第6話 戦士たちの前で
巨大な火の玉が城壁に激突する音が響いた。バルコニーから見える城の一部が炎に包まれている。
「こっちだ!」カイルバーンが私の手を取った。「安全な場所へ行こう」
彼に導かれるまま走る。廊下では竜族たちが慌しく行き交い、兵士たちが武器を手に突進していく。
「攻撃は小規模だ」走りながらカイルバーンが言った。「おそらく偵察隊。噂を確かめに来たのだろう」
大広間に到着すると、そこには既にリューンと側近たちが集まっていた。
「やはり人間どもは歌姫を奪おうとしている」リューンが唇を歪めた。「情報が漏れたのは、弟のせいだろうな」
「それより対策を」カイルバーンは冷静に言った。
リューンは私に鋭い視線を向けた。
「対策はある。歌姫に力を見せてもらおう。今すぐに」
カイルバーンが抗議しようとした時、セレナが静かに部屋に入ってきた。
「時は来た」彼女は私を見つめた。「戦士たちの前で歌う時だ」
私は混乱していた。外では攻撃が続いているのに、何故今?
「その力は竜族の戦士たちを鼓舞するだろう」セレナは穏やかに説明した。「そして、人間たちにも神の歌姫の存在を知らしめる」
リューンが鼻で笑った。
「もし、本物ならばな」
***
中央広場は松明の光で照らされ、何百もの竜族戦士たちが集まっていた。彼らは皆、鎧を身につけ、緊張した面持ちで私を見つめている。
空からは遠くの炎の光が見え、時折遠雷のような音が聞こえた。攻撃はまだ続いているようだった。
セレナに導かれ、私は高台に立った。カイルバーンは私のすぐ後ろに控えている。心強い存在だった。
「竜族の戦士たち」リューンの声が広場に響き渡った。「人間どもが我らの聖域を汚す今夜、神の歌姫が現れたと言われる。彼女の力が本物なら、我らの勝利を確かなものにするだろう」
彼は私に挑戦的な視線を送った。
「さあ、歌え。心を一つにする神の力を見せよ」
広場は静まり返った。何百もの目が私に注がれている。膝が震え、息が詰まる思いだった。
「できない」私は小さく呟いた。「こんな大勢の前では...」
「信じて」カイルバーンが私の肩に手を置いた。「あなたの歌は特別だ」
彼の温かな手の感触に、少し勇気が湧いた。でも何を歌えばいいのだろう。演歌が通じるのか。彼らの言葉で歌えるのか。
ふと、父が教えてくれた曲を思い出した。「不死鳥の舞」。絶望の中から立ち上がる強さを歌ったもの。
深呼吸をして、私は歌い始めた。
最初は震える声だった。戦士たちの冷ややかな表情に怯む。しかし、歌い進めるうちに、次第に自分の声が広場を満たしていくのを感じた。
歌詞は日本語だが、不思議と竜族にも伝わっているようだった。彼らの厳しい表情が、少しずつ和らいでいく。
二番に入ると、また例の青白い光が私の体から溢れ始めた。今度は手だけでなく、全身から発せられる光。その光が広場中に広がり、竜族たちを包み込んでいく。
歌に込めたのは、失意から立ち上がる力。演歌歌手として失敗し、婚約者に裏切られ、それでも生きている私自身の物語。死を望んだのに、ここで新たな力を見出した皮肉。
気づけば、竜族戦士たちの瞳にも光が宿り始めていた。彼らの体からも微かな光が発せられ、私の光と共鳴するように。まるで一つの生命体のように、広場全体が呼吸し始めた。
歌い終えると、一瞬の沈黙。
そして、轟くような歓声が上がった。
「神の歌姫!」
「我らと共にあれ!」
「勝利をもたらす者!」
戦士たちが武器を掲げ、熱狂している。彼らの目には新たな力と希望が宿っていた。
リューンは目を見開いていた。予想外の反応に言葉を失ったようだ。
「すごい...」カイルバーンが私の耳元で囁いた。「あなたは本当に彼らの心を一つにした」
私自身、何が起きたのか理解できなかった。ただ歌っただけなのに、こんな反応を引き起こすなんて。
セレナが私に近づき、静かに言った。
「これが神の歌姫の力。歌に宿る魂の力が、聴く者の心に直接響くのです」
リューンが不満そうな表情で近づいた。
「認めよう。お前には力がある」彼は渋々言った。「だが、それが人間のためか、竜族のためか...それはまだわからん」
彼が立ち去ると、戦士たちが次々と私に敬意を表しに来た。彼らの真摯な表情に、圧倒される思いだった。
「リン」カイルバーンが私の手を取った。「あなたは今夜、竜族の希望になった」
その言葉に、不思議な感覚が胸を満たした。日本では誰の心にも届かなかった私の歌が、ここでは人々を動かす力を持っている。
その夜、攻撃は収まった。私の歌によって鼓舞された竜族戦士たちが、人間の偵察隊を撃退したという。
***
部屋に戻ると、ヴェインが勝手に入ってきた。彼の目は輝いていた。
「リン様、すごかった!」彼は興奮した様子で言った。「城中の誰もが話しています。あなたこそ本物の神の歌姫だと!」
疲れていたが、彼の純粋な喜びに微笑まずにはいられなかった。
「ありがとう、ヴェイン。でも本当に私なのかな...」
「間違いありません!」彼は力強く頷いた。「セレナ様も言っていました。あなたの歌には特別な力があると」
彼は少し声を落として続けた。
「実は...私はずっと歌姫の伝説を信じていたんです。半竜人の私は純血竜族からいじめられてきましたが、歌姫の伝説だけが希望でした」
「半竜人...?」
「私の母は人間でした」彼は少し悲しげに言った。「だから竜族と人間が争いをやめる日を夢見ているんです」
彼の言葉に、心が揺さぶられた。ここにも傷ついた魂がいる。私の歌が彼にとって希望になるなら...それは意味のあることかもしれない。
「ヴェイン、ありがとう」私は真剣に言った。「あなたの信頼に応えられるよう、精一杯努力するわ」
彼が嬉しそうに笑った時、突然扉が開き、衛兵が入ってきた。
「緊急の知らせです。人間の王国から使者が参りました」
「使者?」ヴェインが驚いた様子で言った。
「はい。人間の女騎士団長、エマ・グレイスという者です」衛兵は緊張した面持ちで続けた。「そして彼女は...神の歌姫を返せと要求しています」
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