第7話:朝焼けの約束
ひよりを抱きしめたまま、私はしばらく動けなかった。
腕の中にいるひよりは、雨に濡れて冷えているはずなのに、どこか温かくて、胸の奥の不安を少しずつ溶かしていくようだった。
ひよりの髪からは雨の匂いと、いつものシャンプーの香りが混ざり合って漂ってきて、その匂いだけで涙が出そうになる。
外では雨音が静かに響いていた。
さっきまで激しく降っていた雨は少し弱まり、ぽつぽつと優しい音に変わっていた。
その音が、まるで私たちを包み込むように部屋の中に広がっていく。
「真白」
ひよりが小さく呼ぶ。
その声は、泣き笑いのように震えていて、胸の奥に直接触れてくるようだった。
「もう、どこにも行かないでね」
その言葉は、ひよりの不安がそのまま形になったようで、胸がぎゅっと締めつけられた。
ひよりは強い子だと思っていた。
でも、今は私と同じように不安で怖くて、必死に私をつなぎとめようとしている。
「……うん。行かない」
その言葉を口にした瞬間、ひよりの肩が小さく震えた。
安心したのか、泣きそうになったのか、それはわからない。
でも、ひよりの指先が私の背中をぎゅっと掴んだことで、ひよりがどれほどこの言葉を求めていたのかが伝わってきた。
「約束だよ?」
「約束する。」
指切りをするように、ひよりは私の手を握り直した。
その手は温かくて、柔らかくて、離したくないと思った。
ひよりの手のひらから伝わる温度が、胸の奥の不安をひとつひとつ溶かしていく。
雨は次第に弱まり、窓の外が少しずつ明るくなっていく。
気づけば、夜が明けようとしていた。
「ひより……もう朝だよ」
「ほんとだ……」
ひよりは少し照れたように笑ったが、その笑顔の奥には疲れがにじんでいた。
「濡れたまま帰ったら風邪ひくよ。少し休んでいきなよ」
ひよりは驚いたように瞬きをした。
「え……いいの?」
「うん。無理して帰ったら風邪ひくよ。部屋、使って」
ひよりはほっとしたように微笑んだ。
「……じゃあ、少しだけ甘える」
その笑顔が、胸の奥に優しく灯った。
「うん。タオル持ってくるね」
私はひよりにタオルを渡し、部屋を整えた。
ひよりは髪を拭きながら、ぽつりとつぶやく。
「真白がいてくれてよかった……」
その声は、雨上がりの空気のように静かで優しかった。
「ひより、今日はもう休んで。疲れてるでしょ」
「……うん。ちょっとだけ、寝てもいい?」
「もちろん」
ひよりは布団に入り、私の方を見上げた。
「真白も、そばにいて」
「いるよ。ここにいる」
ひよりは安心したように目を閉じた。
まつげが震え、やがて呼吸がゆっくりと落ち着いていく。
私は机に向かい、ひよりの寝顔を静かに見つめた。
――こんなにも大切な人だったんだ。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
窓の外では雨が完全に止み、朝焼けが空を染め始め、ひよりの頬を柔らかく照らした。
その光は、まるで…
新しい一日だけでなく、私たちの未来まで照らしているようだった。




