星空を知らない子どもたち
構想を数年前に考えておりましたが、いまこの時書かねば!と思い書き上げました。暑いですね、毎日……。
設定はドファンタジーでだと思います。科学が苦手だった奴が考えたので悪しからず。
校正をX(旧Twitter)のフォロワーまよゐさま(@mitori_uranai)にお願いしました。ご協力ありがとうございます。
他のフォロワーも協力ありがとうございます!
同じものを、X、ブルースカイ、ピクシブにも載せています。
「本日は十九時から深夜三時までの間、一時間三ミリの降雨となります。お出かけの方は雨具のご用意を忘れずにお願いします」
テレビから無機質な音声が流れる。
昼間は透明なドームに、夜は漆黒の大きなドームが空に覆われるようになって、早十五年。
猛暑、ゲリラ豪雨、巨大台風、豪雪などの異常気象が多発するようになってしまったため、都市の防災機能も追いつかない。多くの人命が失われ、作物の不作、家畜の大量死があった。
そこで考えられたのが、地上をすっぽりとドームで覆ってしまい、天候を管理することだった。政府肝いりの政策は数年間の試行錯誤を経て作成された。通称天候ドームと呼ばれるそれは、透明なガラスのような素材が空を覆い、気温、湿度、光の強さ、雨雪の量、風までも管理するようになった。作物は管理された天候の中で作られ、供給に合わせて出荷されるので、食料も物質も安定供給されるようになった。
さらに天候ドームが作られて数年後、日中は晴れ、夜に雨を降らせることとなった。おかげで天候を気にして立てられていた行事や予定も、気にすることがなくなった。学校の運動会、恋人同士のデート、あらゆる予定は天候に左右されることがない。天気予報は、もはや予報ではなく確定されたお知らせとなった。
「今日塾行くときに、ちゃんと傘持ってから行きなさいよ」
「んー……」
母のキッチンから響く声に、僕は生返事で答えた。言われなくても、塾の時は必ず雨が降るから、傘を持って行くのを忘れたことは一度もない。それでも母はたまにそう言うのだ、変なの、僕は母が言うたびに思うのだ。
登校中の空を見上げれば、白い雲が所々青い天幕に張り付いている。正確な時間に、正確な場所に位置するように設定された人工太陽は、今日も規則正しく動いているらしい。本日の気温は、日中二十五度で設定されていると、先ほどのテレビで聞いた。
汗をかきながら小学校までの道のりを歩く。どうせなら、年中快適な気温に設定してくれればいいのに、そう思う。しかし、何やら地域の生態系を守るためだとか、伝統を守るためだとか、何かよくわからないけれど、正確に四季は作られているそうだ。
おかげで、学校に着く頃には背中に汗をかいている状態となっている。そのことを父にぼやいた時には、父は「昔なんて、夏は暑くて外に出ないでくださいって警報が出ていたくらい暑かったんだぞ。今なんて外に出て遊べる位なんだからマシだろう」と、笑って一蹴されたことがある。
昔のことなんて知らないよ、と僕は思うのだ。父曰く、暑すぎてプールに入れないことがあったそうだが、暑すぎてプールに入れないというのは、なんだかよくわからない。兎に角まあ、昔は異常気象続きで、大変だったのだとか。大人たちは口をそろえて言うのだ。——ああ、気象ドームのおかげだ、と。
※
給食を終えた後の授業は理科で、お腹もいっぱいで眠くなるのに、あろうことか先生はカーテンを閉めて動画付きのスライドを見せた。動画からAIで作られた音声が解説をしていく。
「これは、夏の夜空の星の動きです。天の川を挟んで、夏の大三角と呼ばれる星々があります。これらはすべて一等星の星で、町中でも比較的よく見える星になります。星々を結んでできた星座を、昔の人々は考え、そして楽しんでいました……」
十五分ほどの動画が終わり、カーテンが一気に開かれた。何人かのクラスメイトがまどろみの中におり、眠そうな顔をあげていた。その中で、みのりが挙手し、立ち上がった。
「先生、私たちが直接星を見ることはできるのですか?」
先生は一瞬、きょとんとした顔をした。
「星は夜になったら見えるでしょう?」
「先生、夜はいつも雨です。気象ドームは、夜にいつも雨って決めているもん」
