第16話:温室の告白
温室に入ると、夕陽がガラス越しに差し込み、植物たちが金色に染まっていた。
葉の一枚一枚が光を受けて輝き、まるで温室全体が静かに呼吸しているようだった。
湿った土の匂いと、夕暮れの柔らかな風が混ざり合い、胸の奥がじんわりと温かくなる。
ここは、私たちが何度も心を落ち着かせてきた場所。
でも今日は、いつもより少しだけ空気が重く感じられた。
ひよりはベンチに座り、深く息を吐いた。
その吐息は、胸の奥に溜め込んでいた不安を少しだけ外へ押し出すようだった。
ひよりの肩がわずかに震えているのが見えて、胸が締めつけられる。
「真白……私、どうしたらいいんだろう」
ひよりの声は弱く、今にも消えてしまいそうだった。
普段のひよりからは想像できないほど、頼りなくて、苦しそうで――
その姿が痛いほど胸に刺さる。
「ひよりがどうしたいか、教えて」
私はそっと隣に座り、ひよりの横顔を見つめた。
ひよりは膝の上で手を握りしめ、指先が白くなるほど力を入れていた。
「走りたい。でも、走れない。大会に出たい。でも、怪我が治らない。」
その声は震えていた。
ひよりの強さが崩れ、心の奥に隠していた弱さがこぼれ落ちていく。
ひよりがこんなふうに弱音を吐くのは、本当に限界が近い証拠だった。
「全部…怖い……」
「うん」
私はひよりの手をそっと包んだ。
ひよりの手は冷たくて、少し汗ばんでいて、震えていた。
その震えが、ひよりの不安をそのまま伝えてくる。
「ひよりが走れなくても、私はひよりのことが好きだよ」
その言葉を口にした瞬間、ひよりは目を見開いた。
驚きと戸惑いと、少しの安堵が混ざったような表情。
ひよりの瞳が揺れ、光を受けてきらりと輝いた。
「……真白」
名前を呼ぶ声が震えていて、胸がぎゅっとなる。
「ひよりが陸上をやめても、続けても、どんな選択をしても……私はひよりの隣にいるよ」
ひよりの瞳が大きく揺れ、涙がこぼれた。
その涙は、ひよりがずっと抱えてきた痛みと不安が溶け出したように見えた。
「真白……そんなこと言われたら…私…泣いちゃうよ……」
ひよりは震える声で言い、涙を拭おうとしたが、次々と溢れて止まらなかった。
「泣いていいよ。ひよりはずっと頑張ってきたんだから」
私がそう言うと、ひよりは堪えきれずに私の胸に顔を埋めた。
肩が震え、ひよりは声を殺して泣いた。
その涙の温度が、服越しにじんわりと伝わってくる。
夕陽が沈み、温室の中が静かに暗くなっていく。
植物たちの影が長く伸び、ガラス越しの光がゆっくりと消えていく。
その中で、ひよりの涙の温度だけが確かだった。
ひよりの震えも、涙も、呼吸も――全部が「助けて」と言っているようで、私はひよりを強く抱きしめた。
ひよりが泣き止むまで、私はずっとその背中を撫で続けた。
ひよりがどんな未来を選んでも、私はその隣にいる。
その決意が、静かに胸の奥で固まっていった。




