表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/17

第1話 死にたい歌姫と異世界への扉

死にたかった私を、異世界は勝手に召喚した。


血に染まる竜の瞳が私を見つめる中、私はただ思った。なぜ私なんかが生き残ったのだろうと。


三十一歳、婚約破棄、仕事も失った日。私——佐伯鈴の人生は、最悪の形で終わるはずだった。この小さな演歌酒場には、年配の常連客が十数人、それに業界関係者が数名。彼らの視線に「時代遅れ」という言葉を読み取るのは、もう簡単になっていた。


「ありがとうございました」


自分でも空虚に感じる挨拶を終え、楽屋に戻る。鏡に映る自分は三十一歳。祖父の代から続く演歌一家に生まれ、幼い頃から「次代を担う歌姫」として育てられた私は、結局何も掴めなかった。


携帯が震える。事務所からだ。


「佐伯さん、正直に言うよ。今日のステージを見て、うちとしては契約の更新は考えられないという結論になった。十年やってこの集客じゃ、採算が取れない」


予想はしていた言葉だった。それでも胸の中で何かが千切れる音がした。


「わかりました。ありがとうございました」


電話を切り、私は機械的に化粧を落とし始めた。今夜、婚約者の陽一と会う約束をしている。彼だけは私の歌を認めてくれていた。演歌の道を諦めるという選択肢も、彼と一緒なら——。


***


待ち合わせの高級レストランは、私にはそぐわない場所だった。陽一の姿はない。三十分待っても現れず、メッセージを送るとすぐに返信が来た。


「実は話があった。今向かってる」


さらに十分後、彼は現れた。いつもの爽やかな笑顔はなく、硬い表情で席に着いた。


「契約更新、ダメだったよ」


私が切り出すと、陽一は一瞬だけ目を伏せた。


「そうか。でも、実はちょうど良かった。俺も話があるんだ」


彼の言葉に、不吉な予感が走る。


「俺、プロデューサーから新人のマネージャーに抜擢されたんだ。将来有望な子で...その子と、付き合うことになった」


世界が止まったような感覚。私の耳には、もう彼の言葉は届いていなかった。謝罪の言葉。これからも友達でいてほしいという建前。すべてが遠くで聞こえる雑音のようだった。


「おめでとう」


私は微笑んだ。演歌歌手として、悲しみを笑顔で歌う訓練は積んでいた。


***


夜の街を歩く。行き先もなく、ただ歩く。雨が降り始めた。傘を持っていなかったが、濡れるのも構わなかった。


人生の全てを失った今、死にたいという思いだけがやけに鮮明だった。


SNSを開くと、陽一と若い女性の写真がすでに投稿されていた。「新たな才能との出会い」というキャプションと共に。コメント欄には祝福の言葉が並ぶ。私たちの婚約は、まだ公表していなかった。


雨の中、信号を渡る。青信号。でも、渡るべきかどうか迷っていた時、後ろから押されるような感覚があった。


振り返る間もなく、目の前にヘッドライトが迫ってきた。


刹那、思った。


「ああ、これでよかった」


痛みはなかった。ただ眩しい光に包まれる感覚。意識が遠のく中、不思議と心が軽くなるのを感じた。


死ぬのが、こんなにも簡単だなんて。


***


目が覚めると、そこは見知らぬ場所だった。


灰色の荒野。焦げた大地。遠くには奇妙な形の山々。


「ここは...天国?それとも地獄?」


自分の声に驚く。喉が渇いていた。体を起こすと、全身が痛む。死んでいないらしい。


突然、地面が振動し始めた。何かが近づいてくる。大きな何かが。


振り向くと、そこには信じられないものがあった。


鱗に覆われた巨大な生き物。翼を持ち、金色の瞳を光らせている。まるで——


「竜...?」


その生き物は、私の前で息絶えるように倒れ込んだ。鱗の隙間から血が滲んでいる。傷ついているようだった。


そして、私の目の前で驚くべき光景が広がった。その生き物の姿が変わり始めたのだ。竜の姿が霧のように揺らぎ、代わりに人の形になっていく。


銀青色の長い髪。額と頬に鱗のような模様。そして、苦しげに開かれた黄金の瞳。


その美しさに言葉を失った瞬間、遠くから甲高い叫び声と、鎧の軋む音が聞こえてきた。戦士たちが近づいている。


「見つかれば、殺される」


彼が血を吐きながら呟いた言葉は、私には理解できなかった。ただ本能的に、私は彼の致命傷に手を伸ばした。


そのとき、私の喉から懐かしい演歌が零れ落ちた。彼の黄金の瞳が見開かれる中、私の手から青白い光が溢れ出し、彼の傷口を覆い始めた。


「お前は——」彼の驚愕の声が響く。「神の歌姫か」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

どう思われたか↓の★~★★★★★の段階で評価していただけると、励みにも参考にもなるので、

ぜひよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