先生ははっとし、それから教科書で改めて星とは何か、というのから解説を始めた。そう、今年で教師になって三年目の先生は、思い至らなかったのだろう。僕らドーム世代と言われる年代の子どもたちは、コントロールされた気候しか知らないのだ。
「んねー。結局先生、星がどこで見れるか教えてくれなかったよねぇー」
みのりが伸びをしながら、僕に向かって話しかけてきた。外は雨、気温は二十度くらいに押さえられていて、昼間の暑さを感じなくなっていた。
塾の休憩時間になって、十三人だけの室内も、ざわざわとし始めた。僕の隣の席のあさひが身を乗り出してみのりに声をかける。
「今日の理科の授業の後から、ずっとその話しているよね」
「だって、星って真っ暗な中にキラキラとして見えるんでしょう? 絶対に綺麗に決まっているよ。見たいじゃん!」
うっとりとした表情を浮かべるみのりに、僕は笑いながら答えた。
「でも無理じゃん。見てよ、外。この天気」
そう言って、三人で窓の外を見た。ガラスに無数につく水滴。水滴はゆっくりと下に流れてゆき、水跡の轍をいくつも作っている。明け方まで降り続く雨は、僕らが眠っている間に上がっており、道に水たまり一つ残さないのだ。
はあ、と三人でため息をついた。
大人たちは言う。コントロールされた気候が、どれだけすごいか。どれだけ便利か。どれだけ気象ドームが苦労して作られたか。どれだけコントロールされる前の天候に大変な思いをしてきたか、と。だけれど、コントロールされた天候の中で、僕らは便利さと快適さを引き換えに、虹も、雷も、そして星も知らなかった。きっと、大人たちは大変な思いをしてきたのだろう。机の上に置かれた社会の教科書に書かれた歴史には、地形が変わるほどの災害と、人が戦い続けた記録がある。堤防を作り川の形を変え、レーダーで地震や豪雨の予想をし、そして気象ドームが作られた。ずっと昔から、人は暮らしのために天候と戦ってきたことが、歴史に刻まれていた。
※
「ねえねえ、見れるかもしれないよ、星!」
「え?」
次の日の朝、あさひが僕とみのりに駆け寄ってきた。
「パパに話したらね、パパの友達がなんか見せてくれるって」
「なんか見せてくれるって何?」
「なんか、とは……」
「星!」
ピカピカの笑顔を見せながら、あさひは話をする。なんでも、あさひのパパの友人のその知り合いとやらが、星を見せてくれるという話になったそうだ。あさひにもわからないが、パパの伝手で、どうにか本物の星を見ることができるのだという。
「お前のパパ、何者?」
「くせ者!」
「やめてやれよ、折角我が子のために見たいもの見せてくれるっていうのに……」
その日、僕は家に帰って早速両親にその話をした。三日後の土曜日に、あさひの家に行く許可をもらった僕らは、雨の降り出す前の夕方に、あさひの家に集合となった。
土曜日の夕方、傘を持って母と一緒にあさひの家に行くと、あさひのパパがファミリーカーを家の前に準備して待っていた。母はあさひパパに挨拶をしながら何かを手渡して、お互いにペコペコと話し始めた。車には、既にみのりが乗り込んでおり、あさひと一緒に話し込んでいた。
「見て、これ。星座の位置が分かる星座早見盤っていうんだって。おばあちゃんが持っていて、今日の話をしたらくれたの」
みのりが嬉しそうに見せてくれたものには、くるくると回る絵と、それを支える四角い紙。東西南北の位置が書かれているものだった。
「星ってそんな感じで見えるの?」
「わかんない」
「それを見に行くんだよ!」
みのりとあさひはもう待ちきれないと言わんばかりに、きゃっきゃと声をあげて、どんな風に星が見えるかと予想をしている。
ようやく、母と話し終えたあさひパパが車に乗ってきた。
「じゃ、雨が降る前に出発しようか」
そう言うと、車を発進させた。
雨が丁度降り出してきた頃に、あさひパパがファストフードのテイクアウトコーナーに寄り、ハンバーガーとポテトを買って、僕たちに配ってくれた。
「ねえパパ、パパって星を見たことあるんだよね」
あさひが運転中のあさひパパに声をかける。
「んーあるけど……パパも街の方に住んでいたから、見えても明るい星しか見たことないかなぁ」
「どういうこと?」
「ああ。星は街のような明るい場所だと、一等星くらいの明るい星とかしか見えないんだよ。都会の方だと、それも見え辛いんだよ」
だから、パパも空いっぱいの星は見たことがない、と続けた。
