全ルート死亡の悪役令嬢に転生して、修道院エンドになる話
花瓶を持って振り下ろしていた。
花瓶は割れずに相手の頭蓋骨を割り、その手応えは、手首や肘に重たく痺れるような感覚を残していた。
足元には血だらけの平民出の聖女。
息の上がった、可憐な金髪縦ロールのお嬢様が窓ガラスに映っていた。目は真っ赤に充血し、涙を流していた。
この人、『遥かなる愛よ届け』の悪役令嬢じゃないか。
私は最近このゲームの全てのエンディングを見て、支払ったお金の分は取り返せたかな、と思いながら別ゲームを買ったはずなのだ。
オーソドックスな乙女ゲー。平民出の主人公が貴族ばかりの学園に入学してしまい、聖女の力に目覚めて、世界を平和にしつつ、イケメンの王子様や王子の同級生たちとイチャラブするやつだ。
当然ライバルキャラがいる。それがこの目の前の花瓶を振り下ろした縦ロールの公爵令嬢だ、
元々王子は公爵令嬢と婚約していたのだけど、聖女の出現を機に婚約は解消、イベントを進めるとどんなエンディングでも意地悪な公爵令嬢は死に、王子とのエンディングの際は闇堕ちして死の魔法使いとなりラスボスとなる。
目の前のガラスにはその公爵令嬢のリズベットがいた。全く同じ動きをする、私とリズベット。
そこで、私は最悪なことに気がつく。
聖女のめぐるエンディングの全てで断罪デッドエンドな悪役令嬢リズベットに転生した、と。
でも、そもそも、私はこの成り行きは知らない。未知なるルートがあったのだろうか。主人公の聖女がリズベットに物理的に直接殺される系のイベントはなかったはずだ。
少なくてもわかっているのは、この聖女をぶち殺したのは私で、多分私も彼女の後追いデッドエンド直行である。
いや、まだ死んでないかもしれない!
治療すれば大丈夫!
ワンチャン記憶がぶっ飛んだだけで後で言いくるめたらみんな平和になるかも知れない。
私は回復魔法を唱え、全力で魔力を流し込む。
数少ない、リズベットの使える、多くの努力の時間を費やした魔法である。
このリズベット、『魔法が使えない』ということで、公爵家から冷遇されていたが、勉強もマナーも努力して王子に見初められ婚約を勝ち取り、なんとかまともに扱われるようになった。だから、たいして努力もせずに聖なる力に目覚めて、回復魔法の他に呪いの除去やアンデットの駆除、聖域魔法なんてものができてチヤホヤされまくり、愛されまくりの聖女を目の敵にしていた。
使えないはずの魔法、それも回復魔法が使えるようになり王子に伝えようとした時、聖女が現れたことを知って、何も言えなくなった。聖女は必ず王室に入れる。それだけの価値がある。婚約は解消されはしたが、側室の道は残された。
身を粉にして努力してしか認められなかったリズベットは聖女を強く敵視したのだ。
記憶を思い出していくと、どうやら、この聖女も転生者のようだった。やってきて早々、攻略対象の男性貴族たちを効率よく手籠にしていき、私の小言を原作とは違うどうでも良さそうな顔で、ハイハイ、と返事していった。
時折、同じ平民出の子達を軽んじて、さらには成果の横取りまでしていた。
さらには、同じ年齢としてどうよ、と思われる問題行動も目に余っていた。
原作どおりに彼女がまともに返事やそれ相応の礼節に応じれば、そして誰かを軽んじなければ、こんなことにならなかったのかもしれない。
そして、聖女は私を密かに学園の音楽室に呼び出し、
「ねえ、リズベット、後で学園から追い出されて、王子に見放されて、賊に犯されて殺されるの知ってる?」
などとヘラヘラ笑いながら言って来たのだ。
他の攻略対象者をちょろい、と述べて、
「ホント、ストレスフリーってやつ? 努力しないでただ先回りして、都合のいい言葉を選ぶだけなんて、楽勝よね。手をかざして、治れ、やっつけろ、で全部解決するし。
ほんと、こんな私が来たせいで人生転落して追い出される公爵令嬢様は、ご愁傷様よねー」
音楽室に響く聖女の笑い声。こんなことはあのゲームのイベントに無かった。
そして、公爵令嬢リズベットはカッとなり、すぐ近くにあった花瓶を頭の上に掲げた。ちょうど後ろを向いていた聖女の後頭部へ花瓶を振り下ろした。
クズだ。しかも転生者だ。いつか私じゃない誰かにいつか殺されるようなやつだ。
でも、よりによって私が手を下した。
これはやばい、聖女は国の宝だ。器物損壊罪に当たる。いや、こんなクズだけど、人間だから殺人罪だ。
こりゃ、始まって速攻デッドエンド転生である。
神も仏もいない。いや、目の前には仏様はいるか。
待て、私は、回復魔法が使えたはずだ。親や王子にも秘匿していた能力だ。
仮に生き返っても、後ろからの攻撃だから何があったかまではわからない!
