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第4話 王族との対面

「裏切り者」


周囲から低いうめき声が漏れ、竜族たちが緊張した表情でこちらを見つめている。赤い瞳の男はカイルバーンの兄——リューンだろう。


カイルバーンは毅然と兄に向き合った。


「我が名を汚すのはやめろ、リューン。私は裏切り者ではない」


「人間どもと密談していたのを偵察隊が目撃したぞ」リューンの声は怒りに満ちていた。「奴らに我が国の秘密を流していたのではないか?」


「和平の道を探っていただけだ」カイルバーンは冷静に返した。「このままでは両国とも滅びるだけだ」


リューンは鼻で笑い、私に視線を移した。


「そして今度は、アルデミアの間者を城内に持ち込むか」


私は怯んだが、カイルバーンは私の前に立ちはだかった。


「彼女は間者ではない。神の歌姫だ」


その言葉に広場全体がざわめいた。リューンの目が驚きで見開かれる。


「神の歌姫?笑わせるな。千年も現れなかった存在が、今になって?」


「この目で見た」カイルバーンの声は力強かった。「彼女の歌は私の致命傷を癒した。青い光と共に」


リューンは私を疑わしげに見つめた。私は彼の鋭い眼差しに足がすくむ思いだった。


「証明してみろ」


「今すぐには無理だ」カイルバーンが言う。「彼女はまだ自分の力を理解していない。異世界から来たばかりなのだ」


「異世界?」リューンは眉をひそめた。「都合のいい話ばかりだな」


側近らしき竜族が彼に近づき、耳打ちした。リューンは顔色を変え、しばらく考えてから言った。


「父上の病状が悪化している。医術師たちの手にも負えない」


カイルバーンの表情が曇った。


「ならば彼女の力を試す機会だ」彼は私を見た。「リン、王の病を癒すことができるだろうか」


突然の申し出に、私は戸惑った。


「私にできるかわからない...さっきのは偶然かもしれない」


リューンは冷笑した。


「予想通り。ただの詐欺師か」


カイルバーンが怒りを抑えた表情で言い返そうとした時、新たな声が響いた。


「試させてみてはどうです」


群衆が道を開き、一人の白髪の女性が現れた。彼女は優雅な歩みで私たちに近づいた。長い白い衣装を纏い、首には青い宝石の首飾りをつけている。老齢ながらも威厳と神秘が漂っていた。


「セレナ様」リューンは敬意を込めて頭を下げた。


セレナと呼ばれた女性は私の顔をじっと見つめた。その眼差しには驚きと何か懐かしさのようなものが混じっていた。


「彼女の瞳に見覚えがある」セレナはゆっくりと言った。「もし本当に神の歌姫なら、ドラン大王の病に効果があるかもしれない」


リューンは不満そうだったが、セレナの言葉には従うしかないようだった。


「よかろう。だが、効果がなければ即刻追放だ」


カイルバーンは私に向き直った。瞳には心配と励ましが見えた。


「力を信じて」彼は小さく囁いた。


塔へと続く階段を上っていく間、私の心は不安で押しつぶされそうだった。本当に私にできるのだろうか。カイルバーンの傷を癒したのは偶然にすぎない。それとも...


「怖がることはない」


後ろからセレナの穏やかな声がした。彼女は私に追いつき、並んで歩いた。


「あなたが来ることは予言されていたのよ」


「予言...?」


「千年前から伝わる言葉。『世界が闇に包まれる時、二つの魂を持つ歌姫が光をもたらす』」


私は困惑した。


「二つの魂...?」


セレナは微笑むだけで、それ以上は説明しなかった。


やがて私たちは巨大な扉の前に立った。衛兵が敬礼し、扉を開ける。中に入ると、豪華な調度品に囲まれた寝室が広がっていた。中央のベッドには、一人の老人が横たわっていた。


ドラン大王は予想よりも衰弱していた。かつては強健だったろう体は今やすっかり痩せ、灰色の肌には青い筋が浮き出ている。時折、痛みに顔をゆがめていた。


リューンが父親に近づき、耳元で何かを囁いた。大王はゆっくりと目を開き、私たちの方を向いた。


「これが...カイルバーンが連れてきた者か」


かすれた声だったが、なお威厳を感じさせた。


「はい、父上」カイルバーンが一歩前に出て言った。「彼女はリン。神の歌姫の力を持つ者です」


「近くに...」大王は手を伸ばした。


私はおずおずとベッドに近づき、膝をついた。大王の目は曇っていたが、私をじっと見つめていた。


「歌ってくれるか...?」


喉が乾く。こんな状況で何を歌えばいいのだろう。部屋中の視線が私に注がれている。リューンの冷笑、カイルバーンの期待、セレナの穏やかな微笑み。


「歌えば...私たちは逃げられる」


カイルバーンの囁きが耳に入った。私が振り返ると、彼は小さく頷いた。


「見せてやれ。あなたの力を」


その時、ふと脳裏に浮かんだのは、祖父が好きだった古い演歌だった。「故郷の空」。遠く離れた故郷を思う旅人の歌。


深呼吸をして、私は歌い始めた。


最初は震える声だった。しかし、歌い進めるうちに、心の中に温かさが広がっていく。日本で歌っていた時には感じなかった感覚。まるで体の中から光が溢れ出すような。


気がつくと、私の手が青白く光り始めていた。部屋中のざわめきも、リューンの驚きの声も、もう聞こえない。ただ歌に集中した。


光は私の手からドラン大王の体へと流れていく。彼の苦しげな表情がゆっくりと和らいでいくのが見えた。


歌い終えると、部屋は静寂に包まれた。


ドラン大王がゆっくりと上体を起こした。


「この暖かさは...」彼は自分の手を見つめた。「五十年前に感じて以来だ」


リューンが驚きの声を上げた。


「父上!」


大王の顔色は良くなり、目にも力が戻っていた。彼は私をじっと見つめ、言った。


「お前は本物だ。神の歌姫...」


その言葉に、部屋中が沸き立った。セレナは満足げに微笑み、カイルバーンは安堵の表情を見せた。


リューンだけが、まだ疑いの目を向けていた。


「一時的な回復に過ぎないかもしれん」


「それでも、彼女の力は本物だ」大王は断固として言った。「彼女はここに滞在する。カイルバーン、彼女の世話を任せる」


カイルバーンは深く頭を下げた。


「承知しました」


部屋を出る時、リューンが私の横を通り過ぎざまに低い声で言った。


「歌姫であろうとなかろうと、お前が人間なのは変わらない。ここは人間の居場所ではないぞ」


その言葉に震える私の肩を、カイルバーンが優しく抱いた。


「心配するな。僕が守る」


その約束の言葉に、何故か胸が熱くなった。


死にたいと思っていた私が、異世界で竜族の王子に守られている。運命というのは、なんて皮肉なものなのだろう。

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