を見上げると、笑みを浮かべた。星達の輝きが、今は墓標のように見える。
今、世界には思いもよらぬ緊急事態が発生している。運命を創り、運命に従うべき四大元素の一つが、反逆を始めているのだ。―世界が思いもしなかった、異例の事態。この世界は一体これから、どうするのだというのか。
「・・・イレギュラーの成せる業・・・か」
そう言い、スキアーは皮肉な笑みを浮かべる。
命令を実行するだけの存在―元素が、人間という容器を手に入れた所為だ。地球上のどの生物にも成し遂げられなかったことを、人間は簡単に成し遂げ、誕生からわずかな年月で、生態系ピラミッドの頂点へと上り詰めた。
その人間の可能性が―元素を変えた。
スキアーはポケットに手を突っ込み、星空を見上げた。
―使命は与えられたものだ。でも、それは元素自体に与えられたものだ。
―でも、俺は人間だ。意思と目的をもって、自分の道を作ることができる。
―ならば俺は、自分の道を作る。
スキアーは目線を町へと向けた。真っ赤な炎が見えるということは、恐らく戦闘も激化したところだろう。
Ω
多大なエネルギーの集合体は、強烈な力でぶつかり合った。強烈な衝撃波が発生し、赤と青の閃光が飛び散る。
そして二つの力は当然、爆発した。赤と青は綺麗な光となって混じり合いながら、虚空へと消えていく。
悠太はひるまずに、水の玉を繰り出して更に追撃した。無数の青の球体は、次々と政貴を襲っていく。
「おらぁ!来て見ろよ!」
数十発撃って、気がついた。悠太は悠太自身の撃った水の力、そしてそれに舞い上げられた土ぼこりによって、目の前の視界が完全にシャットアウトされていたのだ。
思わず、一歩退いた。恐怖、とはまさにこのことだ。悠太の周り三百六十度全てを、土ぼこりは囲んでいる。
「・・・や、やっちまった・・・」
すかさず体の周りをバリアで覆うが、もう遅かった。
―政貴はもう、頭上に来ていた。
政貴の炎をまとった拳が、悠太を襲った。悠太は反応しきれずに、その攻撃を浴びる。
悠太は悲痛な叫び声を上げながら、負けじとウォーターカッターを繰り出した。しかし、ウォーターカッターは政貴の遥か頭上をかすめただけだった。残ったのは、悠太の背中の痛みのみだ。
「相手の動きを封じ込めようとするのは勉強になった。だが・・・後先考えないのは感心しない」
政貴は炎を手に帯びた。炎はまるで蛇のように手の周りを這う。まるで、蛇使いのようだ。
「・・・そろそろ三分立つ。・・・カップラーメンがのびちまう」
政貴は拳を振りかざし、悠太に襲いかかった。
悠太はすかさずその拳を両手で受け止め、その反動を利用して政貴の腹部を蹴り上げた。
まさに一進一退の攻防だった。
悠太の蹴りが政貴の腹部に直撃したと思えば、政貴はひるまずに、ガラ空きとなった悠太のボディにパンチを与え、悠太はそのパンチで倒れながらも、政貴のアゴを蹴り飛ばす。攻撃をすれば、そのまま帰ってくる。二人の体にはもう、限界が来ていた。
やがて二人は取っ組み合いを終え、飛び退いた。二人の間合いは、三メートルほどとなる。
「四分か・・・」
政貴は笑みを浮かべ、炎を全身に発生させた。夜空の元、政貴の体は真っ赤に輝く。
「そうだな・・・じゃあ・・・」
悠太も笑みを浮かべると、手の平に全神経を集中させた。
大きな力が、二人の間に竜巻のように発生した。二人の力ではない。二人の力がぶつかり合って発生した、全くの別物だ。
「・・・これで・・・」
悠太は構えた。政貴も同時に構える。
「終わりだぁ!」
悠太の手から、大きな水の壁が放たれた。轟音を放ちながら、一心に政貴に向かっていく。―そして、
二つの力は、衝突した。
硝煙の臭いが漂う中を、政貴は歩いている。そして、立ち止まって一点を見つめ、ニヤリと笑う。
「・・・五分だ。勝敗はつかなかったな」
政貴の目の前では、悠太が腰を抜かして地面に座っている。その表情には、疲労の色が出ていた。
「クソッ・・・よくいうぜ・・・もう少しで俺を・・・俺をやれたクセに」
「それはこっちの台詞だった可能性もある。力と力の競り合いは、力が互角な限り、勝敗は神しか分からないからな」
政貴は悠太を立たせた。
「いいのか・・・そんな・・・助けて」
「約束は約束だ。それに・・・すぐに世界は終わらないしな」
政貴は悠太に背を向けた。その大きくガッシリとした体格が、悠太の目に映る。
「まっさん・・・」