まだ死んでなければ間に合う。
私は急いで手をかざす。
死ぬなー!
暖かい光が聖女の体を包む。
傷口が塞がっていく。
息は……止まってない!
仏様じゃない! ナイス神!
血をハンカチで拭う。
血飛沫が飛び散るほどではなかったからバレないだろう。
「誰か! 聖女様が倒られた!」
私は音楽室の扉を開けて、駆けつける者を待った。
その時、私は本気で思っていた。
これで……なかったことになる!
ーーー
見舞いと言う名の様子見に行くが、聖女は私と会っていた時の記憶は曖昧であった。
心の中の私が2回ガッツポーズをした。
聖女が生きていたこと!
聖女の記憶がぶっ飛んでいたこと!
スキップして帰らないように気をつけた。
そして、数日後、聖女は死んだ。
上げて落とすスタイルかよ!
私のせいじゃないか、と頭を抱えてそう思ったが、回復魔法で治療したのだ。
だから、死んだのはきっと別の理由に違いない、と自分に言い聞かせた。
ーーー
王子に呼び出された。
聖女の死体を魔法で解析したら、脳の硬膜の下に出血があったと専門的な話をしてきた。
硬膜下出血は、外因性でなければ発生しない症状であること。出血を止めても、その血を抜かないままにすれば、血が血腫となり、周りの水分で膨張する。最後は血腫が膨らんだ圧力で、生命活動を維持する脳細胞を破壊して死亡。
この中世的な剣と魔法の世界観でこんなちんぷんかんぷんな医学用語出るんだね、と別の意味で感動した。
王子の話はつまるところ、
『要するに、殴ったら時間差で死ぬやつ』
ということを説明した。
それ、私が聖女を殺したってことですよね?
うん、間違いないね。
でも、こんな聖女のバッドエンド見たことない。
「聖女様が音楽室で倒れる2、3日前に馬の事故があった。乗馬訓練で聖女様が本来乗る馬は栗毛色の気性の荒くないものだったが、白色の気性の荒くて有名な馬を乗らされたんだ。落馬して頭を打った。その時にすぐに治療していたし、大丈夫だと思ったんだが……」
じろり王子は私を見つめた。
あれ?
花瓶で聖女の頭を叩き割ったことは問い詰められていない。
「馬を渡した馬子は処分したのだ。あやつは最後まで『聖女様が白い馬しか乗りたくないと言われてしぶしぶ渡した』と言い訳をしていた」
私は片手で頭を抑えた。多分、それ本当です。馬子さんマジ可哀想。王子の言う処分って普通に殺処分だもん。
パワハラとかそういうレベルじゃない。
「あの、王子、記憶を思い出して整理しましょう。
気性の荒い白馬に乗りたがったのは彼女本人でしたよね? 馬子は止めた。それを彼女は『私は白馬に乗りたいの! 白馬になるのが夢なの!』と押し切った。その結果、落馬。
これは『聖女様の無謀な強行』です」
王子は眉をひそめて、咳払いした。
「さらにその別の日、階段から落とされて頭を打ったそうだ。下手人の下級の貴族令嬢を見つけて処分した」
いや、それ私も見ていたけれど、かなり抜け落ちている。誰も聖女の悪口を言いたくないからだろう。
「それは、下級令嬢が突き飛ばした、というような話にまとまっていますが、実際のところは聖女様は『この段差なら、ヒールで走っても聖女バリアで平気!』と叫びながら自らステップを刻んで階段を降りたという話です。突き飛ばしたとされる令嬢は、止めようとただ彼女に手を伸ばした子だと聞いています。処分なされる前に、できればご相談してもらいたいところでした……」
勢いを止められたというイライラ感と、あれ自分冤罪で人殺してね?、という焦燥感が王子の顔に浮かぶ。それを横に首を振り話を続ける。
「さらにその日の夜、浴室で転倒した。担当のメイドは、聖女様が香油を使いすぎて床で転倒した、と言い訳をしたからその場で処分した」
おおう、面倒ごとを苦笑いせずに引き受けていた聖女付きのメイドになんてことを……
感情に身を任せてヤっちゃうのマジでやめて。
「王子、聖女には過去に私からも注意したのですが、香油を一瓶まるごと床にぶちまけて、その上で『スケートみたい!』と裸のままはしゃぐ10代半ばの女子をどう思いますか?
