第7話 部屋番号
「いつの間にか下の名前で呼んでくれるのは嬉しいが...
あの子は、八中くんを歓迎してないと思うよ...」
「僕が、ですか...?」
「そう、だね。」
確かに...なんの能力もない人間がこんな組織に入ったところで...ただの邪魔になるだけか...
「しかも、南海くんじゃなく、君だけが歓迎されてない。」
僕だけ...南海さんにはセンスでもあったんだろう。
「だけどね、決して足手まといになるからとかの理由じゃない。これから君は強くなるから大丈夫だ。
そこだけは理解してくれ。
とりあえず、あまり気にしなくていい。」
やっぱり、この人はしっかりしたリーダーなのかもしれない。ひとつの不安をすぐ払拭してくれる。
「ありがとうございます。それじゃあ、どんな理由で僕は...」
「それが、僕にも分からないんだ。あの女の子はハチと呼ばれることを望むんだが、ここまで拒絶反応を見せるとは思わなかったな、、、何を考えてるんだろうか......ああそうだ。別の話になるけど、それぞれ203に南海くん、205に八中くんで分けてあるから、覚えておいてくれ。ついでに、他のメンバーの部屋についても言っておこう。
101が僕、市橋龍星だ。
102が柊、
103が今はバクテリアの動きを見るために地上にいるんだが、屋良夏雪って言うんだ。君たちぐらいの年代だから、接しやすいとは思うよ。」
「そうですか、それは楽しみですよ。」
「...まあ、1番楽しみにしてるのは彼女だと思うけどね...
それよりも、続きだ。
104にシャーロット、
105にはトーマス君。アイザック・トーマス君だ。彼には屋良くんと同じでバクテリアの動きを見るために動いてもらっているんだが、バクテリア問題は不安が広がるから世に公表はされてないけど、裏では世界的な問題として扱われてるからね。ヨーロッパの方にまでも行ってもらってるんだ。まあヨーロッパ生まれの彼だから行かせた節もあるけどね。」
「へ、へぇ〜そりゃまた遠いところですね。でもそんな所に1人で...?」
「いやいや、さすがにヨーロッパの組織とも協力して調査中だよ。このバクテリア集団はさっきも言った通り世界的な問題になるから、ありがたいことに協力してくれる組織も裏組織も存在するんだ。」
「そ、そりゃ凄い...」
この人たちの人脈というかコミュニケーション能力がすごいな...もうバクテリア集団と同じようなもんだろ...
市橋さんの話を聞いていくとこのバクテリア問題はSVOICsの開発目標が失敗した2045年頃から傾向が見られたようで、それから進捗はなかったみたいだけど、急に今年から日本を筆頭に行方不明者が増加していって、問題を探っていったらそのバクテリア集団の仕業だと分かったらしい。恐ろしい話だ。
そこで、僕は思った。僕の記憶喪失のちょっと前にそんな傾向が見られたなら、何か関係があるんじゃないかと。タイミング的にもそんな気がする。
「そういえば、、、龍星さんは僕の記憶喪失もそれに関係あると思いますか?」
「えぇ?」
「え?」
「...え?」
...
「いや南海さんが驚くのは分かりますけど龍星さんが驚くのは何故!?」
「いや、そんなこと聞いてないんだけど...」
「えっ柊さんに聞かれて無いんですか!?」
「いや、全く知らないね...」
僕はゆっくり上を向いた。
「柊ぃ...頼むよ...」
(クソ。予定外の出来事だ。もうバレてるかと思ってたのに...わざわざ言ってしまったな。もう逃げることも出来ないし。逃げ出したら何をされるかも分からない。ここは潔く...)
「も、もしかして君が病院にいたのってそれかい...?」
「そうですよ。記憶喪失のはずなのに脳は正常だったので退院してきたんです。よくこんな奴を組織に入れるなと僕は思ってたんですけど...まさか知らなかったなんて...」
「...ハッ!さっきの外観を裕福って言ったのも、記憶喪失の影響だってことか...!」
「まあ、そうですね。後で調べて事実は分かりましたけど...」
その間、ずっと南海さんは何か考え事をしていたようだった。
まあそんなことは置いておいて、柊さん、いや夜空にはしっかり言っておこうと思う。
「あと、僕からも一つ聞いていいですか?さっき...夜空がパパと呼んでくれって言ってましたよね...?あれにはどういう意図があるか知ってます ...?」
「おぉ、夜空とはね...
柊がそこまで心を開いたのか...まあ記憶喪失には驚いたが組織入団に影響は無いから安心してくれ。それであれは、柊にとっての相手を励ます方法だ。」
「え?励ます...?」
「柊くんは、さっきの人間離れした経験から分かるけど、人間としての心があまり育っていない。だから、普通はこうするって言うのがあまり分からない。
でも、君は彼と仲良くなれた。本当に...あいつは優しいんだ...」
「そこで、この短期間で柊くんと友好な関係を持てた君に、折り入って頼みがある。これは君への初めての任務だとは思うが..........いつか、人としての普通を取り戻すように...君には、
あいつを助けるのに協力して欲しい。」
少し虚ろな目でそんな事を話したあと、真っ直ぐな目で僕を見つめた。
あの人が優しい心だってのは、僕も身に染みて感じた。あの人の優しさは、時には人間をも超えると思う。そんな人としての普通は、僕も取り戻すのに協力したい。
「分かりました。僕も、その任務に協力します。あの人の優しさをそのままに、人としてどんな事をすべきか、僕が教えます。」
「ああ、本当に頼もしいよ。」
市橋がそう言ったあと、南海がコソッと言う。
「私も、困ったことがあれば協力するよ。八中くん。」
...いいなぁ。この雰囲気。この組織は、僕が思っているよりも暖かい組織なのかもしれない。
「ありがとう、み、南海。」
「...ところで...龍星さん...さっきの部屋の住み分けの話は...?」
......
「あぁ、忘れてた。」
......
「で、ですよね〜」
◆◇◆◇
すごく頼もしく、騒がしく、個性的で、暖かい組織。
ーーーそしてポンコツで、優しいリーダー。
僕は、こんな場所を望んでたのかもしれない。記憶喪失前の僕がどんな信念を持っていたのかも分からない。ただ、僕はきっと善なことをしていたと思う。そう信じる方が...僕にとって得だ。
人生は、成り行きだ。それを今の僕の信念として、生きていこうと思う。自分が正しいと思ったことは、正しい。間違いと思ったことは、間違い。そして、その間違いを正すのが僕の役目だ。
バクテリア集団を止めるというのが、今の僕の成り行きで、やらなくちゃいけない正しいことだ。
ーーーそのために、僕は強くなる。
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