さあ、闘おう
長いから二部にしました
直人の目の前を、刀の刃が一閃した。
直人はあえぎ、その場から飛び退いた。―翔馬の攻撃は速かった。かつ、力がある。
翔馬は日本刀を満足げに振った。煌く刃先が、いやに目立つ。
ツー。
生暖かい感触が、直人の頬を伝った。―血だ。わずかなタイミングで避けきれたと思っていたのだが、痛覚を感じさせぬほどに、直人を襲っていたらしい。
「・・・クッ・・・いてぇ」
後になって、痛みが湧き上がる。傷口であろう右目の下は、ジンジンと熱い。
「・・・スピードなら俺がピカイチなんだよ、メガネ」
翔馬はそう呟くと、日本刀を振り上げた。
「・・・悪いけど、これくらいで堪えているようじゃ、俺に勝てないよ?」
直人は傷口を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がった。その口元には、笑みを含んでいる。
「・・・堪える?」
直人は鼻で笑い、右手の手の平を翔馬に向けた。
「堪えるはずねえだろ」
一筋の電撃が翔馬を襲った。―正面からではなく、背後から。不意を突かれた翔馬は、悲痛な声を上げながらその場に倒れた。
「・・・ハハッ、やられちまった」
翔馬は背中を痛そうに押さえて立ち上がった。足取りはおぼつか無い。クリティカルヒットだっただけに、回復は時間がかかりそうだ。しかし、外傷が無い分、治りは早いはずだ。
「腰痛ぐらいは治ったんじゃないか?」
「そうかもな」
電気治療にしては、少し強引過ぎる。
翔馬は日本刀を再び振り上げ、直人を見た。
直人はその刀を、ジットリと見つめる。
「・・・俺の能力は、『剛』・・・確か、世界の文明に表れた英雄達の、力の元・・・だったかな?まぁ、そんなとこだよ」
「あいまいだな。まぁいいや。・・・俺の能力、つうか元素は、『雷』。世界も色々必要だったんじゃないかな?」
「お前もあいまいだな」
直人は小さく笑った。
「実のところ、俺もよくは分からない。まだ」
「そうだよな。・・・でも、俺は早く知りたいんだ。・・・だから、そのためには・・・」
翔馬の目つきが鋭くなった。
「戦うしかない」
翔馬が銃弾のような音を鳴らしながら、二メートルほど上空へとジャンプした。直人はとっさに体を身構える。
「戦いで見出そうってか・・・」
答えを求める方法の一つとしては、アリだ。その代わり、求められない確立の方が遥かに高い。世界は二度も大きな戦争を勃発させて、何か大きな答えを見つけたというのか?
次の瞬間には、翔馬の刀の刃は目の前にあった。すさまじいスピードだ。直人はとっさに、電気のシールドを発生させる。
二本の刃と、電撃が衝突した。バチバチと音を立て、不可思議な薄い青色の色を発生させる。
体勢は完全に、翔馬の方が優勢だった。直人は背中を反らして、なんとか日本刀を防いでいる。
―そして、直人と翔馬には、力の差があった。
翔馬が更に力を加えると、電気のシールドはガラスのように破壊した。そしてそのまま、直人は地面に仰向けのまま倒れた。ゴスッ、という鈍い音共に。
衝撃のあまり、強く頭を打ち付けた。コンクリートの路面は土の地面を軽く超えるほどの硬度で、直人は思わず悲痛な叫びを上げた。
二本の日本刀を携え、風によってなびく髪の毛の姿。それをシルエットで見れば、まるで死神のようであった。―少なくとも、新海直人はそう感じた。某人気ジェンプ漫画に登場するような、黒装束の戦士。翔馬はそれを感じさせるほどの殺気を持っていた。
「・・・どうしたんだ。俺とお前は・・・役割が一緒のはずだろ?」
翔馬はそう言うと、しゃがみ込んで直人の顔を覗きこんだ。大きな瞳が、直人の瞳をレンズ越しに捉える。
「・・・どういうことだ」
返答には、苦痛が混じっていた。無理もないだろう。直人は重い脳震盪に陥っていた。
翔馬は立ち上がると、刀のミネを肩にのせ、言った。
「俺とお前は・・・言ってみれば『破壊』のために生まれたんだ。小田と中込が『創造』のために生まれた元素ならば、俺達は逆を行く」
「・・・つまり?」
「俺達は破壊者ってことだ。お前は自然の中で発生し、時には環境に、時には文明に、大きなダメージを与えた。俺は革命者や時の英雄に力を与え、常人には不可能なほどの行動力と知識力を与え、文明や王国、政治にダメージを与えた」