「星って、街だと見えないの? なんで? なんで?」
あさひが運転中のパパを質問攻めにする。最初は答えていたパパだったけれど、だんだんと面倒になって「うるさい! 運転できないだろ」と言ってあさひの質問攻めは終わった。
車はどんどんと山間部に向かっていく。立ち並ぶ家々はまばらになり、木々が増えてきた。お腹がいっぱいになって、車の揺れが心地よくなってしまい、うつらうつらとしてくる。僕だけでなく、はしゃいでいたみのりとあさひも同じだったようで、会話も減り、やがて寝息が聞こえてきた。
車の窓ガラスに走る水滴は、すれ違う車のヘッドライトを反射し、模様を描いていた。ざあざあと柔らかな音を立て、弱い雨は一晩中降り続く。車は更に山に向かっていき、傾斜のある道を上っていく。カーステレオから小さく聞こえる、聞いたことのない音楽と、車のエンジン音、雨の当たる音だけがしていた。
※
「着いたよ」
あさひパパに声をかけられ、いつの間にかぐっすり眠っていた僕は、一瞬どこにいるか分からなくなった。みのりも同様にきょろきょろと見渡し、ぽややんとしている。ちらりと車の時計を見ると、出発してから三時間以上が経っていた。
ふわふわとした思考の中、僕らは傘を差して車から降りると、柔和な雰囲気のおじさんが大きな建物の前に立っていた。
「先輩、お世話になります。すみません、無理言いまして」
「いやいや。事情を聞いたらね、いてもたってもいられなくなってしまったよ」
あさひパパが“先輩”と呼んだそのおじさんは、清潔な作業着に、眼鏡の奥に優しいまなざしが窺えた。目の横のしわが何本も入っていて、僕らの両親よりも年上だろうなということは分かった。
僕らがよくわからないまま、おじさんに「こんばんは、よろしくお願いします」と挨拶すると、おじさんも「よろしくお願いします」と返してくれた。
「さて、濡れるし中にどうぞ」
おじさんは、建物のガラス製の扉に手をかざすと、指紋認証されて自動で扉が開いた。
建物に入ると、真ん中に大きな螺旋階段がそびえていた。螺旋階段の周りに廊下があり部屋が丸く設置されている。螺旋階段を見上げると、螺旋階段の途中から所々枝のように通路が延びて、上の階にある部屋につながっている。
「さて。この施設について説明しましょう。私はこの『自然気象観測及び人工気象制御装置第六研究所』の副所長、浦井と申します。どうぞよろしくお願いします」
浦井さんが副所長をしているこの施設は、気象ドームの制御をしているところなのだそう。全国にいくつかある気象ドームの制御施設の一つで、主に僕たちの住んでいる地域の天候制御をしている。僕らは、施設の一室を借りて、施設について説明を聞くことになった。八角形の変わった形をした部屋に入ると、僕たちに説明をするための資料が置かれていた。席に座って、浦井さんがホワイトボードの前に立って説明を始めた。
「その日の天候をどのように決定するかは、過去の気象記録、それから現在の、コントロールする前の気象を元に決められているます」
「元の、天候があるんですか?」
「はい、あります。君たちが気象ドームと呼んでいる外側に、元の自然は存在しています。我々は、元の気象下でも生物が生存していける環境になるようにも研究をしています」
「元の気象って、今はどうなっていますか?」
「残念ながら、私たち人間が普通に生きていくにはなかなか過酷な環境が続いています。もちろん、他の動植物にとっても適応しづらい環境であることは間違いないでしょう」
浦井さんは、僕らの質問にも丁寧に返答をしてくれた。ちらりとあさひパパを見ると、後ろの方の椅子に座り、聞きながら頷いていた。
「あの、ここの施設は星も観測しているのですか?」
「いいえ、実は、星は観測していないのですよ」
「え?」
みのりの質問に、僕らは目を丸くした。だって、今夜は星を見に来たのに。僕らが気まずくなって目配せをしていると、浦井さんはいたずらっこみたいに笑った。
「星の観測を専門としている施設は別にあります。星の動き、未知の星の発見、宇宙の探求、そのような施設は別にあり、当施設はあくまで気象全般の観測とドームの制御を行っています。しかし、気象制御、自然気象の観測においては、ドームの外に出て行く必要があるのです。なので、今日はドームの外に出て、皆さんが見たことがないという、本物の星空をお見せしましょう」
