第17話:決断の朝
翌朝、ひよりはいつもより早く私の家に来た。
玄関のチャイムが鳴った瞬間、胸がどきりと跳ねる。
扉を開けると、そこには制服姿のひよりが立っていた。
髪をきちんと結び、いつもより少しだけきつく結ばれたポニーテールが、ひよりの決意を物語っているようだった。
目には迷いのない光が宿っていて、その強さに思わず息を呑んだ。
「真白、今日……顧問の先生に話す」
ひよりはまっすぐ私を見つめながら言った。
その声は震えていない。
昨日まで泣いていたとは思えないほど、しっかりとした声だった。
「話すって……?」
問い返すと、ひよりは小さく息を吸い、そして静かに言った。
「大会、辞退するって」
胸が痛んだ。
ひよりがどれだけ陸上を大切にしてきたか、私は知っている。
毎日誰よりも早くグラウンドに出て、誰よりも遅くまで走っていた。
ひよりにとって陸上はただの部活じゃなく、ずっと支え続けてきた大切な場所だった。
そのひよりが、自分の口で『辞退する』と言った。
その重さが胸にずしりとのしかかる。
でも、ひよりの表情は晴れやかだった。
昨日までの曇りが嘘のように、ひよりの瞳は澄んでいた。
「昨日、真白が言ってくれたから……やっと、自分の気持ちに向き合えた」
ひよりは照れくさそうに笑った。
その笑顔は、昨日の涙を乗り越えた人だけが見せられる強さを持っていた。
「ひより……」
胸が熱くなる。
ひよりがこんなにも前を向こうとしていることが、嬉しくて、誇らしくて、そして少しだけ切なかった。
「走れない自分を認めるのは怖かった。でも……真白が隣にいてくれるなら、前に進める気がする」
ひよりの声は柔らかくて、でも芯があった。
その言葉が胸の奥に深く響く。
ひよりはずっと一人で戦ってきた。
怪我の痛みも、不安も、恐怖も、全部抱え込んで。
でも今は、私の存在がひよりの支えになれている。
その事実が、胸の奥をじんわりと温めた。
私はひよりの手を握った。
ひよりの手は少し冷たかったけれど、握り返してくる力はしっかりしていた。
「ひよりの決断、応援するよ」
ひよりは微笑んだ。
その笑顔は、朝の光よりも優しくて、強かった。
「ありがとう。真白がいてくれてよかった」
その言葉が胸に深く染みた。
ひよりの声はまっすぐで、嘘がひとつもなくて、心の奥に静かに落ちていく。
――ひよりの隣にいたい。
その気持ちは、昨日よりもずっと強くなっていた。
朝の風がそっと吹き抜け、二人の間を優しく撫でていく。
新しい一日が始まる音が、どこか遠くで聞こえた気がした。