翔馬の話しを聞きながら、直人は頭を抑えて立ち上がった。足元がおぼつかないのは、さきほどの翔馬と同じである。
直人は笑っていた。
「そうだよな・・・俺とお前は破壊者だ」
素晴らしい話だ、と直人は吐き捨てた。
破壊が破壊を破壊する。破壊が破壊と破壊し合う。混沌としたものだ。破壊同士が正面衝突をしたならば、そこに宇宙の法則は発生するのであろうか?答えは分からない。
「俺達が戦わないとな」
直人はそう言い放つと、目を細めた。
翔馬は笑みを浮かべ、直人を歓迎するように見つめる。
「とりあえず・・・やりますかね」
直人は拳を固めた。
「そうだな」
翔馬は刀を煌かせた。
直人は雄叫びを上げ、翔馬に向かって突進した。体中から電気を発生させながら、もうスピードで突っ込む。力で圧すより、それを崩すことを考えていた今までの戦闘方法でなく、真っ向から力で攻める戦い方だ。
翔馬は声を上げた。長い日本刀は取り回しが不便なうえ、二本もある。だから、猛スピードで突っ込む直人に対応し切れなかったのだ。剣術も、翔馬による見よう見まねだ。
直人の拳と、翔馬の刃が衝突し、綺麗な火花を散らした。
今度は、翔馬の体勢が不利だった。手の関節があらぬ方向に曲がろうとしている。
翔馬は悲痛な叫びを上げた。痛い。
翔馬は二本の刀を同時に手放した。当然、それは直人の攻撃を受けるということになる。流れるように直人の拳が翔馬の腹に突き刺さり、翔馬は喘いだ。
―しかし同時に、直人の体勢はガラ空きとなる。
翔馬は歯を喰いしばった。あまりの力に、奥歯が聞いたこともないような音を立てるが、それを我慢し、翔馬は地面に落ちていく刀へと手を伸ばした。
―そして、掴んだ。
翔馬は力を込めて日本刀を―それは振り回したと言うに相応しかった。とにかく翔馬はヤミクモに振り回した。
刃は―直人の顔面に向かっていった。直人は必死に電撃で防護するが、その衝撃波だけは防ぎきれない。
二人の肉体は、ほぼ同じタイミングで吹き飛んだ。そして、二人は同じように地面を転がる。直人のメガネが地面に落ち、翔馬の日本刀が地面に落ちたのも、ほぼ同じタイミングだった。
二人が衝突した場所には、大きく焼け焦げたような跡が残っていた。
校庭のど真ん中。何故ど真ん中というと、小田義明いわく、「雰囲気が出来るから」。中込宏太もそれを軽く承知し、二人でテクテクと校庭のど真ん中へと歩いて向かったのだ。
「そんなことより小田、ピーセウォーカーいつ返すんだ?」
ピーセウォーカーとは、PSPの人気ソフトのことだ。
「え~と、全クリが難しいんだよね~」
「いいから返せよ!もう俺も禁断症状が出るわよ!」
「世界が終わんのにピーセウォーカーかよ!」
「当たり前だろ!俺の心の抑止力がもうもたへんのや!」
と、ここで義明が仕切り直す。
「・・・あの、趣旨変わってません?」
「・・・うぁぁ、そうでした。すんません」
「もう~しっかりしてくださいよ~」
「ゴメ~ン・・・ってお前のせいだよ!」
宏太のとび蹴りを、義明はヒラリとかわした。
「・・・それで?お前は何の元素だった?」
突然すまし顔で、義明は宏太を見る。宏太は一瞬驚いていたが、すぐに自分も立て直す。
「『地』だった。お前は?」
義明は手の平を見て答えた。
「『空気』だとさ。なんや、お前と俺同じような能力やんけ」
「そうだな。フハハ、やっぱり運命かなんかでしょうかね?」
「そうかもな」
『地』と『空気』どちらも地球の誕生に必要不可欠なものだった。どちらも『世』が予期していなかったイレギュラーを発展させたものだ。この繋がりを、運命と感じない方がおかしい。
「・・・で?まっさんの指示は・・・」
「反逆者は始末しろ、ってことだよ。んで、濱田がその反逆者と認定されたら、その仲間であるお前らを、俺は始末しなければいけない」
義明は笑みを浮かべた。
「・・・つまり、俺を?」
宏太も笑みを浮かべる。
「そういうこと」
宏太が指を打ち鳴らすのと同時に、二人は間合いをとった。二メートルほどの間合いだ。お互いの顔は、よく確認できる。
「じゃあ、やるか。いっちょ、腕試し」
