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「門の巫女」天下人の証である自分を盗み出した男へ語る巫女の独白

掲載日:2026/03/31

※※※

-1-

※※※

 まだ着かんのか?いい加減、縄が食い込んで苦しいのだ。

 それに、お前もそろそろ休んだらどうだ?だいぶ息が上がっておるし、足元もふらついているぞ。

 ────おっと。

 言ったそばから。もうまっすぐ歩けていないではないか。

 ……ああ、そうだ。それがいい。


 ふう。

 埃とカビ臭いな。なにかの小屋か。

 ……廃墟?なるほど、どうりで風が吹き込むわけだ。山の中にこのような場所があったとはな。

 ……わかるのか、だと?木々の匂い、鳥のさえずり。その程度なら私にもわかる。

 ああそれと、ついでに手枷も外してはくれんか?木枠が手にこすれて痛いのだ。

 見ての通り目は見えんし、歩くこともできんからな。逃げたりはせんよ。

 外せぬか?まあ、お前がつけたものではないからな。だが、小刀くらいは持っているだろう?

 ……すまんな。世話をかける。

 それにしても、随分と遠くまで来たものだな。馬も篭もなしでこの距離とは、随分と無謀な計画だったのではないか?

 いや、感心しているのだ。『門の巫女』である私を、あの厳重な石積みの塔からこうして見事盗み出せたわけだからな。


 ……なぜ門の巫女だというのにこんな仕打ちをうけるのか、だと?

 知っているだろう?門の巫女は皇帝の象徴だ。

 門の巫女は『天国への門』を開くことができる。

 神々の住まう極上の世界、そこには一切の悩みも苦しみもない、幸福のみの世界。英雄だけがそこへ向かう資格があるという、天国への門だ。

 そして、英雄を選ぶのは皇帝。門の巫女を手にするものだけが、天下を治める資格をもつ。

 だから帝国が滅びた今、諸国の群雄共がこぞって争い求めるのだ。

 ……それがどうしてこんな目に、だと?

 ふん、巫女とは名ばかり、ようは皇帝を名乗る為の道具。戦で勝ち取る戦利品。

 だから勝手に歩かれては困るから目を奪われ、足の腱を切られた。手枷に首枷、酷い時は鎖につながれ好き勝手に凌辱もされたわ。不老不死の巫女は、なにをしても死なぬからいいおもちゃであったろうよ。


 ……なんだ?

 ふ、泣いているのか?安い同情だな。なに、どうせお前だって私を荷物のように縛り、背負って来たではないか。

 今までも、こんなことは何度もあった。連れ出して初めは同情する。だが敵に奪われ、取り返し、を繰り返すうちに、結局みな最後は繋ぎ、縛り、閉じ込めるようになる。戦乱の世に生きるというのはそういうことだ。

 お前がこれから私を誰のもとに連れてゆくのかは知らんが、せいぜい長く飼ってくれるとよいな。あまりあちこち連れまわされるのは好きではないからな。

 それとも、お前が自ら天下に覇を唱えるつもりか?私を守り通せるのならそれもいいだろう。全ての勢力を敵に回す覚悟があるのならな。

 なに、簡単なことだ。私が天国への門を開いて見せればいい。門が開けば、天国へと至る階段がこの場に出現する。それだけで、誰が門の巫女を手にしているかはっきりとわかる。

 もっとも、今ここでそんなことをすれば、追手に居場所が知られるが。

 ……なんだ?追手に今頃気付いたのか?

 それとも追手を巻いたとでも思っていたのか?奴がそう簡単にあきらめるはずがあるまい。門の巫女を失えば奴の勢力は空中分解するだろうからな。

 ……今のは犬の遠吠えだな。

 なんだ?もう発つのか?

