↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神雧 - KAMIATSUME -  作者: 神代 一文
第6章 影の計量

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
186/344

第186話 観測者の最後の抵抗

挿絵(By みてみん)


最終抵抗の現場は、旧制御室(せいぎょしつ)だった。


 重い扉を開けると、円形の部屋が広がった。壁に沿って端末(たんまつ)が六基、等間隔に配置されている。端末(たんまつ)はどれも古い型だが、表面の灯は()いていた。稼働中だ。画面に赤い文字が流れ、再固定(こてい)の準備状況を示している。

 中央には同時再固定(こてい)用の主盤(しゅばん)。人の腰ほどの高さの金属台で、上面に認証輪(にんしょうりん)と操作盤が並んでいる。認証輪(にんしょうりん)は大きな金属の()で、回転させることで最終認証を行う。()の表面に刻まれた文字が赤く光っていた。


 観測者(かんそくしゃ)本隊が既に配置についている。端末(たんまつ)の前に一人ずつ、計六人。全員が仮面(かめん)を着け、灰色の制服を着ていた。姿勢は正確で、指先が端末(たんまつ)の操作面に触れている。


 先頭に立つ女が名乗った。仮面(かめん)は着けていない。顔を見せている。それが自信の表れなのか、番人に対する礼儀なのかは分からなかった。


 「班長・(れい)。ここから先は管理権限により閉鎖する」


 声は冷たく、明瞭(めいりょう)だった。感情を抑えているのではなく、感情が元から薄い。命令を出すことに慣れた人間の声だ。


 久遠(くおん)は一歩前へ出る。目録(もくろく)を閉じ、両手を見せた。武器を持っていないことを示す。


 「閉鎖は崩壊(ほうかい)を遅らせても、喪失を固定(こてい)する。消えた名前が戻る可能性を、閉鎖は永久に奪う。もう選ばない」


 (れい)は冷たい目で見返した。目の色は灰色で、結晶体の光を反射していない。この部屋の光を拒んでいるように見えた。


 「選べる立場だと思っているの。現場感情は系全体を壊す。感情で動く人間に管理は任せられない」


 あさひが剣を半分抜く。欠けた刃が赤い灯に照らされ、断面が鈍く光った。


 「壊れるのは、見なかったことにした系だろ。目を閉じて壊れないと言い張る管理が一番危ない」


 交渉は短く終わった。(れい)の目に交渉の余地がないことは、最初の一言で分かっていた。

 (れい)が右手を上げ、合図する。六基の端末(たんまつ)が同時に起動音を発した。画面の赤い文字が加速し、カウントダウンが始まる。


 同時再固定(こてい)まで、残り九十秒。


 久遠(くおん)が叫んだ。声は鋭く、空洞(くうどう)に反響する。


 「役割通りに動く。こよいは温度遅延、あさひは端末(たんまつ)二・四停止、俺は主盤奪取」


 訓練通りだ。砂丘(さきゅう)で三人が何度も繰り返した連携の形。


 こよいは巾着(きんちゃく)を開き、雨の神の温もりを一気に展開した。冷たい波が床に広がり、薄い(まく)を形成する。端末(たんまつ)同期(どうき)信号は温度に影響される。冷えた空気の中では信号の伝達速度が落ちる。端末(たんまつ)同期(どうき)拍が半拍遅れた。九十秒が、実質的に百秒に延びる。


 あさひは走った。端末(たんまつ)二の前にいる仮面(かめん)の操作員を、訓練通り斬らずに制圧する。(つか)で肩を打ち、体勢を崩す。操作員が端末(たんまつ)から離れた(すき)に、端末(たんまつ)の操作面を(みね)(たた)く。画面が消えた。

 端末(たんまつ)四へ向かう途中、あさひはすれ違いざまに燈真(とうま)拘束(こうそく)(ひも)を切った。言葉はない。信じる、という意味の一太刀だった。

 端末(たんまつ)四には跳躍して近づき、電源継手を短剣で外す。細い金属の板を精密に引き抜き、端末(たんまつ)の電源を物理的に断つ。


 六基のうち二基が停止。同時再固定(こてい)には全基の同期(どうき)が必要だ。二基が欠ければ、固定(こてい)は成立しない。


 久遠(くおん)は主盤へ飛び込んだ。認証輪(にんしょうりん)に手をかけ、逆回転させる。正回転が固定(こてい)の認証、逆回転が解除の認証だ。()が重い。一人の力では回りにくい設計になっている。