「オーケー。俺も、全然戦ってないんだよね。川口ぐらいしか」
そう言って、宏太は首の骨を鳴らし、更に指の骨を鳴らす。
義明も真似て首の骨を鳴らそうと試みるが、無音に終わる。
「お前ダッセェ~」
「うるせぇ!お前みたいなオッサンじゃないから、鳴らないんだよ!」
確かに宏太はやや渋い感じがするが、首が鳴る、鳴らないとは関係ない。
義明は目を細めると、宏太に手の平を見せた。
宏太は身構えず、その手の平をジッと見つめる。
「・・・いいのか?お前、今銃口向けられてるのと一緒だぞ」
宏太は尚も、不動だった。大仏の如く。―鎌倉ではなく、奈良の。
「だって、俺も今、銃口向けてるもん」
宏太の不気味な笑いを、義明は疑念をこめて見た。
―次の瞬間だった。
宏太が手を振り上げたと思うと、足元が瞬時に盛り上がり、気付いた時には、義明は上空へと叩き上げられていた。
義明は改めて宏太の能力を悟った。宏太の能力は『地』。宏太にとって、この校庭はまさにホームグランド―いや、世界中が宏太のホームグランドなのだ。
背中の痛みに耐えながら、義明は空中で身を翻し、宏太と対峙した。
「―そうか・・・銃口ってのは、このことだったのか」
「そうだよ。全く・・・まんまと引っかかるとは・・・お父さんは悲しいよ!」
「うるせぇよ!今背中の痛みに耐えてんだからボケるなよ!」
義明は背中をさすった。これは、シップものの腫れあがりだ。
―世界中が宏太のホームグランド。しかしそれは、義明にも適用することだった。世界中に大陸があるように、世界中に空気は存在する。
歓喜の声と共に、宏太の眼前から、義明の姿が消え去った。宏太はとっさに息を詰まらせ、辺りを見回した―が、何処にもその姿はない。
次の瞬間、宏太は義明のアッパーを喰らった。義明の筋力に、スピードという付加能力が加わり、力は更に倍増する。宏太の口元から放たれる悲痛な声と、義明の声が重なる。
宏太はその場にヒザをついた。脳震盪を起こしているのだろう。あれほどのアッパーが直撃したのだから。
「・・・おい、大丈夫か宏太」
「うん・・・大丈夫」
義明は笑みを浮かべた。
「ちょっとやりすぎたなぁ。まぁ、俺の背中の痛みに比べれば、痛くないって」
デスマッチにあるまじき会話の光景である。普通、こんな殺し合いのような時には、ののしり合いをするのが定例なのだが。
「でも、お前は俺を、抹殺しようとしているからなぁ・・・俺がお前を殺しても、正当防衛だよなぁ」
「恐ろしいこと言うなよなぁ」
宏太はアゴを抑えながらうめく。割れたらどうしよう、などと仕切りに呟きながら。
―いや、お前がさっき抹殺とか言ってたじゃん。
義明は心の中で言ったが、それは宏太には聞こえない。
「じゃあ、やり直しな。もうこれからは、恨みっこなしで」
義明は手をパン、と叩きながら言った。
「まぁ、死んだらお前に憑り付くけどな」
「だからそれを恨みっこって言うんだよ!」
義明がツッコムが、宏太は至って真面目な顔だ。
「・・・俺は・・・まだ遣り残したことがあるからな」
「彼女の救出か?」
「それもだけど・・・っていうか、それが一番だけど・・・とにかく遣り残したことがあんだよ!だから、今俺が死んだら、俺はお前を呪う!」
義明は一歩後ずさり、高笑いした。夜の闇に、その声が響く。
「・・・じゃあ、俺を殺すんだな」
宏太は立ち上がると、拳を固めた。
「もちろん。抵抗はあるんだけどな」
「いや、人ならそれは当然」
「ですよね~」
義明は高々とジャンプすると、上空で浮いた。そして、手招きをする。
挑発だ。
宏太は雄叫びを上げながら、拳を義明に向けた。
「いくぞぉ!」
宏太の声と共に、十本ほどの地柱が地面から突き出され、義明に向かっていった。
力で地柱に勝つことは難しい。義明は十本の地柱をヒョイヒョイと避けると、空気で作った球体を次々に宏太に向けて投げた。
宏太はその球体を、地柱を出現させて防ぎ、更に五本の地柱で義明を襲った。義明は瞬時にそれを避け、右手を振って空気の波を作り出して宏太に攻撃した。
空気の波は地柱を何本も斬った。そしてその分割された地柱は、宏太に向かって落下していく。