 まあ、それがいいだろうな。お前は血の匂いが濃すぎる。追手はすぐ近くまで来ているだろうよ。




※※※

-2-

※※※

 ……ん。縄か。大丈夫だ。さっきよりは痛くない。

 お前こそ大丈夫なのか?休む前より息が荒くなっているぞ。それに気ばかり急いて、さっきよりも足が遅くなっている。

 私を背負ったままでは、体がきつかろう。

 どこまで向かうのかは知らんが、いざとなったら私を投げ捨てて行け。そうすれば、お前が逃げのびるくらいならできるだろうよ。

 ……そんなことはしない、か。

 まあそうだろうな。ここまで命を懸けて、ようやく門の巫女を手に入れたのだものな。天下まであと少しで手が届くというのに、手放すのは惜しいものな。

 だが、命あっての物種だ。見切るべきところを見誤ることのないようにしなければ、命がいくつあっても足りないぞ。


 ……は?違う?

 なにがだ。

 ……私を救い出すために来た?

 はっ、なにを言うかと思えば。

 私を閉じ込めていた奴は、たしかに暴虐の限りを尽くした将軍だった。奴の城は日々嘆きと怨嗟の声で満ちていたわ。

 だが奴は強かったのだろう?戦に出れば勝ち、敵をことごとく打ち滅ぼしてきた。天下に最も近いのは奴であったはずだ。

 もっとも、そのせいでかえって敵を増やし、近頃は戦続きだったようだがな。

 どうせお前も、奴の敵の中の一人なのだろう?

 まあ、どのような戦も大義は必要だからな。ただ奪うのではなく、奴から巫女を取り戻す、救い出す、と言った方が聞こえはいいからな。

 ……取り繕わなくてもいい。

 みな初めはそう言うのだ。だがな優しい英雄さまよ、お前も本当の目的は皇帝の椅子なのだろう?門の巫女を手に入れたものがなにを欲するかなど、当たり前のように決まっておるのだからな。

 群雄諸侯を従え、天下に号令する。それこそが英雄を目指す者の本懐なのだろう?お前は今まさに、それが手の届くところに来ているのだ。

 もっとも、私を連れて安全なところまで逃げおおせたら、の話だが。

 なに、私を置いて逃げたところで気に病むことはない。門の巫女は不老不死、殺されようとも死ぬことはないからな。それに、奴らは私を取り戻せれば気が済む。追手の足も鈍るだろうよ。


 ……まだ言うのか。

 お前が、私をただ助ける理由がない。あるはずがないだろう。

 私は生まれた時から門の巫女として、この国の移り変わりを見守って来た。平和な時代であろうが乱世であろうが、私はずっと権力の象徴として扱われてきた。

 私は半分は人であり、半分は人ではない。そういう存在だ。

 私を人と同じように見、人と同じように同情するなど、正気の人間の考えることではない。

 仮にお前がそうであったとしても、周りの人間が放っておくまいよ。いずれお前は、皇帝の座に持ち上げられるか私を奪われて殺される。

 それでもお前は、私をただ助けるためだ、と言うのか?

 だとしたら、心底呆れた奴だ。命を無駄に捨てるためにやっているとしか思えんな。


 ────おっと。

 また足がふらついているぞ。もう一度休んだ方がいいのではないか?

 追手が気になるのはわかるが、まだ距離はある。

 ほら、咳き込んでいるではないか。このまま歩き続けていたら、どのみち動けなくなるぞ。

 近くに休める場所はないのか?森の中とは言え、少しは開けた場所もあるだろう。一度私を下ろして────。

 っと。

 転んだのか?言うそばからだらしのない。今のは少し痛かったぞ。

 ……おい。だいぶ息が荒いではないか。怪我でもしているのか?

 大丈夫か。まったく世話の焼ける奴だ。自分の体力すらわからんとは。いいからそのまま座っていろ。

 おい、縄を勝手に解くぞ。私が背中から降りねばお前が横になれないだろう。

 どこだ?目が見えんからろくな手当てもできん。

 やれやれ。盗品に心配される盗人がいるか。

 ────おい。返事くらいしろ。おい。




※※※

-3-

※※※

 気が付いたか。

 なに、ほんの十秒ほどだ。意識を失ったときはどうしたものかと思ったぞ。

 ……逃げなかったのか、だと?

