第20話:エピローグ ~雨の庭で、君を待つ
夏が過ぎ、秋が訪れた。
校庭の木々はゆっくりと色づき始め、赤や橙、黄色の葉が風に揺れてひらひらと舞い落ちていく。
朝夕の空気は少し冷たく、吐く息がほんのり白くなる日も増えてきた。
季節は確かに移り変わり、私たちの周りの景色も少しずつ変わっていく。
ひよりは陸上部を引退し、私は美術コンクールに向けて制作を続けていた。
ひよりは部活のない放課後に新しい時間を見つけ、私は絵に向き合う時間が増えた。
お互いの道は少しずつ変わり、日々の過ごし方も変わっていく。
でも、その変化が不安ではなく、むしろ自然な流れのように感じられた。
――変わらないものがひとつだけあった。
放課後、温室で会うこと。
それは、季節が変わっても、心が揺れても、ずっと続いていた。
ある日、私はひよりより少し早く温室に着いた。
ガラス越しに差し込む夕陽が、植物たちを金色に染めている。
葉の影が床に揺れ、温室全体が柔らかな光に包まれていた。
秋の夕陽はどこか切なくて、でも温かくて、胸の奥をそっと撫でていく。
私はベンチに座り、スケッチブックを開いた。
描いているのは、ひよりの横顔。
雨の日に見た、あの強くて、優しい表情。
泣きながらも前を向こうとしたひよりの姿が、今でも胸に焼きついている。
鉛筆を走らせるたびに、ひよりの息づかいまで思い出せそうで、胸がじんわりと温かくなる。
「真白、お待たせ!」
扉が開き、ひよりが駆け込んできた。
息を弾ませながら、笑顔で手を振る。
頬が少し赤く、髪が風に乱れていて、その姿がなんだか愛おしかった。
「今日、部活の後輩に会ってさ。“先輩、最近すごく楽しそうですね”って言われた」
ひよりは嬉しそうに笑いながら、私の隣に腰を下ろした。
「楽しそうに見える?」
「きっと、真白がいるからだね」
その言葉は、夕陽よりも温かく胸に染み込んだ。
ひよりは照れくさそうに笑いながら、私の肩に頭を預けた。
その重みが心地よくて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「真白。これから先、どんなことがあっても……私は真白の隣にいたい」
ひよりの声は静かで、でも揺らぎがなかった。
その言葉は、未来をそっと照らす灯りのように感じられた。
「……私も。ひよりの隣がいい」
ひよりは私の手を握り、指を絡めた。
その手は少し冷たかったけれど、握り返す力はしっかりしていた。
ひよりの手の温度が、私の胸の奥に静かに広がっていく。
「真白、好きだよ」
「……私も、ひよりが好き」
夕陽が沈み、温室の中がゆっくりと夜に染まっていく。
ガラス越しの空は紫色に変わり、植物たちの影が長く伸びていく。
その中で、ひよりの手の温もりだけが確かだった。
雨の日も、晴れの日も。
迷う日も、笑える日も。
――私は、ひよりの隣にいる。
そしてひよりも、私の隣にいる。
それだけで、世界はこんなにも優しくなる。
私はそっと目を閉じ、ひよりの肩に頭を預けた。
ひよりの呼吸が静かに胸に触れ、心が穏やかに満たされていく。
「ひより……これからも、ずっと一緒にいようね」
「うん。ずっと」
温室の外で、風が優しく木々を揺らした。
その音は、まるで未来へ続く道をそっと照らすようだった。
季節が変わっても、世界が変わっても――
私たちはきっと、この温室で、同じ未来を見つめていく。




