第13話:ひとりの温室
ひよりは練習に戻り、私は温室へ向かった。
夕方の光がガラス越しに差し込み、温室の中は淡いオレンジ色に染まっていた。
植物たちの影が揺れ、静かな空気が広がっている。
いつもなら落ち着くはずのこの場所が、今日はやけに広く、冷たく感じられた。
スケッチブックを開いても、線が震えてうまく描けない。
鉛筆を握る指先が落ち着かず、紙の上を滑るたびに心がざわつく。
描きたいものはあるのに、形にならない。
胸の奥に重たい石が沈んでいるようで、息が苦しかった。
――ひよりは、私に言えないことがある。
その事実が、胸の奥でじわじわと広がっていく。
ひよりの笑顔の奥にあった影。
顧問の先生との話し合いで見せた赤い目。
そして、私に向けたあの冷たい言葉。
全部が繋がって、私の心を締めつける。
それが苦しかった。
ひよりが何かを抱えているのに、私は何もできない。
ひよりの隣にいたいと言ったのに、ひよりは私に頼ってくれない。
その事実が、胸に鋭く刺さる。
温室の静けさが、逆に胸を締めつける。
葉の擦れる音も、遠くの鳥の声も、全部がやけに大きく聞こえる。
静けさの中で、自分の弱さだけが浮き彫りになっていくようだった。
私はスケッチブックを閉じ、深く息を吐いた。
吐き出した息が震えているのがわかる。
胸の奥が熱くて、苦しくて、どうしようもなかった。
そのとき、スマホが震えた。
画面を見ると、ひよりからのメッセージが届いていた。
ひより:ごめん、今日は一人で帰るから。先に帰ってて。
短いメッセージ。
そこにあるのは、距離だった。
ひよりの言葉は丁寧で、優しいはずなのに、どこか突き放されているように感じた。
私は返事を打てず、ただ画面を見つめた。
指が動かない。
返事をしたら、何かが壊れてしまいそうで怖かった。
――どうして、ひよりは一人で抱え込むんだろう。
問いが胸の奥で渦巻く。
わかっている。
ひよりは強い子だ。
誰かに頼るより、自分で解決しようとする。
弱いところを見せるのが苦手で、いつも笑ってごまかす。
でも、私は――。
ひよりの隣にいたいと言ったのに。
ひよりの弱さも、痛みも、全部受け止めたいと思ったのに。
ひよりは私に頼ってくれない。
その事実が、胸を深くえぐった。
「ひよりの隣にいたいって、言ったのに……」
声に出した途端、涙がこぼれた。
ぽたり、とスケッチブックの表紙に落ちる。
涙は止まらず、次々と溢れてくる。
温室の中で、私は一人で泣いた。
ひよりのことが好きだからこそ、苦しかった。
ひよりの痛みを分けてもらえないことが、こんなにも辛いなんて知らなかった。
夕陽が沈み、温室の中がゆっくりと暗くなっていく。
その暗さが、今の私の心と重なって見えた。