 バカめ、私にはここが森のどこかもわからん。一人でうろつけば、森の中で行き倒れになるか、獣に食われるのがオチだ。それでも私は死にはせんが、痛いものは痛いからな。


 また咳が出ているではないか。だいぶ無理をしたようだな。

 いくら己の野望のためとはいえ、命を削るのはあまり賢い選択ではないな。そのまま少し休んでおけ。

 まったく。

 お前が無理をすれば、悲しむものがお前にもいるだろうに。

 ……はっ、なぜ謝るのだ。

 まるで私が心配しているようではないか。私は呆れているのだ。心配などではない。

 ……昔にも、同じことを言われた?

 誰に言われたのかは知らんが、お前は人に心配をかけてばかりなのだな。

 ……私に?

 それを、私が言ったというのか?錯乱でもしているのか?

 その言葉をかけたのは私ではない。お前に近しい別の誰かだろうよ。

 ……それが、お前の名か。

 ふん、聞き覚えがないな。というより、どこにでもある名だ。どこの誰かなど区別がつかん。それに、仮に私がさっきの言葉をお前に言ったのだとして、それがどうしたというのだ。

 ……思い出す?なにをだ。二十年前?

 そんな昔のことなどとうに忘れてしまったわ。それほど長く戦が続いていたからな。

 帝が倒れ、お決まりの後継者争いが始まったのもその頃だったか。あの頃はまだ、都の周りは平和だった。

 だがそれでも、戦に追われて逃げてきた者たちが次第に増えていったな。

 私は、身寄りを亡くした子供を引き取って面倒を見てやっていた。帝に我儘を聞いてもらい、孤児院を建ててもらってな。

 あの頃はまだ目も見えていたし、歩くこともできたからな。


 ……その時の孤児?お前が?

 まさか。そんなはずはない。いや……。

 そうだな。確かにその名には聞き覚えがある。

 両親を失い、兄弟も姉妹もみな亡くし、生きる気力も亡くしていた子。

 字の読み書きを教え、人として生きる道理を教え、一人でも生きてゆけるように面倒を見、育ててやったな。

 お前が、その子だと言うのか?

 そんなはずがない。だって、あの子は……。

 いや、違う。わかったぞ。危うく騙されるところだった。良く調べたものだ。驚いたぞ。まさかそんな昔のことまで持ち出してくるとはな。

 危うく信じてしまう所だった。

 危ない、危ない。

 昔の縁故を騙って近寄ってくるものは数多くいた。お前もその手口か。

 まったくよく考えたものだ。まさか私に助けられた孤児を名乗ってくるとはな。その手には乗らん。

 バカめ。調べが足りなかったようだな。

 ────その子は死んだよ。

 両親と同じように、戦に巻き込まれて。私を奪いに来た辺境の将軍が都を襲撃したときにな。

 惜しかったな。

 私を騙すにはもう少し足りなかったようだな。

 ……死んで、いない?

 ────ふん、信じるものか。

 嘘。すべてが嘘。門の巫女を利用するためだけの嘘。

 信じない。信じたくない。私を救い出すなどと。そんな言葉に希望はない。二度と信じない!


 ……待て。

 なぜ。

 ────その呼び方を知っている?

 誰に聞いた?いや、誰も知るはずがない。なぜお前がその呼び名を知っている?あの子にしか明かしていない、私の幼いころの呼び名を。

 ────まさか。

 でも、本当に……。

 この世界はみな醜くてゆがんでいる。おぞましく穢れている。そう思って、憎んで恨んで生きてきたのに。

 ────お前の声を聴いていると、つい信じたくなってしまう。


 ……おい、今の咳はなんだ?

 ただの咳ではないな?それに呼吸に水音が混じっている。

 無理に体を起こすな。今支えてやる────。

 おい!手に濡れたものが付いたぞ。温かい。返り血ではないな?これはなんだ?

 お前の怪我か?どこを怪我している?




※※※

-4-

※※※

 手か?手を握って欲しいのか?