私の記憶にある聖女様は、そんな羞恥心と知的思考が溶けたような行為をなさる方でした。
これはメイドの過失ではなく、ただの不注意と思料されます」
数日間に何人殺しているんだ王子よ。
むしろ、間接的に聖女が殺しているよね。
「リズベット……お前の差し金じゃないのか?」
本気か、王子……?
その言葉、どう受け取ればいいか困る。
王子を陥れようとした、もしくは聖女を殺すように仕向けた、どちらにも取れる。
とりあえず、どちらでもない。私は首を横に振る。
それにしても思い返せば、聖女は既に致命傷を負っていた可能性があるわけか。
でも、純粋にトドメを刺したのは私です。しかし、私はそれは決して口に出さない。
目の前に回答次第で即時デッドエンドが待ち受けている。目の前の王子、帯剣しているから抜刀術で私の首がぶっ飛ぶんじゃないだろうか。
「証拠はないが、お前しか有り得ないのでは?」
王子は私に詰め寄る。一振りで切り落とされる間合いだ。私は怖くて後ずさる。
「なぜ二人で音楽室で会っていた?」
「私は聖女様に、一人で来るように、と呼ばれたのでそのとおりにしました」
「そんなはずはない。聖女様はお前と会う度に陰で怖いと言っていた」
「私も呼ぶ理由はありません」
「何かしたのでは? 聖女に危険が及ぶようなことは?」
頭の中には、花瓶を振りかぶり、聖女の頭に振り下ろす私の姿がガラスの反射で映るそのシーンが何度も繰り返される。
その時の彼女は強い怒りに制されていた。ゲームとは全く違う、嫌がらせをしようとする以前の本心からの揺るぎない殺意だ。
私はそれを遠巻きで見ている。
両親から冷遇されても努力で王子の婚約者に選ばれることで、両親との関係は歪ながらも改善した。
王子のためにと魔法の適正がほとんどないのに、秘匿して努力を積み重ね回復魔法を会得した。しかも、かなりの腕前の。
それが、目の前にいるクソ聖女にもてあそばれて、破壊されようとしていた。
努力もしたことのないクソ女に……。
自身の尊厳を破壊つくされる前に、何が何でも殺さなければならない、そして、聖女をもう許さない、自身がこの後どうなっても構わない。
そうやって、彼女は花瓶を振り下ろした。
……でも、転生した私は花瓶を振り下ろしてない。
というか、私はいきなり転生してデッドエンドしたくない。
「私は危害を加えることは何もしていません」
「でも、何かは話しただろう?」
「……とても正気とは思えないような内容をお話され……その後すぐに倒れられましたので詳細までは覚えていません」
「嘘は言っていないか……むしろ、私が間違いをしていたか……」
王子は鼻から息を深く吐いて、その場から離れた。
もしかしたら、嘘を見破るアイテムで調べていたのかな、と思った。魔法のある世界だし、あり得る。
頭の中身が読まれる系じゃなくて安心した。
しかし、いつそんなものでチェックされるか……。
そもそも、王子は『間違っていたか』なんて言ったが、彼のその手はすでに何人もの無実の血で汚れている。次に彼が『やっぱりリズベットが怪しい』と思い直した瞬間、私の首は物理的に飛ぶ。
ーーー
私は両親に聖女が死んだ話をすると大層喜んだ。いくら、あなたたちの目の上のたんこぶの聖女だからといっても、正直気持ち悪かった。
「ぽっと出の聖女にしか目を向けなかった王子は、信用できません。別のいい女が現れたら同じことを繰り返します。だから、魔法の使えない私はこの先まともな婚姻はないだろうから、修道院に入ります」
両親が私を止めたが、この二人も私は怖いのだ。
この二人を目の前にすると、本当に聖女が事故死なのか、疑問に感じてしまう。まあ、トドメは絶対に私の元のリズベットなんだけど。
もし、あの連続事故が偶然ではなく、この両親の『公爵家の邪魔者に対する殺意』の結果だとしたら?
私は警察だとか衛兵ではない。科学的な客観証拠なんてものはない。いくつかのそのような状況や思い当たり、実際に見たと言われる人たちの話しかない。私の見た瞬間も、私から見たらそう見えた、というだけなのだ。本当のことは当事者しかわからないのだ。
この公爵家という実家はまさに小さな伏魔殿なのだ。そんな中にいたら、いつ『事故』で死ぬか分かったものじゃない。
私は急いで手続きを済ませて、世を捨てた最果ての修道院と呼ばれる場所を目指した。
少なくとも、修道院なら白馬に乗りたいと言って落馬する聖女も、やらかした人を即時切り捨てる王子も、いないはずだ。
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