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世界の果てまで  作者: 秋田原 充
病院編
2/14

第2話 偽りの記憶喪失





病室の外に出ると僕と同じような格好の人がちらほらいた。この格好が患者のマストなんだろう。


...まずはトイレに行きたいな。場所は案内板があればすぐ分かる。さっさと行って病院を回ろう。


◆◇◆◇


「今の僕は、知識はあるけど実践経験ナシ!的な感じだし、上手くできるか不安だ。えぇーと」


「大丈夫か?」


「ん?あぁえぇっとすみません、事情があってあまりトイレの使い方には慣れてないんです。」


「...まぁそういうこともあるんだろう。分かった。教える。こいつをこう...」



なんか怖い人だったな...背も高いし妙に威圧感あるし、教えてもらったのはありがたいんだけどさ。


「あ、見てみてあの人...」


「あ、あれがあんたの言ってた記憶喪失の人?」


「松坂さんも変に思ってるでしょ絶対w」


「松坂さんって優秀なんだよね?あんな変な症状の人を信じるとかあるw?」


「絶対嘘だよねw」


「目立ちたいだけでしょw」


「そういうのは架空の中だけにしとけってのww」

「ねぇやめてよww聞こえたらどうすんのww」



...嫌だな。聞きたくない。

こっちには平気で聞こえてるし陰口を言うなら直接言えっての。まぁどっちにしても傷つくけどさ。


というか僕が記憶喪失ってのは言わない話だったはずなのに.......でも言ったとしても流石に広まるのが早すぎるし盗み聞きしてたとかそんな感じかな。いくらあの人の性格が悪くて言ったと仮定しても立場的に危うくなるはず。


そんなのは関係ない。誰がどう言ったとしても僕は本当に何も覚えていないし、何も間違ったことは言っていない。無視だ無視。


...でも少し気分が悪くなったからもう病室に戻ろう。また回ってる途中で変な陰口が聞こえてきても嫌だし。


「トントン」

部屋に戻ろうとした途端、誰かが僕の肩を叩いた。


「私は信じる。」


!??

なんだ、さっきの人か...


「いやいや、お世辞はいいんです。信じられない話ですしね。」


「お世辞などではない。私は本気で信じている。嘘ならもう少し面白い嘘をつく。こんなしょうもないことをするのはどうしようもない阿呆だけだ。それにトイレの件もある。信じないという方が愚かだ。」


「それにあんなのは陰口なんかじゃない。わざと聞こえるように言っていると私は感じた。ただの悪口だ。」




「...ありがとうございます。では僕はもう行きますので。」


「ああ、また”いつか”。」


これが、見た目怖くても根は優しい!!

というものの代表例だろう。間近で見れてよかった〜。


...しかしまた”いつか”というのは少しおかしくないか?同じ病院の患者ならまた会うはずなのに...



そんなことを考えながら、僕は病室に戻った。

妙に体も疲れているし、もう寝ることにしよう。

「少し嬉しい出来事もあったし、快く明日を迎えられそうだ。」

「...こういう時は確か、、、おやすみ?だよね。」

「じゃあ、おやすみ!八中究はちじゅう きゅう!」


やはり疲れもあったのか、直ぐに寝ることが出来た。


◆◇◆◇


そうして、迎えた明日。


時間を見ると、どうやら昼の12時。世間一般的には、かなり遅い時間なんだろう。僕はMRI検査をしてもらうため、ナースコールで看護師を呼び、松坂さんを呼んできてもらった。



「おはようございます。八中さん。名前にはもう慣れましたか?」


「おはようございます。松坂さん。ええ、もうだいぶ慣れました。少し頭の整理もつきましたしね。記憶喪失で頭の容量の整理は勝手にされちゃってるんですけどね!なんつって!」




