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第14話:ひよりの涙

 翌日、ひよりは学校に来なかった。


 朝、教室に入った瞬間、ひよりの席が空いているのを見て胸がざわついた。


 いつもなら『おはよう』と笑って手を振ってくれるはずのひよりがいない。

 ただそれだけで、教室の空気がどこか冷たく感じられた。


 授業中も、休み時間も、ひよりのことばかり考えていた。

 黒板の文字は頭に入らず、先生の声も遠くに聞こえる。

 ノートを開いても、ペンを持つ手が落ち着かない。

 ひよりの笑顔、昨日の曇った表情、震える声――全部が頭の中でぐるぐると回っていた。


 ――ひより、大丈夫かな。


 昼休み、陸上部の人に聞いてみても『今日は休みとしか聞いてない』と言われてしまった。


 誰も詳しいことを知らない事が、余計に不安を煽る。

 ひよりが学校を休むなんて、ほとんどなかったから。


 放課後、私はひよりの家へ向かった。


 夏の風が吹いているのに、胸の奥は冷たいままだった。

 ひよりの家の前に立つと、心臓がどくどくと早く脈打つ。

 インターホンを押すと、ひよりのお母さんが出てきた。


「あら、真白ちゃん。ひよりなら部屋にいるわよ」

 その言葉に少しだけ安心しつつ、許可をもらい、階段を上がる。

 ひよりの部屋の前で深呼吸し、震える指でノックした。


「ひより、真白だよ。入ってもいい?」

 返事はなかった。

 でも、ドアは少しだけ開いていた。

 まるで『入ってきて』と言われているようで、そっと扉を押した。


 部屋に入ると、ひよりはベッドに座り、膝を抱えていた。

 カーテンは閉められ、薄暗い部屋の中でひよりの姿だけがぼんやりと浮かび上がる。

 目は赤く腫れていて、泣いた跡がはっきり残っていた。


「ひより……」

 声をかけると、ひよりは顔を上げ、無理に笑った。

 その笑顔は痛々しくて、胸が締めつけられる。


「真白……来てくれたんだ」

「来るよ。心配で……」

 ひよりは唇を噛み、視線を落とした。

 肩が小さく震えている。


「……走れないかもしれない」

「え……?」

 思わず声が漏れた。

 ひよりは膝を抱えたまま、震える声で続けた。


「怪我、思ったより悪くて……大会、出られないかもしれないって……」

 その声は、今にも消えてしまいそうだった。

 ひよりの強さが崩れていくのがわかった。


「私、ずっと陸上やってきたのに……全部、終わっちゃうかもしれない……」

 ひよりの涙が頬を伝い、ぽたりと落ちた。


 その涙の重さが、私の胸にも落ちてくる。

 私は駆け寄り、ひよりを抱きしめた。


 ひよりの体は小さく震えていて、抱きしめた腕の中で壊れてしまいそうだった。


「ひより……一人で抱え込まないでよ……」

 ひよりは私の胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。

 その泣き声は、胸の奥を締めつけるほど弱々しくて、苦しかった。


「真白……怖いよ……」

「大丈夫。ひよりは一人じゃないよ」

 私はひよりの背中を優しく撫でた。


 ひよりの涙が私の服に染みていく。

 でも、その温度がひよりの痛みを伝えてくれるようで、離したくなかった。


 その夜、ひよりは泣き疲れて眠るまで、ずっと私の手を握っていた。


 その手は弱々しくて、でも必死に私を求めていて――

 私はその手を、決して離さないと心に誓った。




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