でも、と政貴は言い放ち、背後を振り向いた。
―その目には、戦闘時の炎が宿っていた。
「いずれまた、俺たちは会うはずだ。・・・その時は―」
「あぁ。その時まで、修行しとく」
政貴は笑みをこぼしながら、手を振った。
「そうか・・・頑張れよ」
政貴の言葉いつまでも悠太の頭の中に響いた。そして、かつてのような無邪気な手の振りをして、政貴はその場を去る。
悠太はその後姿を、ただジッと見つめていた。
Ω
悠太がグランドに来る頃には、義明と直人はもうそこに居た。
「お疲れ~ハマ」
義明はそう言って迎えた。直人も素直に出迎え、ようやく悠太は安心感に包まれた。
「え~っと、まっさんは?」
「川口と宏太を連れてどっか行っちゃった」
悠太はため息をついた。
「・・・まさか、川口と翔馬が?」
「おい、宏太忘れてるぞ」
直人が素早くツッコミを入れた。
「まさかアイツらも能力者なんてな・・・」
「俺もビックリだったよ。宏太、何気にすんげぇ強いし」
義明は傷だらけの手を見つめながら言った。
「そうだな。俺も川口と戦ったが・・・まさか、あそこまでとは」
一対一でそれぞれ戦ったわけか、と悠太は確信した。そんなことより、二人がどんな闘いを繰り広げたのかが気になる。
「それより、濱田」
考えにふけろうとした悠太を、義明はすかさず妨害した。
義明は目線を動かし、自衛隊の車両に目をやる。
「さっき空飛んでたら、自衛隊の車両が向かって来てた。ヘリも何台か。しかも、今度は戦車とか来てたぞ」
悠太は驚いて目を見開いた。
「ハッ?なんで?」
直人はやれやれ、と首を振る。
「当然だろ。予定時刻よりも完璧に過ぎているはずだしな。しかも、通信がとれないとなると、何かに襲撃されたとしか考えられないしな。キッチリやる自衛隊だけに」
「やばいじゃん。じゃあ、早く自衛隊の人を起こさないと・・・」
悠太が動き出そうとしたその時、
「もう起きてますよ」
声と共に、肩を掴まれた。悠太は驚いて、思わず悲鳴を上げる。義明と直人も驚いていた。だれも、その存在に気付かなかったのだ。もしかすると、彼も能力者かもしれない。
「すぐに出発します。上官に怒られたくないですしね」
そう言って、自衛隊隊員は車両へと向かう。強い爆風を浴びていたが、軍用車両はなんとか無事だった。
ふと、自衛隊隊員は足を止めた。
「・・・あの・・・あなたたちは・・・」
振り返りざまに言い、奇異の目で三人の能力者を見る。
悠太は焦りながらも、歯切れよく答えた。
「すいません・・・俺達は、死んだことにしてもらっても・・・いいですか?」
やるべきことがあるので、と悠太は言い足し、真っ直ぐに自衛隊員を見つめる。
自衛隊員はしばらく三人を見渡していたが、やがてニッコリと微笑む。
「頑張ってください」
目の前で、あれだけのことが起こったのだ。これで真実じゃないと思うのも、無理がありすぎる。隊員は、何かを悟ったのだろう。
悠太は素早く頭を下げた。つられて、両脇の二人も頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
他の隊員の説得も終わり、軍用車両の群れは北富士駐屯地に向かって走り出した。隊員の説得は、他の隊員もあの光景を見ていただけに、簡単だったようだ。
三人はただ立ったまま、去っていく車両を見続けていた。
冷たい風が、三人を襲う。十二月だ。やはり、寒い。そろそろ雪が降ってもおかしくない。
「・・・なぁ、小田、新海」
悠太の両脇にいる二人は、同時に悠太を見た。
「・・・俺・・・世界が終わるの・・・嫌だ」
直人は、小さく笑う。
「俺もだよ。そんなの、誰だって嫌に決まってる」
「俺も。小説まだ完結してねぇし」
悠太は拳をグッと握り締めた。
「・・・俺は・・・まっさんの言うとおり、反逆者になる。―四大元素の一つである俺なら・・・俺なら、法則の発動を止めることも出来ると思うんだ」
義明は悠太の肩に手を置いた。
「俺もそのつもりだ」
直人も悠太の肩に手を置く。
「・・・俺もだ。お前なら、出来る」
悠太は二人の顔を順番に見た。
「・・・サンキュ」
自然と、お礼の言葉が湧き上がる。当然だろう。
寒空の下に居るのにも関わらず、悠太の体は温かかった。
こうして反逆者達は、世界という名の強大な敵に、闘いを挑むのだった。
―光が降り注いだあの日。世界の全ての歯車が、動き出したのだった。
次回、ノンストップの第二部開始!