「まあ、元気そうで良かったですよ。」


無視された。

「まあ、ええ。ところで、MRI検査はどこでするんでしょうか?」


「ああ、そうでしたね。直ぐに行いますので、私に着いてきて下さい。」


「分かりました。」


移動の最中、僕は聞いてみた。


「ところで松坂さん、僕の症状って誰にも言いふらして無いですよね?」


「そんなまさか!そんなことをするもんなら、医者として最底辺ですよ。誰にも言いふらしたりなんかしないので、安心してください。」


「そうですね。そんなことを聞いた僕が野暮でした。」


よかった。やっぱりこの人は信用出来る。そう、気にしなくていいんだ。昨日のあの人も言ってた。こんなしょうもないことをするのは阿呆だけだって。そうだよな。


◆◇◆◇


「じゃあ、MRI検査を行います。なるべく動かないようにしてください。」


なんか不思議な感覚だな。うるさい音もなんか心地よくなってくる。長めの検査だって言ってたし、少し退院した時の事を考えよう。


僕には身寄りがいないといっていたし、学生の年齢なのに学校にも通っていなかったようだし、記憶が戻る前の僕は一体何をしていたんだろう。僕が運ばれる3年前は道路で倒れていた。だったっけ。


どういう経緯でそうなって記憶が無くなったのか、どこで生活して暮らしていたのか、全てが疑問だ。


退院したら、まずは僕の顔を知っている人に会わなきゃな。いくら情報がないからと言って、記憶が戻れば人くらい思い出せるだろう。


「八中さん、終わりましたよ。」


「ああ、そうですか。ありがとうございます。」


「では、結果が出るまでそこの椅子に座ってお待ちください。」


どうやら、大体30分くらいかかるらしい。

その間に、さっきの続きを考えようと思う。


退院するのはいつになるか分からないけど、喪失時代の理想を掲げておこう。


まずは学校には行きたいな。青春を謳歌したいし、資金面はどうするか分からないけど...


まぁ、記憶が戻ってからどうするかを考えよう。


というかこの八中究ってやつも親がいないってのは可哀想だな。


情報によると産んだ親の情報もないようだし、ホームレスでもしてたんだろうか。


そうなれば学校なんて夢のまた夢だぞ。病院暮らしの方がマシじゃないか。


「えぇーと、結果が出ました。八中さん。」


「お、そうですか!」


なにか手がかりになるものがきっとある。さっさと確認して次のことを考え...


「八中さん。」


「あなたの脳には...」





「何も異常はありません。」


え?

そんなはずは無い。僕は現に何も覚えていない。


「ま、またまた、冗談がひどいですよ〜」


「...八中さん、こちらをご覧ください。左が正常な脳の図です。右があなたの脳です。」


違いがない...?全く同じように見える。今の時代は2、30年前と特に変わらない様子だと先生は言っていたけど、さすがに医療の発達が全くないとは言いきれない。


そう、これは正確な結果だ。間違いなんてあるはずは無い。

「そう、ですか...」


「正常ではあったとしても、私が八中さん、あなたを疑うことはありません。結果が全てでは無いのです。私はあなたと関わってわかりました。あなたはとても心優しい人だ。記憶を失う前も、きっとそうだったのでしょう。いくら結果がこうだといって、身寄りのない貴方を疑う訳には」


「いいんです。結果は正しいのですから、僕は嘘つきなんです。今の時代で、結果を間違えるわけがありません。きっと本当です。」


究は、この場から逃げたい気持ちであった。なんだって、周りから見れば今はただの”嘘つき”なのだから。


「しかし、あなたは現に」


「現に記憶が無かったとしても、そんな非現実的な話はありえません。僕はただの記憶喪失だと思い込んでるんです。愚かです。」


(逃げたい。)


「...そんなことはありません!私はあなたが目を覚ました後のあの時の様子を見て分かったんです。あなたが嘘なんてつけるわけが無いと。実際に身寄りの情報もない訳ですし、もう少しここに滞在しては」


(逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい)


「退院します」


「!?そんな!まだ気が早いですよ!結果が全てでは無いのです!優秀な医者なら患者さんの気持ちも理解してこそ医者と言えます!なので、どうか、どうか...」


「...結果が全てでなかったとしても、貴方の優秀な医者としての人物像が世間から疑問に思われてしまいます。僕は、僕は貴方に不幸になって欲しくないんです!!!!!!!!!!......理解してください。お願いします。」


(感謝はしている。しているんだよ...ただ、ここから逃げ出すためには何か理由をつけるしか無かったんだ...)


