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第13話 逃走と覚醒

「人間の軍勢だ」


カイルバーンの言葉に、安らかな時間が一瞬で崩れ去った。


「どうやって私たちを?」言葉を切った私の代わりに、彼が答えた。


「魔法の追跡か、それとも...裏切り者がいるのか」彼の表情は厳しく、素早く行動に移った。「行くぞ、身支度を」


急いで簡素な荷物をまとめ、部屋を出ると、セレナが廊下で待っていた。彼女の表情は冷静だが、目には緊張が浮かんでいた。


「南口から逃げましょう」彼女は静かに言った。「隠し通路があります」


「他の護衛は?」カイルバーンが尋ねた。


「すでに敵と交戦中です。時間を稼いでくれています」


胸が痛んだ。私のせいで、人々が命を危険にさらしている。


「行かなきゃ」私は決意を固めた。


神殿の廊下を走る。外からは戦闘の音が激しさを増していた。魔法のエネルギーが空気を震わせ、時折神殿そのものが揺れる。


「ここです」セレナが古い壁の前で立ち止まった。


彼女が何かを呟くと、壁が音もなく開き、暗い通路が現れた。


「この先は忘却の森の奥へと続いています」彼女は説明した。「森の魔力が追跡を困難にするでしょう」


「セレナ、あなたは?」私は心配そうに尋ねた。


「私は別の道で逃げます」彼女は微笑んだ。「心配しないで。私はこの神殿と同じくらい古いのですから」


カイルバーンが頷き、セレナの肩を軽く握った。


「またお会いしましょう」彼女は私の手を取り、「二つの魂が一つになる時、全てが明らかになります。恐れずに」と囁いた。


そして彼女は反対方向へと急いで去っていった。


カイルバーンが松明を手に取り、「行こう」と言って暗い通路に入った。私はその後に続いた。


通路は狭く、古い石で作られていた。空気は湿っぽく、どこか不思議な香りがした。暗闇の中、カイルバーンの手が私の手を強く握っていた。その温もりが、恐怖を和らげた。


「カイルバーン」暗闇の中で呼びかけた。「さっきの...キスのこと」


彼の足音が少し止まる。


「後悔してる?」彼の声に不安が混じっていた。


「ううん、逆よ」私は正直に答えた。「死にたいと思っていた私が、生きることを...あなたとの未来を望むなんて」


彼が振り返り、松明の光に照らされた彼の顔には穏やかな微笑みがあった。


「僕も同じだ」彼は静かに言った。「長い間、自分には居場所がないと感じていた。"異端"の王子として。でも、あなたと出会って...」


「私たち、似てるのね」思わず笑みがこぼれた。


「ああ、だからこそ...」


突然、遠くで爆発音がして、通路が揺れた。天井から小さな石が落ちてくる。


「急ごう」彼は再び前を向いた。「彼らは諦めない」


私たちは足早に進んだ。時間の感覚が曖昧になる中、通路はやがて上り坂になり、新鮮な空気の匂いが感じられるようになった。


「出口が近い」カイルバーンが言った。


そして石の扉を押し開くと、私たちは忘却の森の中に出た。青みがかった月明かりが森を照らし、不思議な光景が広がっていた。異様に大きな木々。地面から立ち上る霧。時折きらめく小さな光の粒。まるでおとぎ話の世界のようだった。


「忘却の森...」私は息を飲んだ。


「通常の時間が流れない場所だ」カイルバーンが説明した。「迷い込んだ者は、記憶を失うこともある」


「じゃあ私たちも?」


「大丈夫、方向がわかっている」彼は自信を持って言った。「僕の母が教えてくれた道だ」


森の中を進みながら、私は周囲の不思議な雰囲気に圧倒されていた。木々が囁いているような錯覚。目の端に見える奇妙な生き物の影。全てが現実離れしていた。


そして不思議なことに、この森に居ると、私の中のエレナリアの記憶がより鮮明になっていくのを感じた。


「この森は...私が知っている」


カイルバーンが振り返った。


「エレナリアの記憶か?」


「ええ...彼女...いえ、私はここでサリオンと会っていた」言いながら、その言葉に驚いた。「不思議...自分の記憶のように感じる」


彼は立ち止まり、私の顔をじっと見つめた。


「怖くない?別の誰かの記憶が自分のものになっていくのは」


「怖いわ」正直に答えた。「でも...拒絶したところで止められないみたい。それに...」


「それに?」


「その記憶の中にいるサリオンが...あなたに似ているの」


彼の瞳が驚きで見開かれた。


「僕が...サリオンと?」


説明する間もなく、突然森の中で警報のような鳥の鳴き声が響いた。


「見つかった」カイルバーンが低く呟いた。「人間の追跡者たちが森に入ってきた」


「どうすれば...」


「走るぞ!」


私たちは森の中を駆け抜けた。道なき道を、カイルバーンは迷うことなく進んでいく。しかし、遠くから追っ手の声が聞こえ始めた。


「あそこだ!」

「歌姫を捕らえろ!」


追っ手の声が近づいてくる。


「逃げ切れない」カイルバーンは苦々しく言った。


彼は突然立ち止まり、私を見つめた。


「リン、僕が時間を稼ぐ。あなたはあの方向に進め」彼は一方向を指さした。「大きな湖があるはずだ。そこでリューンかヴェインが待っているはずだ」


「だめ!」私は彼の腕を掴んだ。「一緒に行くわ」


「時間がない」彼の目には決意があった。「僕は王子だ。民を守るのは義務だし...」彼は私の顔に触れた。「あなたを守るのは、僕の心からの願いだ」


彼の言葉に涙が溢れた。ようやく見つけた愛する人と、また別れなければならないなんて。


「必ず戻る」彼は約束した。「だから...」


「歌えばいいんじゃない?」


突然の声に、私たちは振り返った。森の木々の間から、一人の老人が現れた。白い長い髪と髭、青みがかった肌に鱗のような模様がある。眼光は鋭いが、どこか親しみも感じさせる。


