第15話 千年前の真実
「千年前からの呪い?」
リューンが驚きの表情で尋ねる中、私は頭に流れ込む記憶と格闘していた。まるで映画を見ているかのように、鮮明な映像が次々と現れる。
「私...いえ、エレナリアとサリオンは、この世界を創造した」私はゆっくりと話し始めた。「二人で協力して、竜族と人間が共存する世界を」
「伝説と同じだ」セレナが小さく頷いた。
「でも、それを望まない者たちがいた」続ける私の声は次第に強くなっていった。「人間と竜族、それぞれの中に、支配を望む者がいた」
私の目に涙が浮かんだ。それはエレナリアの悲しみだった。
「アルフォンス...いえ、彼の先祖にあたる人物が、人間側の代表だった。彼は人間だけの世界を望み、サリオンを排除しようとした」
カイルバーンが静かに私の手を握った。彼の温もりが、過去の悲しみを和らげる。
「彼らは策を練り、サリオンとエレナリアの力を分断する呪いをかけた」私は深呼吸をして続けた。「愛し合う二人を引き離すことで、世界のバランスを崩そうとした」
「それで...種族間の争いが始まったのか」リューンが呟いた。
私は頷いた。
「サリオンはエレナリアを守るために自らを犠牲にし、彼女も深い悲しみの中で力を失った。二人は別々の場所に封印され...」
「そして、エレナリアの魂は転生を繰り返すことになった」セレナが静かに補足した。
「呪いの内容は?」エマが尋ねた。
私は少し考え、記憶の断片をつなぎ合わせた。
「『愛し合う二人が再び出会っても、互いを認識できぬよう』『力を一つにしようとすれば、片方が消え去るよう』...そんな内容だったと思う」
「そして今、その呪いは...」
「ドラン大王に影響している」私は確信を持って言った。「アルフォンス教皇が先祖の呪いを利用して、大王を蝕んでいる。それは...サリオンの末裔だから」
部屋が静まり返った。カイルバーンとリューンが互いを見つめ、言葉を失っている。
「父上が...サリオンの...」リューンは信じられないという表情だった。
「そして、カイルバーンはサリオンの力を最も強く受け継いでいる」セレナが静かに言った。「だからこそ『異端』と呼ばれてきた」
カイルバーンは沈黙していたが、彼の目には何かを理解したような光があった。
「だから教皇は私を...封印しようとした」私は呟いた。「エレナリアとサリオンの力が再び一つになることを恐れて」
「もし二人の力が一つになれば...」セレナが言いかけた。
「呪いを解くことができる」私は確信を持って言った。「そして、二つの種族を再び一つにすることができる」
リューンが立ち上がった。
「だがそれには代償が伴う。あなたの...消失という」
「そうなるとは限らない」セレナが言った。「それは呪いの言葉であり、真実とは限らない」
「リスクは覚悟するわ」私は静かに言った。「もともと死にたいと思っていた私だから...命の価値なんて」
「違う!」
カイルバーンの声が部屋に響き渡った。彼は私の前に跪き、両手で私の顔を包み込んだ。
「あなたの命に価値がないなどと、二度と言わないでほしい」彼の金色の瞳は強い感情に満ちていた。「あなたがいなければ、私は...」
彼の声が震えた。その表情に、心が揺さぶられる。
「カイルバーン...」
「他の方法を探す」彼は決意を固めたように言った。「あなたを犠牲にせずに」
リューンが咳払いをした。
「時間がない。教皇はすでに城に向かっている。父上の容態も刻一刻と悪化している」
「まずは教皇の真の目的を確かめるべきでしょう」エマが提案した。「彼が本当に和平を望んでいるのか、それとも...」
「罠だ」カイルバーンが立ち上がった。「彼の目的はリンを捕らえることだけだ」
「でも会わなければ、戦争は拡大するわ」私は言った。「多くの命が犠牲になる」
リューンがしばらく思案し、決断した。
「教皇との会談に応じよう。だが、厳重な警戒の下で」彼は私に向き直った。「歌姫、あなたは安全な場所にいてほしい」
「いいえ」私ははっきりと言った。「私も行く。これは私の問題でもあるから」
「危険すぎる」カイルバーンが反対した。
「でも、私がいなければ、本当の解決には至らないでしょう?」私は彼の目をまっすぐ見つめた。「それに...私はもう逃げない」
部屋の中で意見が分かれる中、セレナが静かに口を開いた。
「二つの選択肢があります」彼女は言った。「一つは、リン様の力を完全に目覚めさせ、呪いに立ち向かうこと。もう一つは、力を抑え、別の解決策を模索すること」
「力を完全に目覚めさせるとは?」カイルバーンが尋ねた。
「歌う谷で儀式を行う必要があります」セレナは説明した。「そこで二つの魂が完全に統合され、エレナリアの力が完全に解放される」
「それが『自分を失う』と言っていた代償なのね」私は理解した。
「可能性としてはあります」セレナは正直に答えた。「しかし、あなたの意志が強ければ...佐伯鈴としての自分を保つことも不可能ではないかもしれません」
「不確かすぎる」カイルバーンは頭を振った。「そんなリスクは...」
「でも、成功すれば戦争を止められる」私は小さく言った。
彼は苦悩に満ちた表情で私を見た。
「リン、あなたを失いたくない」
彼の言葉が胸に染みた。死にたかった私が、今は生きたい、この人と共にいたいと強く願っている。でも、多くの命が危険にさらされている今、自分の幸せだけを考えていいのだろうか。
「時間をください」私は言った。「少し考えさせて」
リューンは頷いた。
「明日の夜明けまでに決断を。教皇との会談は明後日だ」
彼らが部屋を出た後、カイルバーンだけが残った。私たちはしばらく沈黙していた。
「カイルバーン...私が本当にエレナリアで、あなたがサリオンの末裔なら...これは運命なのかしら」
彼は窓際に立ち、夕暮れの空を見つめた。
「運命なら、私は運命に逆らおう」彼の声は静かだが力強かった。「あなたを失うような運命なら」
「でも、もし私の犠牲で多くの命が救われるなら...」
「命を捨てるのは簡単だ」彼は振り返り、真剣な表情で言った。「だが、本当の勇気は生きぬくことにある」
その言葉が心に響いた。死にたかった時の私には、生きる勇気がなかった。だが今は...
