第18話:雨の庭で
放課後、ひよりは顧問の先生に大会辞退を伝えに行った。
部室の前で待つ私は、扉の向こうから聞こえる声に胸を締めつけられていた。
ひよりの声は落ち着いていたけれど、その奥にある緊張と覚悟が伝わってくる。
長い話し合いの末、ようやく扉が開き、ひよりが姿を見せた。
「終わった……」
ひよりは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。
その表情には疲れが滲んでいたが、どこか晴れやかでもあった。
私はすぐに駆け寄る。
「大丈夫?」
「うん。泣かなかったよ」
「えらい!」
そう言うと、ひよりは照れたように笑った。
その笑顔は少し弱々しいけれど、昨日までの曇りは確かに薄れていた。
「真白、温室行こう」
「うん」
ひよりが手を伸ばし、私はその手を自然に取った。
外に出ると、ぽつりと雨が落ちてきた。
最初は小さな滴だったのに、歩くうちに雨脚は強くなり、校庭が薄い水膜に覆われていく。
アスファルトに跳ねる雨粒が、まるで小さな光の粒のように見えた。
温室に着く頃には、二人とも少し濡れていた。
ひよりの髪先から水滴が落ち、制服の肩がしっとりと濡れている。
でも、その姿さえ愛おしく感じた。
「雨、すごいね」
「うん。でも……嫌いじゃない」
ひよりはガラス越しに雨を見つめた。
雨粒がガラスを滑り落ち、外の景色をゆらゆらと歪ませる。
その揺らぎの中で、ひよりの横顔はどこか儚く、でも強く見えた。
温室の中は湿った土の匂いが満ちていて、静けさが雨音と混ざり合い、世界がゆっくりと呼吸しているようだった。
「真白。私ね……陸上をやめても、これからの人生がどうなっても……真白と一緒にいたい」
その言葉は、雨音に溶けながらも、はっきりと胸に届いた。
ひよりの声は震えていない。
昨日までの迷いが消え、まっすぐに私へ向けられていた。
胸が熱くなる。
ひよりがこんなにも真剣に、未来の話をしてくれるなんて。
その未来に私を含めてくれるなんて。
「私も……ひよりと一緒にいたいよ」
言葉にした瞬間、ひよりの表情が柔らかくほどけた。
ひよりはそっと私の手を握った。
その手は少し冷たかったけれど、握り返す力は強く心の温かさを感じた。
「真白、好き」
「……私も、ひよりが好き」
雨音が温室の屋根を叩き、二人の声を包み込む。
外の世界のざわめきも、噂も、不安も、すべて雨音が消してくれるようだった。
その瞬間、世界には私とひよりだけがいるように感じた。
雨の庭で交わした言葉は、静かに、確かに胸の奥に刻まれていった。
雨は止む気配を見せず、けれどその音はどこか優しく、二人の未来をそっと祝福しているようだった。




