ぬけがら
少し残酷な表現があります。
最近いつも同じ夢を見る。
水の中で泳いでいる。頭上にきらきらと揺れる水面。
その向こうに、いつか行ける気がしていた。
そして夢の続きを思い出すたび、自分がその“向こう”と地続きにある気がしていた。
「なんだか人魚姫みたいで素敵じゃない?」
「じゃあバッドエンド確定じゃん」
友人の冷めた言葉に私は顔をしかめた。
「まあ確かに彼氏は居ないけど」
「あんたにもいつか春がくるよ、もうすぐ夏だけどね」
「彼氏と会う前はいつもそわそわしてるくせに、今日はやけに余裕あるじゃん」
「最近、彼氏がちょっと変でさ……なんか私まで引きずられそうだから、落ちついてみようかなって」
「ふーん、あんたがそんなこと言うなんて」
「そりゃあね。付き合ってますから」
「……ふーん、いいね」
そろそろ行かなきゃと立ち上がる友人の少し頰を赤らめたその表情はくやしいけど可愛い。
去っていく背中を見つめながらも私はまた夢のことを考えていた。
実はまだ夢には続きがあった。
泳ぎたい、水に触れたい、と水辺を探して歩く。
見つけた場所は、キラキラ輝く水面が綺麗で、私はそこに一歩ずつ進んでいく。
その夢に感化されたのか、夏が近づいているせいか、早く泳ぎたくてしょうがない。
「海の夢は、恋愛運が上がってるっていうし……出会いとか期待しちゃうよね」
夏への期待を込めた独り言をつぶやき、私は微笑んだ。
翌日。
その名前を聞いた瞬間、私は呼吸を忘れた。
友人が死んだのだという。
詳しい状況は教えてもらえなかったが、友人とその彼氏は手をつないで自ら命を絶ったのだという。
信じられなかった。昨日幸せそうに頬を赤らめて彼氏に会いに行った彼女がそんなことをするなんて。
なんとか聞き出した二人の最期の様子は、まるでぬけがらのようだったという。
命を絶つほど思い悩み、それほど憔悴しきっていたのだろうか。
「相談、してくれればよかったのに……」
私は胸が詰まるような、何かが満ちるような形容しがたい感覚に胸を押さえる。
時間は夕方の少し前。
悲しみと悔しさと疑問でぐちゃぐちゃになった私の感情は、ある衝動に満たされる。
輝く水面、いつか友人とみた夕焼けに照らされる湖の景色。
どうしてもそこへ行きたくなった私は足を速める。
暗くなる前のひととき、湖がオレンジに染まるあの光景が呼んでいる気がした。
息を切らしながらたどり着いた時には既に夕焼けが辺りを満たしていた。
私は見えない手に惹かれるように、水面へと近づく。
その時ふと会話が聞こえた。
「昨日、ここに……」
「ああ、いやねえ……気味が悪かったわ」
その会話は潜めるような声でよく聞こえなかったが、私には何故かそれが友人とその彼氏の話なのだ、と確信した。
そう思うともう足は止まらなかった。
水が呼んでいる、その向こうには友人とその恋人が。
そして足に水が触れるにつれて、悦びが満ちていく。
それほど満たされるような感覚は、生まれて初めてのことだった。
夢の中で泳いだあの感覚よりも、さらに鮮烈で抗いがたい。
友人たちもこれに抗えなかったのだろうか。
さらに足を進めようとした時だった。
「痛、い……?」
ズズ……と、おなかの奥が蠢く。
内臓のひとつひとつがひっかき回され、何かがねじれながら這い出そうとしている。
喉までせり上がってくる異物感。口の奥で、細長く、ぬめったものがざわざわと蠢く。
血の味と、粘液の臭い。
私の体の中が、もはや「私」でなくなっていく。
ズルリ、と何かが自分の内側から這い出ていく。
内臓の隙間を通り抜け、喉を逆流し、体の奥から長く細く、黒い影が滲み出る。
それは痛みではなく、むしろ甘美だった。
ちぎれそうなほどに引き延ばされた神経が、ひとつ、またひとつと外れていく感覚。
痛みも重さも、世界の輪郭さえも薄れていき、私はただ、溶けていく。
意識が、すうっと身体の外ににじみ出た。
視界は高く、澄んでいた。
横たわる自分の身体。
水に濡れた体、空ろな瞳、足が少しだけぴくりと痙攣して止まる。
それを見た瞬間、理解が降ってきた。
友人たちの最期も、語られた二人の様子も。
「ああ、そうか……」
私は恍惚とした笑みを浮かべた。
「ぬけがら……」
言葉は風に溶け、水に沈み、やがて何も残らなくなった。
でもその瞬間だけは、確かに、私はすべてを知っていた。
誰が、私の中に棲んでいたのかを。
「あら、またカマキリが死んでるわ」
「この季節は多いわね〜テレビで見たんだけど、ハリガネムシが体に寄生してるとこうやって水辺にくるんだって」
ハリガネムシに寄生されると生殖機能失うからオスをぱくーはまたいつか。