 (れい)短杖(たんじょう)を抜き、久遠(くおん)の手を阻んだ。(つえ)と手の間で火花が散る。金属同士が(こす)れる甲高い音が制御室(せいぎょしつ)に響いた。


 「止めないで。止めれば系は暴走する」


 「暴走させても、消去よりはましだ」


 久遠(くおん)の声は冷静だったが、腕が震えている。(れい)(つえ)は重く、押し返す力が強い。


 その瞬間、燈真(とうま)が割って入った。解かれたばかりの手で、(れい)(つえ)の角度を()らす。(つえ)が横へ流れ、久遠(くおん)の手が自由になった。


 「今だ、久遠(くおん)!」


 燈真(とうま)の声には後悔(こうかい)が混じっていた。かつて止められなかった人間が、今度は止める側に回っている。


 認証輪(にんしょうりん)が回った。重い金属の()が逆方向に半回転し、停止する。

 主盤の画面が赤から黄へ変わった。警告色だ。固定(こてい)シーケンスが中断状態に入った。


 残り三十秒。


 (れい)はなお前進する。(つえ)を構え直し、久遠(くおん)に向かって振り下ろそうとする。


 「止めないで。今止めれば管理不能になる。誰にも制御できない状態が来る。それでいいの」


 こよいが(れい)の正面に立った。巾着(きんちゃく)を胸元に抱え、硝子(びいどろ)の神の澄んだ一打を(れい)に向ける。攻撃ではない。名前が巡る脈の、透明な振動をそのまま伝えている。


 「管理不能でも、生きてる側で作り直せる。消したら作り直せない。管理できない状態は怖い。でも、存在しない状態はもっと怖い」


 (れい)(つえ)が止まった。神々の脈が、(つえ)を握る手に伝わっている。


 久遠(くおん)は最終鍵を入力した。認証輪(にんしょうりん)の側面にある小さな鍵穴に、番人から受け取った銅色の鍵を差し込む。


 `SAKUJO KENGEN: HAKUDATSU ZUMI`


 主盤の画面に文字が浮かび、消える。再固定(こてい)シーケンスが完全に停止した。端末(たんまつ)群の灯が順に落ちていく。六、五、四、三、二、一。最後の灯が消えると、制御室(せいぎょしつ)は結晶体の(かす)かな光だけになった。

 管理者代理(かんりしゃだいり)が言っていた「幹」——地方系統でどれだけ枝を隔離(かくり)しても巻き戻せた、削除権限の大本。それが今、失効した。もう、どこからも巻き戻せない。


 静寂。

 心臓の脈動だけが、床を通して伝わってくる。


 (れい)(つえ)を下ろし、深く息を吐いた。長い息だった。肺の底まで空気を出し切るような、諦めと解放が混じった息だ。


 「……これで終わりだと思わないで。系統は生きている。管理者がいなくなるだけよ」


 久遠(くおん)(うなず)く。


 「終わりじゃない。だから止めた。終わらせるために止めたんじゃなく、やり直すために止めた」


 あさひは剣を納め、(さや)の留め金を閉じた。


 「最後の抵抗は終わった。次は最後の再建だ」


 燈真(とうま)は床に座り込み、目を閉じた。肩が震えている。声は出さない。ただ震えている。かつての仲間が立っていた場所で、かつての仲間が作った仕組みを止めたことの重さが、その肩にかかっていた。


 こよいは制御室(せいぎょしつ)の入口に札を貼った。


 『削除権限、失効(しっこう)


 観測者(かんそくしゃ)の最後の抵抗は、ここで折れた。折ったのは力だけじゃない。選び方そのものだった。消すか残すかの選択を、止めるかやり直すかの選択に変えた。

 原初(げんしょ)術式(じゅつしき)を完成させなければ、散った名前は座標(ざひょう)へ返せない。第三の条件を、必ず見つける。


 振り返ると、おたまの三毛の背がすぐそばにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。