にっこりと笑う浦井さんに、みのりはひときわ顔を輝かせて笑っていた。僕も、つい興奮が収まらず、少しずつドキドキしてきた。
「では、お待ちかねのようですので、ドームの外に出てみましょう」
そう言うと、浦井さんは何人かの職員を呼んだ。職員が持ってきた段ボールには、空調服と、手袋、その他諸々が入っていた。身につけると、全身がひんやりして身震いがする。みのりとあさひの方を見ると、二人も装備品をぶくぶくと着込んでいて、思わず指を指して笑ってしまった。あさひパパがこっそりと僕らの写真を撮っていたので、きっと後であさひに怒られるのだろうなと思った。
浦井さんも、あさひパパも同様に防護服と呼ばれる服を着込んで、同じ服装のまま、エレベーターで最上階に向かう。
「いやあ、子どもたちが星を見たことがないと言われたときは、衝撃でしたね」
浦井さんが、あさひパパに話をしている。
「ええ、子どもからその話を聞いたときは驚きましたよ。そっか、星も知らないのかって。虹の話はまま聞くことがったのですが……」
「私たちが気象ドームを開発して、管理して、世間様にありがたがられているものだと思い込んでいましたが、それも私たちのエゴだったんだと気づかされましたよ」
「私たち世代の、ですね。便利になった、命を脅かされることがなくなったと喜んでいたら、これです」
「子どもたちから自然現象に触れる機会を奪っていたとは、皮肉ですね。私たちには、やはり過ぎたものだったのだと思えてなりません」
何かを含んだような浦井さんとあさひパパの会話は、なんだか難しくてよく分からなかった。
僕らは学校の授業で初めて星を知って、初めて知らなかったことに気がついた。僕らの世代が何を奪われていたとしても、知らなければきっと気がつかないままだったのだろう。
多分、大人たちは自分たちが、そして下の世代が幸せに生きていけるように考えてくれているのだと思う。それは、両親の会話からも伝わってくることがある。大人たちが大変な思いをしていたのは分かるし、僕たちに感じさせないようにとしているのも分かる。だから僕は、僕らの世代が失ったものを見ないようにしていたんだと思うのだ。
エレベーターが最上階に着くと、更に螺旋階段の続きが建物の上に伸びている。下をのぞくと、くらりとする高さだった。
「さて、まだ上りますよ」
浦井さんが先頭を歩き、一人通れるか位の幅になっている螺旋階段を上る。みのり、あさひ、僕、あさひパパ、そして施設職員一人が、順番に階段を上った。階段の一番上に、重い鋼鉄の扉がある。浦井さんが指紋認証し、パスワードを入力する。ドアに手をかけ、浦井さんが振り返った。
「風が強いですから、掴まってください」
浦井さんの言葉に、僕たちは手すりに掴まった。ゆっくりと扉が大きく開いてくると同時に、扉の外へ体が押し出されるようにな強風が背中から吹く。僕は思わず目を瞑った。完全に扉が開くと、ごおんと音がした。
「さあ、どうぞ」
浦井さんは外に出ると、僕らを手招きした。ドキドキしながら足元にある扉の敷居を跨ぐと、僕は顔を上げた。
「わ、あ……」
真っ黒な幕に、白や時々赤色、金色の粒がたくさん広がっている。よくよく見れば青色のもある。見渡すばかりに、大小様々な粒が全部光っていた。大きさは違えど、どれも力強く光っている、けれど同時に儚さも感じ取れる。塊もあれば、離れているのもある。不思議な光景だった。現実とは思えない、もしかしたらまだ車の中で眠っているのかもしれない、そう思ってしまう。
気象ドームが目下にあり、砂粒は気象ドームの端まで広がっている。上の方を見上げれば、うっすらと雲が浮かんでいる。雲がある部分は、どうやら砂粒が見えなくなるようだ。
言葉が出ない風景とは、こういうのを言うのだろう。目の前の風景に、僕は目が離せなかった。下から上、全部が光る砂粒だらけだ。
「これがドームの外側、ドームの外の気象となっています。今は夜なので、防護服を着てなんとか外に出ることができる気温、湿度となっています」
職員が気温三十五度、湿度七十八パーセントです、と言った。防護服の中に風が循環しているが、体験したことのない湿度が体に絡んできている。
みのりが駆け出し、手すりの傍まで行った。
「あの砂粒みたいなのが、全部星ですか?」