「症状なんて、言わなかったら問題は無いんです!だから、」


「もう、気付かれてるんですよ。だれかが病室での会話を聞いていたんです。もちろん、信じられるはずもなく、疑われていました。」


「...どうしても、ここに居るのはいけないのですか。」


(もう、逃げたい。どこかに行ってしまいたい。)


「...あなたは優秀な医者です。そして身寄りのない僕と違って人望もある。ここにいる訳にもいきません。」


「私に不幸になって欲しくないなら、あなたも不幸にならないよう私が、私も努力しますので...」


「僕がここにいるのは、必然的に松坂さんの優秀な医者としての人物像が崩れることになってしまう。僕なら大丈夫です。不幸になんてなりません。考える力はありますし、1人でも生きて行けますよ。」


(そんな自信ない。)


「そんな、私は、私はこんな人でなしな事出来るわけないですよ...あなたはまだ若いんです。どうか、考えを改めることは...」


「僕の決意は固いです。あなたが信じてくれて、僕は嬉しいですよ。普通の医者じゃこんな症状、信じるようなことはしません。でもあなたは信じてくれた。それだけで十分です。」


(決意なんか固くない。)


「......医者、失格だな...患者さんの不幸と自分の不幸を天秤にかけ、言葉に揺らぎ自分を優先してしまうとは......」


「そんなことはないですよ。この3年間、誰のおかげで僕がここにいると思います?」


(1番自分を優先しているのは僕だ...)


「...そう、ですね。分かりました。

児童養護施設を紹介しますので、そこに向かってください。

そして、どうか、幸せになってください。」


「感謝しています。本当にお世話になりました。」



そうして、僕は退院することになった。


半ば無理やりであったが、あんな病院の患者と関わると考えると、どうしてもここに居たいとは思わなかった。嘘もつきたくなかった。嘘つきになりたくなかったんだ。


......


学校に通えるようになったら、施設から連絡して私に教えてくださいとあの人は言っていた。


きっと君なら私より優秀な仕事が出来ると。人柄もいいからね。って...


本当に、松坂さんはお人好しだな。


...松坂さんの人柄には、到底叶わないと思うけどね...


こんな場所にいても、記憶はいつまで経っても戻らない。


松坂さんには申し訳ないが、児童養護施設には行かない。こんな人間が行っていいはずがない。


記憶を取り戻すまでは、普通の生活はしたくない。だって...っ...


...ふぅ。


松坂さんには、何らかの手段を使ってまた連絡する。記憶を取り戻すためなら、何だってしてやる。旅をしよう。


...犯罪はしない程度にだけど...


旅はどう名前を付けようか...世界の果てまで飛び回る...


安直にこの旅は”世界の果てまで”と名付けようかな。


といっても、手がかりがないと何も始まらない。


”世界の果てまで”、手がかりを探そう。


そう考えながら、僕は前へと進む。もちろん死にたくはないので、しっかりと青になるまで信号を待ち、進もうとした。


シュンっ!


ーーーん?



...聞こえる鈍い音。エンジン音か?

どうやら乗り物らしい。恐らく車だろう。


そう。次の瞬間、いつの間にか”テレビの映像が変わったか”のように車に乗せられていた。そう表現してしまうほど、一瞬の出来事であった。


...僕と同じくらいの年齢だろうか。すぐ横に女の子も乗っていた。

「あぁ、あなたも攫われたんですか...私もなんです...お互い、不幸ですね。」


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