第10話:雨の庭で、君を待つ
季節はゆっくりと移り変わり、梅雨が明けた。
しとしとと降り続いていた雨は姿を消し、代わりに夏の風が校庭を吹き抜けていく。
湿った空気の中にも、どこか乾いた夏の匂いが混ざり始めていた。
温室の植物たちも、雨の恵みをたっぷり吸い込んだのか、生き生きと葉を広げている。
光を受けて輝くその葉は、まるで新しい季節の訪れを喜んでいるようだった。
私は温室の前で、ひよりを待っていた。
胸の奥が少しだけ高鳴っている。
この場所でひよりを待つのは、何度目だろう。
でも今日は、特別な意味を持っていた。
――あの日と同じように。
雨の夜、ひよりが私の家まで走ってきてくれたあの日。
あのとき交わした言葉や、ひよりの震える声、温かい手の感触が、今でも胸の奥に残っている。
あの日から、私たちの関係は確かに変わった。
でも、変わったのは悪い意味ではなく、むしろ前よりずっと強く、深くなった。
やがて、遠くから足音が聞こえてくる。
振り向くと、ひよりが走ってくる姿が見えた。
夏の光を受けて髪が揺れ、額にはうっすら汗がにじんでいる。
息を弾ませながらも、ひよりは笑顔で手を振った。
「真白、お待たせ!」
「ううん。今来たところ」
本当は少し前から待っていたけれど、そんなことは言わない。
ひよりは嬉しそうに笑い、私の手を取ると、そのまま温室の中へと引っ張った。
温室の扉を開けると、湿った土と緑の匂いがふわりと広がる。
ガラス越しの光が植物の葉に反射し、温室全体が柔らかな光に包まれていた。
ここは、私たちが何度も心を落ち着けてきた場所。
泣いた日も、笑った日も、迷った日も、全部この温室が見守ってくれていた。
「ねえ、真白」
ひよりが立ち止まり、私の方を向く。
その表情は真剣で、でもどこか優しくて、胸が少しだけざわつく。
「これからもさ、いろんなことあると思うけど……それでも、私は真白の隣にいたい」
ひよりの声は静かで、でも揺らぎがなかった。
その言葉は、まっすぐに胸の奥へ届く。
ひよりがどれだけ私のことを大切に思ってくれているのか、痛いほど伝わってきた。
「……私も。ひよりの隣がいい」
言葉にした瞬間、ひよりの顔がぱっと明るくなった。
その笑顔は、夏の光よりも眩しくて、胸が温かくなる。
ひよりは嬉しそうに笑い、私の手をぎゅっと握った。
その手の温もりが、未来への不安をそっと溶かしていく。
雨の日も、晴れの日も。
不安な日も、笑える日も。
――きっと、二人なら乗り越えていける。
温室の中で、ひよりがそっと囁く。
「真白、好きだよ」
その声は優しくて、甘くて、胸の奥に静かに染み込んでいく。
「……私も、ひよりが好き」
その言葉は、雨上がりの光のように静かに、確かに胸に落ちた。
ひよりの瞳が嬉しそうに揺れ、私の手をさらに強く握る。
そして私たちは、手をつないだまま、未来へと歩き出した。
温室の扉を開けると、夏の風がふわりと吹き抜ける。
その風は、まるで「大丈夫だよ」と背中を押してくれているようだった。
これから先、どんな季節が来ても、どんな雨が降っても――
私はひよりと一緒に歩いていく。