「ええ、そうですよ」
みのりは、ただ声も上げず、空を見たまま微動だにしなかった。辛うじて「綺麗……」と小さく呟いた声が耳に届いた。
「あの、あの真っ白な塊も、あれも星?」
「あれですね、あれは天の川です。あれも、星の集まりですよ」
「こぼれた牛乳みたい……」
「そうですね、海外ではミルキーウェイとも呼ばれているので、その表現はあながち間違いはないですね」
浦井さんはあさひの言葉に笑いながら言った。
「星座ってどれなんですか?」
ようやく動き出したみのりが、星座早見表を見せて、浦井さんに話しかけた。
「ああ、星座早見表ですか。私たちの頃はアプリの早見表があったので、これはもうなくなっていたと思ったのですが……」
後ろに控えていた職員がみのりの手元をのぞき込んで言った。「星が見えなくなったので、アプリもなくなってしまったのでしょうね……」そう言う浦井さんは、どこか寂しそうに見えた。
職員が、小型のレーザーを取り出した。空にかざすと、光っていた星を指さした。
「これが、わし座のアルタイル、こと座のベガ、はくちょう座のデネブ……これら三つで、夏の大三角です」
「授業で習ったやつだ!」
職員の方による、星座の解説が始まった。みのりは、星座早見表と見比べながら、真剣に話を聞いている。ぐるっと建物を回るように東西南北の空を見て回った。
「あれが、北極星。古来旅人の目印となっていた星です」
「ひしゃく型ってどの星ですか?」
「これと、これと……」
レーザーで星を指しながら、こぐま座を示していく。
「昔の人は、こんな星空をいつでも見れたんですね……」
僕がそう言うと、浦井さんは苦笑しながら言った。
「私たちが子どもの頃も、ここまでの星を見ることは中々なかったですよ。街の明かりがあまりにも明るすぎてね。あと雲や月があると、明るい星も見えないことがありました」
「じゃあ、いつもで見えるわけじゃなかったんですね」
「ええそうです。……私はね、大昔の人々がこうやって星座を語り継いでいたということは、大昔の人もきっと星が好きだったんだろうなと思います」
「僕も、星が好きになりました」
こんなに広がる空を、星々を、たくさん見ることができて。どういったらいいかわからないけれど、胸がいっぱいだった。空を埋めるほどの光一粒一粒が、なんだかわからないけれど、愛おしいと思う。
「僕、本物の星が見れて、本当に良かった……」
「そうですか……。だったら、私たちが君たちのためと言いながら、空を奪ってしまったのは、よくなかったのかもしれませんね」
浦井さんがそう言うので、僕は横の浦井さんの顔を見上げた。眼鏡の奥にある瞳は、暗くてよく見えないけれど、さっき感じた優しさの他に、寂しい気持ちがあるような気がした。
「あの……僕の両親や、大人たちは、気象現象でとても大変な目にあってきたと聞いています。大雨の洪水や、豪雪、それで人がたくさん亡くなって、作物も採れなくなったって。だから気象ドームはすごいんだって」
「ええ、今の大人はそう言いますね」
「だから、僕たちはとってもいい時代に生まれたって、父さんはよく言っているんだけれど。僕にはそれがあんまりピンと来ていなかったんです」
「まあ、そうでしょうね」
「浦井さんたちは、さっき僕らから奪ったっていうけれど、多分浦井さんたちも気象現象でたくさん奪われたから、気象ドームをつくったんだろうなって、僕は思うんです」
「……」
「だから、だからね、浦井さん。僕は、今度は……また気象が僕らの味方になってくれるようにしたらいいかなって、思うんです。そしたら、また皆でこんな星空が見えるでしょう?」
僕が言い終わると、浦井さんはゆっくりとしゃがんで、僕に目線を合わせてくれた。目尻のしわが、深くなって、浦井さんが笑っているのが分かった。
「ええ、ええ。君の言うとおりです。またたくさんの人が星空を、本物の青空を見ることができるように。君たちに、それをお願いできますか」
浦井さんの言葉に、僕は深く頷いた。
気象ドームの外には、宝石箱をひっくり返したような空があった。誰にも盗られることがない星屑の宝石があることを、ドームの下で生まれ育った子どもたちは知らない。僕は、この溢れる宝石の空を僕の子どもたちに見せてあげたい、未来の子どもたちに星空を返してあげたい。そう思った。