宏太は落下してくる地柱をなぎ払うと、再び地柱を発生させた。しかし、今度の地柱は義明を外して突き出る。
「どうした!疲れたか?宏太?」
空中に浮き、地柱を眺めながら、義明は叫んだ。宏太の荒い息遣いが聞こえる。宏太はかなり疲れているようだ。
「だい・・大丈夫だ!」
宏太の声が響く。やはり疲労は隠し切れないようだ。さすがにこれだけの数の地柱を発生させれば、無理もない。
―何を強がって・・・。
義明がそう心の中で呟いた瞬間だった。
―二十本ほどの地柱が、やはり義明を外して地面より突き出た。そして、義明はそこで気付く。
「か・・・囲まれた」
義明の頭上以外、完全に土の柱は、壁となって義明を外界と遮断していた。
―そして、頭上には宏太が居る。
罠だ。宏太はワザと外していたのだ。それによって、義明の行動範囲をグンと狭めていた。疲労を見せたのも、恐らく半分は嘘だ。
「かかったなぁ!オダァ!」
宏太が両手を広げ、勝利を宣言した。宏太の背中から、大きな土の塊が生まれる。巨大な土の塊だ。優に五メートルは超える。
義明は舌打ちをすると、両手の手の平を重ね、空気をそこに集約させた。パワーで宏太に勝てる気がしないが、今は力で対抗するしかない。せっかくのスピードも、行動範囲の制約によって失われているのだから。
―両者は雄叫びを上げた。
義明の空気と、宏太の土の塊は衝突した。恐ろしいほどに強い衝撃波が巻き起こり、二人の周囲にある物を次々と粉砕していく。―当然、地柱も。
視界が開けた。大きな暗闇の空に、ちっぽけな宏太の姿が、義明の瞳に映る。
義明の周囲の空気が竜巻状に回転する。砂ぼこりを巻き上げ、それも宏太を襲う。
しかし、どんなに小細工をしても、宏太の力には勝てそうも無かった。義明の腕はもう、限界を迎えている。筋肉が今にも、破裂しそうな勢いだ。
―こうなったら、賭けに出るしかない。
義明は歯を喰いしばった。土の塊はグングンと義明に向かってくる。吹き荒れる強風は義明を襲い始め、義明は更に力の差を思い知った。
賭け。それは直前まで土の塊を引き寄せて、突然そのエネルギーの働く方向を変えるという荒業である。失敗すれば、更に威力を増大させた土の塊に、義明は襲われることになる。それはつまり、死を意味する。
宏太の眼差しが真剣になった。友の死を、覚悟しているのだ。―人はこうも、残酷になれるものなのだ。
強風の中でも、宏太の咆哮が聞こえた。獣のような咆哮だ。そして更に、土の塊は義明に差し迫る。
二メートル・・・一メートル・・・と、その距離は縮まっていった。そして今、土の塊はもう眼前にある。そのデコボコとした表面が、義明の目に飛び込む。
義明は力を加えるタイミングを謀っていた。一歩間違えれば、死ぬからだ。
一息の元に、義明は覚悟をした。両手で支えていたものを右手一本にし、自由になった左腕に空気の塊を作り出す。
右腕の骨が妙な音を発し、義明は痛みに絶叫した。しかし、今更両手に戻すのは遅すぎる。
ついに土の塊と義明を隔てる壁は、空気の薄い層一枚きりとなった。もう、髪の毛の一部が塊に付着している。
―駄目かもしれない・・・でも。
「いやだぁぁぁぁぁぁ!」
義明は絶叫をしながら、左手の手の平を振った。濃縮された空気の弾が放たれ、土の塊の側面に当たる。
―まるで関節を折られるかのように、巨大な土の塊のエネルギーの向きは変化した。塊は義明のすぐ隣に激突し、衝撃波を生む。
さすがに、その衝撃波には耐え切れなかった。義明は波に乗り、されるがままに、身をあずけた。
義明は地上に仰向けになった倒れていた。体中が悲鳴を上げている。立とうとも思えない。
そして、宏太も一緒だった。全身全霊を込めて放った攻撃は、容易く回避されてしまったのだから。宏太も、かなりの無理をしていたようだ。
「うわぁ、お前、つぇぇ」
義明は仰向けのまま呟く。砂ぼこりのせいで、ノドがイガイガする。
「いやぁ、惜しかった。まさかあんな器用なことを、不器用な小田にされるとはねぇ・・・」
心なしか、宏太は楽しそうだ。義明は微笑み混じりに、少し笑う。
―本音を言わせてもらうと、楽しかった。友との本気のぶつかり合いは。
二人は一緒に笑った。
同じトーンで、同じスピードで、同じ声量で。
Ω