「あなたは...?」カイルバーンが身構えた。


「イグニス」老人は自己紹介した。「この森の住人さ」


「味方ですか、敵ですか?」私は恐る恐る尋ねた。


イグニスは不思議な笑みを浮かべた。


「私は森と同じく中立だ。だが、千年に一度の出会いを見逃すわけにはいかなかった」彼は私をじっと見つめた。「エレナリア...いや、リンとやら、お前の力はここにある」彼は私の胸を指さした。


「力...?」


「神の歌姫の真の力は、破壊でも封印でもない。統合だ」彼は意味深に言った。「さあ、彼らが来る前に歌え」


追っ手の声がさらに近づいていた。選択肢はなかった。


私は深呼吸をして、歌い始めた。今回は日本の演歌ではなく、心の奥底から湧き上がる知らない旋律。エレナリアの記憶からの歌だった。


歌声が森に広がると、青白い光が私から発せられ始めた。しかし今回は、光は私だけでなく森全体に共鳴していった。木々が光を反射し、地面から霧のような光が立ち上り、空間が歪むように見えた。


「素晴らしい」イグニスが呟いた。「空間の歌だ」


歌い続けると、私の周りの空間そのものが変容していくのを感じた。カイルバーンが驚きの声を上げる。


「森が...動いている」


私の歌が終わる頃には、周囲の景色が完全に変わっていた。追っ手の声はもはや聞こえず、代わりに目の前には美しい湖が広がっていた。月明かりに照らされた湖面は、まるで鏡のようだった。


「湖...」私は驚いた。「森を移動させたの?」


「正確には、森の中での自分たちの位置を変えたんだ」イグニスが説明した。「忘却の森は迷路のようなもの。お前の歌は、その迷路のショートカットを作り出した」


カイルバーンは呆然としていた。


「こんな力があったとは...」


「まだ始まったばかりさ」イグニスはにやりと笑った。「さて、私はここまで。あとは二人の旅だ」


彼は去り際に、不思議な言葉を残した。


「統合の時が近い。だが、その前に選択がある。忘れるな、リン...二つの魂が一つになっても、お前は失われはしない」


彼が森の中に消えると、カイルバーンと私は湖の前に立ち尽くした。


「あの人...何者なの?」


「わからない」カイルバーンは首を振った。「だが、敵ではなさそうだ」


しばらくして、湖の向こうから竜の羽ばたきの音が聞こえてきた。緑色の竜が湖面すれすれに飛んでくる。


「ヴェイン!」カイルバーンが声を上げた。


緑の竜の背には見覚えのある少年が乗っていた。ヴェインだ。彼は私たちを見つけると、喜びに満ちた表情を浮かべた。


「カイルバーン様!リン様!無事で...」


彼は竜の背に飛び乗るよう合図した。


「急ぎましょう。人間の軍勢は忘却の森全体を取り囲みつつあります」


カイルバーンが私の手を握り、「行こう」と促した。


私たちは竜の背に飛び乗った。竜が飛び立ち、湖の上を飛びながら、ヴェインが報告した。


「リューン王子が安全な場所を用意してくださいました。そこで次の作戦を練るそうです」


「リューンが?」カイルバーンは驚いた様子だった。


ヴェインが小さく笑った。


「リューン王子も変わりつつあるようです。特に...」彼は私を見た。「リン様の力を目の当たりにしてから」


夜空を飛びながら、忘却の森を見下ろすと、森の縁に無数の松明が見えた。人間の軍勢だ。彼らが私を必死に探している。


「怖いわ...」思わず呟いた。「私を取り戻そうとして、命を賭けるなんて」


「恐れているんだ」カイルバーンが言った。「あなたの力を」


「でも私は...彼らに何もしないのに」


「変化を恐れているのさ」彼は空を見上げた。「現状を維持したい者たちにとって、あなたの存在は脅威だから」


「でも、なぜ今?」


「それは...」彼の言葉が途切れた。「見て」


前方に、岩山に埋め込まれたような建物が見えてきた。竜族の秘密の隠れ家らしい。


「あそこが安全な場所」ヴェインが言った。


竜は静かに建物のテラスに着陸した。私たちが降り立つと、扉が開き、リューンが現れた。


彼の表情はいつもより柔らかく、どこか思いつめたようにも見えた。


「間に合ったか」彼はカイルバーンに向かって言った。「歌姫は無事か」


「ああ」カイルバーンは簡潔に答えた。「イグニスという老人の助けもあって」


リューンの表情が変わった。


「イグニス?」彼は驚いた様子だった。「彼は伝説の...」言葉を切り、私に向き直った。「まずは休め。そして話がある」


「何の話?」カイルバーンが警戒した。


「父上のこと...そして、儀式のこと」リューンは真剣な眼差しで言った。「そして...」


彼の目が一瞬、私の背後で動く影に向けられた。


振り返った私は、息を飲んだ。


そこには、一人の女性が立っていた。荘厳な鎧をまとい、傷跡のある顔に厳しい表情を浮かべている。エマ・グレイス——しかし、彼女は人間の軍勢ではなく、竜族の隠れ家にいた。


「なぜ彼女が...」


「私の方が先に質問があります」エマは前に進み出た。「あなたは、本当に佐伯鈴ですか?それとも...私の姉ですか?」

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