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第5話 歌姫の証明

王宮の中を歩きながら、私はまだ起きた出来事を理解できずにいた。私の歌が実際に大王の病を和らげたなんて。それに、この「神の歌姫」という立場。


カイルバーンは私を宮殿の東翼へと案内していた。


「ここがあなたの部屋だ」


彼が扉を開くと、豪華な調度品で飾られた広い部屋が現れた。大きなベッド、バルコニー、壁には不思議な模様の織物。すべてが異世界らしい美しさだった。


「こんな素敵な部屋、私には...」


「神の歌姫にふさわしい場所だよ」カイルバーンは微笑んだ。


私は窓際に歩み寄り、外の景色を眺めた。炎翼城は山の頂に建っており、ここからは雲海と遥か彼方まで広がる風景が見渡せた。


「信じられない」私は呟いた。「昨日まで失業して、婚約破棄されて、死のうとしていたのに」


カイルバーンの表情が曇った。


「あなたの世界での話を、もう少し聞かせてもらえないか」


ためらいながらも、私は自分の話をした。演歌一家に生まれ、期待を背負って育ち、しかし時代に合わない歌手として消え行く運命。そして婚約者の裏切り。話しながら、まるで別人の人生を語っているような不思議な感覚があった。


カイルバーンは静かに聞いていた。


「あなたが自分の価値を見いだせないのは、間違った場所にいたからかもしれない」彼は真剣な眼差しで言った。「ここでは、あなたの歌に命を救う力がある」


彼の言葉は慰めのようでありながら、責任の重さをも感じさせた。


「でも、私はただの...」


ノックの音が会話を中断させた。扉が開き、数人の侍女が入ってきた。彼女たちも竜族なのか、肌に微かな鱗の模様が見えた。


「歌姫様」先頭の女性が頭を下げた。「お着替えと食事をご用意しました」


「お願いだから、リンと呼んで」


侍女たちは困惑した表情を交わした。


「人間界の服では目立ちすぎる」カイルバーンが説明した。「まずは身なりを整えて、それから城内を案内しよう」


侍女たちに任せ、彼は部屋を出た。


***


竜族の女性用衣装は、想像していたよりもずっと美しかった。青と銀を基調とした長いドレスのような衣装で、袖と裾には炎を思わせる模様が刺繍されていた。侍女たちが髪を編み、額に小さな青い宝石をつけてくれた。