「私、知ってるの」私はゆっくり言葉を紡いだ。「エレナリアの最期の記憶を。彼女はサリオンを失った後、力を使い果たして消えていった。でも最後の言葉は『また会おう』だった」
「そして今、会えた」彼は微笑んだ。
「ええ、でも...もし私がエレナリアになってしまったら、佐伯鈴はどうなるの?」不安が込み上げてきた。「私はただの器になってしまうのかしら」
カイルバーンが私のそばに座り、手を取った。
「あなたはあなた自身だ」彼は強く言った。「どんな記憶を持とうとも、どんな力が宿ろうとも、私の愛しているのは目の前にいるあなただ」
彼の言葉に涙があふれた。
「怖いの...」正直に告白した。「自分を見失うのが」
「だから、僕がついている」彼は約束した。「あなたの名前を呼び続ける。何度でも」
私たちは互いを抱きしめた。彼の腕の中で、安らぎを感じる。どんな決断をするにしても、彼がそばにいてくれることが、何よりの支えだった。
***
翌朝、私は窓辺で日の出を眺めていた。一晩中考えた末、決断は固まっていた。
ドアが開き、リューンが入ってきた。彼の表情は疲れていたが、いつもより柔らかく見えた。
「歌姫、決断は?」
「力を完全に目覚めさせる」私は静かに言った。「儀式を受け入れます」
彼は驚いたように見えた。
「カイルバーンは?」
「まだ伝えていない」私は正直に答えた。「きっと反対するでしょう。でも、私は決めたの」
「なぜだ?」リューンは不思議そうに尋ねた。「あなたを失うリスクがあるというのに」
「私が死にたいからではないわ」私は微笑んだ。「生きたいから、みんなに生きてほしいから。これが私にできる唯一のことだと思うから」
リューンは長い間、私を見つめていた。
「最初に会った時、あなたは人間の女にすぎないと思っていた」彼は静かに言った。「だが今は...あなたこそが希望だと思う」
彼の言葉に驚いた。厳しかったリューンが、こんな風に言うとは。
「教皇を欺き、あなたの存在を隠そうとしたのは間違いだったかもしれない」彼は続けた。「あなたの力こそが、この争いの解決策だ」
「でも、大王様は...」
「父上も同じことを望むだろう」リューンは言った。「彼も最初から知っていたのかもしれない...あなたが特別な存在だということを」
扉が開き、カイルバーンが入ってきた。彼は二人の様子を見て、何かを察したようだった。
「決めたのか?」彼の声は静かだった。
私は頷いた。
「力を完全に目覚めさせるわ」
彼の表情に痛みが浮かんだが、すぐに覚悟を決めたように変わった。
「わかった」彼は言った。「だが、一つ条件がある」
「何?」
「儀式の間、ずっとそばにいる」彼はきっぱりと言った。「そして、もしあなたが迷子になったら...必ず連れ戻す」
彼の決意に胸が熱くなった。こんな風に愛されたことなど、これまでの人生でなかった。
「ありがとう」
リューンがわずかに微笑んだ。
「準備をしよう。歌う谷への出発は正午だ」
彼が部屋を出ると、カイルバーンと二人きりになった。
「本当にいいの?」私は彼に尋ねた。「私が...変わってしまうかもしれないのに」
彼は私を抱きしめた。
「どんなあなたでも愛する」彼は囁いた。「それに...僕はあなたを信じている。佐伯鈴の強さを」
その言葉が、私に力をくれた。死にたかった私にも、生きる価値があるのかもしれない。そして今、その命を賭ける価値のあることを見つけた。
「行きましょう、歌う谷へ」私は決意を固めた。「そして全てを終わらせるの」
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