 震えているではないか。おい、もういいから横になれ。

 着ているものは脱げるか?止血をしてやる。

 いや、無理ならいい。

 なぜ、怪我を黙っていたのだ。すぐに手当てをすれば、いや私など捨て置いて逃げておれば助かったかも知れないのに。

 おい、しゃべるな。体を起こすなと言っているのに。


 ……あの日、か。

 あの日。辺境将軍の兵士たちに追われ逃げる私をかばって、お前は────いや、あの子は斬られたのだ。あの子だけではない。孤児院にいた子らはみな殺された。

 そして私は将軍のもとへ連れ去られ、そして将軍は皇帝を名乗った。門の巫女を庇護するものとして。

 地獄であったよ。

 庇護とは名ばかりで、ずっと石牢に幽閉されて。だがすぐに次の簒奪者が都を襲い、私を遠く辺境の地へ連れ去った。

 ようやく都へ戻って来れたのは、私の所有者が幾度か変わった後だった。

 孤児院の跡には、行きたくても行けなかった。自由な行動などできなかったからな。


 ……そうか。敵の指揮官に拾われたのか。

 身寄りもない、縁もないお前を引き取り、面倒をみたというわけか。

 あんな暴虐な将軍の下にも、そんな人間がおったとはな。子供が死んでゆくのを見捨てられなかったというわけか。

 ────私と同じだな。

 あれは、贖罪でもあった。世が乱れるのを知りながらなにもできない自分に、せめて慰めと言い訳を作るための行為。無意味で下衆な行為よ。

 だが、そのおかげでお前は助かったのだな。


 おい。もういいからしゃべるな。

 呼吸が弱くなっているぞ。手を握っていてやる。だから────。


 ……二十年。

 そうだな。もう二十年にもなるな。

 国中、どこへ行っても戦ばかり。裏切り、謀略、騙し合い殺し合うのが当たり前の世界。

 安寧の地などどこにもなく、ただ弱いものが貪り食われるだけ。

 そんな地獄のような世界を、お前は長い事旅をしてきたのか。

 ────長い、長い旅であったろうな。

 ……ずっと、私を探していた、のか。

 バカめ。私など忘れて、自らの幸福を求めておれば、こんなことにはならずに済んだかも知れぬというのに。

 私などのために命と人生を賭けるなど、愚かにもほどがあるだろう。

 しょせん、私は門の巫女。皇帝を名乗るために必要というだけの存在。

 所詮、私は門の巫女としてしか見られない。皇帝の証として求めるだけの存在。誰のもとへ行こうが、誰も気にしない。

 私がどんな目に合っていようが、悲しんでくれるものなどどこにもいない。


 ……お前がいる、と?

 ────。

 ────────そうか。そうだったな。

 お前は子供のくせに狩に出かけて、子供の猪を獲って来たのだったな。それがどれだけ危ないか、ひどく叱ったっけ。

 ……そうだ。

 お前が死ねば、悲しむものがお前にもいるだろう、と私が言ったのだったな。

 そしてお前は言ったな、そんな者はいない、と。

 ────だから私は。

 ……そうだ。よく覚えているな。

 ああ、私も覚えているとも。私はお前に『私がいる。私が悲しむ』と言ったのだったな。


 ────っと。

 無理して体を起こすからだ。

 よい。体を支えていてやろう。

 随分と大きくなったものだ。お前の方が私よりも大きくなってしまうとはな。あの細っこい子供が。背中まで手が回らんな。

 よく食べているのか?痩せているではないか。鎧がスカスカだ。

 だいぶ傷んでいるな。どれほど長く戦ってきたのか。

 ────私などのために。バカものが。


 動くな。傷が開く。

 ────髪か。恥ずかしいからあまり触れないでくれ。見えぬから、手入れなど。

 ああ、重たい。いや、このままでいい。

 久しいな。人の心臓の音を聞くのは。

 泥と汗の匂い。子供だった頃と変わらんではないか。

 誰かのぬくもりに包まれるというのは初めてだ。が、悪くないものだな。


 ……私を、救う?

 そんな、こと────。

 そんなことのために、そんなことを考えて、いたのか────。

 お前は。

 ────私などより、お前が幸福であって欲しかった。


 ────おい。

 もういい。もう手に力が入っていないではないか。

 ああ、待て。お前は動くな。

 今、包帯を巻いてやる。私の衣を割けばいい。小刀をくれ。

 くそ。手が震えて上手く裂けぬ。このボロ布め。普段は勝手にほつれていくくせに。

 血が止まらぬ。嫌だ。待ってくれ。今裂いた布を巻くから。

 体温が下がってきている。

 頼む。待ってくれ。血よ止まれ。ああクソ!