鏡に映る自分が、まるで別人のように見えた。まるで本当に「神の歌姫」のように。


食事を終え、身支度が整うと、カイルバーンが迎えに来た。彼は私の姿を見て、一瞬言葉を失ったように見えた。


「どう...?変じゃない?」私は恥ずかしげに尋ねた。


「美しい」彼は率直に言った。「竜族の衣装が、こんなに似合う人間は見たことがない」


その言葉に頬が熱くなった。彼の率直さは、異世界の王子らしからぬものだった。


城内を案内してもらう間、私は多くの竜族と出会った。彼らの反応は様々だった。敬意を示す者、好奇心いっぱいの目で見る者、そして明らかな敵意を隠さない者もいた。


「あの娘は誰?」私は小声で尋ねた。特に敵意のこもった視線を向けてきた美しい女性について。


「ヴェロニカだ」カイルバーンは小さく溜息をついた。「竜族の貴族の娘で...私との政略結婚が決まっていた」


「え?婚約者なの?」


「正式な婚約ではない。家同士の話だ」彼は眉をひそめた。「だが今は、それどころではない」


私たちが大広間を通り過ぎようとしたとき、リューンが側近たちと会話しているのが見えた。彼は私たちに気づくと、会話を中断し、近づいてきた。


「父上の様子はどうだ?」カイルバーンが尋ねた。


「再び眠りについた」リューンの声は冷たかった。「歌姫の力は一時的なようだな」


私の心に不安が広がる。本当に治せなかったのだろうか。


「セレナ様が言うには、彼女の力はまだ目覚めたばかりだという」カイルバーンが私を守るように言った。


リューンは鼻で笑った。


「まあいい。明日、お前の歌姫に本当の試練を与えよう」


「どういう意味だ?」


「戦士たちの前で歌ってもらう。もし本物なら、彼らの心も動かせるはずだ」リューンの目には挑戦的な光があった。「それができなければ、人間に過ぎないと証明される」


カイルバーンは抗議しようとしたが、リューンは既に立ち去っていた。


「心配しないで」彼は私に向き直った。「無理強いはさせない。僕が——」


その時、何かが私たちの足元に向かって走ってきた。振り向くと、小柄な少年が廊下を駆けてきて、突然止まった。


彼は人間のようだったが、よく見ると額と手に竜の鱗があった。16歳くらいだろうか。緑がかった髪と琥珀色の瞳が印象的な少年だ。


「カイルバーン様!」彼は息を切らせていた。「本当だったんですね!神の歌姫が来られたって!」


カイルバーンは少し表情を和らげた。


「ヴェイン、こちらはリン。リン、こちらはヴェイン、私の従者だ」


ヴェインは興奮した表情で私を見上げた。


「歌姫様!あなたの噂はもう城中に広まっています!大王様の病を癒したって!」彼は頭を深く下げた。「どうか私をお役に立てさせてください!」


その純粋な熱意に、思わず笑みがこぼれた。


「ありがとう、ヴェイン。でも歌姫様なんて呼ばないで。私はただのリンでいいの」


「まさか!あなたは伝説の方なのに!」


カイルバーンが咳払いをした。


「ヴェイン、リンは休息が必要だ。明日は...試練がある」


少年の表情が曇った。


「リューン王子の命令ですか?」彼は小さく唇を噛んだ。「彼は...すみません」


彼は何か言いかけて、自分を抑えたようだった。


「私には王族の批判はできません。でも...」ヴェインは私に真剣な眼差しを向けた。「明日、あなたならできます。きっと」


彼の信頼に、重圧と同時に不思議な力をもらった気がした。


***


夜、バルコニーで星を眺めていると、カイルバーンが訪ねてきた。


「眠れないのか?」


「ええ...明日のことを考えると」


彼は隣に立ち、夜空を見上げた。


「この世界の星座は知らないでしょう?」彼は指差した。「あれは『歌姫の冠』という星座だ。神の歌姫が最後に現れた時に輝いたという」


私は星々の配置を見つめた。確かに冠のように見える。


「カイルバーン...本当に私がその伝説の人なの?」


彼は私を真剣な眼差しで見つめた。


「あなたが何者であれ、あなたの歌には力がある。それだけは確かだ」


「でも...もし明日、失敗したら」


「失敗しても、僕はあなたを守る」彼の言葉には決意が満ちていた。


夜風に髪が揺れる中、彼の言葉は心に染みた。この異世界で唯一の味方。本当の自分を見てくれる人。


「ありがとう」私は小さく呟いた。


カイルバーンはふと、私の手に触れた。彼の手は温かく、安心感を与えてくれた。


「明日は心を開いて歌えばいい。あなたの魂の声を」


彼の金色の瞳に映る星明かりが、まるで希望の光のように感じられた。


「でも...もし私が本当に神の歌姫だったとして、それはどういう意味を持つの?」


カイルバーンの表情が一瞬、陰った。


「それは...」


突然、空に光が走った。しかし雷ではない。巨大な火の玉が城の方向へ飛んでいく。


「警報だ!」カイルバーンが身構えた。


城内から警鐘が鳴り響き、竜族たちが飛び立つ音が聞こえた。


「何が起きてるの?」私は恐怖に震えた。


「人間の攻撃だ」カイルバーンの声が暗く沈んだ。「そして、神の歌姫が来たという知らせが、既に人間側にも届いたようだ」

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