 目が見えぬ。目が見えればもっと。

 おい。待て。待ってくれ。

 私に希望を与えるだけ与えて、勝手に死ぬな。

 ちゃんと最後まで救え。こんな中途半端で終わらせるつもりか!

 おい!

 …………。

 …………頼む。

 返事をしてくれ。


 ────私を、救ってくれ。




※※※

-5-

※※※

 ────静かだな。

 小雨か。

 血の匂いも消えてくれるとよいのだが。


 ────。

 お前は、ひねくれものだったな。

 なにかと言うと私に歯向かい、楯突き、素直に言うことを聞かなかった。

 寂しさから、ということはわかっていた。だから私は叱らなかったのだ。

 だが私はわかっていた。

 お前は、本当は心優しい子なのだと。

 猪を狩ってきたのも、私に渡すつもりだったのだろう?

 お前は、私へのお礼のつもりだったのだろう。

 まったく。自分のことなど顧みず、いつも無茶ばかりするから。

 ほんとに、昔からそういう奴だったよ。お前は。

 でも。

 嬉しかったのだ。ほんとうは。

 誰かが私のために、なにかをしてくれるなど。

 なんの見返りもなく、ただ純粋に喜ばせようとしてくれるなど。

 ────はじめてだった。


 お前だとわかったときは、信じられなかった。

 というより、信じたくなかった。こんなに嬉しいこと、どうせすぐ奪われる。裏切られる。だから、どうしていいかわからなかったのだ。

 ────ああ、そうか。

 私は嬉しかったんだ。

 お前に会えて。お前が、私を求めてくれて。そんな者が、私にもいてくれて。

 私は、お前のことなど忘れてしまっていたというのに。

 お前は、ずっと私を探し続けてくれていたというのに。


 失うことなど、奪われることなど、とうに慣れた。

 ────慣れた、と思っていたのに。

 こんなに、こんなに胸が苦しいものなのだな。


 ああ。

 もっと。

 もっと早く、お前に気付いてやれていれば。

 いや、ダメだな。目を失った私では、どうすることもできん。

 それに、私などがお前の運命を救えたはずも────。

 ────。

 いや、そうだな。

 私など、という言い方は、やめよう。

 お前が、悲しむ。



 天国への門。

 英雄だけが通ることが許される門。

 そして、神々の住まう国へと至る階段。

 ────門の巫女が命ずる。天国への門よ、ここに開け。



 目が見えずとも、そこにあるのはわかる。

 暖かい光が、差し込んでくる。

 静謐。澄んだ空気。優しい風。

 わかるか?今、お前を運んでやる。


 ────お前は、私にとっての英雄だ。

 門の巫女を守る為に命を捧げたお前には、この天国への門をくぐる資格がある。

 皇帝の認可など必要ない。

 この巫女が許可する。


 私がお前にできるのは、このくらいだ。

 そして、これが最後だ。

 私が巫女として誰かを救うことができたのなら、それが私の救いとなる。

 私を救おうとしてくれたお前を、この世界から救ってあげる。


 さあ行け。苦しみも、悲しみも、悪い事はすべてない世界へ。




※※※

-6-

※※※

 男は、目を覚ました。

 静かな森の中、柔らかい日差しが心地いい。


 体を動かす。痛みはない。

 流れていた血は止まり、脇腹を深く裂いた怪我も治っている。

 男の手には、さっき狩って来たばかりの猪がぶらさがっていた。


 ふと顔を上げると、目の前には小さな小屋が建っていた。

 小屋の扉がゆっくりと開く。

 そこには、自分を拾ってくれた、あの優しい巫女が立っていた。

 綺麗な白絹の巫衣と、長く美しい黒髪が風に揺れている。

 それで、男は、自分の長い旅がようやく終わったことを知った。


 巫女は、男に微笑んだ。

「おかえり」

「ただいま」



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